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記録部の書庫は、文書院の地下にある。
天井まで届く棚が整然と並んで、古い羊皮紙の匂いが染み込んでいた。
ランプを手に持って奥へ進むと、年代順に綴じられた文書の束がぎっしりと詰まっている。
オルタス商会の過去資料を調べていたセシルは、商会との契約書を遡っていくうちに、一束の文書綴じを見つけた。
六年前、エドワードが前任地で法務長官を務めていた時期の、行政改革に関する文書群だった。
セシルは少し迷ってから、一冊手に取った。
読み始めると、手が止まった。
文書は法令整備の手順を細かく記したものだった。
条文の改正理由、利害関係者への聞き取り内容、反対意見への対応。
書き方は乾いていて、感情的な言葉は一切なかった。
ただ、行間に何かがあった。
「民の暮らしを守るために法はある。法が民を縛るようになった時、それはもはや法ではない」
前書きの一節だった。
宣言ではなかった。
信念が、事実を記述するように書かれていた。
セシルはしばらくその一節を見つめた。
この人は、正しさを本気で信じている。
言葉が少ないのは、感情がないからではない。
信じているものが、すでに行動になっているからだ。
書庫から上がると、廊下でヴィクトルと会った。
「珍しいな、こんな時間に書庫から」
「過去の改革文書を確認していました。長官が前任地で手がけたものです」
「ああ、あれは本物だよ。関係者の話を聞いたことがある。相当骨を折ったらしい」
ヴィクトルが低い声で続けた。
「反対する貴族家が三つあってね。それでも一歩も退かなかった。どんな圧力をかけられても、条文の根拠が揺るがないから論理で押しきった。感情に訴えることはしない人だから、相手もやりにくかったと思うよ」
セシルはうなずいた。
「尊敬しますね」
言ってから、少し驚いた。
声に出すつもりはなかった。
ヴィクトルが目を細めた。
「そうだね。仕事の上では、本当に信頼できる人だ」
渉外部に戻って、机に座った。
書庫で読んだ文書の言葉が、まだ頭の中にあった。
エドワードを尊敬している。
それは確かだった。
仕事を通じて見えてくる人の核心というものがあって、エドワードの核心は、見れば見るほど揺るがない形をしていた。
でも、それだけではない何かが、少し前から胸の中に引っかかっていた。
雨の夜の傘。
冷えたコーヒーを二杯注いだ手。
飲み会で困ったように座っていた背中。
一つひとつは小さかった。
でも、積み重なると、別の重さになってきていた。
セシルはペンを持って、書類に向かった。
考えないようにしたのではなく、今はまだ考えなくていいと思った。
窓から夕暮れの光が差し込んで、書類の上で橙色に揺れた。
天井まで届く棚が整然と並んで、古い羊皮紙の匂いが染み込んでいた。
ランプを手に持って奥へ進むと、年代順に綴じられた文書の束がぎっしりと詰まっている。
オルタス商会の過去資料を調べていたセシルは、商会との契約書を遡っていくうちに、一束の文書綴じを見つけた。
六年前、エドワードが前任地で法務長官を務めていた時期の、行政改革に関する文書群だった。
セシルは少し迷ってから、一冊手に取った。
読み始めると、手が止まった。
文書は法令整備の手順を細かく記したものだった。
条文の改正理由、利害関係者への聞き取り内容、反対意見への対応。
書き方は乾いていて、感情的な言葉は一切なかった。
ただ、行間に何かがあった。
「民の暮らしを守るために法はある。法が民を縛るようになった時、それはもはや法ではない」
前書きの一節だった。
宣言ではなかった。
信念が、事実を記述するように書かれていた。
セシルはしばらくその一節を見つめた。
この人は、正しさを本気で信じている。
言葉が少ないのは、感情がないからではない。
信じているものが、すでに行動になっているからだ。
書庫から上がると、廊下でヴィクトルと会った。
「珍しいな、こんな時間に書庫から」
「過去の改革文書を確認していました。長官が前任地で手がけたものです」
「ああ、あれは本物だよ。関係者の話を聞いたことがある。相当骨を折ったらしい」
ヴィクトルが低い声で続けた。
「反対する貴族家が三つあってね。それでも一歩も退かなかった。どんな圧力をかけられても、条文の根拠が揺るがないから論理で押しきった。感情に訴えることはしない人だから、相手もやりにくかったと思うよ」
セシルはうなずいた。
「尊敬しますね」
言ってから、少し驚いた。
声に出すつもりはなかった。
ヴィクトルが目を細めた。
「そうだね。仕事の上では、本当に信頼できる人だ」
渉外部に戻って、机に座った。
書庫で読んだ文書の言葉が、まだ頭の中にあった。
エドワードを尊敬している。
それは確かだった。
仕事を通じて見えてくる人の核心というものがあって、エドワードの核心は、見れば見るほど揺るがない形をしていた。
でも、それだけではない何かが、少し前から胸の中に引っかかっていた。
雨の夜の傘。
冷えたコーヒーを二杯注いだ手。
飲み会で困ったように座っていた背中。
一つひとつは小さかった。
でも、積み重なると、別の重さになってきていた。
セシルはペンを持って、書類に向かった。
考えないようにしたのではなく、今はまだ考えなくていいと思った。
窓から夕暮れの光が差し込んで、書類の上で橙色に揺れた。
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