選ばれなくてよかったと、今は思います

たくわん

文字の大きさ
22 / 30

22

しおりを挟む
母からの手紙が届いたのは、木曜日の朝だった。

実家はグランツ王都から馬で二日ほど離れた小さな町にある。
父が男爵位を持つとはいえ、農地の管理で暮らす質素な家だった。

封を開けると、母の丸い文字が並んでいた。

案件の成立を祝う言葉。
父の体の具合。
今年の収穫のこと。
冬に入って庭の木が寂しくなったこと。

そして最後に、一段落だけ、別の筆圧で書かれていた。


「セシル、春に婚約が解消された後、あなたは手紙でこう書いていたね。自分には価値がないのかもしれないと。お母さんはその言葉がずっと気になっていました。

あなたの価値は、誰かに選ばれることで決まるものではありません。それは春にも書いたけれど、今また書きたくなりました。

幸せは、誰かに選ばれることで生まれるのではなく、自分が選ぶことで生まれます。仕事を選んだあなたは、もうちゃんと幸せに向かっています。次は、人を選ぶ時にも、自分の気持ちで選んでください。

お母さんより」


セシルは手紙を膝の上に置いた。

自分が選ぶことで生まれる。

春にも書いてくれていたのか、と思った。
あの頃は読んで、そうかもしれないと思って、でも腑に落ちていなかった。

今は、違った。

自分が選ぶことで生まれる、という言葉が、今日は体の中心まで届いた。

オルタス商会の案件を選んで、全力でやり遂げた。
文書院を選んで、毎日ここに来ている。
婚約破棄の朝、泣くのは今日だけと決めて、仕事着を着た。

全部、自分が選んだことだった。

そしてクロードへの答えも、自分が選ぶ。


目が熱くなった。

泣くつもりはなかったのに、気づいたら視界がぼやけていた。
手紙を丁寧に折って、胸のポケットにしまった。

給湯室に行って冷たい水で顔を洗い、鏡を見た。
春の朝に見た時とは、違う顔だった。
あの時より、少しだけ芯のある顔をしていた。

自分でそう思えることが、今はありがたかった。

机に戻って、返信の便箋を引き出しから出した。

書きたいことは、たくさんあった。
案件のこと。
仕事の面白さ。
尊敬している上司のこと。

最後の一つについては、どう書けばいいかまだわからなかった。
でも、そのうち書けるようになる気がした。

窓の外で、冬の風が木の枝を揺らしていた。
葉は落ちて、枝だけになった木が、それでもまっすぐ立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

侯爵家の婚約者に手を出す意味、わかってます?

碧井 汐桜香
恋愛
侯爵令嬢ジョセリアは地味な外見をしている少女だ。いつも婚約者のアランとその取り巻きの少女たちに罵倒されている。 しかし、今日はアランの取り巻きは一人しかおらず、いつも無視を決め込んでいたジョセリアが口を開いた。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

邪魔者な私なもので

あんど もあ
ファンタジー
婚約者のウィレル様が、私の妹を食事に誘ったと報告をしてきました。なんて親切な方なのでしょう。でも、シェフが家にいるのになぜレストランに行くのですか?  天然な人の良いお嬢さまが、意図せずざまぁをする話。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい

あんど もあ
ファンタジー
不器量なマルグリットは、婚約者の美しい第一王子からずっと容姿を貶められる日々。とうとう王立学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を宣言され、「王子から解放される! それいいかも!」となったが、続く断罪が面倒くさくて他の人に丸投げする事にする。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処理中です...