演じるのはもうやめます

たくわん

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初夏の訪れと共に、アリシアの人生に新しい章が始まろうとしていた。

アレクシスが正式な提案を持って王都を訪れた。それは、ルミエール王国での大規模な商業改革プロジェクトへの参加要請だった。

「アリシア、我が国の商業システムを近代化したい。そして、あなたの力を借りたいんだ」

王宮の庭園で、二人は向かい合っていた。

「私でよければ、喜んで協力します」
「それだけじゃない」

アレクシスは真剣な表情で続けた。

「このプロジェクトには、最低でも三年かかる。つまり、あなたにルミエールに住んでほしいんだ」

アリシアは驚いた。三年間、王都を離れる。それは大きな決断だった。

「考えさせていただけますか?」
「もちろん。でも、もう一つ、言いたいことがある」

アレクシスは彼女の手を取った。

「アリシア、僕はこの数か月、自分の気持ちと向き合ってきた。そして確信した。僕は、あなたを愛している」

アリシアの心臓が高鳴った。

「もし、あなたが僕を選んでくれるなら、一緒にルミエールで新しい人生を始めたい。ビジネスパートナーとして、そして…もしよければ、人生のパートナーとして」

それは、プロポーズだった。しかし、アレクシスは続けた。

「でも、無理はしないでほしい。あなたのキャリアも、あなたの夢も、すべて尊重する。王妃になっても、ビジネスを続けることができるよう、僕が制度を変える」

その言葉に、アリシアは涙が出そうになった。

「アレクシス様…」
「僕は、ありのままのあなたを愛している。変わる必要は、まったくない」

アリシアは深呼吸をした。

「時間をください。大切な決断ですから」
「もちろん。僕は待つよ。いつまでも」

その夜、アリシアは父に相談した。

「お父様、私、どうしたらいいでしょうか」

公爵は娘を優しく見つめた。

「アリシア、お前はどうしたい?」
「分からないんです。アレクシス様は素晴らしい方です。でも、王都を離れること、王妃になること、すべてが大きすぎて」

公爵は微笑んだ。

「お前の母も、同じように悩んでいたよ。公爵夫人になることで、自分の夢を諦めなければならないかもしれないと」
「お母様が?」
「でも、彼女は自分の道を見つけた。完璧な公爵夫人でありながら、密かに自分の情熱を追求した」

公爵は続けた。

「アリシア、大切なのは、自分が後悔しない選択をすることだ。どちらを選んでも、父は応援する」

その言葉が、アリシアの背中を押した。

翌日、アリシアは『ローズ・アンド・ソーン』のスタッフを集めた。

「みんな、大切な話があります」

彼女は、アレクシスの提案と、自分の悩みを正直に話した。

「お嬢様、それは素晴らしいチャンスです!」

トーマスが言った。

「でも、お店は…」
「お嬢様、私たちを信じてください」

スタッフの一人が言った。

「私たちは、お嬢様から多くを学びました。もう、独り立ちできます」

みんなが頷いた。

「お嬢様が幸せになることが、私たちの願いです」

その言葉に、アリシアは涙を流した。

「ありがとう、みんな」

数日後、アリシアは決断した。アレクシスの提案を受け入れることに。

しかし、その前に、一つだけやらなければならないことがあった。ヴィクターとの最後の対面だ。

アリシアはヴィクターを呼び出した。

「アリシア、どうしたんだ?」

ヴィクターは少し緊張していた。

「ヴィクター様、お話があります」

アリシアは静かに言った。

「私、ルミエール王国に移住することになりました」

ヴィクターは顔色を変えた。

「それは…アレクシス王子と?」
「ええ。彼からプロポーズを受けました」

ヴィクターは沈黙した。頭では分かっていた。しかし、心は受け入れられなかった。

「そうか。おめでとう」

彼は絞り出すように言った。

「ありがとうございます」

アリシアは続けた。

「私、あなたに言いたいことがあるんです」
「何だ?」
「ありがとう、と」

ヴィクターは驚いて彼女を見た。

「あなたが婚約を破棄してくれたおかげで、私は本当の自分を見つけることができました。もしあのまま結婚していたら、一生、偽りの自分で生きていたでしょう」

アリシアは微笑んだ。

「だから、感謝しています」

ヴィクターの目に涙が浮かんだ。

「アリシア、俺は…」

彼は言葉に詰まった。今更、何を言っても意味がない。

「俺は、お前の本当の姿を見ようとしなかった。お前の努力も、情熱も、すべてを無視した」

ヴィクターは謝罪した。

「本当に、すまなかった」
「もう、過去のことです」

アリシアは優しく言った。

「ヴィクター様も、変わりました。きっと、良い領主になれるでしょう」

二人は最後の握手を交わした。

「幸せになってくれ、アリシア」
「あなたも、ヴィクター様」

それが、二人の最後の会話だった。

ヴィクターが去った後、アリシアは窓辺に立った。過去との決別。それは少し寂しかったが、同時に清々しかった。

「さようなら、過去の私」

彼女は呟いた。

数週間後、王都で盛大な舞踏会が開かれた。王太子妃主催の、アリシアとアレクシスの婚約を祝う会だった。

アリシアは深紅のドレスに身を包んでいた。もう、淡い色の控えめなドレスではない。堂々と、自分らしく。

「アリシア、美しい」

アレクシスが手を差し出した。

「ありがとう」

二人は舞踏を始めた。会場の注目が集まる。

「緊張してる?」

アレクシスが小声で聞いた。

「少しだけ。でも、あなたと一緒なら大丈夫」

アリシアは微笑んだ。

舞踏会には、アリシアを支えてきた多くの人々が集まっていた。従姉妹のソフィア、トーマス、商人組合の仲間たち、そして王太子妃。

「アリシア様、本当におめでとうございます」

ソフィアが祝福した。

「あなたは、多くの女性たちに希望を与えました」

王太子妃も言った。

「女性が自分の道を切り開くこと。それが、どれほど勇気のいることか。あなたは、それを示してくれました」

会場の片隅で、ヴィクターは一人、グラスを手に立っていた。彼は招待されていなかったが、遠くから祝福したくて来ていた。

アリシアの幸せそうな笑顔を見て、ヴィクターは思った。

「これでよかったんだ」

彼女は、自分の手には余る女性だった。いや、そうじゃない。自分が、彼女の価値を理解できなかっただけだ。

「幸せになってくれ、アリシア」

ヴィクターは心の中で祈った。そして、静かに会場を後にした。

舞踏会は深夜まで続いた。アリシアは疲れていたが、幸せだった。

「アレクシス、私、本当に幸せです」
「僕もだよ」

二人は、バルコニーに出て、星空を見上げた。

「新しい人生が、始まるのね」

アリシアが呟いた。

「ああ。でも、君は一人じゃない。僕がいつも、そばにいるから」

アレクシスが彼女の手を握った。

「ありがとう」

アリシアは涙を流した。それは、幸せの涙だった。

かつて、完璧すぎてつまらないと言われ、捨てられた。しかし今、ありのままの自分で愛され、新しい人生を始めようとしている。

人生は、不思議だ。辛いことがあっても、それが新しい幸せへの扉になることがある。

アリシアは、それを身をもって知った。そして、これからも、自分らしく生きていく。

星空の下、二人は未来を語り合った。新しい冒険が、待っている。
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