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本当の幸せ
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三年後。
初夏の風が、ノイシュタット領を吹き抜けていた。
領都の中央広場では、祝祭の準備が進められている。今日は、特別な日だ。
エリザベート・フォン・リヒテンシュタインとマクシミリアン・フォン・シュヴァルツヴァルトの結婚式。
城の控え室で、エリザベートは鏡の前に座っていた。
純白のウェディングドレス。シンプルだが、上品で美しい。
「お嬢様、お美しいですわ」
侍女のマルタが、涙ぐみながら言った。
「ありがとう、マルタ」
エリザベートは優しく微笑んだ。
「あなたが、ずっと支えてくれたから、今日があるのよ」
「もったいないお言葉です」
その時、扉がノックされた。
「入って」
扉が開き、病が回復した父、エルンストが入ってきた。
以前より健康そうな顔色。娘の成功が、彼に生きる力を与えていた。
「エリザベート……」
エルンストは、娘の姿を見て言葉を失った。
「父上」
エリザベートは立ち上がり、父に近づいた。
「どうですか?」
「美しい……」
エルンストの目に、涙が浮かんだ。
「お前の母も、きっと喜んでいるだろう」
彼は娘の手を取った。
「エリザベート、お前は私の誇りだ」
「父上……」
「お前は、この領地を変えた。領民たちに希望を与え、王国からも認められた」
エルンストは続けた。
「そして今日、素晴らしい伴侶を得る。これ以上の幸せがあるだろうか」
「父上のおかげです」
エリザベートは微笑んだ。
「父上が、私を信じてくれたから」
二人は、しばらく抱き合った。
式の時間が近づいた。
広場には、多くの人々が集まっていた。
領民たち、近隣の領主たち、商人たち、そして王宮からの使者。
みな、この結婚を祝福するために集まっている。
「新郎の入場です」
マクシミリアンが、凛々しい礼服姿で現れた。
彼の顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいる。
そして、音楽が鳴り響いた。
「新婦の入場です」
エリザベートが、父に腕を取られて現れた。
人々から、歓声が上がった。
「エリザベート様!」
「お幸せに!」
「ありがとうございます!」
領民たちの声援。
かつて、王都の社交界では「つまらない」と言われた令嬢が、今、多くの人々に愛され、祝福されている。
エリザベートは、マクシミリアンの隣に立った。
司祭が、厳かに式を進める。
「マクシミリアン・フォン・シュヴァルツヴァルト、あなたはエリザベート・フォン・リヒテンシュタインを妻とし、喜びの時も苦しみの時も、共に歩むことを誓いますか」
「誓います」
マクシミリアンは、力強く答えた。
「エリザベート・フォン・リヒテンシュタイン、あなたはマクシミリアン・フォン・シュヴァルツヴァルトを夫とし、喜びの時も苦しみの時も、共に歩むことを誓いますか」
「誓います」
エリザベートも、はっきりと答えた。
「では、指輪の交換を」
二人は、互いに指輪をはめ合った。
「私は、二人が夫婦であることを宣言します」
司祭が言った。
「新郎は、新婦に口づけを」
マクシミリアンは、優しくエリザベートの手を取り、額に口づけをした。
会場から、大きな拍手と歓声が湧き上がった。
披露宴は、城の大広間で開かれた。
多くの客が、二人を祝福した。
「エリザベート様、おめでとうございます」
商人ギルドのグスタフが言った。
「貴女の成功を見るのは、この老人の喜びです」
「ありがとうございます、シュミット様」
エリザベートは深く頭を下げた。
「あなたのご協力がなければ、今日はありませんでした」
「いやいや」
グスタフは笑った。
「全ては、貴女の実力です」
次々と、客が挨拶に来た。
農民たち、商人たち、職人たち。
皆、エリザベートに感謝の言葉を述べていく。
「お嬢様のおかげで、生活が良くなりました」
「子供たちが学校に通えるようになりました」
「本当に、ありがとうございます」
エリザベートは、一人一人に丁寧に応えていった。
その時、会場の入り口に、一人の男性が立っているのが見えた。
アレクサンダー・フォン・ローゼンベルクだった。
エリザベートは、彼に気づいた。
アレクサンダーは、以前とは違っていた。
痩せているが、健康的に見える。目には、以前にはなかった真剣さが宿っている。
エリザベートは、彼の元へ歩いて行った。
「アレクサンダー様、来てくださったのですね」
「ああ」
アレクサンダーは、わずかに緊張した様子で答えた。
「招待状をいただいて……来ないわけにはいかなかった」
「ありがとうございます」
二人は、しばらく無言で立っていた。
「エリザベート」
アレクサンダーが口を開いた。
「改めて、おめでとう」
「ありがとうございます」
「君は……本当に幸せそうだ」
アレクサンダーは、マクシミリアンの方を見た。
「あの人は、君に相応しい人だ」
「はい」
エリザベートは微笑んだ。
「彼は、私を理解してくれます。共に同じものを見て、同じ目標に向かって歩ける」
「そうか……」
アレクサンダーは、小さく笑った。
「それが、君が本当に求めていたものだったんだな」
「ええ」
エリザベートは、アレクサンダーを見た。
「あなたは、どうですか? 領地は?」
「おかげさまで」
アレクサンダーは頷いた。
「君の助言のおかげで、少しずつだが良くなっている」
彼は、少し誇らしげに続けた。
「税収は、二年前の一・五倍になった。領民たちも、以前より元気だ」
「それは良かった」
エリザベートは心から嬉しそうに言った。
「あなたも、変わりましたね」
「ああ」
アレクサンダーは認めた。
「君と、あの婚約破棄がなければ、今の私はなかった」
彼は、まっすぐにエリザベートを見た。
「君に、本当に感謝している。そして……本当に、ごめん」
「もう、謝らないでください」
エリザベートは首を振った。
「あれは、必要なことでした。お互いのために」
「そうだな」
アレクサンダーは、深く息を吸った。
「じゃあ、最後に一つだけ」
「何ですか?」
「君は、素晴らしい女性だ」
アレクサンダーは、静かに言った。
「それを理解できなかった私は、本当に愚かだった。でも、今なら分かる」
彼は微笑んだ。
「だから、もう後悔はしない。君の幸せを、心から願っている」
エリザベートは、優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、アレクサンダー様」
彼女は手を差し出した。
「友人として、これからもよろしくお願いします」
アレクサンダーは、その手を取った。
「こちらこそ」
二人は、しっかりと握手を交わした。
それは、本当の意味での別れであり、同時に新しい関係の始まりだった。
アレクサンダーは、静かに会場を後にした。
外に出ると、青空が広がっていた。
「さようなら、エリザベート」
アレクサンダーは小さく呟いた。
「君の幸せを、心から祈っている」
彼は、自分の馬車に向かった。
胸の中には、もう後悔はない。
ただ、感謝と、そして自分自身の未来への決意があった。
披露宴は、夜遅くまで続いた。
人々の笑い声、音楽、祝福の言葉。
全てが、温かく、幸せに満ちていた。
夜が更け、客たちが帰った後。
エリザベートとマクシミリアンは、城のバルコニーに立っていた。
満月が、二つの領地を照らしている。
「幸せですか?」
マクシミリアンが尋ねた。
「ええ」
エリザベートは頷いた。
「こんなに幸せなことはありません」
彼女は、夫の手を取った。
「あなたと出会えて、本当に良かった」
「私もです」
マクシミリアンは、彼女を抱き寄せた。
「これから、二人で新しい未来を作りましょう」
「はい」
二人は、互いに見つめ合った。
「両方の領地を、さらに発展させて」
「教育制度も充実させて」
「商業ネットワークも拡大して」
二人は、未来の計画を語り合った。
恋愛的なロマンスよりも、実務的な話。
でも、二人にとっては、それこそが最高のロマンスだった。
「エリザベート」
マクシミリアンが言った。
「私は、あなたを心から愛しています」
「私も、愛しています」
エリザベートは微笑んだ。
「対等なパートナーとして、共に歩んでいきましょう」
二人は、静かに口づけを交わした。
月明かりの下、二つの影が一つになった。
その頃、王都では。
アレクサンダーは、自分の執務室で書類と向き合っていた。
領地の改善計画、予算の見直し、新しい事業の提案。
かつて、彼が「つまらない」と思っていた仕事。
でも今は、やりがいを感じている。
「若様、まだ起きておられるのですか」
秘書官が心配そうに言った。
「ああ」
アレクサンダーは微笑んだ。
「もう少しで、この計画書が完成する」
秘書官は、主人の変化に驚いていた。
以前のアレクサンダーなら、こんな夜遅くまで働くことはなかった。
「公爵様も、お喜びでしょう」
「そうだといいが」
アレクサンダーは、書類に目を戻した。
父の病は回復し、今は隠居している。
全ての責任が、アレクサンダーにかかっている。
でも、もう恐れてはいない。
エリザベートから学んだこと、彼女の助言、そして自分自身の経験。
全てが、今の自分を作っている。
「さあ、もう一踏ん張りだ」
アレクサンダーは、ペンを取った。
彼にも、やるべきことがある。
それは、エリザベートのような華々しい成功ではないかもしれない。
でも、着実に、一歩ずつ前進している。
それで、十分だった。
数年後。
王国全体が、大きく変わっていた。
エリザベートとマクシミリアンの両領地は、王国屈指の経済圏に成長していた。
彼らの成功を見た他の領主たちも、次々と改革を始めた。
国王フリードリヒ三世は、エリザベートをさらに重用し、王国全体の経済政策を任せるようになった。
ある日、王宮の会議で。
「諸卿」
国王が言った。
「我が王国の経済は、この五年で飛躍的に成長した」
国王は、エリザベートを見た。
「それは、一人の女性の力による」
「陛下、恐縮です」
エリザベートは一礼した。
「これは、皆様の努力の賜物です」
「謙遜するな」
国王は笑った。
「お前の功績は、誰もが認めている」
会議室には、多くの領主が集まっていた。
その中には、アレクサンダーの姿もあった。
彼は、今や立派な領主として認められていた。
会議が終わった後、廊下でエリザベートとアレクサンダーは偶然出会った。
「エリザベート様」
アレクサンダーは丁寧に一礼した。
「お久しぶりです」
「アレクサンダー様も」
二人は、もう以前のような気まずさはなかった。
「領地の経営、順調だと聞いています」
「ええ、おかげさまで」
アレクサンダーは微笑んだ。
「君の教えを、今も実践している」
「それは嬉しいです」
「君は? マクシミリアン様とは、お幸せですか?」
「はい」
エリザベートの顔が、柔らかくなった。
「とても幸せです。一緒に領地を経営し、夢を語り合える。これ以上の幸せはありません」
「そうか」
アレクサンダーは、心から嬉しそうに言った。
「それは良かった」
二人は、しばらく穏やかに会話を交わした。
もう、かつての婚約者という関係ではない。
互いを尊重し合う、同僚のような関係。
それが、今の二人には心地よかった。
「では、私はこれで」
エリザベートは一礼した。
「また、会議でお会いしましょう」
「ああ」
アレクサンダーは見送った。
エリザベートの背中が、遠ざかっていく。
「ありがとう、エリザベート」
アレクサンダーは、心の中で呟いた。
「君のおかげで、私は本当の自分を見つけられた」
その夜、ノイシュタット領の城で。
エリザベートとマクシミリアンは、二人の子供たちに絵本を読んでいた。
五歳の息子と、三歳の娘。
二人とも、両親に似て聡明な子供たちだ。
「お母様、明日も学校?」
息子が尋ねた。
「ええ、楽しみね」
エリザベートは微笑んだ。
「たくさん勉強して、たくさん友達を作りなさい」
子供たちが眠った後、二人は執務室で仕事に戻った。
「明日の会議の資料、確認しました」
マクシミリアンが言った。
「新しい灌漑システムの提案、素晴らしいですね」
「ありがとう」
エリザベートは微笑んだ。
「あなたの製鉄所の拡張計画も、完璧よ」
二人は、夜遅くまで仕事を続けた。
でも、それは苦痛ではなく、喜びだった。
共に働き、共に夢を追い、共に未来を作る。
それが、二人の愛の形だった。
「エリザベート」
マクシミリアンが言った。
「あなたと結婚して、本当に良かった」
「私もよ」
エリザベートは、夫の手を取った。
「あなたは、私の最高のパートナー」
二人は、微笑み合った。
窓の外では、満天の星が輝いている。
かつて、「つまらない」と言われた令嬢。
婚約を破棄され、社交界で笑われた女性。
しかし今、彼女は王国で最も成功した経営者の一人。
愛する夫と、可愛い子供たち。
そして、何より、自分自身の人生を生きている。
「これが、本当の幸せね」
エリザベートは、静かに呟いた。
華やかさではなく、実質。
見た目ではなく、中身。
表面的な評価ではなく、本当の価値。
それを理解してくれる人と共に歩む人生。
それこそが、彼女が求めていた幸せだった。
そして、それを手に入れた。
自分の力で。
誰かに与えられたのではなく、自分で掴み取った幸せ。
「さあ、明日も頑張りましょう」
エリザベートは立ち上がった。
「まだまだ、やることはたくさんあるわ」
マクシミリアンも立ち上がった。
「ええ、一緒に」
二人は、手を取り合って部屋を出た。
未来へ向かって、共に歩いていく。
それが、エリザベートの選んだ道。
そして、それは間違いなく、正しい道だった。
初夏の風が、ノイシュタット領を吹き抜けていた。
領都の中央広場では、祝祭の準備が進められている。今日は、特別な日だ。
エリザベート・フォン・リヒテンシュタインとマクシミリアン・フォン・シュヴァルツヴァルトの結婚式。
城の控え室で、エリザベートは鏡の前に座っていた。
純白のウェディングドレス。シンプルだが、上品で美しい。
「お嬢様、お美しいですわ」
侍女のマルタが、涙ぐみながら言った。
「ありがとう、マルタ」
エリザベートは優しく微笑んだ。
「あなたが、ずっと支えてくれたから、今日があるのよ」
「もったいないお言葉です」
その時、扉がノックされた。
「入って」
扉が開き、病が回復した父、エルンストが入ってきた。
以前より健康そうな顔色。娘の成功が、彼に生きる力を与えていた。
「エリザベート……」
エルンストは、娘の姿を見て言葉を失った。
「父上」
エリザベートは立ち上がり、父に近づいた。
「どうですか?」
「美しい……」
エルンストの目に、涙が浮かんだ。
「お前の母も、きっと喜んでいるだろう」
彼は娘の手を取った。
「エリザベート、お前は私の誇りだ」
「父上……」
「お前は、この領地を変えた。領民たちに希望を与え、王国からも認められた」
エルンストは続けた。
「そして今日、素晴らしい伴侶を得る。これ以上の幸せがあるだろうか」
「父上のおかげです」
エリザベートは微笑んだ。
「父上が、私を信じてくれたから」
二人は、しばらく抱き合った。
式の時間が近づいた。
広場には、多くの人々が集まっていた。
領民たち、近隣の領主たち、商人たち、そして王宮からの使者。
みな、この結婚を祝福するために集まっている。
「新郎の入場です」
マクシミリアンが、凛々しい礼服姿で現れた。
彼の顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいる。
そして、音楽が鳴り響いた。
「新婦の入場です」
エリザベートが、父に腕を取られて現れた。
人々から、歓声が上がった。
「エリザベート様!」
「お幸せに!」
「ありがとうございます!」
領民たちの声援。
かつて、王都の社交界では「つまらない」と言われた令嬢が、今、多くの人々に愛され、祝福されている。
エリザベートは、マクシミリアンの隣に立った。
司祭が、厳かに式を進める。
「マクシミリアン・フォン・シュヴァルツヴァルト、あなたはエリザベート・フォン・リヒテンシュタインを妻とし、喜びの時も苦しみの時も、共に歩むことを誓いますか」
「誓います」
マクシミリアンは、力強く答えた。
「エリザベート・フォン・リヒテンシュタイン、あなたはマクシミリアン・フォン・シュヴァルツヴァルトを夫とし、喜びの時も苦しみの時も、共に歩むことを誓いますか」
「誓います」
エリザベートも、はっきりと答えた。
「では、指輪の交換を」
二人は、互いに指輪をはめ合った。
「私は、二人が夫婦であることを宣言します」
司祭が言った。
「新郎は、新婦に口づけを」
マクシミリアンは、優しくエリザベートの手を取り、額に口づけをした。
会場から、大きな拍手と歓声が湧き上がった。
披露宴は、城の大広間で開かれた。
多くの客が、二人を祝福した。
「エリザベート様、おめでとうございます」
商人ギルドのグスタフが言った。
「貴女の成功を見るのは、この老人の喜びです」
「ありがとうございます、シュミット様」
エリザベートは深く頭を下げた。
「あなたのご協力がなければ、今日はありませんでした」
「いやいや」
グスタフは笑った。
「全ては、貴女の実力です」
次々と、客が挨拶に来た。
農民たち、商人たち、職人たち。
皆、エリザベートに感謝の言葉を述べていく。
「お嬢様のおかげで、生活が良くなりました」
「子供たちが学校に通えるようになりました」
「本当に、ありがとうございます」
エリザベートは、一人一人に丁寧に応えていった。
その時、会場の入り口に、一人の男性が立っているのが見えた。
アレクサンダー・フォン・ローゼンベルクだった。
エリザベートは、彼に気づいた。
アレクサンダーは、以前とは違っていた。
痩せているが、健康的に見える。目には、以前にはなかった真剣さが宿っている。
エリザベートは、彼の元へ歩いて行った。
「アレクサンダー様、来てくださったのですね」
「ああ」
アレクサンダーは、わずかに緊張した様子で答えた。
「招待状をいただいて……来ないわけにはいかなかった」
「ありがとうございます」
二人は、しばらく無言で立っていた。
「エリザベート」
アレクサンダーが口を開いた。
「改めて、おめでとう」
「ありがとうございます」
「君は……本当に幸せそうだ」
アレクサンダーは、マクシミリアンの方を見た。
「あの人は、君に相応しい人だ」
「はい」
エリザベートは微笑んだ。
「彼は、私を理解してくれます。共に同じものを見て、同じ目標に向かって歩ける」
「そうか……」
アレクサンダーは、小さく笑った。
「それが、君が本当に求めていたものだったんだな」
「ええ」
エリザベートは、アレクサンダーを見た。
「あなたは、どうですか? 領地は?」
「おかげさまで」
アレクサンダーは頷いた。
「君の助言のおかげで、少しずつだが良くなっている」
彼は、少し誇らしげに続けた。
「税収は、二年前の一・五倍になった。領民たちも、以前より元気だ」
「それは良かった」
エリザベートは心から嬉しそうに言った。
「あなたも、変わりましたね」
「ああ」
アレクサンダーは認めた。
「君と、あの婚約破棄がなければ、今の私はなかった」
彼は、まっすぐにエリザベートを見た。
「君に、本当に感謝している。そして……本当に、ごめん」
「もう、謝らないでください」
エリザベートは首を振った。
「あれは、必要なことでした。お互いのために」
「そうだな」
アレクサンダーは、深く息を吸った。
「じゃあ、最後に一つだけ」
「何ですか?」
「君は、素晴らしい女性だ」
アレクサンダーは、静かに言った。
「それを理解できなかった私は、本当に愚かだった。でも、今なら分かる」
彼は微笑んだ。
「だから、もう後悔はしない。君の幸せを、心から願っている」
エリザベートは、優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、アレクサンダー様」
彼女は手を差し出した。
「友人として、これからもよろしくお願いします」
アレクサンダーは、その手を取った。
「こちらこそ」
二人は、しっかりと握手を交わした。
それは、本当の意味での別れであり、同時に新しい関係の始まりだった。
アレクサンダーは、静かに会場を後にした。
外に出ると、青空が広がっていた。
「さようなら、エリザベート」
アレクサンダーは小さく呟いた。
「君の幸せを、心から祈っている」
彼は、自分の馬車に向かった。
胸の中には、もう後悔はない。
ただ、感謝と、そして自分自身の未来への決意があった。
披露宴は、夜遅くまで続いた。
人々の笑い声、音楽、祝福の言葉。
全てが、温かく、幸せに満ちていた。
夜が更け、客たちが帰った後。
エリザベートとマクシミリアンは、城のバルコニーに立っていた。
満月が、二つの領地を照らしている。
「幸せですか?」
マクシミリアンが尋ねた。
「ええ」
エリザベートは頷いた。
「こんなに幸せなことはありません」
彼女は、夫の手を取った。
「あなたと出会えて、本当に良かった」
「私もです」
マクシミリアンは、彼女を抱き寄せた。
「これから、二人で新しい未来を作りましょう」
「はい」
二人は、互いに見つめ合った。
「両方の領地を、さらに発展させて」
「教育制度も充実させて」
「商業ネットワークも拡大して」
二人は、未来の計画を語り合った。
恋愛的なロマンスよりも、実務的な話。
でも、二人にとっては、それこそが最高のロマンスだった。
「エリザベート」
マクシミリアンが言った。
「私は、あなたを心から愛しています」
「私も、愛しています」
エリザベートは微笑んだ。
「対等なパートナーとして、共に歩んでいきましょう」
二人は、静かに口づけを交わした。
月明かりの下、二つの影が一つになった。
その頃、王都では。
アレクサンダーは、自分の執務室で書類と向き合っていた。
領地の改善計画、予算の見直し、新しい事業の提案。
かつて、彼が「つまらない」と思っていた仕事。
でも今は、やりがいを感じている。
「若様、まだ起きておられるのですか」
秘書官が心配そうに言った。
「ああ」
アレクサンダーは微笑んだ。
「もう少しで、この計画書が完成する」
秘書官は、主人の変化に驚いていた。
以前のアレクサンダーなら、こんな夜遅くまで働くことはなかった。
「公爵様も、お喜びでしょう」
「そうだといいが」
アレクサンダーは、書類に目を戻した。
父の病は回復し、今は隠居している。
全ての責任が、アレクサンダーにかかっている。
でも、もう恐れてはいない。
エリザベートから学んだこと、彼女の助言、そして自分自身の経験。
全てが、今の自分を作っている。
「さあ、もう一踏ん張りだ」
アレクサンダーは、ペンを取った。
彼にも、やるべきことがある。
それは、エリザベートのような華々しい成功ではないかもしれない。
でも、着実に、一歩ずつ前進している。
それで、十分だった。
数年後。
王国全体が、大きく変わっていた。
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国王フリードリヒ三世は、エリザベートをさらに重用し、王国全体の経済政策を任せるようになった。
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「諸卿」
国王が言った。
「我が王国の経済は、この五年で飛躍的に成長した」
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「それは、一人の女性の力による」
「陛下、恐縮です」
エリザベートは一礼した。
「これは、皆様の努力の賜物です」
「謙遜するな」
国王は笑った。
「お前の功績は、誰もが認めている」
会議室には、多くの領主が集まっていた。
その中には、アレクサンダーの姿もあった。
彼は、今や立派な領主として認められていた。
会議が終わった後、廊下でエリザベートとアレクサンダーは偶然出会った。
「エリザベート様」
アレクサンダーは丁寧に一礼した。
「お久しぶりです」
「アレクサンダー様も」
二人は、もう以前のような気まずさはなかった。
「領地の経営、順調だと聞いています」
「ええ、おかげさまで」
アレクサンダーは微笑んだ。
「君の教えを、今も実践している」
「それは嬉しいです」
「君は? マクシミリアン様とは、お幸せですか?」
「はい」
エリザベートの顔が、柔らかくなった。
「とても幸せです。一緒に領地を経営し、夢を語り合える。これ以上の幸せはありません」
「そうか」
アレクサンダーは、心から嬉しそうに言った。
「それは良かった」
二人は、しばらく穏やかに会話を交わした。
もう、かつての婚約者という関係ではない。
互いを尊重し合う、同僚のような関係。
それが、今の二人には心地よかった。
「では、私はこれで」
エリザベートは一礼した。
「また、会議でお会いしましょう」
「ああ」
アレクサンダーは見送った。
エリザベートの背中が、遠ざかっていく。
「ありがとう、エリザベート」
アレクサンダーは、心の中で呟いた。
「君のおかげで、私は本当の自分を見つけられた」
その夜、ノイシュタット領の城で。
エリザベートとマクシミリアンは、二人の子供たちに絵本を読んでいた。
五歳の息子と、三歳の娘。
二人とも、両親に似て聡明な子供たちだ。
「お母様、明日も学校?」
息子が尋ねた。
「ええ、楽しみね」
エリザベートは微笑んだ。
「たくさん勉強して、たくさん友達を作りなさい」
子供たちが眠った後、二人は執務室で仕事に戻った。
「明日の会議の資料、確認しました」
マクシミリアンが言った。
「新しい灌漑システムの提案、素晴らしいですね」
「ありがとう」
エリザベートは微笑んだ。
「あなたの製鉄所の拡張計画も、完璧よ」
二人は、夜遅くまで仕事を続けた。
でも、それは苦痛ではなく、喜びだった。
共に働き、共に夢を追い、共に未来を作る。
それが、二人の愛の形だった。
「エリザベート」
マクシミリアンが言った。
「あなたと結婚して、本当に良かった」
「私もよ」
エリザベートは、夫の手を取った。
「あなたは、私の最高のパートナー」
二人は、微笑み合った。
窓の外では、満天の星が輝いている。
かつて、「つまらない」と言われた令嬢。
婚約を破棄され、社交界で笑われた女性。
しかし今、彼女は王国で最も成功した経営者の一人。
愛する夫と、可愛い子供たち。
そして、何より、自分自身の人生を生きている。
「これが、本当の幸せね」
エリザベートは、静かに呟いた。
華やかさではなく、実質。
見た目ではなく、中身。
表面的な評価ではなく、本当の価値。
それを理解してくれる人と共に歩む人生。
それこそが、彼女が求めていた幸せだった。
そして、それを手に入れた。
自分の力で。
誰かに与えられたのではなく、自分で掴み取った幸せ。
「さあ、明日も頑張りましょう」
エリザベートは立ち上がった。
「まだまだ、やることはたくさんあるわ」
マクシミリアンも立ち上がった。
「ええ、一緒に」
二人は、手を取り合って部屋を出た。
未来へ向かって、共に歩いていく。
それが、エリザベートの選んだ道。
そして、それは間違いなく、正しい道だった。
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私は自分から婚約破棄を願い出る。
選ばれなかった人生を終わらせるために。
そして、私自身の人生を始めるために。
短いお話です。
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僭越ながら…。麦の収穫期は5月頃です。稲刈りの後に種をまいて、田植えの前に収穫するので二毛作が可能になります。お話がすごくリアリティがあって、読み応えがあるだけに気になりまして。
エリザベートみたいなシゴデキ令嬢大好きなので立身出世することで無理せずナチュラルにザマァできているのが素敵。元婚約者は現実見えて尻に火が付いてからは案外マトモでしたね、その後離婚して財政立て直しできたのは素直に良かったね~と思えました。ソフィア嬢は浪費家なのが社交界でバレてるしこの先まともな殿方との良縁は…どうなんでしょ?エリザベートが公私共に幸せ掴めて良かったです。完結ありがとうございました。