今さら復縁なんて都合が良すぎです

たくわん

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工房の再生は、掃除から始まった。五年分の埃を払い、蜘蛛の巣を取り、曇った窓を磨く。陽の光が入ると、部屋は驚くほど明るくなった。母が選んだ南向きの部屋だ。光の入り方まで計算していたのだと、今になってわかる。

ニクラスの資金で最低限の設備を整えた。新しい裁断鋏、上質な針と糸、数種類の生地。足りないものは山ほどあるが、最初の一着を仕立てるには十分だった。

フィーネは職人を雇う余裕がなく、ほぼ一人で作業を進めた。母のデザイン画帳を傍らに置き、ページを何度もめくりながら構想を練る。


マルガレーテ・ブルーメンタールは、想像していたのとは違う人だった。大商家の奥方というからもっと気難しい人を覚悟していたが、工房を訪ねてきた彼女は、開口一番こう言った。

「まあ、この工房。懐かしいわ」

丸い頬に柔らかな笑みを浮かべ、室内をゆっくりと見回す。壁に残った布見本の跡や、棚の配置を覚えているらしかった。

「お母様はいつも、ここに立ってお客の話を聞いてくださったの。好きな花、好きな季節、最近嬉しかったこと。服と関係ない話ばかり聞くのよ」

「それは——なぜでしょう」

「その人を知らなければ、その人のための服は作れない。そうおっしゃっていたわ」

フィーネは胸を打たれた。母の仕事の本質を、顧客の方がよく知っている。

「お母様の服を着ると、背筋が伸びる気がしたの。鏡を見て、ああ自分はこういう人間だったんだって思い出させてくれるような服だった」

マルガレーテの目が少し潤んでいた。フィーネは姿勢を正し、手帳を開いた。

「マルガレーテ様。お好きな花を教えていただけますか」

マルガレーテは一瞬きょとんとして、それから嬉しそうに笑った。

「すずらん。小さくて控えめだけれど、香りが深いでしょう」


採寸を終え、好みや生活の様子を丁寧に聞き取った。マルガレーテは商家の集まりや慈善の茶会によく出席するという。派手さよりも品格を、窮屈さよりも動きやすさを求めている。

生地を選び、デザインを起こし、裁断に入った。母の画帳を参考にしながら、自分なりの線を探す。

ここで壁にぶつかった。

母のデザインを再現しようとすればするほど、手が止まる。線をなぞることはできる。だが、なぞっているだけだという感覚が消えない。母の模倣に過ぎないものを、メゾン・フローラの新作として出していいのか。

三日間、裁断台の前で悩んだ。生地に鋏を入れられないまま、画帳と生地の間を目が往復する。


四日目の夕方、ニクラスが工房を訪ねてきた。帳簿の確認が名目だったが、フィーネの顔を見て首を傾げた。

「顔色が悪いですね。食事してますか」

「しています」

「嘘ですね。目の下に隈ができてる」

図星だったが認めたくなかった。ニクラスは勝手にお茶を淹れ始め、裁断台の上の手つかずの生地を見た。

「進んでいないんですか」

「……お母様の、デザインを再現しようとしているのですが」

「再現?」

ニクラスは湯気の立つカップをフィーネの前に置き、画帳を覗き込んだ。それから生地に目を移し、少し考えてから言った。

「お母さんの真似をしなくていいんじゃないですか」

フィーネは顔を上げた。

「あなた自身の華を縫えばいいのに。投資したのはメゾン・フローラの看板じゃなくて、あなたの腕ですよ」

軽い口調だった。けれどその一言が、絡まっていた糸をすっと解いた。母を超える必要はない。母の真似をする必要もない。母が遺してくれた土台の上に、自分の花を咲かせればいい。

フィーネはお茶を一口飲み、画帳を閉じた。代わりに白紙の紙を広げ、鉛筆を取った。マルガレーテの笑顔を思い浮かべる。すずらん。控えめだけれど、香りが深い花。

線が走り始めた。母のエレガンスを骨格に残しながら、自分だけの刺繍を加える。すずらんの花をモチーフにした繊細な銀糸の刺繍。主張しすぎず、けれど光が当たるとふっと浮かび上がる、そういう装飾。

ニクラスはいつの間にか帰っていた。空になったカップだけが、彼がここにいた証拠だった。


それから十日間、フィーネは工房にこもった。縫って、解いて、また縫う。指先に針が刺さっても構わず続けた。

完成したのは、深い緑の絹地に銀糸のすずらんを散らしたドレスだった。裾に向かって刺繍が密になり、歩くたびに花が揺れるように見える仕掛けを施した。

マルガレーテが袖を通した瞬間、工房に沈黙が落ちた。

鏡の前に立ったマルガレーテは、しばらく何も言わなかった。唇が小さく震えている。

「……まあ」

その一言に、万感がこもっていた。目尻に涙が光っている。

「あの子の面影があるわ。でも、これはあなたの作品ね」

フィーネは深く頭を下げた。目の奥が熱い。

「ありがとうございます」

これが、メゾン・フローラの最初の一着。母の工房から生まれた、フィーネ自身の花。

マルガレーテは鏡の中の自分にもう一度目をやり、静かに微笑んだ。背筋が、すっと伸びていた。
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