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冬が近づくにつれて、工房は忙しさを増した。バルトロメ男爵夫人のドレスが晩餐会で評判を呼び、貴族の婦人からの注文が少しずつ、しかし確実に増えていった。
フィーネの仕事には一貫した信念があった。流行を追わない。依頼主の個性を見る。その人が一番美しく見える服を作る。
地味だと言われてきた自分だからこそ、わかることがあった。華やかさだけが美しさではない。静かな佇まいの中にある品格、年齢を重ねた肌に映える色、体型の癖すらも魅力に変える仕立て。それを見抜く目が、フィーネにはあった。
「メゾン・フローラに頼むと、自分の知らなかった自分に会える」
いつからかそんな評判が立ち、注文は途切れなくなった。エルマとヨハナの腕も上がり、工房は三人で回せる限界に近づいていた。
ニクラスとの打ち合わせは、いつしか週に二度になっていた。仕入れの相談、帳簿の確認、新しい取引先の開拓。名目はいくらでもあった。
ある夜、納品が重なって遅くまで作業が続いた。エルマとヨハナが帰った後も、フィーネは刺繍の仕上げをしていた。ニクラスは帰るタイミングを逃したのか、工房の隅でお茶を淹れていた。
「いつも思うんですが」
ニクラスがカップを差し出しながら言った。
「なぜそこまで一着一着に心を込めるんですか。効率だけ考えたら、もう少し手を抜いても売れるでしょう」
フィーネは針を動かしながら答えた。
「服は鎧みたいなものだから」
「鎧?」
「纏うことで、少しだけ強くなれる。背筋が伸びて、顔が上がって、声が出る。そういう力が、ちゃんと作られた服にはあると思うんです」
言ってから、自分が母の受け売りをしていることに気づいた。でもそれは、今では自分自身の実感でもあった。
ニクラスはしばらく黙っていた。カップの湯気が、薄暗い工房の中でゆらゆらと揺れている。
「あなた自身が一番、その鎧を必要としていたのかもしれませんね」
不意打ちだった。フィーネの手が止まった。ニクラスの目はいつもの軽い調子ではなく、静かで、まっすぐだった。
「……そう、かもしれません」
それ以上は何も言えなかった。沈黙が落ちたが、気まずくはなかった。窓の外で風が鳴っている。工房の灯りだけが、二人の周りをやわらかく照らしていた。
その夜、自室に戻ってから、フィーネは長い間天井を見つめていた。
ニクラスといる時間が心地いい。仕事の話をしている時も、黙ってお茶を飲んでいる時も、彼がそこにいるだけで工房の空気が少しやわらかくなる。
それは感謝だろうか。信頼だろうか。それとも——。
考えかけて、首を振った。身分が違う。伯爵令嬢と商家の息子。世間がどう見るか。そして何より、ルートヴィヒに捨てられた傷がまだ胸の奥にある。誰かに心を開いて、また「足りない」と言われたら。
今は仕事だけを考えよう。自分の足で立つことだけを考えよう。気持ちに蓋をして、フィーネは目を閉じた。
数日後、大きな依頼が舞い込んだ。
ヘルムシュタット伯爵夫人。王都の社交シーズンの幕開けとなる冬の大舞踏会に出席するためのドレスを注文したいという。伯爵夫人は社交界でも顔の広い人物で、その場に着ていくドレスは多くの目に触れることになる。
「成功すれば、メゾン・フローラの名前は一気に広まります」
ニクラスは冷静に言ったが、目の奥は興奮を隠しきれていなかった。
「失敗すれば、終わりかもしれません」
「そうですね。でも、あなたは受けるでしょう」
見透かされている。フィーネは苦笑した。
「ええ。受けます」
ヘルムシュタット伯爵夫人との打ち合わせに向かう朝、フィーネは工房の鏡の前で自分を見た。相変わらず地味な顔だ。けれど、半年前とは目が違う。あの夜、バルコニーで泣きそうになっていた自分とは。
鏡に向かって小さく頷き、フィーネは工房を出た。
フィーネの仕事には一貫した信念があった。流行を追わない。依頼主の個性を見る。その人が一番美しく見える服を作る。
地味だと言われてきた自分だからこそ、わかることがあった。華やかさだけが美しさではない。静かな佇まいの中にある品格、年齢を重ねた肌に映える色、体型の癖すらも魅力に変える仕立て。それを見抜く目が、フィーネにはあった。
「メゾン・フローラに頼むと、自分の知らなかった自分に会える」
いつからかそんな評判が立ち、注文は途切れなくなった。エルマとヨハナの腕も上がり、工房は三人で回せる限界に近づいていた。
ニクラスとの打ち合わせは、いつしか週に二度になっていた。仕入れの相談、帳簿の確認、新しい取引先の開拓。名目はいくらでもあった。
ある夜、納品が重なって遅くまで作業が続いた。エルマとヨハナが帰った後も、フィーネは刺繍の仕上げをしていた。ニクラスは帰るタイミングを逃したのか、工房の隅でお茶を淹れていた。
「いつも思うんですが」
ニクラスがカップを差し出しながら言った。
「なぜそこまで一着一着に心を込めるんですか。効率だけ考えたら、もう少し手を抜いても売れるでしょう」
フィーネは針を動かしながら答えた。
「服は鎧みたいなものだから」
「鎧?」
「纏うことで、少しだけ強くなれる。背筋が伸びて、顔が上がって、声が出る。そういう力が、ちゃんと作られた服にはあると思うんです」
言ってから、自分が母の受け売りをしていることに気づいた。でもそれは、今では自分自身の実感でもあった。
ニクラスはしばらく黙っていた。カップの湯気が、薄暗い工房の中でゆらゆらと揺れている。
「あなた自身が一番、その鎧を必要としていたのかもしれませんね」
不意打ちだった。フィーネの手が止まった。ニクラスの目はいつもの軽い調子ではなく、静かで、まっすぐだった。
「……そう、かもしれません」
それ以上は何も言えなかった。沈黙が落ちたが、気まずくはなかった。窓の外で風が鳴っている。工房の灯りだけが、二人の周りをやわらかく照らしていた。
その夜、自室に戻ってから、フィーネは長い間天井を見つめていた。
ニクラスといる時間が心地いい。仕事の話をしている時も、黙ってお茶を飲んでいる時も、彼がそこにいるだけで工房の空気が少しやわらかくなる。
それは感謝だろうか。信頼だろうか。それとも——。
考えかけて、首を振った。身分が違う。伯爵令嬢と商家の息子。世間がどう見るか。そして何より、ルートヴィヒに捨てられた傷がまだ胸の奥にある。誰かに心を開いて、また「足りない」と言われたら。
今は仕事だけを考えよう。自分の足で立つことだけを考えよう。気持ちに蓋をして、フィーネは目を閉じた。
数日後、大きな依頼が舞い込んだ。
ヘルムシュタット伯爵夫人。王都の社交シーズンの幕開けとなる冬の大舞踏会に出席するためのドレスを注文したいという。伯爵夫人は社交界でも顔の広い人物で、その場に着ていくドレスは多くの目に触れることになる。
「成功すれば、メゾン・フローラの名前は一気に広まります」
ニクラスは冷静に言ったが、目の奥は興奮を隠しきれていなかった。
「失敗すれば、終わりかもしれません」
「そうですね。でも、あなたは受けるでしょう」
見透かされている。フィーネは苦笑した。
「ええ。受けます」
ヘルムシュタット伯爵夫人との打ち合わせに向かう朝、フィーネは工房の鏡の前で自分を見た。相変わらず地味な顔だ。けれど、半年前とは目が違う。あの夜、バルコニーで泣きそうになっていた自分とは。
鏡に向かって小さく頷き、フィーネは工房を出た。
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