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初夏の午後、セラフィーナは執務室で書類を整理していた。
薬草事業は順調に拡大を続けており、新しい契約書や注文書が山積みになっている。一つ一つ丁寧に確認していると、執事のセバスチャンがノックした。
「令嬢様、お客様です」
「どなたですか?」
「公爵家の執事、ロバート様とおっしゃいます」
セラフィーナは手を止めた。公爵家――アレクシスの家だ。
「……応接室に通してください」
「かしこまりました」
少し時間を置いてから、セラフィーナは応接室に向かった。心は落ち着いている。もう彼らに対して、特別な感情はない。
「お待たせいたしました」
応接室に入ると、初老の執事が立ち上がって丁寧に一礼した。
「侯爵令嬢様、本日はお時間をいただき恐縮です」
「ご用件は?」
セラフィーナは単刀直入に尋ねた。儀礼的な会話は必要ないと判断した。
執事は少し躊躇してから、口を開いた。
「実は……令嬢様の製造される薬草製品について、公爵家でも取り扱わせていただけないかと」
「具体的には?」
「特に、精神を安定させる効果のある薬草茶を……」
セラフィーナは瞬時に理解した。エリーゼのためだ。
「公爵家には王宮医師がついているはずです」
「はい、しかし……」
執事は言葉を濁した。
「王宮医師の処方では、効果が十分でないと」
「それは残念ですが」
セラフィーナは冷静に答えた。
「私の薬草製品は、予防と健康維持のためのものです。治療が必要な方には、専門の医師の診断を優先すべきです」
「しかし……」
「それに」
セラフィーナは穏やかだが、はっきりとした口調で続けた。
「公爵家との取引は、お断りさせていただきます」
執事は顔色を変えた。
「理由をお聞かせ願えますか」
「個人的な理由です」
それ以上は説明しなかった。過去の婚約破棄のことを持ち出すつもりはない。ただ、関わりたくないだけだ。
「……承知いたしました」
執事は深く頭を下げた。
「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございました」
彼が立ち去った後、セラフィーナは深く息をついた。
断ることに、一瞬の迷いもなかった。
公爵家の問題は、彼らが自分で解決すべきことだ。自分には関係ない。
窓の外を見ると、薬草園で働く人々の姿が見える。ここには、自分を必要としてくれる人々がいる。それで十分だった。
その夜、公爵邸では重苦しい雰囲気が漂っていた。
「断られた、だと?」
アレクシスは執事の報告に、深くため息をついた。
「はい。丁重に、しかしきっぱりと」
「……そうか」
当然だと思った。自分が婚約破棄した相手に、助けを求めるなど虫が良すぎる。
「他の薬草商人を探せ」
「しかし、侯爵令嬢の製品ほどの品質は……」
「構わん。探せ」
執事は退室した。
一人になると、アレクシスは書斎の椅子に深く沈み込んだ。
すべてが裏目に出ている。
エリーゼとの結婚、跡継ぎ問題、評判の低下。そしてセラフィーナへの依頼の失敗。
「私は……」
彼は自分の無力さを痛感した。
かつて誇り高かった公爵家が、今や問題だらけだ。そして、それを解決する術を持たない自分。
隣の部屋から、エリーゼの甲高い声が聞こえた。
「何ですって! あの女が断った!」
執事から報告を受けたらしい。
「許せない! 私は公爵夫人よ! あんな成り上がりの令嬢に!」
物が壊れる音がした。
アレクシスは頭を抱えた。
もう、限界だった。
翌日、社交界ではまた新しい噂が広がっていた。
「公爵家が侯爵令嬢に薬草を頼んだらしいわよ」
「でも断られたとか」
「当然でしょう。婚約破棄しておいて、今さら」
「公爵家も落ちぶれたものね」
囁きは容赦なく、公爵家の威信をさらに傷つけた。
一方、セラフィーナは淡々と日常を送っていた。
エドウィンとの研究、事業の拡大、領民との交流。充実した毎日だった。
「令嬢様、婚約発表の準備はいかがいたしましょうか」
執事のセバスチャンが尋ねた。
「そうですね。来月の社交界で発表しましょう」
「かしこまりました」
セラフィーナは窓の外を眺めた。
青空が広がっている。
過去は過去。今は未来を見ている。
公爵家のことなど、もう心の片隅にもなかった。
ただ、自分の幸せを大切にする。それだけだった。
薬草事業は順調に拡大を続けており、新しい契約書や注文書が山積みになっている。一つ一つ丁寧に確認していると、執事のセバスチャンがノックした。
「令嬢様、お客様です」
「どなたですか?」
「公爵家の執事、ロバート様とおっしゃいます」
セラフィーナは手を止めた。公爵家――アレクシスの家だ。
「……応接室に通してください」
「かしこまりました」
少し時間を置いてから、セラフィーナは応接室に向かった。心は落ち着いている。もう彼らに対して、特別な感情はない。
「お待たせいたしました」
応接室に入ると、初老の執事が立ち上がって丁寧に一礼した。
「侯爵令嬢様、本日はお時間をいただき恐縮です」
「ご用件は?」
セラフィーナは単刀直入に尋ねた。儀礼的な会話は必要ないと判断した。
執事は少し躊躇してから、口を開いた。
「実は……令嬢様の製造される薬草製品について、公爵家でも取り扱わせていただけないかと」
「具体的には?」
「特に、精神を安定させる効果のある薬草茶を……」
セラフィーナは瞬時に理解した。エリーゼのためだ。
「公爵家には王宮医師がついているはずです」
「はい、しかし……」
執事は言葉を濁した。
「王宮医師の処方では、効果が十分でないと」
「それは残念ですが」
セラフィーナは冷静に答えた。
「私の薬草製品は、予防と健康維持のためのものです。治療が必要な方には、専門の医師の診断を優先すべきです」
「しかし……」
「それに」
セラフィーナは穏やかだが、はっきりとした口調で続けた。
「公爵家との取引は、お断りさせていただきます」
執事は顔色を変えた。
「理由をお聞かせ願えますか」
「個人的な理由です」
それ以上は説明しなかった。過去の婚約破棄のことを持ち出すつもりはない。ただ、関わりたくないだけだ。
「……承知いたしました」
執事は深く頭を下げた。
「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございました」
彼が立ち去った後、セラフィーナは深く息をついた。
断ることに、一瞬の迷いもなかった。
公爵家の問題は、彼らが自分で解決すべきことだ。自分には関係ない。
窓の外を見ると、薬草園で働く人々の姿が見える。ここには、自分を必要としてくれる人々がいる。それで十分だった。
その夜、公爵邸では重苦しい雰囲気が漂っていた。
「断られた、だと?」
アレクシスは執事の報告に、深くため息をついた。
「はい。丁重に、しかしきっぱりと」
「……そうか」
当然だと思った。自分が婚約破棄した相手に、助けを求めるなど虫が良すぎる。
「他の薬草商人を探せ」
「しかし、侯爵令嬢の製品ほどの品質は……」
「構わん。探せ」
執事は退室した。
一人になると、アレクシスは書斎の椅子に深く沈み込んだ。
すべてが裏目に出ている。
エリーゼとの結婚、跡継ぎ問題、評判の低下。そしてセラフィーナへの依頼の失敗。
「私は……」
彼は自分の無力さを痛感した。
かつて誇り高かった公爵家が、今や問題だらけだ。そして、それを解決する術を持たない自分。
隣の部屋から、エリーゼの甲高い声が聞こえた。
「何ですって! あの女が断った!」
執事から報告を受けたらしい。
「許せない! 私は公爵夫人よ! あんな成り上がりの令嬢に!」
物が壊れる音がした。
アレクシスは頭を抱えた。
もう、限界だった。
翌日、社交界ではまた新しい噂が広がっていた。
「公爵家が侯爵令嬢に薬草を頼んだらしいわよ」
「でも断られたとか」
「当然でしょう。婚約破棄しておいて、今さら」
「公爵家も落ちぶれたものね」
囁きは容赦なく、公爵家の威信をさらに傷つけた。
一方、セラフィーナは淡々と日常を送っていた。
エドウィンとの研究、事業の拡大、領民との交流。充実した毎日だった。
「令嬢様、婚約発表の準備はいかがいたしましょうか」
執事のセバスチャンが尋ねた。
「そうですね。来月の社交界で発表しましょう」
「かしこまりました」
セラフィーナは窓の外を眺めた。
青空が広がっている。
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