虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん

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盛夏の午後、公爵邸の大会議室に親族たちが集まっていた。

長テーブルの上座にアレクシスが座り、その周りを公爵家の重臣と親族が囲んでいる。部屋の空気は重苦しく、誰もが深刻な表情を浮かべていた。

「では、始めましょう」

筆頭重臣のバルトロメウスが咳払いをして口を開いた。白髪の老紳士で、二代に渡って公爵家に仕えている。

「本日お集まりいただいたのは、公爵家の後継問題についてです」

その言葉に、室内の空気が更に重くなった。

「アレクシス様がご結婚されて一年半。しかし未だ跡継ぎの兆しがございません」
「体調の問題もあると聞いております」

別の重臣が付け加えた。

「公爵夫人は頻繁に体調を崩され、社交界にもほとんど姿を見せられない状況です」

アレクシスは黙って聞いていた。反論する言葉がなかった。全て事実だからだ。

「そこで、我々は一つの提案をさせていただきたい」

バルトロメウスは慎重に言葉を選んだ。

「従弟のヴィクター様を養子に迎え、次期公爵とする。これはいかがでしょうか」

室内がざわついた。ヴィクターは公爵家の傍系で、二十五歳の優秀な青年だった。既に結婚しており、子供も二人いる。

「それは…」

アレクシスが口を開きかけた時、扉が勢いよく開いた。

「絶対に許しません!」

エリーゼだった。髪は乱れ、ドレスも皺だらけ。化粧も中途半端で、目は充血している。

「エリーゼ、ここは…」
「黙りなさい!」

エリーゼはアレクシスを睨みつけた。

「養子?ふざけないで!私がいるのに!私が公爵夫人なのに!」
「公爵夫人」

バルトロメウスが穏やかに、しかし毅然とした口調で言った。

「これは公爵家の存続に関わる重要な問題です」
「だから私が子供を産めばいいんでしょう!」

エリーゼは金切り声を上げた。

「もう少し待ってくれればいいじゃない!どうしてそんなに急ぐの!」
「一年半という時間は、決して短くありません」

別の重臣が言った。

「それに、公爵夫人の健康状態では…」
「私は健康よ!」

エリーゼは叫んだ。

「あのセラフィーナみたいな病弱女とは違うのよ!」

その名前が出た瞬間、室内の空気が凍りついた。アレクシスの表情が硬くなった。

「エリーゼ、その名を出すな」
「どうして!あの女のせいよ!あの女が無料診療所なんて開いて、評判になって!私が比較されるのよ!」

エリーゼは泣き叫び始めた。

「私の方が美しいのに!健康なのに!公爵夫人なのに!どうしてあの女ばかり褒められるの!」
「エリーゼ!」

アレクシスが立ち上がった。

「もう部屋に戻りなさい」
「嫌よ!」

エリーゼは床を踏み鳴らした。まるで駄々をこねる子供のようだった。

「養子なんて絶対に認めない!私が子供を産むまで待ちなさい!」
「公爵夫人」

バルトロメウスが冷たい声で言った。

「これは公爵家の問題です。あなた個人の感情で左右されるものではありません」
「何ですって!」

エリーゼは重臣に詰め寄ろうとしたが、アレクシスが彼女の腕を掴んだ。

「エリーゼ、部屋に戻れと言っている」
「離して!」

エリーゼは腕を振りほどき、テーブルの上の書類を払い落とした。重要な文書が床に散乱する。

「あなたたち全員、私の敵なのね!私を追い出したいのね!」
「誰もそんなことは…」
「嘘つき!」

エリーゼは花瓶を掴んで投げつけようとした。アレクシスが慌ててそれを止める。

「エリーゼ!」
「離しなさい!私は公爵夫人よ!誰にも命令されないわ!」

騒ぎを聞きつけて、侍女たちが駆けつけた。アレクシスは彼女たちに目配せをし、エリーゼを寝室に連れて行かせた。

「離しなさい!離して!」

エリーゼの叫び声が廊下に響き渡る。やがて遠ざかり、扉が閉まる音がして、静寂が戻った。

会議室には気まずい沈黙が流れた。

「申し訳ございません」

アレクシスが深々と頭を下げた。

「妻の無礼、お詫びいたします」

重臣たちは複雑な表情で顔を見合わせた。

「アレクシス様」

バルトロメウスが重々しく口を開いた。

「これは単なる後継問題ではなくなってきています」
「…わかっています」
「公爵夫人の…状態は、公爵家の威信に関わります」

別の重臣が続けた。

「社交界での評判も芳しくありません。欠席が続き、出席されても…」

言葉を濁したが、意味は明確だった。エリーゼの振る舞いは、既に社交界で問題視されている。

「離縁も視野に入れるべきではないでしょうか」

若い重臣の一人が思い切って言った。

「このままでは公爵家の未来が…」

アレクシスは何も言えなかった。心の奥底では、その選択肢を既に考えていた。だが、それを実行する勇気がなかった。

「少し、時間をください」

アレクシスは疲れ果てた声で言った。

「考えさせてください」

重臣たちは渋々頷いた。

「では、次回の会議は一ヶ月後に」

バルトロメウスが宣言し、親族会議は終了した。

---

全員が退出した後、アレクシスは一人会議室に残った。散乱した書類を拾い上げながら、深いため息をついた。

窓の外には、王都の街並みが広がっている。どこかに、セラフィーナの診療所もあるのだろう。彼女は今、人々を救い、社会に貢献し、幸せな結婚を控えている。

一方、自分は。

アレクシスは窓枠に額を押し当てた。

(間違えた。完全に、取り返しのつかないほどに)

その事実が、今更ながら胸に突き刺さった。

遠くから、エリーゼの泣き声が聞こえてくる。侍女を責める甲高い声。

アレクシスは目を閉じた。この地獄から、逃れる道はあるのだろうか。
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