もう、あなたには何も感じません

たくわん

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春が訪れた。

二年目の春だ。

クラリッサは、領地の畑を見渡していた。一面に広がる緑。小麦、大麦、亜麻、そして様々な野菜が青々と育っている。

「美しいわね」

オスカーが、隣で微笑んだ。

「ええ。二年前とは、まるで違う」

クラリッサは、感慨深げに呟いた。

二年前の春、この領地は荒廃していた。痩せた土地、絶望した人々。

でも今は、希望に満ちている。

「お嬢様」

トマスが、駆け寄ってきた。

「借金の最後の支払い、完了しました」

「本当?」

クラリッサは、目を輝かせた。

「はい。ヘンリーが、今朝、最後の債権者に支払いを済ませました」

「ついに」

クラリッサは、深く息を吸った。

二年間の戦い。ついに、完全勝利だ。

「皆に伝えて。今夜、盛大な祝賀会を開くわ」

「はい」

トマスは、嬉しそうに駆け出していった。

クラリッサは、オスカーを見た。

「やったわ」

「おめでとうございます」

オスカーは、彼女を抱きしめた。

「あなたは、本当に素晴らしい」

その日の午後、屋敷の書斎で正式な確認が行われた。

セバスチャンとヘンリーが、全ての書類を広げた。

「借金、完済」

ヘンリーが、宣言した。

「フォンテーヌ伯爵家は、完全に債務から解放されました」

エドウィン伯爵は、涙を流していた。

「クラリッサ、お前は家を救ってくれた」

「父上、これは皆の力です」

「いや、お前の力だ」

伯爵は、娘の手を取った。

「お前がいなければ、この家は滅んでいた」

クラリッサも、涙を流した。

長い戦いだった。でも、ついに終わった。

「これからは、未来のために生きられるわ」

彼女は、微笑んだ。

その夜、村では盛大な祝賀会が開かれた。

焚き火が焚かれ、料理が並び、音楽が奏でられた。

村人たち全員が、喜びに沸いていた。

「お嬢様のおかげです」

「本当に、ありがとうございます」

口々に感謝の言葉が述べられた。

クラリッサは、演台の上に立った。

「皆さん、今日は本当におめでとうございます」

拍手が起こった。

「二年前、この領地は絶望的でした。でも、皆が諦めなかった」

クラリッサの声は、力強かった。

「一緒に働き、一緒に汗を流し、一緒に夢を見た」

「その結果が、今です」

彼女は、村を見回した。

「この豊かな畑、笑顔の人々。これが、私たちが手に入れたものです」

歓声が上がった。

「でも、これは終わりではありません」

クラリッサは、続けた。

「これから、もっと良くしていきます。学校を充実させ、道路を整備し、皆がもっと幸せに暮らせる村を作ります」

「そして」

クラリッサは、オスカーを見た。

「私は、結婚します」

村人たちから、驚きと喜びの声が上がった。

「オスカー・フォン・シュトラール。彼は、この二年間、私を支えてくれました」

オスカーが、演台に上がってきた。

「そして、これからも共に歩んでいきます」

二人は、手を取り合った。

村人たちから、大きな拍手が起こった。

「お嬢様、お幸せに」

「おめでとうございます」

歓声は、夜空に響き渡った。

翌日、クラリッサは王都へと向かった。

王太子に、借金完済の報告をするためだ。

「見事だ」

王太子は、報告書を読んで感嘆した。

「二年で、金貨八万枚の借金を完済するとは」

「皆のおかげです」

「いや、君の功績だ」

王太子は、立ち上がった。

「クラリッサ・フォンテーヌ。君の功績を称え、特別な称号を授けたい」

「称号、ですか」

「『農政の母』」

王太子は、宣言した。

「王国の農業を救い、多くの領地を繁栄に導いた。その功績を、永遠に記録する」

クラリッサは、深く頭を下げた。

「光栄です」

「そして、もう一つ」

王太子は、書類を差し出した。

「王国農業学校の開校準備、順調に進んでいる。来月、開校式だ」

「はい」

「初代校長として、君に全てを任せる」

「ありがとうございます」

クラリッサは、決意を新たにした。

謁見が終わった後、クラリッサは王都の街を歩いた。

オスカーと並んで、手を繋いで。

「忙しくなりますね」

オスカーが、言った。

「農業学校の校長、領地の管理、そして結婚」

「ええ。でも、全部楽しみだわ」

クラリッサは、微笑んだ。

「あなたがいてくれるから、何でもできる気がする」

「僕も、同じです」

オスカーは、彼女の手を握った。

「あなたと共に歩めることが、何より幸せです」

二人は、王都の広場に出た。

そこには、大きな噴水があった。多くの人々が行き交い、活気に満ちている。

「あら」

クラリッサは、遠くに見覚えのある姿を見つけた。

ロベルトとイザベラだ。

二人は、質素な服装をしていた。以前のような華やかさはない。

だが、表情は穏やかだった。

イザベラが、こちらに気づいた。

「クラリッサ様」

彼女は、駆け寄ってきた。

「お久しぶりです」

「イザベラ様。お元気そうですね」

「はい。おかげさまで」

イザベラは、明るく笑った。

「グレイソン侯爵領、春の収穫が素晴らしかったんです」

「本当ですか」

「ええ。あなたの農法のおかげで、収量が倍になりました」

イザベラの目には、涙が浮かんでいた。

「本当に、ありがとうございます」

ロベルトも、近づいてきた。

「クラリッサ、本当にありがとう」

彼の表情は、以前より穏やかだった。

「君のおかげで、領地は救われた」

「良かったです」

クラリッサは、心から言った。

「これからも、頑張ってください」

「君は」

ロベルトは、クラリッサの手元を見た。

婚約指輪が、輝いている。

「結婚するのか」

「はい」

クラリッサは、オスカーを見た。

「オスカーと」

「そうか」

ロベルトは、複雑な表情を見せた。

だが、すぐに微笑んだ。

「おめでとう。幸せに」

「ありがとうございます」

クラリッサは、一礼した。

「では、失礼します」

クラリッサとオスカーは、その場を離れた。

少し歩いてから、オスカーが尋ねた。

「大丈夫ですか」

「ええ、平気よ」

クラリッサは、微笑んだ。

「もう、何も感じないわ。ただの知り合い、というだけ」

「そうですか」

「過去は、過去。大切なのは、今と未来よ」

クラリッサは、空を見上げた。

青い空が、どこまでも広がっている。

「これから、どんな未来が待っているのかしら」

「きっと、素晴らしい未来ですよ」

オスカーは、確信を持って言った。

「あなたと一緒なら」

二人は、並んで歩き続けた。

王都の街路を、手を繋いで。

幸せな午後だった。

その日の夕方、屋敷に戻ると手紙が届いていた。

王国中の貴族たちからだ。

結婚の祝福、農業学校への期待、そして感謝の言葉。

クラリッサは、一通一通、丁寧に読んだ。

「たくさんの人が、応援してくれているのね」

「あなたは、王国の希望ですから」

オスカーは、微笑んだ。

「多くの人が、あなたを慕っています」

「恐れ多いわ」

クラリッサは、謙遜した。

「でも、期待に応えないと」

彼女は、立ち上がった。

「農業学校の準備、本格的に始めましょう」

その夜、クラリッサは書斎で計画を立てていた。

農業学校のカリキュラム、教員の選定、施設の設計。

全てを、几帳面に書き出していく。

ふと、窓の外を見た。

満月が、領地を照らしている。

畑が、銀色に輝いている。

「二年前、あの絶望的な夜」

クラリッサは、呟いた。

「まさか、こんな未来が待っているとは」

婚約破棄、借金、荒廃。

全てが、遠い昔のことのようだった。

「でも、あの苦しみがあったから、今がある」

彼女は、微笑んだ。

「全てに、意味があったのね」

ノックの音がした。

「入って」

オスカーが、温かい飲み物を持って入ってきた。

「まだ、起きているのですか」

「ええ。計画を立てていたの」

「無理をしないでください」

オスカーは、飲み物を置いた。

「あなたの体が、何より大切です」

「ありがとう」

クラリッサは、彼を見上げた。

「オスカー、私ね」

「はい」

「本当に幸せよ」

クラリッサの目には、涙が浮かんでいた。

「こんなに幸せになれるなんて、思わなかった」

オスカーは、彼女の手を取った。

「僕も、同じです」

「あなたと出会えて、本当に良かった」

二人は、抱き合った。

窓の外では、月が静かに輝いていた。

美しい夜だった。

そして、これは新しい物語の始まりだった。

クラリッサとオスカーの、共に歩む未来への。
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