婚約破棄された私が辺境で薬師になったら、元婚約者が後悔し始めました

たくわん

文字の大きさ
9 / 20

9

しおりを挟む
レオンが去って一ヶ月。リディアは研究と診療に没頭していたが、ふとした瞬間に彼のことを思い出した。彼の笑顔、真剣な眼差し、そして研究について熱く語る姿。

「お嬢様、また考え事ですか」

 エマが心配そうに声をかけた。

「ごめんなさい。集中していなかったわ」

「レオン様のことですか」

 エマの問いに、リディアは答えられなかった。図星だったからだ。

「お嬢様、お気持ちを素直に認めた方が楽になりますよ」

「でも...私には恋愛をしている暇なんて」

「お嬢様は十分頑張っておられます。幸せになる権利もあるんです」

 その時、村の見張り番が駆け込んできた。

「領主様、大変です。隣国から緊急の使者が来ています」

 リディアが外に出ると、ヴェルディア王国の紋章をつけた使者が待っていた。

「リディア・フォルテ様ですね。至急、ヴェルディア王国へお越しいただきたいのです」

「何があったのですか」

「詳しくは申し上げられませんが、王国で原因不明の病が流行しております。レオンハルト様があなた様の助けを求めておられます」

 リディアは即座に決断した。

「分かりました。すぐに参ります」

 準備を整え、リディアはガレスとマルタを伴ってヴェルディア王国へ向かった。国境を越え、三日間の旅の後、王都に到着した。

 レオンが宮殿の入り口で待っていた。彼の顔には疲労の色が濃かった。

「リディア、来てくれてありがとう」

「レオン、何があったの」

「眠り病だ。患者は徐々に眠る時間が増え、最終的に目覚めなくなる。既に五十人以上が発症し、そのうち十人が昏睡状態に陥っている」

 リディアは真剣な表情になった。

「すぐに患者を診せて」

 レオンは彼女を王立病院に案内した。病室には、様々な年齢の患者が横たわっていた。みな深い眠りについており、声をかけても反応しない。

 リディアは一人一人を診察した。脈拍、呼吸、瞳孔の反応。そして、共通点を探った。

「レオン、患者たちの共通点は何かある?」

「年齢も職業もバラバラだ。ただ、全員が王都の住人だということだけ」

「王都の...では、環境要因の可能性が高いわね」

 リディアは精密な検査を始めた。血液、唾液、髪の毛。あらゆるサンプルを採取し、分析した。

 三日間、不眠不休で研究を続けた。レオンも付き添い、魔法を使った検査を行った。

 四日目の朝、リディアは重大な発見をした。

「レオン、これを見て」

 顕微鏡を覗くと、患者の血液の中に微小な寄生虫がいた。

「これが原因だわ。この寄生虫が脳に侵入し、睡眠中枢を攻撃している」

「寄生虫...しかし、どうやって感染したんだ」

「それを調べる必要があるわ」

 二人は患者たちの行動を詳しく調査した。すると、全員が王都の特定の地区を訪れていたことが分かった。

「この地区に共通の感染源があるはずだ」

 現地調査に向かうと、その地区には新しく開店した珍しい食材店があった。

「ここで何か買った?」

 店主に尋ねると、多くの患者が特定の輸入果物を購入していたことが判明した。

「この果物に寄生虫が付着していたのね」

 リディアは果物のサンプルを持ち帰り、分析した。予想通り、寄生虫の卵が見つかった。

「感染源は特定できた。でも、治療法は...」

 通常の駆虫薬では、脳に侵入した寄生虫には効かない。何か別の方法が必要だった。

「リディア、魔法と薬を組み合わせたらどうだろう」

 レオンが提案した。

「魔法で脳への血流を一時的に増やし、そこに駆虫薬を集中させる」

「危険な方法だけど...他に選択肢はないわね」

 二人は新しい治療法の開発に取り組んだ。リディアが特殊な駆虫薬を調合し、レオンがそれを最大限に活用する魔法を開発する。

 一週間後、試作が完成した。

「最初の実験は、僕が被験者になる」

 レオンが言った。

「だめよ、危険すぎる」

「いや、僕は魔法使いだ。何かあっても自分で対処できる。それに」

 レオンは真剣な目でリディアを見た。

「君を危険に晒すわけにはいかない」

 リディアは反論できなかった。レオンの決意は固かった。

 レオンは少量の寄生虫を自分に投与し、意図的に感染した。そして、新しい治療法を試した。

 緊張の数時間。リディアはレオンの容態を見守り続けた。

 夕方、レオンが目を覚ました。

「成功だ...寄生虫は完全に駆除された」

 リディアは安堵のあまり、涙が溢れた。

「馬鹿、本当に馬鹿よ、あなたは」

「ごめん、心配させて」

 レオンは弱々しく微笑んだ。

 翌日から、患者たちへの治療が始まった。一人また一人と、患者が目を覚ました。昏睡状態だった者も、三日後には意識を取り戻した。

 眠り病は完全に克服された。

 ヴェルディア王国は、二人を国の英雄として称えた。王宮で盛大な祝賀会が開かれ、王自らが感謝の言葉を述べた。

「リディア・フォルテ様、レオンハルト。お二人の功績は、永遠に我が国の歴史に刻まれるでしょう」

 祝賀会の後、レオンはリディアを王宮の庭園に誘った。月明かりの下、二人きりだった。

「リディア、君と出会えて本当に良かった」

「私もよ、レオン」

「君と一緒に研究していると、時間を忘れる。君の知性、情熱、そして優しさ。全てが素晴らしい」

 レオンは一歩近づいた。

「リディア、僕は君が好きだ。研究者としてだけでなく、一人の女性として」

 リディアの心臓が激しく鳴った。

「レオン...」

「答えは急がない。でも、僕の気持ちを知っていてほしかった」

 リディアは自分の心に正直になることを決めた。

「私も...あなたが好きよ、レオン」

 二人は見つめ合った。そして、ゆっくりと互いに近づいた。

 その時、庭園の入り口から声がした。

「レオンハルト王子、お呼びです」

 王子?

 リディアは驚いて振り返った。

「王子...?」

 レオンは困ったような表情を浮かべた。

「ごめん、リディア。実は、僕はヴェルディア王国の第二王子なんだ」

「なぜ、それを隠していたの」

「研究者として対等に接してほしかったから。王子だと知られると、みんな態度が変わってしまう。でも、君は最初から僕を一人の研究者として扱ってくれた」

 リディアは複雑な気持ちになった。レオンが王子だと知って、何かが変わるわけではない。でも、彼との関係が、これまで以上に難しくなることは確かだった。

「レオン、私たちは...」

「僕の気持ちは変わらない」

 レオンは彼女の手を取った。

「君が僕を愛してくれるなら、他のことは何とかする」

「でも、王子と辺境の追放令嬢では...」

「君は追放令嬢なんかじゃない。王国一の薬学者で、多くの人の命を救った英雄だ。それに」

 レオンは微笑んだ。

「僕が愛するのは、肩書きじゃない。リディア、君という人間だ」

 リディアの目に涙が浮かんだ。初めて、本当に自分を愛してくれる人に出会えた。

「でも、私にはまだやるべきことがある」

「分かっている。だから、今すぐ答えを出さなくていい。僕は待つ」

「レオン...」

「ただ、覚えていてほしい。僕は君を愛している。そして、いつまでも待つ」

 レオンは彼女の額に優しくキスをして、王宮に戻っていった。

 リディアは一人、月明かりの下に残された。心は混乱していたが、同時に温かかった。

 初めての恋。そして、初めて本当に自分を愛してくれる人。

 でも、まだ決断はできない。ローゼンタールには、自分を待っている人々がいる。研究も道半ばだ。

 そして何より、かつて自分を見捨てた者たちに、完全に勝利するまでは。

「もう少し待って、レオン」

 リディアは夜空に向かって呟いた。

「私が本当に自分の価値を証明してから、あなたの元に行く」

 星が静かに瞬いていた。まるで、彼女の決意を祝福するかのように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意

王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました

水上
恋愛
【全18話完結】 「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。 そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。 自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。 そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。 一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

弟が悪役令嬢に怪我をさせられたのに、こっちが罰金を払うだなんて、そんなおかしな話があるの? このまま泣き寝入りなんてしないから……!

冬吹せいら
恋愛
キリア・モルバレスが、令嬢のセレノー・ブレッザに、顔面をナイフで切り付けられ、傷を負った。 しかし、セレノーは謝るどころか、自分も怪我をしたので、モルバレス家に罰金を科すと言い始める。 話を聞いた、キリアの姉のスズカは、この件を、親友のネイトルに相談した。 スズカとネイトルは、お互いの身分を知らず、会話する仲だったが、この件を聞いたネイトルが、ついに自分の身分を明かすことに。 そこから、話しは急展開を迎える……。

処理中です...