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ヴェルディア王国から戻って二週間。リディアは以前にも増して研究に打ち込んでいた。レオンの告白は心に残っていたが、今は自分の道を進むことに集中したかった。
ある朝、王都から緊急の使者が来た。王立医学院からの呼び出しだった。
「何事でしょうか」
「詳細は分かりませんが、院長直々の召喚です。至急王都にお越しください」
リディアは不安を覚えながらも、王都へ向かった。王立医学院に到着すると、院長室に通された。
そこには、院長だけでなく、薬師ギルドの代表たちも集まっていた。そして、一人の見覚えのある顔があった。
アーサー・ランベール侯爵だった。
「リディア・フォルテ様、お越しいただきありがとうございます」
院長が厳しい表情で言った。
「実は、重大な訴えがありまして」
「訴え、ですか」
「はい。ランベール侯爵から、あなた様の薬が原因で健康被害が出たという訴えがあったのです」
リディアは驚いた。
「それは何かの間違いです。私の薬で健康被害など...」
「妻のシャーロットが、あなたの睡眠薬を服用した後、重篤な副作用を起こしました」
アーサーが言った。彼の声には非難の色が濃かった。
「今も寝たきりで、意識が朦朧としています」
「そんな...」
リディアは動揺した。自分の薬で誰かが苦しんでいる。それは耐えがたいことだった。
「すぐに診察させてください」
「その前に」
薬師ギルドの代表が口を挟んだ。
「あなたの薬の製法を公開していただく必要があります。何が原因で副作用が出たのか、我々が検証します」
「製法は...」
「公開できないのですか」
代表は詰問するような口調だった。
「それでは、あなたの薬が本当に安全だという証明ができませんね」
リディアは追い詰められた気分だった。製法を公開すれば、自分の研究成果が奪われる。しかし、公開しなければ、薬の安全性を疑われる。
「待ってください」
フェリックスが部屋に入ってきた。
「この件には不審な点があります。まず、リディア様の睡眠薬は既に数百人が使用していますが、副作用の報告は一件もありません」
「しかし、実際に被害者がいる」
「それが本当にリディア様の薬が原因かどうか、まだ確定していません」
フェリックスはアーサーを見た。
「侯爵、奥方様が服用された薬は、どこで入手されましたか」
「王都の薬屋で購入した」
「その薬屋の名前は?」
アーサーが答えた店の名前を聞いて、フェリックスは眉をひそめた。
「その店は、以前偽薬を販売して問題になった店です。本物のリディア様の薬ではない可能性があります」
「偽物...?」
リディアは即座に行動を起こした。
「その薬屋に行きましょう。そして、薬を調べます」
一同は薬屋に向かった。店主は最初は抵抗したが、薬師ギルドの権威の前に屈した。
リディアは店に置かれている「彼女の薬」を分析した。色、匂い、そして成分。
「これは偽物です」
リディアは断言した。
「私の薬に使う薬草とは全く違う。これは安価な代用品を使っている」
「しかし、あなたの署名が...」
「署名も偽造です。私の署名にはある特徴があります」
リディアは本物の署名を見せた。インクに特殊な薬草の抽出液を混ぜており、特定の薬品をかけると色が変わる。
「これが本物の証明です。偽物にはこの特徴がありません」
店主は観念した。
「実は...ある業者から安く仕入れて、高く売っていました」
「その業者の名前を言いなさい」
薬師ギルドの代表が厳しく問い詰めた。
調査の結果、偽薬を製造していた組織が摘発された。彼らはリディアの名声を利用して、粗悪な薬を高値で売っていたのだ。
アーサーは青ざめた。
「つまり、妻は偽物の薬を...」
「そうです。本物の私の薬なら、副作用は出ません」
リディアは冷静に言った。
「奥様をすぐに診察させてください。偽薬の成分を特定し、解毒します」
ランベール邸に向かい、リディアはシャーロットを診察した。彼女は確かに重篤な状態だったが、命に別状はなかった。
偽薬の成分を分析し、リディアは解毒薬を調合した。
「これを三日間服用してください。完全に回復するでしょう」
シャーロットに薬を飲ませると、数時間後には意識がはっきりしてきた。
「あなたが...リディア様」
シャーロットは弱々しく言った。
「私を助けてくださるのですか。私は、あなたから彼を奪ったのに」
「過去のことです」
リディアは優しく微笑んだ。
「私は医者です。目の前の患者を救うのが使命。それ以外のことは関係ありません」
シャーロットの目に涙が浮かんだ。
「ごめんなさい...本当に、ごめんなさい」
「謝る必要はありません。ゆっくり休んでください」
部屋を出ると、アーサーが待っていた。
「リディア...ありがとう」
彼は深く頭を下げた。
「君を疑ってしまって、本当に申し訳なかった」
「気にしないでください。奥様を大切にしてあげてください」
リディアは穏やかに言った。もはや、アーサーに対する恨みも未練もなかった。
アーサーは苦しそうな表情で言った。
「君は本当に素晴らしい人だ。僕は...僕は取り返しのつかない過ちを犯した」
「過ちではありません」
リディアは真っ直ぐ彼を見た。
「あなたが婚約を破棄してくれたから、私は本当の自分を見つけられた。だから、感謝こそすれ、恨んではいません」
「君は...僕を許してくれるのか」
「許すも何も、もう過去のことです。私は前を向いています」
アーサーは唇を噛んだ。
「もし...もしやり直せるなら」
「やり直せません」
リディアはきっぱりと言った。
「そして、やり直す必要もありません。あなたにはシャーロット様がいる。私には私の道がある。それでいいじゃないですか」
アーサーは何も言えなかった。リディアは優雅に一礼して、屋敷を後にした。
馬車に乗り込むと、マルタが言った。
「かつてお嬢様を捨てた男が、今ではお嬢様に頭を下げている。これ以上の勝利はありません」
リディアは微笑んだ。
「勝利...そうね、確かに勝ったのかもしれない。でも、不思議なことに、勝ったという実感はないの」
「それはなぜですか」
「もう、アーサーのことがどうでもいいから。彼に勝つことより、もっと大切なものができたの」
リディアは窓の外を見た。
「自分の道を進むこと。多くの人を救うこと。そして...」
レオンの顔が浮かんだ。
「本当に大切な人と一緒にいること」
王立医学院に戻ると、院長と薬師ギルド代表が謝罪した。
「リディア様、疑ってしまい申し訳ございませんでした」
「いえ、真相が明らかになって良かったです」
「偽薬問題は深刻です。今後、どう対策すべきでしょうか」
リディアは考えた。
「私の薬には、偽造防止の署名をつけていますが、さらに厳重な対策が必要です。例えば、薬瓶自体に特殊な印をつけるとか」
「それは良い案です。すぐに実施しましょう」
この事件をきっかけに、王国全体で偽薬対策が強化された。リディアの提案した方法が標準となり、多くの薬師が採用した。
王都での仕事を終え、リディアがローゼンタールに戻ろうとした時、一通の手紙が届いた。
差出人はレオンだった。
「リディア、君の活躍をヴェルディアでも聞いた。偽薬事件を解決し、元婚約者の妻まで救ったと。君は本当に素晴らしい。僕の気持ちは変わらない。いつでも待っている」
リディアは手紙を胸に抱いた。
「レオン...」
もう少しだけ待ってほしい。全てに決着をつけてから、彼の元に行きたい。
だが、その「決着」が何を意味するのか、リディア自身もまだはっきりとは分かっていなかった。
馬車がローゼンタールへの道を進む。リディアは窓の外の景色を見ながら、考えた。
自分は何を証明したいのだろう。誰に勝ちたいのだろう。
もしかしたら、戦う相手は他人ではなく、かつての弱い自分だったのかもしれない。
病弱で、自信がなく、誰かの期待に応えることしか考えていなかった自分。
その自分に勝つこと。それが本当の勝利なのかもしれない。
そして、その戦いは、もうそろそろ終わりに近づいているような気がした。
ある朝、王都から緊急の使者が来た。王立医学院からの呼び出しだった。
「何事でしょうか」
「詳細は分かりませんが、院長直々の召喚です。至急王都にお越しください」
リディアは不安を覚えながらも、王都へ向かった。王立医学院に到着すると、院長室に通された。
そこには、院長だけでなく、薬師ギルドの代表たちも集まっていた。そして、一人の見覚えのある顔があった。
アーサー・ランベール侯爵だった。
「リディア・フォルテ様、お越しいただきありがとうございます」
院長が厳しい表情で言った。
「実は、重大な訴えがありまして」
「訴え、ですか」
「はい。ランベール侯爵から、あなた様の薬が原因で健康被害が出たという訴えがあったのです」
リディアは驚いた。
「それは何かの間違いです。私の薬で健康被害など...」
「妻のシャーロットが、あなたの睡眠薬を服用した後、重篤な副作用を起こしました」
アーサーが言った。彼の声には非難の色が濃かった。
「今も寝たきりで、意識が朦朧としています」
「そんな...」
リディアは動揺した。自分の薬で誰かが苦しんでいる。それは耐えがたいことだった。
「すぐに診察させてください」
「その前に」
薬師ギルドの代表が口を挟んだ。
「あなたの薬の製法を公開していただく必要があります。何が原因で副作用が出たのか、我々が検証します」
「製法は...」
「公開できないのですか」
代表は詰問するような口調だった。
「それでは、あなたの薬が本当に安全だという証明ができませんね」
リディアは追い詰められた気分だった。製法を公開すれば、自分の研究成果が奪われる。しかし、公開しなければ、薬の安全性を疑われる。
「待ってください」
フェリックスが部屋に入ってきた。
「この件には不審な点があります。まず、リディア様の睡眠薬は既に数百人が使用していますが、副作用の報告は一件もありません」
「しかし、実際に被害者がいる」
「それが本当にリディア様の薬が原因かどうか、まだ確定していません」
フェリックスはアーサーを見た。
「侯爵、奥方様が服用された薬は、どこで入手されましたか」
「王都の薬屋で購入した」
「その薬屋の名前は?」
アーサーが答えた店の名前を聞いて、フェリックスは眉をひそめた。
「その店は、以前偽薬を販売して問題になった店です。本物のリディア様の薬ではない可能性があります」
「偽物...?」
リディアは即座に行動を起こした。
「その薬屋に行きましょう。そして、薬を調べます」
一同は薬屋に向かった。店主は最初は抵抗したが、薬師ギルドの権威の前に屈した。
リディアは店に置かれている「彼女の薬」を分析した。色、匂い、そして成分。
「これは偽物です」
リディアは断言した。
「私の薬に使う薬草とは全く違う。これは安価な代用品を使っている」
「しかし、あなたの署名が...」
「署名も偽造です。私の署名にはある特徴があります」
リディアは本物の署名を見せた。インクに特殊な薬草の抽出液を混ぜており、特定の薬品をかけると色が変わる。
「これが本物の証明です。偽物にはこの特徴がありません」
店主は観念した。
「実は...ある業者から安く仕入れて、高く売っていました」
「その業者の名前を言いなさい」
薬師ギルドの代表が厳しく問い詰めた。
調査の結果、偽薬を製造していた組織が摘発された。彼らはリディアの名声を利用して、粗悪な薬を高値で売っていたのだ。
アーサーは青ざめた。
「つまり、妻は偽物の薬を...」
「そうです。本物の私の薬なら、副作用は出ません」
リディアは冷静に言った。
「奥様をすぐに診察させてください。偽薬の成分を特定し、解毒します」
ランベール邸に向かい、リディアはシャーロットを診察した。彼女は確かに重篤な状態だったが、命に別状はなかった。
偽薬の成分を分析し、リディアは解毒薬を調合した。
「これを三日間服用してください。完全に回復するでしょう」
シャーロットに薬を飲ませると、数時間後には意識がはっきりしてきた。
「あなたが...リディア様」
シャーロットは弱々しく言った。
「私を助けてくださるのですか。私は、あなたから彼を奪ったのに」
「過去のことです」
リディアは優しく微笑んだ。
「私は医者です。目の前の患者を救うのが使命。それ以外のことは関係ありません」
シャーロットの目に涙が浮かんだ。
「ごめんなさい...本当に、ごめんなさい」
「謝る必要はありません。ゆっくり休んでください」
部屋を出ると、アーサーが待っていた。
「リディア...ありがとう」
彼は深く頭を下げた。
「君を疑ってしまって、本当に申し訳なかった」
「気にしないでください。奥様を大切にしてあげてください」
リディアは穏やかに言った。もはや、アーサーに対する恨みも未練もなかった。
アーサーは苦しそうな表情で言った。
「君は本当に素晴らしい人だ。僕は...僕は取り返しのつかない過ちを犯した」
「過ちではありません」
リディアは真っ直ぐ彼を見た。
「あなたが婚約を破棄してくれたから、私は本当の自分を見つけられた。だから、感謝こそすれ、恨んではいません」
「君は...僕を許してくれるのか」
「許すも何も、もう過去のことです。私は前を向いています」
アーサーは唇を噛んだ。
「もし...もしやり直せるなら」
「やり直せません」
リディアはきっぱりと言った。
「そして、やり直す必要もありません。あなたにはシャーロット様がいる。私には私の道がある。それでいいじゃないですか」
アーサーは何も言えなかった。リディアは優雅に一礼して、屋敷を後にした。
馬車に乗り込むと、マルタが言った。
「かつてお嬢様を捨てた男が、今ではお嬢様に頭を下げている。これ以上の勝利はありません」
リディアは微笑んだ。
「勝利...そうね、確かに勝ったのかもしれない。でも、不思議なことに、勝ったという実感はないの」
「それはなぜですか」
「もう、アーサーのことがどうでもいいから。彼に勝つことより、もっと大切なものができたの」
リディアは窓の外を見た。
「自分の道を進むこと。多くの人を救うこと。そして...」
レオンの顔が浮かんだ。
「本当に大切な人と一緒にいること」
王立医学院に戻ると、院長と薬師ギルド代表が謝罪した。
「リディア様、疑ってしまい申し訳ございませんでした」
「いえ、真相が明らかになって良かったです」
「偽薬問題は深刻です。今後、どう対策すべきでしょうか」
リディアは考えた。
「私の薬には、偽造防止の署名をつけていますが、さらに厳重な対策が必要です。例えば、薬瓶自体に特殊な印をつけるとか」
「それは良い案です。すぐに実施しましょう」
この事件をきっかけに、王国全体で偽薬対策が強化された。リディアの提案した方法が標準となり、多くの薬師が採用した。
王都での仕事を終え、リディアがローゼンタールに戻ろうとした時、一通の手紙が届いた。
差出人はレオンだった。
「リディア、君の活躍をヴェルディアでも聞いた。偽薬事件を解決し、元婚約者の妻まで救ったと。君は本当に素晴らしい。僕の気持ちは変わらない。いつでも待っている」
リディアは手紙を胸に抱いた。
「レオン...」
もう少しだけ待ってほしい。全てに決着をつけてから、彼の元に行きたい。
だが、その「決着」が何を意味するのか、リディア自身もまだはっきりとは分かっていなかった。
馬車がローゼンタールへの道を進む。リディアは窓の外の景色を見ながら、考えた。
自分は何を証明したいのだろう。誰に勝ちたいのだろう。
もしかしたら、戦う相手は他人ではなく、かつての弱い自分だったのかもしれない。
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