婚約破棄された私が辺境で薬師になったら、元婚約者が後悔し始めました

たくわん

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ローゼンタールに戻ったリディアは、村の変化に驚いた。わずか数ヶ月の間に、村はさらに発展していた。新しい家屋が建ち、道路も整備されている。

「お嬢様、おかえりなさいませ」

 村人たちが総出で出迎えてくれた。子供たちは花束を持って走ってくる。

「ただいま。みんな、元気だった?」

「ええ。でも、お嬢様がいないと寂しかったです」

 エマが涙目で言った。彼女は分校の運営と診療所の管理を見事にこなしていた。

「エマ、あなたは本当に成長したわね」

「お嬢様のおかげです」

 領主館に戻ると、机の上に大量の手紙が積まれていた。治療の依頼、研究協力の申し出、講義の招待。リディアの名声は、もはや王国を越えて広がっていた。

 その中に、一通の公式な手紙があった。王室からだった。

「謹啓、リディア・フォルテ様。国王陛下より、王立顧問薬師の称号を授与したく、来月の叙勲式にご出席ください」

 マルタが興奮して言った。

「お嬢様、王立顧問薬師ですよ。これは王国最高の栄誉です」

「そんなに大げさなものなの?」

「大げさどころではありません。王国に数名しかいない、最高位の薬師です。これで、お嬢様は正式に国の重要人物として認められるのです」

 リディアは複雑な気持ちだった。栄誉は嬉しいが、肩書きが増えることで、自由に研究する時間が減るのではないかと心配だった。

 数日後、意外な訪問者があった。リディアの父、エドワード・フォルテ侯爵だった。

「父上...」

 リディアは驚いた。追放されて以来、父と会うのは初めてだった。

 父は以前より老けて見えた。白髪が増え、背中も少し丸くなっている。

「リディア、久しぶりだな」

「はい」

 二人は応接室に向かった。気まずい沈黙が流れる。

「立派になったな」

 父が口を開いた。

「お前の噂は、王都でも持ちきりだ。王立顧問薬師に任命されるとか」

「そのようです」

「すまなかった」

 父は突然頭を下げた。

「お前を追放したこと、病弱で役立たずだと言ったこと、全て間違っていた。お前には素晴らしい才能があった。それを見抜けなかった私が愚かだった」

 リディアは父の謝罪を静かに聞いた。

「父上、顔を上げてください」

「リディア...」

「私は父上を恨んではいません。追放されたことで、私は本当の自分を見つけることができました。だから、むしろ感謝しています」

「お前は...優しい子だな。私のような父親には、もったいないほどに」

「父上は、侯爵家のために最善だと思うことをしただけです。私はそれを理解しています」

 父は涙を浮かべた。

「リディア、家に戻ってこないか。お前を正式に後継者として認める。侯爵家の全ての財産と権力をお前に譲る」

 リディアは首を横に振った。

「ありがとうございます。でも、私の居場所はここです」

「しかし...」

「私はもう、貴族社会の娘ではありません。一人の薬師です。ここで、自分の信じる道を歩みたいのです」

 父は悲しそうに頷いた。

「そうか...お前の決意は固いのだな」

「はい」

「では、せめてこれを受け取ってくれ」

 父は袋を差し出した。中には大量の金貨が入っていた。

「これはお前の母の遺産だ。本来、成人した時に渡すはずだったが、追放の時には渡せなかった」

「母の...」

 リディアは母のことをほとんど覚えていない。彼女が幼い時に亡くなったからだ。

「母上は、私に何か言い残されましたか」

「ああ。『この子は強い子です。どんな困難にも負けない。だから、信じてあげてください』と」

 リディアの目に涙が浮かんだ。

「母上は...私を信じてくれていたのですね」

「ああ。お前の母は賢い女性だった。きっと、今のお前を見て誇りに思っているだろう」

 父は立ち上がった。

「私はもう行く。だが、もし何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ。お前は私の大切な娘だ」

「ありがとうございます、父上」

 父が去った後、リディアは一人で母の遺産を見つめた。金貨ではなく、母の愛が入っているように感じた。

 その夜、リディアは日記に書いた。

「今日、父と和解した。完全に許したわけではないが、わだかまりは消えた。私はもう、過去に縛られていない。前を向いて進める」

 翌日、リディアは母の遺産を使って、村に新しい施設を建設することを決めた。無料の診療所だ。

「貧しい人々が、お金の心配なく治療を受けられる場所を作りたい」

 村人たちは大喜びで建設を手伝った。二ヶ月後、立派な診療所が完成した。

 開所式で、リディアは村人たちに語った。

「この診療所は、私の母の名前を冠します。『エレナ診療所』。母が私を信じてくれたように、私もすべての患者を信じます。どんな病気でも、諦めずに治療します」

 拍手が鳴り響いた。

 診療所の噂は瞬く間に広がり、近隣の村々から患者が訪れるようになった。リディアだけでは対応しきれないため、分校の学生たちも診療を手伝った。

「先生、この患者さんの診断は合っていますか」

「完璧よ。あなたはもう、立派な医者ね」

 学生たちは実践を通じて急速に成長していった。

 ある日、診療所に一人の老婆が訪れた。ボロボロの服を着て、杖をついている。

「先生、お金はありませんが、診てもらえますか」

「もちろんです。ここは無料診療所です。お座りください」

 老婆は長年の腰痛に苦しんでいた。リディアは丁寧に診察し、痛み止めの薬と湿布を処方した。

「これを一週間続けてください。必ず良くなります」

「ありがとうございます。神様のような方だ」

 老婆は涙を流して感謝した。

 こうした日々が続く中、リディアは真の充実感を覚えた。肩書きや名声ではなく、目の前の一人一人を救うこと。それこそが自分の使命だと確信した。

 叙勲式の日が近づいてきた。リディアは王都に向かう準備をしていた。

「お嬢様、王都では多くの貴族と会うことになります。心の準備はよろしいですか」

「ええ。もう、誰に会っても動じないわ」

 しかし、その自信は、思わぬ形で試されることになる。

 王都に到着した翌日、リディアは王宮で事前の打ち合わせに出席した。そこで、意外な人物と遭遇した。

 シャーロット・ランベール侯爵夫人だった。

「リディア様」

 シャーロットは緊張した面持ちでリディアに近づいてきた。

「お話しできますか」

「もちろんです」

 二人は静かな庭園に移動した。

「先日は、私を救ってくださりありがとうございました」

「当然のことをしただけです」

「いいえ」

 シャーロットは首を横に振った。

「私は、あなたから大切な人を奪いました。それなのに、あなたは私を助けてくれた。その優しさに、私は打ちのめされました」

「シャーロット様...」

「正直に言います。私は幸せではありません」

 シャーロットの目に涙が浮かんだ。

「アーサー様は優しい方です。でも、彼の心は常にあなたのことを考えている。私は彼の妻ですが、本当の意味で愛されたことはありません」

 リディアは何と言っていいか分からなかった。

「私は愚かでした。見た目の華やかさに惹かれて、本当に大切なものを見失っていました。今になって気づきます。あなたこそが、アーサー様にふさわしい女性だったのだと」

「シャーロット様、それは違います」

 リディアは優しく言った。

「私とアーサー様は、元々合わなかったのです。だから、婚約破棄は正しかった。あなたが自分を責める必要はありません」

「でも...」

「大切なのは、今からどうするかです。アーサー様との関係を、もう一度築き直してみてはいかがですか。過去は変えられませんが、未来は作れます」

 シャーロットは驚いた表情を見せた。

「あなたは...本当に優しい方なのですね。私はあなたのこと、きっと恨んでいるだろうと思っていました」

「恨んではいません。むしろ、感謝しています」

「感謝...?」

「ええ。あなたとアーサー様が結ばれたおかげで、私は自分の道を見つけられました。だから、お二人には幸せになってほしい」

 シャーロットは声を上げて泣いた。

「ありがとうございます。あなたのような方になりたい。強く、優しく、そして自分の人生を生きる方に」

「あなたにもできます。信じて進めば」

 二人は抱き合った。かつての敵同士が、今は互いを理解し合う友となった。

 この出会いは、リディアにとって重要な意味を持った。もう、過去の恨みや後悔はない。完全に前を向ける。

 叙勲式の前夜、リディアは一人で王宮の庭園を歩いていた。明日、自分は王国の重要人物として認められる。

 かつて病弱で役立たずと言われた自分が、今や王立顧問薬師に。

「ここまで来たのね」

 リディアは夜空を見上げた。星が美しく輝いている。

 そして、心の中で決めた。叙勲式が終わったら、レオンに会いに行こう。もう、迷わない。彼と一緒に、新しい未来を築きたい。

 その決意は、静かだが確固たるものだった。
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