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第一章『霊視の代償』

第一章10 『もう1人の霊視傭兵』

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   「やったぁ!!第一関門突破!」

  セレイネの手を取ったタツヤ。それを肯定と受け取った彼女は喜びのあまり、タツヤに飛びついてきたのだ。
   彼女の良い匂いと共に柔らかい感触が着物越しからでも伝わってくる。その魔女の誘惑をタツヤは何とか理性で振り払う。

  「だから距離感おかしいって!」

  「それさっきも聞いたから。いい加減慣れたらどう?」

   「慣れるかよ!」

   頭を抱えているタツヤを他所に、あっけらかんとしているセレイネ。その後、少し寂しそうな表情を浮かべた彼女の変化にタツヤは気づかない。

  「それで世界を救うっていってもどうやって?たった2人じゃ厳しいと思うぞ。」 

   気を取り直してこれからの方針について話し合おうとするタツヤ。正直何から始めていいのかさっぱりである。
  タツヤの指摘を受けて、セレイネは不敵な笑みを浮かべる。その表情は自信ありげといった感じで、何か考えがあるのであろう。

  「2人で厳しいのなら仲間を集めればいいのよ。実はもう、その同志達は見つけてあるの。ーー世界の危機を救う為に結成された傭兵団を。」

   世界救済を目的としているなんて、いかにも怪しげな集団である。そういえば最近、美女を使って傭兵団に無理やり加入させる手法が流行っていると聞く。つまりタツヤはそれにまんまと引っかかったのかもしれない。

   「なんか怪しいな。それで名前は?」

   「その名も夜桜傭兵団よ!」

    「ーーー!」

   だがその傭兵団の名前にタツヤは聞き覚えがあった。何故なら鉄血傭兵団にいた時に、一緒に仕事をしたことがあるからだ。夜桜傭兵団にはリュウ団長の知り合いがいる。

  あまり人手不足に悩まされているようには見えなかったが、こんな手法を使わざるを得ないほど、追い込まれているとでもいうのか。

  「その傭兵団の名前は知ってる。俺の元いた傭兵団の団長が、そこの団長と知り合いなんだ。...世界救済を目的としてる事については初耳だけど。」

  「なら話が早いわね。早速アジトに行ってみよ~!」

   笑顔のまま、ぐいぐいとタツヤの腕を引っ張るセレイネ。タツヤは溜息をついたあと、そんな彼女の後に続く。

   おそらく、セレイネは夜桜傭兵団の団員なのだろう。そして勧誘の為にタツヤに近づいたのだ。そんなお色気戦法にまんまと引っかかったのだから、タツヤもチョロい男である。
   まあその傭兵団の団長にはタツヤも用がある。リュウ団長の遺言を伝える必要があるからだ。

   ルンルンとスキップしているセレイネの背中を見つめながら、タツヤは緋色の瞳を覚醒させる。それはリューンの突進によって意識が途絶える直前、こちらの身を案じていた少女に会う為である。

  「マリー、俺だ。」

  「タツヤ、無事だったのね!」

  姿を現したのは黄緑色のポニーテールをした少女、マリーである。彼女はその目に涙を浮かべながら、タツヤの生存を喜んだ。それはまるでタツヤの状況を今初めて知ったかのような反応である。つまり、

  「常に俺の状況を把握してる訳では無いってことか。」

   「神様じゃないんだから、当たり前じゃない。アタシが外の事を知れるのは、こうやってタツヤに認識された時だけ。アタシ、ただの亡霊よ?」

  「...そうだよな。悪ぃ。」

   暗い顔をするタツヤ。改めて自分は亡霊だとマリーの口から告げられると、現実を思い知らされる。宝具があるとはいえ、彼女が死んだのは紛れもない事実なのだ。

   するとマリーの視線がタツヤではなく、彼の少し先を歩いている薄紫髪の美少女の方を向く。

   「あのすっごく可愛い女の子、タツヤの知り合い?」

   「名前はセレイネ。俺の命の恩人だ。あの子のおかげで俺はこうして逃げ切れたってわけ。んで今はその彼女のお願いを聞いてる最中。」

   「どんなお願い?」

   「世界を救って欲しいだって。」

   「あんた馬鹿なの?」

   至極当然なマリーのツッコミ。タツヤもまだ半分は冗談だと思っている。とりあえず彼女を悲しませないように、夜桜傭兵団のアジトには行くつもりだが。

   それからマリーは訝しむような表情を浮かべたまま、タツヤとセレイネを交互に見る。

   「命の恩人ねー。ふーん。」

   「なんだよ。そんな目で俺を見て。」

  「いや別に。ただタツヤが目覚めてすぐに心が繋がれなかったのは、こういうことか~って思って。」

  「い、色々あったんだよ。」

   マリーの突き刺さる視線に耐えきれなくなり、タツヤは思わず顔を逸らした。
   つまりマリーは、タツヤが美しいセレイネに心を奪われていたのではないかと疑っているのだ。それに関しての反論は、残念ながらタツヤには無い。
   まるで蜘蛛の巣に引っかかった蝶のように、タツヤは彼女に抗うことが出来なかったのだから。

  そしてそんな傾国の美女が、タツヤ達の会話に気づいた様子でこちらに近づいてきた。

  「何二人で話してるの?」

  「あーこれは宝具の影響による独り言みたいなもんで。...って、え?」

   傍から見たタツヤは虚空に向かって話しかけているヤバい人だ。そんな評価を何とか撤回しようと、タツヤは早口で言い訳をしたのだが、セレイネの言葉にある違和感を覚える。

   普通この状況での正しい反応は「何一人でブツブツ言ってるの?」とか「独り言?」などであろう。実際リューンもそのような反応であった。しかしセレイネは最初からタツヤが誰かと話していることに気付いているのだ。つまり、

   「まさかマリーの事、見えてるのか?」

   「ええ、もちろん。」

   「えっ!アタシのこと見えてるの!?」

   まるで見えているのが当然といったセレイネの反応に、2人は驚愕する。
  しかしタツヤは直ぐに冷静さを取り戻し、ある可能性を見出す。よく考えれば何も驚くことでは無い。何故ならタツヤはフリップとリューンを再開させているのだから。

   「そういえばマリーには言い忘れてたけど、さっき俺はフリップの知り合いに、彼の亡霊を見せることが出来たんだよ。」

   「タツヤ、もうそんな凄いことが出来るようになったの!?アタシ試してくる!」

   驚嘆の声を上げるマリー。それから彼女はウキウキで、道ゆく人に声をかけた。

  「あの~アタシ、マリーっていいます。アタシのこと見えてますか?」

   完全に頭のおかしい人だと思われる発言だが、その心配はなかった。何故ならマリーに声をかけられた人物は、彼女を歯牙にもかけずに歩き去っていったからだ。

   その後、他の人物にも当たってみたが、結果はどれも同じであった。やはりマリーは他の人には見えていないらしい。
   落胆した様子でタツヤ達の元へと帰ってきたマリー。

  「まあやっぱり見えないわよね。」

  「あれ?フリップの時は確かに見えてたんだけど。実体もあったし。」

   「実体も!?タツヤ、もっと頑張りなさいよ!」

   「無茶言うな。まず自分でもどうやってやったか分かってないんだ。あれは奇跡の産物だよ。」

   「いいなぁ実体...」

   しょんぼりしているマリー。彼女の期待に応えてあげたいが、残念ながら今のタツヤにはその力がない。

   しかしそうなってくると、ますますマリーの事が見えているセレイネが不思議でならない。

  「じゃあなんでセレイネはマリーの事が見えるんだ?」

  「決まってるじゃない。ーー私も霊視の能力が使えるからよ。」

   堂々と言い切ったセレイネは目を閉じる。それからゆっくりと目を開けた。

   ーー彼女の紫紺の瞳が緋色へと変化している。

   それはこの世に1つしかない、タツヤだけの宝具だったはずだ。しかしその霊視の力を、セレイネも保有していたのだ。

  「なんで俺の宝具をセレイネも持ってるんだ?どこでその力を...」

   「あー、えっと...私も別のダンジョンを攻略したのよ。たまたまタツヤと能力が同じでびっくりしちゃったけど。」

   「そんなこと有り得るわけ?」

   腕を組みながら、怪訝な顔でマリーはセレイネを見つめている。だが事実として同じ能力が存在しているのだから、有り得るのだろう。世の中に絶対なんて言葉は無い。

  「まあ実際にこうして見せられちゃ信じるしかねぇよ。」

   「改めまして私はセレイネ。よろしくねマリー。」

   屈託のない笑顔でマリーに語りかけるセレイネ。そんな彼女にマリーはバツの悪そうな顔で返事をした。

   「よ、よろしくセレイネ。悔しいけど可愛い...。」

   二人が友好のスタートを切った中、タツヤはある事実に気付いて頭を抱える。

  「俺より強くて霊視の力まで使えるって、完全に上位互換じゃねぇか!俺のアイデンティティどこ行った!?」

   唯一の個性を奪われた少年の悲痛の叫びが市街地に響いた。


△▼△▼△▼△


  場所は王都ソフタル。マイミア貿易都市から徒歩で1ヶ月はかかる位置にあるのだが、タツヤ達は一瞬でその地に足を踏んだ。何故なら、転移門と呼ばれる技術で瞬時にワープしたからだ。

  円形の巨大な広場の中央に、見上げるほど背の高い上心半円のアーチがある。それは国が設置した各都市を結ぶワープ装置、転移門だ。

   その装置は行き先を指定するだけで一瞬でソフタル王国中の都市を簡単に行き来するとこができる魔法具である。そしてそれは王国の専属魔法士達によって管理運営されているのだ。

  「てっきり衛兵に捕まるかと思ったんだが、リューンのやつ仕事が早いな。」

  「だから言ったじゃない。問題ないって。」

   もちろん転移門の前には屈強な衛兵が、不審な者がいないかを常に監視している。
  実質指名手配犯の扱いを受けていたタツヤはそんな転移門を使うことを嫌がったのだが、セレイネに無理やり連れてこられた形だ。
 
   しかし衛兵の態度は酷くあっさりとしていて、タツヤの事を全く気にしていない様子であった。つまりリューンのおかげで、既にタツヤは追われる身では無くなったということだ。
  
   王都にたどり着き、タツヤ達は寒風に晒される。今は一月中旬。まだ冬の真っ只中であり、タツヤはその厳しい寒さに体を震わせた。

  「うぅぅ。やっぱり冬は嫌いだ、寒すぎる。...セレイネもそんな格好で寒くないのか?」

   タツヤは身体を縮こませて、心配そうな顔でセレイネの足を見る。
   彼女の白くて美しい足が無防備に裾から覗き、タツヤの目を引いていたのだ。

  その魅力的な足を拝むことが出来るのは嬉しいが、タツヤはセレイネに苦行を強いてまでそれを拝みたいとは思わない。
  だがセレイネは得意げな笑みを浮かべて、自身の説明をした。

  「えぇ、心配無用よ。だって熱魔法で身体の周囲の空気を暖かくしてるから。」

  「魔法!?そこまでしてそんな格好をする必要あるのか...?」

  「タツヤは本当に乙女心が分からないんだから。」

  「その意見にはアタシも賛成~。」

   ムスッとした表情でタツヤを見るセレイネ。マリーも彼女の意見に諸手を挙げて賛同する。そういえば妹のツクヨからも同じことを言われたような気がする。

  幼少期からほぼ全ての人生を修行に費やし、故郷を追われた後も戦いに明け暮れていたタツヤに、乙女心など分かるはずもなかった。そこまでしても、タツヤより強いやつは世界中に、ごまんといる。

  「理解出来なくて悪かったな。でも今のは、セレイネの心配をした俺なりの不器用な気遣いだよ。」

  すると不機嫌そうにしていたセレイネの顔がぱあっと明るくなる。それから彼女は魔女らしい妖艶な笑みを浮かべた。

   今日知り合ったばかりだがタツヤには分かる。この表情のセレイネからはしょうもない事が必ず告げられるという事に。

  「それじゃあ代わりにタツヤの身体で温めてくれる?...って流石にウザがられそうなので、言うのは辞めておきますか。」

    「いや、もうそこまで言っちゃったら一緒でしょ!」

  タツヤの代わりにマリーがセレイネにツッコミを入れたのであった。そして3人は夜桜傭兵団のアジトへと向かっていく。


△▼△▼△▼△


  「ここが夜桜傭兵団のアジトよ。」

   タツヤ達が辿り着いたのは広大な敷地に佇む豪邸。それから立派な門をくぐり、美しい庭園を抜け、重厚な扉の前に立つ。すると備え付けられた魔法具から映像が映し出された。

  「今日の依頼の受付は終了だ。他に何か用でもあるのか?」

   映像に映し出されているのは水色の長い髪を頭の後ろで括った、三白眼の強面の男。名前はアトス。夜桜傭兵団の団長である。

   タツヤはその顔に見覚えがあるが、二年前、それも一度きりの仕事の関係なので相手はおそらくこちらを覚えてないだろう。

  「私たち、夜桜傭兵団に入団したくてここに来ました!」

   セレイネがアトスに向かって要件を伝える。だがその内容についてタツヤは物申したいことがあった。

   「私たちって...セレイネ、ここの団員じゃなかったのか!?」

   「俺はこんな怪しい魔女全く知らないぞ。団員なはずがないだろ。」

  タツヤの推察にアトスが決定的な言葉を言い放つ。つまりセレイネは夜桜傭兵団の一員ではないのだ。
   てっきりセレイネはタツヤを団員に勧誘するためのスカウト要員だと思っていたのだが、そうでないならますます彼女の存在が謎である。

  あんぐりと大きく口を開けているタツヤの方を向いて、セレイネはあっけらかんと答える。

  「何勘違いしてるの?ここの団員だなんて私は一度たりとも言ってないわ。」

  「それはそうだけど。」

   よく分からない彼女の立ち位置に、タツヤは頭を悩ませたのであった。
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