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第一章『霊視の代償』

第一章11 『質問攻め』

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  「それで入団希望の件だが、もちろん却下だ。今は新人育成している暇などないからな。」

   「だってさ、セレイネ。」

   水色髪の男、アトスは二人の入団を拒否した。実際タツヤも、入団できる可能性は薄いと思っていたので驚きは無い。何故ならこの傭兵団は全員が化け物じみた強さをしていることで有名だからだ。
 突然訪ねてきた素性の分からない二人を歓迎してくれるほど、人員に困っているとは思えない。

  タツヤはチラッと隣のセレイネの様子を伺う。てっきり彼女のことならその返答に噛みつき、喚き散らすものだと思っていたが、意外にも落ち着いた態度で聞いている。
  それはまるで、この場で拒否されるのを予知していたかのような佇まいだった。

  「そりゃあ忙しいでしょうね。ーー何故なら、1年後に世界が滅びるという予言を授かったから。」

  その銀鈴の声は聴く者全ての心を釘付けにする。だがアトスが目を見開いたのは、その美声に対してではなく、内容についてだ。

  「なんでその事をお前は知ってる。」

   「まあまあ。とりあえず中に入れてくれない?」

  険しい顔つきでこちらをにらめつけているアトス。そんな彼を見て勝ち誇った笑みを浮かべた後、セレイネがウィンクしたのであった。


△▼△▼△▼△


   屋敷の内装は外見に負けないくらい豪華であった。壮麗な玄関を抜け、ロビーには贅を尽くした家具や調度品が、まるで芸術品のように配置されている。高い天井にはシャンデリアが輝き、床は大理石で構成されていた。

  「こちらが団長室になります。お客様。」

  そしてタツヤ達を案内してくれたのが目の前にいるメイドだ。空色髪のミニツインテールに青の瞳をした美少女である。この傭兵団はメイドを雇えるほど資金が潤沢にあるのだろうか。

   「「お邪魔しまーす。」」

   タツヤとセレイネは同時にその部屋に入る。タツヤ達の左右には4人の団員が立っていて、彼らの顔には警戒心がはっきりと表れていた。
 そしてその奥にはアンティークな執務机と椅子があり、水色髪の三白眼男が堂々と鎮座している。

  「まあそこに座れ。」

   執務机の前には豪奢なソファーが向かい合うように二脚設置されており、その間にはテーブルが置かれていた。タツヤとセレイネはアトスに言われた通り、そのソファーに腰掛ける。

   せっかく二脚あるのだから反対側に座ればいいのに、タツヤのすぐ隣に腰を下ろすせレイネ。そんな彼女をジト目で見ながら、タツヤはどこか落ち着かないといった様子だ。
 何故ならソファーのすぐ後ろには、険悪な表情を浮かべた団員達が立っているからである。

   威圧感が凄まじい。今すぐ帰りたい。そんな場所はもう何処にも無いが。

   そしてアトスは本題を切り出す。

  「それでどうして1年後に世界が滅亡することをお前たちは知ってる?」

   「あなた達と一緒で予言者から聞いたのよ。そちらとは別の予言者だけど。」

   「もしそれを止めたいならお前らで解決すればいいだろ。この傭兵団に入る必要なんてない。」

   「あら、人数が多い方が良いじゃない?世界救済を目的としてる傭兵団なんて、私達にピッタリだと思うけど。」

   「...俺たちが世界滅亡を止めるために暗躍してきたことを、公にはしていないはずだ。どこでそれを知った。」

   「それも予言者から。」

    「便利な予言だな。」

   アトスの怒涛の質問にもセレイネは一切怯まない。彼女の大気を揺るがすような力強い美声には、相手を信じさせる力がある。だがアトスはそんな彼女のことを不審げに見つめていた。

  「その隣の少年が例の予言者か?」

  「いいえ、違うわ。」

  「ならまずはその予言者を連れて来い。それで初めてお前の証言が信用に値するものになる。話は終わりだ。」

  セレイネの返答を聞いた瞬間、話を切り上げ、早々にタツヤ達を返そうとするアトス。そんな時、口を開いたのはタツヤの隣にいたセレイネではなく、向かい側のソファーの後ろに立っている糸目の男だ。

  「お待ちください、団長。」

   首元まで伸ばした艶やかな黒髪に、整った顔立ち。着ている執事服にはシワひとつなく、洗練された雰囲気を持っている長身痩躯だ。
   アトスはそんな彼に向かって煩わしげな視線を向けた。

  「なんだテセウス。流石にこいつら怪しすぎるだろ。美少女好きも程々にしておけ。」

  「いえ、私が気になっているのは見目麗しい魔女ではなく、その隣にいる少年のことです。」

   「俺?」

   急に話題の中心となったタツヤ。首を傾げて自分を指差しているタツヤを見て、テセウスは首肯する。

   「はい。あなたはもしや鉄血傭兵団の一員では?」

   「俺の事覚えてたの!?」

   「たしか二年前の仕事で一度、顔をお見かけしたような気が。」

   「そうそう!一緒にいたの、少しの間だけだったのによく覚えてんな。」

   驚異的なテセウスの記憶力に驚嘆の声を上げるタツヤ。タツヤでさえ、テセウスの顔は忘れてしまっていたのに、この男は自分のことをちゃんと覚えてくれていたのだ。

  それから目を上に向け、過去の記憶を掘り起こしていたアトスが、何かを閃いたようにポンと手を打った。

  「お前あれか。リュウのお気に入りの少年!久しぶりだな。」

   「お久しぶりです。アトス団長。俺はタツヤって名前です。」

   「それで、なんでタツヤはこんな所にいるんだ?リュウはどうした。」

   そのアトスの言葉を聞いた途端、タツヤの表情が影に覆われたかのように暗くなる。だが自分は真実を彼に伝える為に、この場所に足を運んだのだ。

 「鉄血傭兵団はS級ダンジョン『幽明』で壊滅。生き残ったのは俺だけです。」

   「リュウも死んだのか?あいつが?あっはっはっは!もっとまともな冗談をつけ。腹痛ぇ。」

   タツヤの証言を完全に冗談だと思い込んでいるアトス。彼はお腹を押さえながら盛大に爆笑している。
 たしかにあのリュウ団長が死ぬなんて信じられないだろう。それを実際に目の前で見たタツヤですら、実感が湧かなかったのだから。

  「リュウ団長から百花繚乱の元メンバー、つまりあんたに向けて遺言を預かってる。」

   「ククク。そうかそうか。言ってみろ。」

   「最後まで俺様に勝てなくて残念だったな、と。」

   その言葉を聞いた途端、爆笑していたアトスの顔が一瞬で真顔になる。そしてゴソゴソと机の棚から何かを取り出した。それは真っ黒い小さなカードであった。

   「これは対象の安否を色で知らせてくれる魔法具だ。黒色は相手の死を意味する。つまりあいつは、本当に死んだってことか。...なんでだ。」

  「俺が殺した。」

   実際タツヤがリュウ団長を殺したようなものである。その事実から目を背けずに、前に進むとタツヤは決めた。かつてのリュウ団長がそうであったように。

  しかしアトスはタツヤの発言を首を横に振って否定する。その理由は単純だ。

  「お前みたいな雑魚に勝てる相手じゃないだろ。最後的な死因はなんだ。」

   「...寿命。」

   「寿命か。まあそれぐらいでしかリュウは死なないよな。それでも信じられねぇが。」

  リュウ団長の死因を聞いて納得した様子のアトス。それから彼はタツヤにさらに質問を続ける。

  「それでそのとんでもないダンジョンをクリアして、タツヤはどんな宝具を手に入れたんだ?」

   「亡霊を見ることが出来る霊視の力だ。」

  そう告げて、タツヤは黒の瞳を緋色へと変化させた。死者と対話できるなんて、本当に信じられない能力である。S級宝具の名は伊達ではない。

   そしてリュウが死亡した事実を知ってから、少し寂しそうな表情を浮かべているアトスを見て、タツヤはある考えを思いつく。

   「そうだ!リュウ団長と対話することが出来たら。」

   もしかしたらアトスへ向けた言葉を聞くことが出来るかもしれない。タツヤはこの宝具で多くの人の心を救いたいのだ。
 タツヤはリューンとフリップを再開させた時、生者と死者の架け橋になることが、この宝具を授かった自分の使命なのだと実感した。

  心を繋げる為にリュウ団長のことを思う。しかしリュウは一向に現れない。

   「なんでだ?リュウ団長が現れてくれない。ってか俺、この能力のこと全然知らないんだよな。」

  実のところタツヤも、どうやって亡霊を呼び出す事ができるのかは分かっていない。心を繋げることが条件なんて言われても、そんな抽象的で曖昧なことをイメージするのは至難の業だ。

   むしろ頭の中で姿を想像しただけで現れてくれるマリーの方が、異質な存在なのかもしれない。

   「亡霊と対話もできるのか。ーーなら使い道はあるな。」

   頑張って亡霊リュウとの対話を試みているタツヤを、品定めするような目で見ていたアトス。それから彼はタツヤを指差した。

   「タツヤ、俺の傭兵団に来ないか?リュウとの誼もあるし、どうせこれから行く当てもないんだろう?」

   少しだけ逡巡するタツヤ。しかしその迷いもすぐに晴れた。世界が滅んでしまったら、みんなの想い、そしてその遺志を継ぐことが出来なくなるのだから。それに故郷に残してきた大切な妹の事もある。

   タツヤはソファーから立って、アトスの方を向く。それから頭を下げた。

   「これからよろしくお願いします!」

    「ああ。よろしくな。」

   アトスの勧誘を承諾したタツヤ。すると、置いてけぼりを食らっていたセレイネが自分を指差す。

   「えっと、私は?」

   「お前は怪しいからダメだ。」

    「酷い!!」

   あまりの扱いの差に思わず叫んでしまったセレイネ。もちろんタツヤはすぐにフォローに回った。怪しいというアトスの意見には同意だが、彼女はタツヤの命の恩人なのである。

  「待ってくれアトス団長。セレイネは俺の命の恩人なんだ。世界を救いたいっていう気持ちも本物だと思う。彼女も傭兵団に入れてくれないか?」

  「無理だと言ったら?」

  「俺が入団するのは無かったことにしてくれ。」
   
   アトスの圧に屈することなく、堂々と言い放ったタツヤ。せっかく誘ってくれた彼には申し訳ないが、これはタツヤのけじめの話である。
 命を救ってくれた彼女のお願いに応える事が、自分の最優先事項なのだから。

   そして何かを思い出したかのようにセレイネが手を挙げた。その美しい紫紺の瞳を緋色へと変えて。

  「私もタツヤと同じ霊視の能力が使えます!」

  「タツヤと同じ目の変化!?...だが同じ宝具がこの世に2つ存在するはずないだろ。」

  アトスは一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻す。彼の指摘はもっともなのだが、実際にこの世に同じ能力が二つ存在しているのが現実だ。
 それにセレイネとタツヤの宝具は似て非なるものである可能性だって考えられる。

  「それは俺が実証済みだ。俺の呼び出した亡霊とセレイネは対話してる。」

   「嘘をつく...必要が無いか。」

   セレイネの扱いについて、こめかみを押さえて思案しているアトス。お互い無言のまま、ただ時間だけが流れていく。

  「ちょっと黙ってろ。」

  「ーーー?」

 そんな時、こめかみを押さえたままのアトスが突如煩わしげに注意した。
 部屋の中には喋っている者など1人もいなかったのに、不自然な独り言である。

   それからアトスは顔を上げた。つまり二人の処遇についての考えがまとまったということだ。

  「タツヤとセレイネ。2名の入団を認める。ーー夜桜傭兵団へようこそ。」

    「「よろしくお願いします!」」

   挨拶ともに頭を下げるタツヤとセレイネ。すると周りにいた団員達が一斉に、二人の元へと集まってきた。
 そしてさっきまでの警戒した様子が嘘のように、フレンドリーな態度でタツヤ達に接してくる。

   「あ、あのね、ボクの名前はエナ。サキュバスっていう珍しい種族で...」
   「あぁ!見目麗しい魔女が団員に。百合の庭園に新たな一輪の花が!」
   「吾輩は偉大な吸血鬼である!お前たちなんて、片手、いや小指1本でひねり潰せるんだからな!」
    「ぼ、僕はキリマルって言います。武器とか隠し持ってないよね!?」
    「お客様が後輩になりましたか。ふーん、すぐ死にそうですね。」

   堰を切ったように口から言葉が溢れ出す団員達。さっきまでの威厳に満ちた姿は、もはやどこにも無い。
 だが同時にタツヤはホッとしていた。みんな癖は強いが、仲良くやっていけそうである。

   「お前ら、順番って言葉を知らないのか!一人一人自己紹介しろ!!」

   アトスのツッコミが団長室に響く。
   こうしてタツヤとセレイネは、夜桜傭兵団の一員となったのだ。
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