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20 ど近眼魔女はヒロインと対峙する
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『アリア様、こんなところでうたた寝していたら風邪を引いてしまいますよ』
ふわり。と、暖かい風が頬を撫でた気がした。
『ほら、髪の毛に葉っぱが……。大事な眼鏡がずり落ちてますよ。あぁ、こんなに体が冷えてしまわれてるじゃないですか。今すぐ温かいお茶を淹れますから……もう、やっぱりアリア様にはぼくがついていないとダメですねーーーー』
いつも楽しそうに私の世話を焼いてくれる少年の笑顔が浮かぶ。生まれる前から私の側にいてくれた、大切なーーーー。
「うーん……。コハクぅ、私の眼鏡……」
畑の世話を終えた後、なんだか疲れを感じてしまい、いつもお茶をしている庭のテーブルに突っ伏してそのまま眠ってしまったようだった。寝惚けながらその人物に手を伸ばし………ハッとして瞼を開くと、ぼやけた視界がさらに涙で滲んだ。
「ピィ」
宙に伸ばした行き先の無い手の先にシロがそっと留まる。まだ傷痕は残るもののだいぶ回復したシロはその嘴で私の指をつついてきた。
まるで、優しく諭すように。
「ピィ」
「……シロ」
あれから1か月。今もコハクはその体の時を止め、仮死状態のように深く眠っている。あの時の、師匠の姿が消えてコハクが倒れた瞬間はまるでつい先程のことのように私の脳裏に焼き付いていた。
私は目元を隠すように眼鏡を掛け直す。いつまでも落ち込んでいる訳にはいかない。師匠から“森の魔女”の名を託された以上、この森や生き物たちを守るのは私の役目なのだ。
「ごめんね、大丈夫よ。さ、あの子の様子を見に行きましょう」
「ピィ」
シロが私の肩にそっと足をかけ、スリスリと頬擦りをしてきた。自分だって怪我をしてるのにずっと私の心配をしてくれる優しい子である。でも、つい思ってしまうのだ。ここにコハクがいてくれたらと……。でもちゃんとわかっているつもりだ。コハクはまだ目覚めない。彼を助けてくれる聖霊を見つけない限りずっと……。
「……シロ、ごめんね」
幸せな夢を見ていた私は一気に現実に戻り、一粒の涙が頬を伝うのだった。
***
「うーん、どうしたものかしら……」
気を取り直してやってきたのは、他の畑とは別枠にしている小さな畑だった。
この畑には、あの大根が埋まっている。とはいっても、別に埋葬したとか肥料にしたわけではない。さすがは妖精といったところか、体がバラバラになっても大根は生きていたのだ。しかしダメージはシロ以上の重体だったので体のパーツを集めて包帯で固定し、私の魔力をたっぷりと含んだ土に埋めて療養中なのである。
「肥料も魔力もたっぷりあげたし、水もこの子がいつも自分で体を洗っていたお気に入りの川の上流から汲んできたのに……なかなか目覚めてくれないわね」
「ピィ」
やはりあのアスリート走りで森を爆走する大根の姿が無いと寂しいと思ってしまう。
「もうそろそろ、体もくっついてると思うんだけどなぁ……」
畑の周りには小さな花がちらほらと置かれている。これはあの時に大根を襲った聖霊たちが置いているものだ。コハクが眠りにつき、魔力が遮断されると聖霊たちは正気に戻っていった。そして自分たちがシロや大根にしてしまった事に驚き嘆いていた。こうして大根のお見舞いに来ては花を置いていくのだ。たぶん、いつも森の巡回をしていた大根とは顔見知りだったのだろう。シロは私の専属聖霊だしこの大根もいつも私の魔力を浴びていたからコハクの魔力に当魅力される事はなかったけれど、他の聖霊たちからしたらそれほど強力な魔力だったのだろう。
「みんなが待ってるわよ……」
一瞬、土から出ている葉っぱがわさっと動いた気がした。しかしそれ以上に動くことはない。やっぱり今日もダメか。と、畑に背を向けたその時。
「……やっと、人を見つけたわーーーーっ!!もう、なんなのよこの森?!どこもかしこも似たような場所ばっかりで迷っちゃったじゃないの!!」
そう言って突然茂みから現れたのはピンク頭の少女だった。体中に葉っぱや小枝、蜘蛛の巣をつけて満身創痍状態だがやたらとギラギラした目で私を睨んでいる。
「ちょっと!あんた、“森の魔女”って知ってる?!あたしはこの世界を幸せにするために頑張ってるのに上手くいかないから、なんでも願いを叶えてくれるって噂の魔女に会いに来たのよ!知ってるなら教えなさいよ!」
「え?あぁ……まぁ。はい、知って?ますけど……。えーと、ちなみにどんなお願いをするつもりですか?」
なんだろう、この人見たことあるなぁ?と、思い出せそうで思い出せない感じにモヤモヤしながら首を傾げると、ピンク頭少女は鼻息を荒くして興奮気味に口を開いた。
「ふふん、驚きなさい!なんとあたしは未来の王子妃なのよ!王子様と運命の出会いをして真実の愛の素晴らしさをみんなに教えてあげるの!
でも、なかなか王子様との出会いイベントが起こらなくて逃げられちゃってたのよね。きっと王子様はシャイなんだわって思ったの。だから下町で偶然出会うのは諦めて、王族だけが知る秘密の通路を使ってお城に忍び込んで王子様の部屋にサプライズしに行ったらなぜか捕まりそうになっちゃったの!あたしは王子様の運命の相手だって説明してるのに剣を向けられたのよ!わけわからないでしょ?!結局王子様には会えないし、兵隊から逃げるために森に入ったら迷っちゃうしさ!せっかく悪役令嬢がドジ踏んで死んでくれたってのに最悪よ!でも、この森にはきっとあたしの願いを叶えてくれる噂の魔女がいるって気が付いたのよ!さぁ、あたしを王子妃にしてちょうだい!」
「はぁ……」
あまりに一気に捲し立てられたので割って入れなかったが、なんともめちゃくちゃな願いである。
……ん?未来の王子妃?イベント?悪役令嬢?!
も、もしかして……このピンク頭、ヒロイン?!
小説の中のヒロイン像とはかけ離れたその姿に一瞬わからなかった(というか、忘れていた)が、まさかまだ王子と出会っていなかったなんて……!
「それで?!魔女はどこにいるの?!あたしの願いを叶えてくれたら、王子様に言って王家のお抱え魔女になれるようにしてあげるわよ!」
どうやら私が悪役令嬢本人だとは気付いていないようだが(ヒロインの目の前で死んだことになってるしね)、発言からして私と同じく転生者っぽい気がする。それにしてもこれだけ時間が経っても未だに出会いイベントすら終わっていないなんて、やはり悪役令嬢の役割って重要だったのね。
しかし、私だって今更ヒロインのために悪役令嬢に戻る気はない。
「……申し訳ないですけど、その願いを叶えるのは無理で「はぁぁ?!なんですってぇ?!」きゃぁ?!」
私が思わずため息をつきながらそう答えると、なんとヒロインが目の色を変えて掴みかかってきたのだ。
「あたしが!この世界のヒロインであるあたしがお願いしてるのに!あんたなんかじゃ話にならないわ!早く魔女を出してよ!あたしが王子妃になったら、あたしを馬鹿にした奴ら全員この国から追い出してやるんだからぁ!!……えぇい!邪魔よ、この雑草がぁぁぁ!!」
興奮したヒロインが私の服を掴みながら勢い良く迫ってくる。そのヒロインの足が畑に侵入し、足に当たった未だ眠る大根の葉っぱを蹴り上げようとした瞬間ーーーー。
『じぶん、だいこんあしなんでーーーーっ!!』
ボコッ!と音を立てて、土から飛び出した大根がヒロインの足にがっしりと抱きついたのである。
「きゃあ?!なによ、これぇ?!」
『じぶん、だいこんあしなんで!!』
驚いたヒロインは私から手を離し、ぶんぶんと足にくっついた大根を振り払おうとするが大根は必死の形相(いや、顔はないのだが)でしがみついていた。
「ピィィィ!!」「ぎゃあ?!」
そして大根に気を取られたヒロインの額にシロが弾丸の如く嘴を思いっきりぶっさし、ヒロインは気絶してその場に倒れたのだった。
『じふん、だいこんあしなんで?』
気を失ったヒロインを葉っぱでペシペシと叩きながら大根が首を傾げる。たぶん、これをどう処分するのか?とかなんとか聞いていそうだ。
「……そうねぇ。なにがなんでも王子との出会いイベントを達成したいみたいだし……いっそのこと王子の部屋にでも送ってあげましょうか」
なんとなく呟いた言葉だったが、我ながら名案だと思った。なぜかヒロインから逃げているようだが、ちゃんとヒロインと出会うことが出来れば王子だって私(の眼鏡)への興味も薄れてヒロインとラブラブになるだろう。元悪役令嬢として出会いの場を作ってあげるくらいはしてもいいかもしれない。すっかり忘れていたが王子は眼鏡フェチで私の眼鏡を狙ってるんだった。確か以前の別れ際に絶対に私を連れ戻す(眼鏡を奪う)とかなんとか叫んでいたがヒロインに夢中になれば私の(眼鏡の)ことなどすぐに忘れてくれるだろう。
「そうすれば、王子とヒロインはハッピーエンド!もう二度と私に関わってこなくなるわよね!」
「ピィ」
『じふん、だいこんあしなんで!』
こうして私は森にお願いして竜巻を発生してもらい、その竜巻でヒロインを城の王子の部屋に運んでもらうことにした。多少は城の壁が壊れるかもしれないが運命の出会いのためには犠牲も必要だろう。
「お願いねー」
ゴウゴウと轟音を響かせながらヒロインを乗せた竜巻を見送る。そう言えば、あの竜巻……やたら小石や小枝を巻き込んでいたけれどヒロインは大丈夫かしら?まぁ、なんだかんだ言ってもこの世界のヒロインなんだから竜巻だってヒロインを無闇に傷つけたりはしないだろう。ヒロイン補正ってやつよね!
その後。
ヒロインは城の壁の一部を破壊しながら無事に王子の自室っぽい豪華な部屋に運ばれた。壁を削り取った竜巻が、ぺっ!とヒロインを吐き出して嫌がらせの如くに部屋をめちゃくちゃにしたが、災害級の大規模な竜巻が城を襲ったのにその部屋以外には全く被害がなかったのはある意味奇跡かもしれない。
そして、なぜだか異様に泥だらけでボロボロになったヒロインがどうなったかというとーーーー。
「侵入者だーーーーっ!!」
「王子の部屋に不審者が現れたぞ!!」
「今すぐ捕らえろ!!」
確かにその部屋に王子はいた。だが、その王子がヒロインが求めていた王子その人かどうかと言えば……否であろう。
その王子は、泥だらけで目を異様にギラギラと輝かせながら不気味な雰囲気を漂わせたヒロインの姿に驚きはしたものの恐怖に身を震わせたり逃げ出したり、ましてや頬を染めて胸を高鳴らせたりもしなかった。
ただ、氷よりも冷たい視線でヒロインを一瞥すると「地下牢に放り込んでおけ……後で俺が始末をつける」とだけ言い放ったそうだ。
アリアは知らなかった。正式な発表はまだにしても、この1か月の間にアリアの知っている王子が廃嫡され、新たな王子が養子になっていたことを。そして、その新たな王子が前王子の命を狙っていた暗殺者であったことを。
自分の息子に見切りをつけた王妃があらゆる手段と権力を駆使したこの結果がアリアの耳に届くのは、もっとずっと後のことである。
ふわり。と、暖かい風が頬を撫でた気がした。
『ほら、髪の毛に葉っぱが……。大事な眼鏡がずり落ちてますよ。あぁ、こんなに体が冷えてしまわれてるじゃないですか。今すぐ温かいお茶を淹れますから……もう、やっぱりアリア様にはぼくがついていないとダメですねーーーー』
いつも楽しそうに私の世話を焼いてくれる少年の笑顔が浮かぶ。生まれる前から私の側にいてくれた、大切なーーーー。
「うーん……。コハクぅ、私の眼鏡……」
畑の世話を終えた後、なんだか疲れを感じてしまい、いつもお茶をしている庭のテーブルに突っ伏してそのまま眠ってしまったようだった。寝惚けながらその人物に手を伸ばし………ハッとして瞼を開くと、ぼやけた視界がさらに涙で滲んだ。
「ピィ」
宙に伸ばした行き先の無い手の先にシロがそっと留まる。まだ傷痕は残るもののだいぶ回復したシロはその嘴で私の指をつついてきた。
まるで、優しく諭すように。
「ピィ」
「……シロ」
あれから1か月。今もコハクはその体の時を止め、仮死状態のように深く眠っている。あの時の、師匠の姿が消えてコハクが倒れた瞬間はまるでつい先程のことのように私の脳裏に焼き付いていた。
私は目元を隠すように眼鏡を掛け直す。いつまでも落ち込んでいる訳にはいかない。師匠から“森の魔女”の名を託された以上、この森や生き物たちを守るのは私の役目なのだ。
「ごめんね、大丈夫よ。さ、あの子の様子を見に行きましょう」
「ピィ」
シロが私の肩にそっと足をかけ、スリスリと頬擦りをしてきた。自分だって怪我をしてるのにずっと私の心配をしてくれる優しい子である。でも、つい思ってしまうのだ。ここにコハクがいてくれたらと……。でもちゃんとわかっているつもりだ。コハクはまだ目覚めない。彼を助けてくれる聖霊を見つけない限りずっと……。
「……シロ、ごめんね」
幸せな夢を見ていた私は一気に現実に戻り、一粒の涙が頬を伝うのだった。
***
「うーん、どうしたものかしら……」
気を取り直してやってきたのは、他の畑とは別枠にしている小さな畑だった。
この畑には、あの大根が埋まっている。とはいっても、別に埋葬したとか肥料にしたわけではない。さすがは妖精といったところか、体がバラバラになっても大根は生きていたのだ。しかしダメージはシロ以上の重体だったので体のパーツを集めて包帯で固定し、私の魔力をたっぷりと含んだ土に埋めて療養中なのである。
「肥料も魔力もたっぷりあげたし、水もこの子がいつも自分で体を洗っていたお気に入りの川の上流から汲んできたのに……なかなか目覚めてくれないわね」
「ピィ」
やはりあのアスリート走りで森を爆走する大根の姿が無いと寂しいと思ってしまう。
「もうそろそろ、体もくっついてると思うんだけどなぁ……」
畑の周りには小さな花がちらほらと置かれている。これはあの時に大根を襲った聖霊たちが置いているものだ。コハクが眠りにつき、魔力が遮断されると聖霊たちは正気に戻っていった。そして自分たちがシロや大根にしてしまった事に驚き嘆いていた。こうして大根のお見舞いに来ては花を置いていくのだ。たぶん、いつも森の巡回をしていた大根とは顔見知りだったのだろう。シロは私の専属聖霊だしこの大根もいつも私の魔力を浴びていたからコハクの魔力に当魅力される事はなかったけれど、他の聖霊たちからしたらそれほど強力な魔力だったのだろう。
「みんなが待ってるわよ……」
一瞬、土から出ている葉っぱがわさっと動いた気がした。しかしそれ以上に動くことはない。やっぱり今日もダメか。と、畑に背を向けたその時。
「……やっと、人を見つけたわーーーーっ!!もう、なんなのよこの森?!どこもかしこも似たような場所ばっかりで迷っちゃったじゃないの!!」
そう言って突然茂みから現れたのはピンク頭の少女だった。体中に葉っぱや小枝、蜘蛛の巣をつけて満身創痍状態だがやたらとギラギラした目で私を睨んでいる。
「ちょっと!あんた、“森の魔女”って知ってる?!あたしはこの世界を幸せにするために頑張ってるのに上手くいかないから、なんでも願いを叶えてくれるって噂の魔女に会いに来たのよ!知ってるなら教えなさいよ!」
「え?あぁ……まぁ。はい、知って?ますけど……。えーと、ちなみにどんなお願いをするつもりですか?」
なんだろう、この人見たことあるなぁ?と、思い出せそうで思い出せない感じにモヤモヤしながら首を傾げると、ピンク頭少女は鼻息を荒くして興奮気味に口を開いた。
「ふふん、驚きなさい!なんとあたしは未来の王子妃なのよ!王子様と運命の出会いをして真実の愛の素晴らしさをみんなに教えてあげるの!
でも、なかなか王子様との出会いイベントが起こらなくて逃げられちゃってたのよね。きっと王子様はシャイなんだわって思ったの。だから下町で偶然出会うのは諦めて、王族だけが知る秘密の通路を使ってお城に忍び込んで王子様の部屋にサプライズしに行ったらなぜか捕まりそうになっちゃったの!あたしは王子様の運命の相手だって説明してるのに剣を向けられたのよ!わけわからないでしょ?!結局王子様には会えないし、兵隊から逃げるために森に入ったら迷っちゃうしさ!せっかく悪役令嬢がドジ踏んで死んでくれたってのに最悪よ!でも、この森にはきっとあたしの願いを叶えてくれる噂の魔女がいるって気が付いたのよ!さぁ、あたしを王子妃にしてちょうだい!」
「はぁ……」
あまりに一気に捲し立てられたので割って入れなかったが、なんともめちゃくちゃな願いである。
……ん?未来の王子妃?イベント?悪役令嬢?!
も、もしかして……このピンク頭、ヒロイン?!
小説の中のヒロイン像とはかけ離れたその姿に一瞬わからなかった(というか、忘れていた)が、まさかまだ王子と出会っていなかったなんて……!
「それで?!魔女はどこにいるの?!あたしの願いを叶えてくれたら、王子様に言って王家のお抱え魔女になれるようにしてあげるわよ!」
どうやら私が悪役令嬢本人だとは気付いていないようだが(ヒロインの目の前で死んだことになってるしね)、発言からして私と同じく転生者っぽい気がする。それにしてもこれだけ時間が経っても未だに出会いイベントすら終わっていないなんて、やはり悪役令嬢の役割って重要だったのね。
しかし、私だって今更ヒロインのために悪役令嬢に戻る気はない。
「……申し訳ないですけど、その願いを叶えるのは無理で「はぁぁ?!なんですってぇ?!」きゃぁ?!」
私が思わずため息をつきながらそう答えると、なんとヒロインが目の色を変えて掴みかかってきたのだ。
「あたしが!この世界のヒロインであるあたしがお願いしてるのに!あんたなんかじゃ話にならないわ!早く魔女を出してよ!あたしが王子妃になったら、あたしを馬鹿にした奴ら全員この国から追い出してやるんだからぁ!!……えぇい!邪魔よ、この雑草がぁぁぁ!!」
興奮したヒロインが私の服を掴みながら勢い良く迫ってくる。そのヒロインの足が畑に侵入し、足に当たった未だ眠る大根の葉っぱを蹴り上げようとした瞬間ーーーー。
『じぶん、だいこんあしなんでーーーーっ!!』
ボコッ!と音を立てて、土から飛び出した大根がヒロインの足にがっしりと抱きついたのである。
「きゃあ?!なによ、これぇ?!」
『じぶん、だいこんあしなんで!!』
驚いたヒロインは私から手を離し、ぶんぶんと足にくっついた大根を振り払おうとするが大根は必死の形相(いや、顔はないのだが)でしがみついていた。
「ピィィィ!!」「ぎゃあ?!」
そして大根に気を取られたヒロインの額にシロが弾丸の如く嘴を思いっきりぶっさし、ヒロインは気絶してその場に倒れたのだった。
『じふん、だいこんあしなんで?』
気を失ったヒロインを葉っぱでペシペシと叩きながら大根が首を傾げる。たぶん、これをどう処分するのか?とかなんとか聞いていそうだ。
「……そうねぇ。なにがなんでも王子との出会いイベントを達成したいみたいだし……いっそのこと王子の部屋にでも送ってあげましょうか」
なんとなく呟いた言葉だったが、我ながら名案だと思った。なぜかヒロインから逃げているようだが、ちゃんとヒロインと出会うことが出来れば王子だって私(の眼鏡)への興味も薄れてヒロインとラブラブになるだろう。元悪役令嬢として出会いの場を作ってあげるくらいはしてもいいかもしれない。すっかり忘れていたが王子は眼鏡フェチで私の眼鏡を狙ってるんだった。確か以前の別れ際に絶対に私を連れ戻す(眼鏡を奪う)とかなんとか叫んでいたがヒロインに夢中になれば私の(眼鏡の)ことなどすぐに忘れてくれるだろう。
「そうすれば、王子とヒロインはハッピーエンド!もう二度と私に関わってこなくなるわよね!」
「ピィ」
『じふん、だいこんあしなんで!』
こうして私は森にお願いして竜巻を発生してもらい、その竜巻でヒロインを城の王子の部屋に運んでもらうことにした。多少は城の壁が壊れるかもしれないが運命の出会いのためには犠牲も必要だろう。
「お願いねー」
ゴウゴウと轟音を響かせながらヒロインを乗せた竜巻を見送る。そう言えば、あの竜巻……やたら小石や小枝を巻き込んでいたけれどヒロインは大丈夫かしら?まぁ、なんだかんだ言ってもこの世界のヒロインなんだから竜巻だってヒロインを無闇に傷つけたりはしないだろう。ヒロイン補正ってやつよね!
その後。
ヒロインは城の壁の一部を破壊しながら無事に王子の自室っぽい豪華な部屋に運ばれた。壁を削り取った竜巻が、ぺっ!とヒロインを吐き出して嫌がらせの如くに部屋をめちゃくちゃにしたが、災害級の大規模な竜巻が城を襲ったのにその部屋以外には全く被害がなかったのはある意味奇跡かもしれない。
そして、なぜだか異様に泥だらけでボロボロになったヒロインがどうなったかというとーーーー。
「侵入者だーーーーっ!!」
「王子の部屋に不審者が現れたぞ!!」
「今すぐ捕らえろ!!」
確かにその部屋に王子はいた。だが、その王子がヒロインが求めていた王子その人かどうかと言えば……否であろう。
その王子は、泥だらけで目を異様にギラギラと輝かせながら不気味な雰囲気を漂わせたヒロインの姿に驚きはしたものの恐怖に身を震わせたり逃げ出したり、ましてや頬を染めて胸を高鳴らせたりもしなかった。
ただ、氷よりも冷たい視線でヒロインを一瞥すると「地下牢に放り込んでおけ……後で俺が始末をつける」とだけ言い放ったそうだ。
アリアは知らなかった。正式な発表はまだにしても、この1か月の間にアリアの知っている王子が廃嫡され、新たな王子が養子になっていたことを。そして、その新たな王子が前王子の命を狙っていた暗殺者であったことを。
自分の息子に見切りをつけた王妃があらゆる手段と権力を駆使したこの結果がアリアの耳に届くのは、もっとずっと後のことである。
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