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ミランとラリータの場合
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「おぉ、なんと美しい少女だ。 泣いて喜べ、結婚してやる。 お前を俺の妃にしてやろう」
「……どちら様ですか?」
小さなピンク色の花が咲いているとある森の花園で、馬の上から自分を見下ろしなんだか偉そうに突然求婚してきた男にティナは首を傾げた。
着ている服装が貴族っぽいからそれなりに地位のある人間だとは思うが、自分の発言になんの疑問も思わずにティナが泣いて喜ぶのを待っているあたりがなんとも残念な感じがする。
「ん? 俺を知らないとはどこの田舎から出てきたんだ? 俺はこの国の王子だぞ!」
「申し訳ないのですが、存じません。 私、急いでいますので失礼いたしますわ」
本当はシリウスの用事が終わるのをこの森の花園で動かず待っている約束だったが、王子だと名乗るこの変な人物から早く離れたくてティナは背を向けて歩き出した。
しかし
「……!」
ティナは頭部に強い衝撃を受け、その場に倒れた。ピンク色の花の花弁とティナの白い髪が赤く染まる。
「……この俺の申し出を断るとはなんと無礼な女だ。 おい、近衛よ、この女を城へ運べ。 俺に逆らったことを後悔させてやる」
王子の言葉に音もなく現れた近衛兵達がティナの体を担ぎ上げ、森から立ち去ったのだった。
***
「ねぇ、ミラン」
「なぁに、ラリータ」
まるて鏡を合わせたかのようにうりふたつの赤毛の少女が達がいた。
「お兄様がまた誰か連れてきたみたいよ」
「そうね、また連れてきたみたいね」
ふたりは同じ仕草をしながらため息をつく。
「この前に来た方は、わたし達が意地悪してきたってお兄様に泣きついていたわね」
「その前に来た方はわたし達が自分を殺そうとしたから断罪してくれって訴えてわ」
ふたりは再び同時にため息をつき、窓の外を見つめた。
「「今度は何日もつかしら?」」
そんなふたりの元へメイドがやって来てこう告げた。
「セレドリクス王子が、王女様達をお呼びです」
「「……すぐに行くわ」」
ミランとラリータは双子の王女であった。
まるで夕陽のような色をした見事な赤毛に、雲ひとつない空のようなスカイブルーの瞳。
ふたりは鏡にうつしたかのように瓜二つで、いつも一緒にいる。
そんなふたりには母親の違う兄がいた。
この国の第一王子だが側妃の子で、ミランとラリータが正妃の子であったため、王位継承権の順序はミランとラリータの方が上であったが、兄の母……側妃が謎の奇病で死んでからまもなくして父である国王がある条件を出したのだ。
「ミランとラリータが成人するまでに妻を娶れば、王位継承権1位とする。 ただし、ミランとラリータが良しとする者でなければ認めん」
それからしばらくして、兄はどこからか女の人を連れてきた。
ミランとラリータは王位になど興味がなかったので兄の結婚をすぐに認めようとしたが、母から「すぐ認めては真実味がないと思われてしまうわ。 まずは仲良くなることからはじめてみなさい」と言われたのでお茶会に誘ってみた。
するとどうだろう?仲良くなるはずがミランとラリータがすること全てが兄の結婚相手は気に入らず、怒ってくる始末。
最初に来た人はお茶を渡そうとしたミランの足をわざと引っ掻けてきてお茶をこぼさせ、ドレスを汚されたと泣きわめいた。
プレゼントを渡せば箱に虫が詰められていたと怒り散らし、毒を仕込まれたとか、暗殺者を送り込まれたとか……そうだ、ラリータのせいで手をケガして傷跡が残るから責任取れとかも言われた。色々ありすぎて思い出すのも一苦労だ。
そして兄にミランとラリータの悪事を訴えた翌日、彼女は野犬に食い殺され死体となって発見されたのだ。
それからも兄は新しい女性を何度も連れてきた。その度にミランとラリータは歩み寄ろうとしては嫌われ、女性が兄にふたりの排除を訴え、翌日には必ず消える。
早ければ数日、長くても1ヶ月でそれは繰り返されていた。
もうふたりは疲れた。何をどう頑張っても、兄が連れてくる女性は最初からミランとラリータを敵視していて仲良くなる気など欠片もないのだ。
それに気になることもあった。消えた女性たちは死体となって発見されたり、行方不明として処理されたり色々だが、その度に兄が地下室に籠っているのをミランとラリータは知っている。
ふたりにとっては腹違いとは言え大切なたったひとりの兄。だが、同時によくわからない恐ろしさを持っている兄でもあった。
「ミラン、ラリータ。 挨拶をしろ」
そう言って兄が連れてきたのは、真っ白な髪と灰色の瞳をした儚げな美しい少女だった。 ケガをしているのか頭には包帯が巻かれている。
「あの、はじめまして……わたしはミラン。 こっちはラリータよ。 わたしたち双子なの」
「あなたのお名前をお聞きしても?」
いつもならこの挨拶の時点で必ず睨まれるのだが、今回は違った。 その少女は悲しげな微笑みを見せながら首を傾げる。
「……私は――――誰なんでしょう?」
「「え?」」
なんと兄が連れてきた新しい結婚相手は、記憶喪失の少女だったのだった。
それからミランとラリータにとっては、新鮮で不思議な日々が過ぎていった。
記憶喪失の少女は名前もわからなかったので兄が少女を見つけた場所……花園に咲く花の名前で呼ぶことにした。
「リラ様! お庭で一緒にお茶会をしましょう」
「ケガの具合はどうですか?」
リラ。と呼ばれた少女はいつも優しい微笑みをミランとラリータに向ける。蔑むことも睨むこともなく、ふたりと仲良くしてくれる希少な人物となっていた。
「もう痛くないわ。……ただ、やっぱり記憶が戻らなくて……」
「「リラ様……おかわいそう」」
少女が発見された花園に咲いていたのはリラベラの花と言う。
元は白い花弁の小さな花で、咲き乱れるとまるで雪を敷き詰めたみたいになるのだ。
「リラ様の髪の色のようだったのよ」とミランが言った。
いつの間にか花弁の色がピンクになっていた時は驚いたが、それはそれできれいだから気にしないのだと言う。
「確か花言葉があったわ……そう、“真実を語る”だわ。 あの花はなんの真実を語っているのかしら」
ラリータが首を傾げるとミランも一緒に「うーん」と頭を悩ませた。
「わたしたち、リラ様が大好きよ」
「本当にお兄様と結婚してずっとここにいてくれたらいいのに」
自分たちを嫌わないリラをミランとラリータは慕っていた。しかしリラは兄の話になるといつも顔を曇らせる。
「気持ちは嬉しいのだけど、記憶も戻らないのに結婚なんて……。
それに、セレドリクス様は……少し、怖いわ」
リラは兄と結婚すればこの国の王妃となって贅沢に暮らせるというのに興味を示さない。今までの女は早く結婚したいといつも大騒ぎだったのに大違いだった。
そして時々、寂しそうな目でどこか遠くを見ているのだ。まるで誰かを待っているかのように……。
きっとリラには好きな人がいるのだ。とふたりは思った。
例え記憶が無くても心が覚えている。だから兄とは結婚してくれない。
リラがいなくなったらどうなる? また兄が連れてくる嫌な女たちに八つ当たりされる日々の繰り返しが待っているだけだ。
「そうだわ、リラ様がお兄様を本当に好きになればいいのよ」
「お兄様だってリラ様のことを好きになったから連れてきたんだし、昔の人よりお兄様の方が素敵だってリラ様が思ってくれればいいんだわ」
兄はいつも軽く会話するだけでリラをエスコートしたり口説いたりしない。ミランとラリータがリラの周りを離れないのもあるかもしれないが、結婚前提で連れてきたのにあまり無関心な気がするのだ。
いつもの女たちなら、兄が何もしなくても勝手に兄にまとわりついていたがリラは違う。
兄は記憶喪失のリラをもっと大切に優しく扱うべきだ。そうすればリラも兄の魅力に気づいて兄の方を好きになるはずだ。
その夜、ミランとラリータは兄の寝室へと足を運んだ。ふたりがかりで説得しようと思ったのだ。
しかし兄を見かけたのは寝室ではなく、地下室へと続く階段。しかも、眠っているリラを抱き上げ連れていってしまった。
地下室は兄以外入ってはいけないとされている。前に1度、この階段を一歩下りただけで鬼の形相で叱られてからミランとラリータは怖くて近寄らなかった。
しかし、大好きなリラが連れていかれてしまった。まさか、結婚を拒否するリラに怒った兄がなにか酷いことをするのでは?そう思ったふたりはこっそりと兄が消えた地下室へと足を踏み入れた。
見てはいけないもの。それがそこにはあった。
ミランとラリータは恐怖で足がすくんで、吐き気まで込み上げてきたが、頑張って口を押さえる。
「あぁ、母上……偉大なる魔女よ。 今度こそあなたが満足なさる体を手に入れました」
兄が石壇の上にリラの体を横たわらせ、小さな鏡の前で祈り出すと、白いモヤのような塊が現れた。
それは人のような形となり、うっすらだが顔の造形もでてくる。
その顔に見覚えのあったミランとラリータは驚いた。
それは、死んだ側妃……兄の母親だったからだ。
『セレドリクス……我が愛しい息子よ、よく頑張りましたね。 この体は今までのよりも極上の器となるでしょう』
白いモヤの手が差した地下室の壁にはたくさんの女の体が飾られていた。
手足だけだったり、バラバラだったり、ちぐはぐな腕や体の一部が縫い付けられていたり……上半身だけの手の傷に見覚えのある女もいた。そう、その女たちは今まで兄が連れてきてはいなくなった女たちだったのだ。
「今までは美しい部品だけをかき集めて継ぎ接ぎしていましたが、今度の体はどれも母上に相応しいかと思います。 瞳の色だけはどうしても気になりますが……今までのコレクションの中からお気に召すものと交換いたしましょうか」
そう言って兄が懐から出したのは瓶詰めの人の目玉。青や緑、様々な色の目玉が入っていた。
『そうよの……しかし、この灰色の瞳もまた珍しい色。 これはこれで違った美しさがある……まぁ、飽きたらミランかラリータの瞳と交換するのもいいでしょう。
それよりも今は早く新しい体が欲しいのです。 セレドリクス、早くその体を……妾に!』
「わかりました。すべては母上のお気持ちのままに」
すると兄はリラの寝間着を脱がし、リラの胸……心臓の上にナイフを添える。
「お前は死んで母上の器となり、母上はこの国の新たな女王になるのだ……!」
「「だめ――――っ!!」」
ナイフがリラに突き刺さろうとした瞬間、ミランとラリータは飛び出しセレドリクスに体当たりした。
その衝撃でナイフが鏡にあたり、鏡が割れる。
『か、鏡がぁ……! くそぉっ、もういい! 生きたままでも乗っ取ってやる……!』
「母上……?!」
白いモヤが大きく揺れ、焦りを見せながらリラの体に入り込もうとしたが……
「そんなこと、させるわけないだろう?」
いつの間にか石壇の上には黒をまとった美しい少年がいて、リラの体を優しく抱き上げていた。
『ひぃっ……お前は漆黒の……!』
「しつこい魔女め、肉体が滅んでも精神は生きていたか。 自分の息子を操って新しい体を用意させるなんて……。 厳重な結界のせいでなかなか大変だったよ。 どうやらそこの鏡がお前の媒体だったようだが……」
『やめっ――――』
少年がパチンと指を弾くと、鏡は塵のようになり消えた。
「は、母上?! おのれ、よくも母上を――――っ!! ぐふっ!」
激昂したセレドリクスが少年に飛びかかろうとしたが、少年は軽く足で払いのけセレドリクスの体は壁に激突し気を失った。
「魔女である母親に操られヒロインを殺し続けた愚か者か……ティナにさえ手を出さなければもう少し穏便にしてやったんだけどね」
そして紅いルビーのような瞳をミランとラリータに向けられ、ふたりは恐る恐る少年に聞いた。
「リラ様を……その人をどうするつもりなの?」
「その人を、殺さないで……」
リラを守りたい。ミランとラリータはそれだけを思っていた。
「……この子の本当の名前はティナだ。 ぼくの……大切な子だよ」
リラを見つめる優しい眼差しを見て、ふたりは確信する。
リラが待っていたのはこの人なのだと。
「君たちがこの子を守ってくれていたみたいだね。 ありがとう――――」
***
リラベラの花の花言葉は“真実を語る”。
元々は白い花弁だったのに、いつの間にかピンク色になっていたその花園には、たくさんの女の死体が埋められていた。
この場が血に染められていると花が語っていたのだ。
この国の側妃は魔女だった。国王の懐に入り込み王子を産むが魔女特有の病にかかってしまい肉体を失ってしまう。
そしてその精神は鏡を媒体として我が子を操り新しい体を探させた。
王子は魔女の血を引くためか魅了の力を持っていて、近づく女はたちまち王子に夢中になった。しかしなぜか自分以外の女を憎む副作用がありミランとラリータを執拗に嫌っていたのだ。
最初の女は魔女が乗り移ろうとした途端、魅了の効果が切れて逃げ出してしまい野犬に殺された。
それから王子は女を連れてきては生きたまま腕を切り落としたり、バラバラにして殺したり、さらにはその美しいと思ったパーツを縫い付けて新たな人の形を作ったりした。
そして失敗した肉片をあの花園に埋めていたようだ。母親である魔女に新しい体をとこだわっていたが、もう狂っていたとしか思えない。
女たちが王子にミランとラリータの事を訴えた翌日にそれが成されていたのは、偶然だったのかもはや合図になっていたのかは、もうわからない。そしてティナがなぜあのタイミングで殺されようとしたのかも。
魔女が完全に消えたことにより、王子は精神が壊れ、記憶を失い赤子のようになってしまったからだ。
「ありがとう、漆黒の魔法使い。 これで花園が助けられる」
「もうこんなお願いごとはやめてくれよ。 ティナから目を離すとろくなことがないんだ」
シリウスは森の精霊に呼び出されている間にティナを拐われてしまい、魔女の強力な結界に阻まれて助け出せずにいた。
あの双子が媒体の鏡を壊してくれたおかげで結界に弱くなりなんとか間に合ったのだ。
「すまなかった。 お嬢さんには刺激の強い話かと思い気を使ったつもりが酷い目にあわせてしまった」
確かに花園についた途端「わぁ! 可愛い花ですわ!」とはしゃいでよろこんでいたのに、その下に女の肉片が埋まってるかも……なんて聞いたら卒倒しそうだが。
それでも、こんなケガをさせてあんな目にあわせるくらいなら側にいさせて耳を塞いでおけば良かったとシリウスは後悔した。
「精霊とは無力だ。 大切な花園が血で穢され、仲間たちがどんどん弱くなってしまっても見守ることしかできないのだから……」
「魔女が関わっていたのなら、勝てるはずもないからな。 ここの物語はだいぶ狂ってしまったようだが、ヒロインが双子の悪役令嬢を断罪してその兄である王子と結ばれるなんてありきたりな物語……つまらないからいいだろう」
そう言ってシリウスがパチンと指を鳴らす。
「どうするつもりで?」
「ぼくはあくまできっかけを与えるだけ。 あのこたちがどうするかはあの子たち次第さ」
そしてシリウスは眠ったままのティナを連れて姿を消した。
翌日、真実を知った国王は我が子の犯した罪を嘆いた。そして王子を幽閉し、ミランとラリータのどちらかが王位を継ぐようにと言ったのだ。
ふたりで争い、競って決めよ。と。
そのとき、ミランとラリータの周りに一陣の風が吹いた。たくさんの真っ白なリラベラの花びらを辺り一面に散らして。
ふたりの脳裏に蘇るのは優しかったリラの笑顔。あの人は争いなんか好まない。
だから、ふたりは決意した。
「「わたしたち、ふたりで王位を継ぎます!」」
その後、美しいリラベラの花が咲き乱れる小さな王国には初めての双子の女王が誕生し、精霊に見守られた争いの無い国になったと言う……。
「……どちら様ですか?」
小さなピンク色の花が咲いているとある森の花園で、馬の上から自分を見下ろしなんだか偉そうに突然求婚してきた男にティナは首を傾げた。
着ている服装が貴族っぽいからそれなりに地位のある人間だとは思うが、自分の発言になんの疑問も思わずにティナが泣いて喜ぶのを待っているあたりがなんとも残念な感じがする。
「ん? 俺を知らないとはどこの田舎から出てきたんだ? 俺はこの国の王子だぞ!」
「申し訳ないのですが、存じません。 私、急いでいますので失礼いたしますわ」
本当はシリウスの用事が終わるのをこの森の花園で動かず待っている約束だったが、王子だと名乗るこの変な人物から早く離れたくてティナは背を向けて歩き出した。
しかし
「……!」
ティナは頭部に強い衝撃を受け、その場に倒れた。ピンク色の花の花弁とティナの白い髪が赤く染まる。
「……この俺の申し出を断るとはなんと無礼な女だ。 おい、近衛よ、この女を城へ運べ。 俺に逆らったことを後悔させてやる」
王子の言葉に音もなく現れた近衛兵達がティナの体を担ぎ上げ、森から立ち去ったのだった。
***
「ねぇ、ミラン」
「なぁに、ラリータ」
まるて鏡を合わせたかのようにうりふたつの赤毛の少女が達がいた。
「お兄様がまた誰か連れてきたみたいよ」
「そうね、また連れてきたみたいね」
ふたりは同じ仕草をしながらため息をつく。
「この前に来た方は、わたし達が意地悪してきたってお兄様に泣きついていたわね」
「その前に来た方はわたし達が自分を殺そうとしたから断罪してくれって訴えてわ」
ふたりは再び同時にため息をつき、窓の外を見つめた。
「「今度は何日もつかしら?」」
そんなふたりの元へメイドがやって来てこう告げた。
「セレドリクス王子が、王女様達をお呼びです」
「「……すぐに行くわ」」
ミランとラリータは双子の王女であった。
まるで夕陽のような色をした見事な赤毛に、雲ひとつない空のようなスカイブルーの瞳。
ふたりは鏡にうつしたかのように瓜二つで、いつも一緒にいる。
そんなふたりには母親の違う兄がいた。
この国の第一王子だが側妃の子で、ミランとラリータが正妃の子であったため、王位継承権の順序はミランとラリータの方が上であったが、兄の母……側妃が謎の奇病で死んでからまもなくして父である国王がある条件を出したのだ。
「ミランとラリータが成人するまでに妻を娶れば、王位継承権1位とする。 ただし、ミランとラリータが良しとする者でなければ認めん」
それからしばらくして、兄はどこからか女の人を連れてきた。
ミランとラリータは王位になど興味がなかったので兄の結婚をすぐに認めようとしたが、母から「すぐ認めては真実味がないと思われてしまうわ。 まずは仲良くなることからはじめてみなさい」と言われたのでお茶会に誘ってみた。
するとどうだろう?仲良くなるはずがミランとラリータがすること全てが兄の結婚相手は気に入らず、怒ってくる始末。
最初に来た人はお茶を渡そうとしたミランの足をわざと引っ掻けてきてお茶をこぼさせ、ドレスを汚されたと泣きわめいた。
プレゼントを渡せば箱に虫が詰められていたと怒り散らし、毒を仕込まれたとか、暗殺者を送り込まれたとか……そうだ、ラリータのせいで手をケガして傷跡が残るから責任取れとかも言われた。色々ありすぎて思い出すのも一苦労だ。
そして兄にミランとラリータの悪事を訴えた翌日、彼女は野犬に食い殺され死体となって発見されたのだ。
それからも兄は新しい女性を何度も連れてきた。その度にミランとラリータは歩み寄ろうとしては嫌われ、女性が兄にふたりの排除を訴え、翌日には必ず消える。
早ければ数日、長くても1ヶ月でそれは繰り返されていた。
もうふたりは疲れた。何をどう頑張っても、兄が連れてくる女性は最初からミランとラリータを敵視していて仲良くなる気など欠片もないのだ。
それに気になることもあった。消えた女性たちは死体となって発見されたり、行方不明として処理されたり色々だが、その度に兄が地下室に籠っているのをミランとラリータは知っている。
ふたりにとっては腹違いとは言え大切なたったひとりの兄。だが、同時によくわからない恐ろしさを持っている兄でもあった。
「ミラン、ラリータ。 挨拶をしろ」
そう言って兄が連れてきたのは、真っ白な髪と灰色の瞳をした儚げな美しい少女だった。 ケガをしているのか頭には包帯が巻かれている。
「あの、はじめまして……わたしはミラン。 こっちはラリータよ。 わたしたち双子なの」
「あなたのお名前をお聞きしても?」
いつもならこの挨拶の時点で必ず睨まれるのだが、今回は違った。 その少女は悲しげな微笑みを見せながら首を傾げる。
「……私は――――誰なんでしょう?」
「「え?」」
なんと兄が連れてきた新しい結婚相手は、記憶喪失の少女だったのだった。
それからミランとラリータにとっては、新鮮で不思議な日々が過ぎていった。
記憶喪失の少女は名前もわからなかったので兄が少女を見つけた場所……花園に咲く花の名前で呼ぶことにした。
「リラ様! お庭で一緒にお茶会をしましょう」
「ケガの具合はどうですか?」
リラ。と呼ばれた少女はいつも優しい微笑みをミランとラリータに向ける。蔑むことも睨むこともなく、ふたりと仲良くしてくれる希少な人物となっていた。
「もう痛くないわ。……ただ、やっぱり記憶が戻らなくて……」
「「リラ様……おかわいそう」」
少女が発見された花園に咲いていたのはリラベラの花と言う。
元は白い花弁の小さな花で、咲き乱れるとまるで雪を敷き詰めたみたいになるのだ。
「リラ様の髪の色のようだったのよ」とミランが言った。
いつの間にか花弁の色がピンクになっていた時は驚いたが、それはそれできれいだから気にしないのだと言う。
「確か花言葉があったわ……そう、“真実を語る”だわ。 あの花はなんの真実を語っているのかしら」
ラリータが首を傾げるとミランも一緒に「うーん」と頭を悩ませた。
「わたしたち、リラ様が大好きよ」
「本当にお兄様と結婚してずっとここにいてくれたらいいのに」
自分たちを嫌わないリラをミランとラリータは慕っていた。しかしリラは兄の話になるといつも顔を曇らせる。
「気持ちは嬉しいのだけど、記憶も戻らないのに結婚なんて……。
それに、セレドリクス様は……少し、怖いわ」
リラは兄と結婚すればこの国の王妃となって贅沢に暮らせるというのに興味を示さない。今までの女は早く結婚したいといつも大騒ぎだったのに大違いだった。
そして時々、寂しそうな目でどこか遠くを見ているのだ。まるで誰かを待っているかのように……。
きっとリラには好きな人がいるのだ。とふたりは思った。
例え記憶が無くても心が覚えている。だから兄とは結婚してくれない。
リラがいなくなったらどうなる? また兄が連れてくる嫌な女たちに八つ当たりされる日々の繰り返しが待っているだけだ。
「そうだわ、リラ様がお兄様を本当に好きになればいいのよ」
「お兄様だってリラ様のことを好きになったから連れてきたんだし、昔の人よりお兄様の方が素敵だってリラ様が思ってくれればいいんだわ」
兄はいつも軽く会話するだけでリラをエスコートしたり口説いたりしない。ミランとラリータがリラの周りを離れないのもあるかもしれないが、結婚前提で連れてきたのにあまり無関心な気がするのだ。
いつもの女たちなら、兄が何もしなくても勝手に兄にまとわりついていたがリラは違う。
兄は記憶喪失のリラをもっと大切に優しく扱うべきだ。そうすればリラも兄の魅力に気づいて兄の方を好きになるはずだ。
その夜、ミランとラリータは兄の寝室へと足を運んだ。ふたりがかりで説得しようと思ったのだ。
しかし兄を見かけたのは寝室ではなく、地下室へと続く階段。しかも、眠っているリラを抱き上げ連れていってしまった。
地下室は兄以外入ってはいけないとされている。前に1度、この階段を一歩下りただけで鬼の形相で叱られてからミランとラリータは怖くて近寄らなかった。
しかし、大好きなリラが連れていかれてしまった。まさか、結婚を拒否するリラに怒った兄がなにか酷いことをするのでは?そう思ったふたりはこっそりと兄が消えた地下室へと足を踏み入れた。
見てはいけないもの。それがそこにはあった。
ミランとラリータは恐怖で足がすくんで、吐き気まで込み上げてきたが、頑張って口を押さえる。
「あぁ、母上……偉大なる魔女よ。 今度こそあなたが満足なさる体を手に入れました」
兄が石壇の上にリラの体を横たわらせ、小さな鏡の前で祈り出すと、白いモヤのような塊が現れた。
それは人のような形となり、うっすらだが顔の造形もでてくる。
その顔に見覚えのあったミランとラリータは驚いた。
それは、死んだ側妃……兄の母親だったからだ。
『セレドリクス……我が愛しい息子よ、よく頑張りましたね。 この体は今までのよりも極上の器となるでしょう』
白いモヤの手が差した地下室の壁にはたくさんの女の体が飾られていた。
手足だけだったり、バラバラだったり、ちぐはぐな腕や体の一部が縫い付けられていたり……上半身だけの手の傷に見覚えのある女もいた。そう、その女たちは今まで兄が連れてきてはいなくなった女たちだったのだ。
「今までは美しい部品だけをかき集めて継ぎ接ぎしていましたが、今度の体はどれも母上に相応しいかと思います。 瞳の色だけはどうしても気になりますが……今までのコレクションの中からお気に召すものと交換いたしましょうか」
そう言って兄が懐から出したのは瓶詰めの人の目玉。青や緑、様々な色の目玉が入っていた。
『そうよの……しかし、この灰色の瞳もまた珍しい色。 これはこれで違った美しさがある……まぁ、飽きたらミランかラリータの瞳と交換するのもいいでしょう。
それよりも今は早く新しい体が欲しいのです。 セレドリクス、早くその体を……妾に!』
「わかりました。すべては母上のお気持ちのままに」
すると兄はリラの寝間着を脱がし、リラの胸……心臓の上にナイフを添える。
「お前は死んで母上の器となり、母上はこの国の新たな女王になるのだ……!」
「「だめ――――っ!!」」
ナイフがリラに突き刺さろうとした瞬間、ミランとラリータは飛び出しセレドリクスに体当たりした。
その衝撃でナイフが鏡にあたり、鏡が割れる。
『か、鏡がぁ……! くそぉっ、もういい! 生きたままでも乗っ取ってやる……!』
「母上……?!」
白いモヤが大きく揺れ、焦りを見せながらリラの体に入り込もうとしたが……
「そんなこと、させるわけないだろう?」
いつの間にか石壇の上には黒をまとった美しい少年がいて、リラの体を優しく抱き上げていた。
『ひぃっ……お前は漆黒の……!』
「しつこい魔女め、肉体が滅んでも精神は生きていたか。 自分の息子を操って新しい体を用意させるなんて……。 厳重な結界のせいでなかなか大変だったよ。 どうやらそこの鏡がお前の媒体だったようだが……」
『やめっ――――』
少年がパチンと指を弾くと、鏡は塵のようになり消えた。
「は、母上?! おのれ、よくも母上を――――っ!! ぐふっ!」
激昂したセレドリクスが少年に飛びかかろうとしたが、少年は軽く足で払いのけセレドリクスの体は壁に激突し気を失った。
「魔女である母親に操られヒロインを殺し続けた愚か者か……ティナにさえ手を出さなければもう少し穏便にしてやったんだけどね」
そして紅いルビーのような瞳をミランとラリータに向けられ、ふたりは恐る恐る少年に聞いた。
「リラ様を……その人をどうするつもりなの?」
「その人を、殺さないで……」
リラを守りたい。ミランとラリータはそれだけを思っていた。
「……この子の本当の名前はティナだ。 ぼくの……大切な子だよ」
リラを見つめる優しい眼差しを見て、ふたりは確信する。
リラが待っていたのはこの人なのだと。
「君たちがこの子を守ってくれていたみたいだね。 ありがとう――――」
***
リラベラの花の花言葉は“真実を語る”。
元々は白い花弁だったのに、いつの間にかピンク色になっていたその花園には、たくさんの女の死体が埋められていた。
この場が血に染められていると花が語っていたのだ。
この国の側妃は魔女だった。国王の懐に入り込み王子を産むが魔女特有の病にかかってしまい肉体を失ってしまう。
そしてその精神は鏡を媒体として我が子を操り新しい体を探させた。
王子は魔女の血を引くためか魅了の力を持っていて、近づく女はたちまち王子に夢中になった。しかしなぜか自分以外の女を憎む副作用がありミランとラリータを執拗に嫌っていたのだ。
最初の女は魔女が乗り移ろうとした途端、魅了の効果が切れて逃げ出してしまい野犬に殺された。
それから王子は女を連れてきては生きたまま腕を切り落としたり、バラバラにして殺したり、さらにはその美しいと思ったパーツを縫い付けて新たな人の形を作ったりした。
そして失敗した肉片をあの花園に埋めていたようだ。母親である魔女に新しい体をとこだわっていたが、もう狂っていたとしか思えない。
女たちが王子にミランとラリータの事を訴えた翌日にそれが成されていたのは、偶然だったのかもはや合図になっていたのかは、もうわからない。そしてティナがなぜあのタイミングで殺されようとしたのかも。
魔女が完全に消えたことにより、王子は精神が壊れ、記憶を失い赤子のようになってしまったからだ。
「ありがとう、漆黒の魔法使い。 これで花園が助けられる」
「もうこんなお願いごとはやめてくれよ。 ティナから目を離すとろくなことがないんだ」
シリウスは森の精霊に呼び出されている間にティナを拐われてしまい、魔女の強力な結界に阻まれて助け出せずにいた。
あの双子が媒体の鏡を壊してくれたおかげで結界に弱くなりなんとか間に合ったのだ。
「すまなかった。 お嬢さんには刺激の強い話かと思い気を使ったつもりが酷い目にあわせてしまった」
確かに花園についた途端「わぁ! 可愛い花ですわ!」とはしゃいでよろこんでいたのに、その下に女の肉片が埋まってるかも……なんて聞いたら卒倒しそうだが。
それでも、こんなケガをさせてあんな目にあわせるくらいなら側にいさせて耳を塞いでおけば良かったとシリウスは後悔した。
「精霊とは無力だ。 大切な花園が血で穢され、仲間たちがどんどん弱くなってしまっても見守ることしかできないのだから……」
「魔女が関わっていたのなら、勝てるはずもないからな。 ここの物語はだいぶ狂ってしまったようだが、ヒロインが双子の悪役令嬢を断罪してその兄である王子と結ばれるなんてありきたりな物語……つまらないからいいだろう」
そう言ってシリウスがパチンと指を鳴らす。
「どうするつもりで?」
「ぼくはあくまできっかけを与えるだけ。 あのこたちがどうするかはあの子たち次第さ」
そしてシリウスは眠ったままのティナを連れて姿を消した。
翌日、真実を知った国王は我が子の犯した罪を嘆いた。そして王子を幽閉し、ミランとラリータのどちらかが王位を継ぐようにと言ったのだ。
ふたりで争い、競って決めよ。と。
そのとき、ミランとラリータの周りに一陣の風が吹いた。たくさんの真っ白なリラベラの花びらを辺り一面に散らして。
ふたりの脳裏に蘇るのは優しかったリラの笑顔。あの人は争いなんか好まない。
だから、ふたりは決意した。
「「わたしたち、ふたりで王位を継ぎます!」」
その後、美しいリラベラの花が咲き乱れる小さな王国には初めての双子の女王が誕生し、精霊に見守られた争いの無い国になったと言う……。
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