エメラルドの瞳を持つ神

路地裏れい

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未踏の地

薄明

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 森というよりもジャングルだと、くれてつは心が踊っていた。鬱蒼と茂る草木に見た事もない鮮やかな見た目の生き物、道なんか舗装されておらず足を踏み外せばあっという間に血の底に落ちてしまうのではないかとさえ思う。

 「冒険」に憧れていた彼は、今の状況を誰よりも楽しんでいる。サンダルから登山用の靴に履き替え、虫除けスプレーをバッチリ施し、気に入りの帽子を被り直す。そうして彼はメオから受け取った地図を持ち、自ら進んで先頭を歩いた。

 ガイドのメオは慌てた様子で彼を追う。「あぶない」、「ひきかえせ」と拙い英語で警告をするもくれてつは聞き入れない。それどころか軽快なステップでどんどん奥へと進んでいく。見兼ねた様子の狂山は、ため息を1つつくと、おおきく足を踏み込んで瞬時にくれてつとの距離を詰めた。

 スカーーーン!!

 間抜けな音を立ててくれてつはひっくり返った。「いてぇぇーー!!」と悲鳴にも似た声が轟く。げんこつをされたのだろうとすぐに分かった。

 「警告は良く聞け。現地の者の意見ほど正確な物はない。次はからな。」

 狂山の腕はくれてつの首に巻き付いていた。某お笑い芸人のあの技に似ている気がする。

 「…待って。」

 メオが狂山の手を引いた。振り向き、彼を見つめると心なしか震えているように見えた。

 「かみさま、いま、また…“あしあと、してる”…。はやく、はやくいこう…?まだ、…?」

 1陣の風が吹く。森から、誰かがこちらを見ているような…そんな、圧が背筋を伝う。


 気を取り直し、くれてつは得意の状況分析で草を掻き分けジャングルの入り口へと歩み出た。日没直後の薄闇は、あたりを不気味に照らしている。ペンライトの光が、無数の葉と根を照らす…。

 「…ん?」

 足元、木の根、赤い…土。枯れ葉…。その中で、彼の視線がを捉えた。
視線を上げる。そこには、ジャングルの中でも特に特徴的な…巨木だった。入り口付近に、こんなものあったか?と思い返してみる。

 コツン。

 靴に何かが触れ、もう一度視線を落としてみる。これは…

 「…石版、か?」

 拾い上げると、ずっしりとした重みがある。何か書いてあるような…?両手で更に持ち上げた途端、視界が揺らいだ。

 くれてつ!と狂山の叫び声が聴こえる。気がつけば、自身の目線は泥濘んだ地面へと向けられていた。否、目線だけでは無く全身が地面へと──。

 これは誤算だった。…然し、くれてつの身体能力は不測の事態を補う様に秀でていた。

 身体を捻る。石版を片手に持ち替え、捻らせた先にある木の根に手を伸ばし確りと掴んだ。

 視線を僅かに上げると、崩壊した足場の先は。このまま転落していたら…間違いなく命は無かっただろう。危なかった、と呟いたのも束の間──くれてつは体勢を整えて石版をカメリアンに手渡した。

 「これ、なんて書いてあるんだ?」

 カメリアンは石版を手に取る。肝心の文字は長年晒されたせいか掠れてしまって読めなかった。しかし、奥へ進めと示すような矢印はハッキリと刻まれている。どうやら進路は正解だったようだ。

 カラ、カラン…。

 乾いた音が背後で響く。咄嗟に背後を振り返ったくれてつだが、背後には鬱蒼と茂るジャングルが聳えているだけだ。

 ゴツンッ!

 「くれてつ、リュックが…。」

 狂山が背後をさす。姿勢を崩したせいでリュックがずり落ちていたようだ。チャックも外れていたらしく、持ち込んでいた飲み物の缶が地面に落ちてしまっている。

 やべっ、とつぶやきしゃがみこんだ所…再び缶が落ちた。“カンッ!”と乾いた音が鳴り響く。どうにも変だ。

 カメリアンの背中に背負った木箱が、一瞬揺れたような気がした。

 リュックはメオが閉めてくれた。落ちた缶も全て回収した。代わりに、山本が音の発生源に近づき軽く地面を撫でている。

 これは興味深い発見だ。地面の下にが埋まっている。まるで、鐘のような反響音…。山本は自然と指先を曲げ、土を掘ろうと構え始めた。何が入っているのか、強い興味を示している。しかし…

 「山本さん。」

 狂山の静かな声がそれを制した。まるでその行為が危険であると警告するように。

 「やめておいたほうがいい。だ。それと…空気がおかしい。何者かに見られているような気がする。ここに長く留まることも危険だと思う。」

 気がつけば、狂山を除いたメンバーは戦闘態勢に入っている。山本も自然と臨戦態勢へと入る。

 狂山は、石版をひとなですると静かにつぶやき始めた。

 「昔見た文献に、こんな事が書いてあった。江戸時代の末期、日本に渡った1冊の書物があった。それは…南方の地に伝わる呪術文書。この地とおなじ、アラ・メルマの谷が記されていた。」

 風が吹く。日の傾いたジャングルは、不気味な空気を孕んでいる。狂山は言葉を続けた。

 「アラ・メルマの谷はこんな伝説がある。“人の声を喰う神”が封じられている、と。そしてその神の事なのだが…」

 ガサガサと風も無いのに木が揺れる。メオが耳を塞いで強く目を閉じた。カメリアンは彼を庇うように優しく抱き寄せる。

 「神は“目”と“耳”だけの存在であり、姿を持たない。かつてその神を封じた者たちは、“動物の形にされたを用いて封印を完成させた。”それが…カメリアンの背負うだ。」

 目と、耳。ごくり、とくれてつは生唾を飲み込む。
 
 「封印は“振動”や“音”により徐々に緩む。目撃された最初の現象にはこの様に記されていたらしい…“封印の地より、上を見つめる眼”の幻視。…最後に、書物にはこう記されていた。よく聞いてくれ。」

 狂山は大きく息を吸い込んだ。

 「声を返す地に立ちし者、その息を吸う時、と知れ。汝、。とな。」

 「…つまり、は。」

 カメリアンが震えた声で続ける。

 「私達はもう、神の手中にいるという事…?逃げる事も、中断する事も、できないという事ね…?」

 答える者は誰もいない。然し、この沈黙が肯定と取れるくらいには、空気が張り詰めている。

 これから、どうする…?
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