6 / 7
未踏の地
薄明
しおりを挟む
森というよりもジャングルだと、くれてつは心が踊っていた。鬱蒼と茂る草木に見た事もない鮮やかな見た目の生き物、道なんか舗装されておらず足を踏み外せばあっという間に血の底に落ちてしまうのではないかとさえ思う。
「冒険」に憧れていた彼は、今の状況を誰よりも楽しんでいる。サンダルから登山用の靴に履き替え、虫除けスプレーをバッチリ施し、気に入りの帽子を被り直す。そうして彼はメオから受け取った地図を持ち、自ら進んで先頭を歩いた。
ガイドのメオは慌てた様子で彼を追う。「あぶない」、「ひきかえせ」と拙い英語で警告をするもくれてつは聞き入れない。それどころか軽快なステップでどんどん奥へと進んでいく。見兼ねた様子の狂山は、ため息を1つつくと、おおきく足を踏み込んで瞬時にくれてつとの距離を詰めた。
スカーーーン!!
間抜けな音を立ててくれてつはひっくり返った。「いてぇぇーー!!」と悲鳴にも似た声が轟く。げんこつをされたのだろうとすぐに分かった。
「警告は良く聞け。現地の者の意見ほど正確な物はない。次は無いからな。」
狂山の腕はくれてつの首に巻き付いていた。某お笑い芸人のあの技に似ている気がする。
「…待って。」
メオが狂山の手を引いた。振り向き、彼を見つめると心なしか震えているように見えた。
「かみさま、いま、また…“あしあと、してる”…。はやく、はやくいこう…?まだ、ふりかえって、ないでしょ…?」
1陣の風が吹く。森から、誰かがこちらを見ているような…そんな、圧が背筋を伝う。
気を取り直し、くれてつは得意の状況分析で草を掻き分けジャングルの入り口へと歩み出た。日没直後の薄闇は、あたりを不気味に照らしている。ペンライトの光が、無数の葉と根を照らす…。
「…ん?」
足元、木の根、赤い…土。枯れ葉…。その中で、彼の視線が人工的な影を捉えた。
視線を上げる。そこには、ジャングルの中でも特に特徴的な…巨木だった。入り口付近に、こんなものあったか?と思い返してみる。
コツン。
靴に何かが触れ、もう一度視線を落としてみる。これは…
「…石版、か?」
拾い上げると、ずっしりとした重みがある。何か書いてあるような…?両手で更に持ち上げた途端、視界が揺らいだ。
くれてつ!と狂山の叫び声が聴こえる。気がつけば、自身の目線は泥濘んだ地面へと向けられていた。否、目線だけでは無く全身が地面へと──。
これは誤算だった。…然し、くれてつの身体能力は不測の事態を補う様に秀でていた。
身体を捻る。石版を片手に持ち替え、捻らせた先にある木の根に手を伸ばし確りと掴んだ。
視線を僅かに上げると、崩壊した足場の先は何もなかった。このまま転落していたら…間違いなく命は無かっただろう。危なかった、と呟いたのも束の間──くれてつは体勢を整えて石版をカメリアンに手渡した。
「これ、なんて書いてあるんだ?」
カメリアンは石版を手に取る。肝心の文字は長年晒されたせいか掠れてしまって読めなかった。しかし、奥へ進めと示すような矢印はハッキリと刻まれている。どうやら進路は正解だったようだ。
カラ、カラン…。
乾いた音が背後で響く。咄嗟に背後を振り返ったくれてつだが、背後には鬱蒼と茂るジャングルが聳えているだけだ。
ゴツンッ!
「くれてつ、リュックが…。」
狂山が背後をさす。姿勢を崩したせいでリュックがずり落ちていたようだ。チャックも外れていたらしく、持ち込んでいた飲み物の缶が地面に落ちてしまっている。
やべっ、とつぶやきしゃがみこんだ所…再び缶が落ちた。“カンッ!”と乾いた音が鳴り響く。どうにも変だ。土の上に落ちた時の音ではない。
カメリアンの背中に背負った木箱が、一瞬揺れたような気がした。
リュックはメオが閉めてくれた。落ちた缶も全て回収した。代わりに、山本が音の発生源に近づき軽く地面を撫でている。
これは興味深い発見だ。地面の下に金属製の何かが埋まっている。まるで、鐘のような反響音…。山本は自然と指先を曲げ、土を掘ろうと構え始めた。何が入っているのか、強い興味を示している。しかし…
「山本さん。」
狂山の静かな声がそれを制した。まるでその行為が危険であると警告するように。
「やめておいたほうがいい。それは何か危険だ。それと…空気がおかしい。何者かに見られているような気がする。ここに長く留まることも危険だと思う。」
気がつけば、狂山を除いたメンバーは戦闘態勢に入っている。山本も自然と臨戦態勢へと入る。
狂山は、石版をひとなですると静かにつぶやき始めた。
「昔見た文献に、こんな事が書いてあった。江戸時代の末期、日本に渡った1冊の書物があった。それは…南方の地に伝わる呪術文書。この地とおなじ、アラ・メルマの谷が記されていた。」
風が吹く。日の傾いたジャングルは、不気味な空気を孕んでいる。狂山は言葉を続けた。
「アラ・メルマの谷はこんな伝説がある。“人の声を喰う神”が封じられている、と。そしてその神の事なのだが…」
ガサガサと風も無いのに木が揺れる。メオが耳を塞いで強く目を閉じた。カメリアンは彼を庇うように優しく抱き寄せる。
「神は“目”と“耳”だけの存在であり、姿を持たない。かつてその神を封じた者たちは、“動物の形にされた媒介を用いて封印を完成させた。”それが…カメリアンの背負う猿のミイラだ。」
目と、耳。ごくり、とくれてつは生唾を飲み込む。
「封印は“振動”や“音”により徐々に緩む。目撃された最初の現象にはこの様に記されていたらしい…“封印の地より、上を見つめる眼”の幻視。…最後に、書物にはこう記されていた。よく聞いてくれ。」
狂山は大きく息を吸い込んだ。
「声を返す地に立ちし者、その息を吸う時、眼の内に入ると知れ。汝、問わず、返さず、ただ眼差しに気付かざるふりをせよ。とな。」
「…つまり、は。」
カメリアンが震えた声で続ける。
「私達はもう、神の手中にいるという事…?逃げる事も、中断する事も、できないという事ね…?」
答える者は誰もいない。然し、この沈黙が肯定と取れるくらいには、空気が張り詰めている。
これから、どうする…?
「冒険」に憧れていた彼は、今の状況を誰よりも楽しんでいる。サンダルから登山用の靴に履き替え、虫除けスプレーをバッチリ施し、気に入りの帽子を被り直す。そうして彼はメオから受け取った地図を持ち、自ら進んで先頭を歩いた。
ガイドのメオは慌てた様子で彼を追う。「あぶない」、「ひきかえせ」と拙い英語で警告をするもくれてつは聞き入れない。それどころか軽快なステップでどんどん奥へと進んでいく。見兼ねた様子の狂山は、ため息を1つつくと、おおきく足を踏み込んで瞬時にくれてつとの距離を詰めた。
スカーーーン!!
間抜けな音を立ててくれてつはひっくり返った。「いてぇぇーー!!」と悲鳴にも似た声が轟く。げんこつをされたのだろうとすぐに分かった。
「警告は良く聞け。現地の者の意見ほど正確な物はない。次は無いからな。」
狂山の腕はくれてつの首に巻き付いていた。某お笑い芸人のあの技に似ている気がする。
「…待って。」
メオが狂山の手を引いた。振り向き、彼を見つめると心なしか震えているように見えた。
「かみさま、いま、また…“あしあと、してる”…。はやく、はやくいこう…?まだ、ふりかえって、ないでしょ…?」
1陣の風が吹く。森から、誰かがこちらを見ているような…そんな、圧が背筋を伝う。
気を取り直し、くれてつは得意の状況分析で草を掻き分けジャングルの入り口へと歩み出た。日没直後の薄闇は、あたりを不気味に照らしている。ペンライトの光が、無数の葉と根を照らす…。
「…ん?」
足元、木の根、赤い…土。枯れ葉…。その中で、彼の視線が人工的な影を捉えた。
視線を上げる。そこには、ジャングルの中でも特に特徴的な…巨木だった。入り口付近に、こんなものあったか?と思い返してみる。
コツン。
靴に何かが触れ、もう一度視線を落としてみる。これは…
「…石版、か?」
拾い上げると、ずっしりとした重みがある。何か書いてあるような…?両手で更に持ち上げた途端、視界が揺らいだ。
くれてつ!と狂山の叫び声が聴こえる。気がつけば、自身の目線は泥濘んだ地面へと向けられていた。否、目線だけでは無く全身が地面へと──。
これは誤算だった。…然し、くれてつの身体能力は不測の事態を補う様に秀でていた。
身体を捻る。石版を片手に持ち替え、捻らせた先にある木の根に手を伸ばし確りと掴んだ。
視線を僅かに上げると、崩壊した足場の先は何もなかった。このまま転落していたら…間違いなく命は無かっただろう。危なかった、と呟いたのも束の間──くれてつは体勢を整えて石版をカメリアンに手渡した。
「これ、なんて書いてあるんだ?」
カメリアンは石版を手に取る。肝心の文字は長年晒されたせいか掠れてしまって読めなかった。しかし、奥へ進めと示すような矢印はハッキリと刻まれている。どうやら進路は正解だったようだ。
カラ、カラン…。
乾いた音が背後で響く。咄嗟に背後を振り返ったくれてつだが、背後には鬱蒼と茂るジャングルが聳えているだけだ。
ゴツンッ!
「くれてつ、リュックが…。」
狂山が背後をさす。姿勢を崩したせいでリュックがずり落ちていたようだ。チャックも外れていたらしく、持ち込んでいた飲み物の缶が地面に落ちてしまっている。
やべっ、とつぶやきしゃがみこんだ所…再び缶が落ちた。“カンッ!”と乾いた音が鳴り響く。どうにも変だ。土の上に落ちた時の音ではない。
カメリアンの背中に背負った木箱が、一瞬揺れたような気がした。
リュックはメオが閉めてくれた。落ちた缶も全て回収した。代わりに、山本が音の発生源に近づき軽く地面を撫でている。
これは興味深い発見だ。地面の下に金属製の何かが埋まっている。まるで、鐘のような反響音…。山本は自然と指先を曲げ、土を掘ろうと構え始めた。何が入っているのか、強い興味を示している。しかし…
「山本さん。」
狂山の静かな声がそれを制した。まるでその行為が危険であると警告するように。
「やめておいたほうがいい。それは何か危険だ。それと…空気がおかしい。何者かに見られているような気がする。ここに長く留まることも危険だと思う。」
気がつけば、狂山を除いたメンバーは戦闘態勢に入っている。山本も自然と臨戦態勢へと入る。
狂山は、石版をひとなですると静かにつぶやき始めた。
「昔見た文献に、こんな事が書いてあった。江戸時代の末期、日本に渡った1冊の書物があった。それは…南方の地に伝わる呪術文書。この地とおなじ、アラ・メルマの谷が記されていた。」
風が吹く。日の傾いたジャングルは、不気味な空気を孕んでいる。狂山は言葉を続けた。
「アラ・メルマの谷はこんな伝説がある。“人の声を喰う神”が封じられている、と。そしてその神の事なのだが…」
ガサガサと風も無いのに木が揺れる。メオが耳を塞いで強く目を閉じた。カメリアンは彼を庇うように優しく抱き寄せる。
「神は“目”と“耳”だけの存在であり、姿を持たない。かつてその神を封じた者たちは、“動物の形にされた媒介を用いて封印を完成させた。”それが…カメリアンの背負う猿のミイラだ。」
目と、耳。ごくり、とくれてつは生唾を飲み込む。
「封印は“振動”や“音”により徐々に緩む。目撃された最初の現象にはこの様に記されていたらしい…“封印の地より、上を見つめる眼”の幻視。…最後に、書物にはこう記されていた。よく聞いてくれ。」
狂山は大きく息を吸い込んだ。
「声を返す地に立ちし者、その息を吸う時、眼の内に入ると知れ。汝、問わず、返さず、ただ眼差しに気付かざるふりをせよ。とな。」
「…つまり、は。」
カメリアンが震えた声で続ける。
「私達はもう、神の手中にいるという事…?逃げる事も、中断する事も、できないという事ね…?」
答える者は誰もいない。然し、この沈黙が肯定と取れるくらいには、空気が張り詰めている。
これから、どうする…?
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
