7 / 40
サマリー2 呪詛性構音障害
わたしを先生の助手にさせてください!
しおりを挟む
昨日の出来事を思い出しながら、光平はほとんど眠れずに夜を明かした。
思わぬ流れで言の音の呪いが解呪された。10日間という期間が過ぎたことで、言いがかりをつけられる可能性は残っていたため僅かな私物を整理してみることにする。
洗浄魔法によって寝具は清潔であり過ごしやすい宿舎ではあるのだが、自分の虚栄心のためにフィーネを利用してしまった事実に、自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだった。
まあこんな人間だ、処刑されても仕方がないのかなと。
だから早朝一番にフィーネが部屋を直接訪ねてくれたことには、かなり動揺していた。
「先生おはようございます。どうですか、ちゃんとおはようございますって言えるようになったんです」
輝くような笑顔とはこのことを言うのだろう、曇りのない希望に満ちたその笑みに思わず引き込まれている。
「あ、ああおはよう。あの、僕は君に謝らなくてはならない。本当にすいませんでした、うまくいかないことが続いて、罪を着せられ世を恨み人を恨み、そのはけ口として君を虚栄心を満たす手段として訓練に引きずり込んだんだ」
「えっと、先生、あのそういうことでしたら少し付き合ってほしい場所があるんです」
「あ、はい」
断ることなどできなかった。
本来公私混同などせず、一線を引いて対応しなければいけなかったフィーネとの関係。
必要以上に入り込みのめりこみ、彼女の笑顔に癒されたいと思い込んでいたのではないか。
なんという浅ましいクズ野郎なのだと、光平は落ち込んだ。
フィーネに連れられてきたのは、彼女が毎日練習していた森の一角。
近くには澄んだ美しい池と、朝の木漏れ日が清浄な気を運び綺麗な小鳥たちの囀りが広がっている。
「あの先生……私もし治ったら一番声に出してみたい言葉があったんです。聞いてもらえますか?」
「あ、うん。僕なんかでよければ……」
「ありがとうございました、光平先生」
「え?」
フィーネは零れ落ちる涙を拭こうともせず、光平の手を握る。
「先生の名前を、ずっとずっと呼びたいって思ってました! 私の恩人です、がんばることの本当の意味を教えてくれた人! たどたどしい私の会話を笑顔で、もっと知りたいって聞いてくれた人、先生がいなかったら私……私……」
「違うよ、がんばったのはフィーネさんだ。僕はね、ただうまくいかなかったことを理不尽な仕打ちへの怒りで空いた心の穴を埋めようとして、君を利用した外道な人間だ。軽蔑してくれていいんだ」
「やめて! 私が尊敬する人を悪く言わないでください!」
「え、尊敬って」
「あんな状態の私に利用できる部分が残っていたとしたら、それは先生とめぐり合うために女神様が残してくれたものだと思います」
「でも、僕は」
「お辛いことがあって悩んでいるのは分かりますが、私は先生に出会うために生まれてきたのかもしれません」
さすがにそれは思い込みすぎだよ、年頃の女の子が勘違いしやすい心の迷いだと言いたかったが、フィーネの目は真剣そのもの。
「でも、経緯はともかくフィーネさんが魔法の力を取り戻せてよかった」
「はい! 全て先生のおかげです」
その笑顔は、見る者全てを虜にするような輝きに満ちている。
「私本当はすっごくおしゃべりなんです、独り言も多いけどやっぱりお話しを楽しそうに聞いてくれる光平先生との時間が、本当に私にとって救いでした。あの時間があったから、私がんばれたんです」
希望と慈愛と溌溂とした明るさが迸る笑顔。
光平は思うのだ。
もしかしたら、この子に僕は心を救われたのかもしれないと。このような達成感は、久方ぶりだ。
この笑顔を見るために今までの苦労があったのだというのなら、まあ仕方がないなと思えてしまった。
◇
光平が王立治療院でいつものように雑用仕事をしている頃。
密かに呼びだされたキースの喉元には、フィーネの短杖がぐいぐいと突きつけられていた。
「光平先生を処刑するってどういこと!? 状況次第じゃあんたをぶち殺すわよ!」
「フィーネ様誤解です。そういう話があったのは事実ですが、私と私の上司が掛け合ってなくなっています。本来は一月以内に結果ということでしたが、あのおっさん……いえオトナシには10日と伝えておいたんです」
「先生をだますなんて!」
「気持ちは分かりますが、これで魔導学院や王立魔導研究院はオトナシに危害を加えることはしないでしょう」
「まあいいわ、お前を殺して先生のお立場が不利になることは避けたいわね」
「さすが聖賢の乙女です」
キースはからかうつもりなど皆無であったが、フィーネの怒りは抑えることができなかったようだ。
「聖賢の乙女ですって? 笑わせないで! 私はね、私を馬鹿にしていじめぬいた奴らと一緒になりたくないから、八つ裂きにしてやりたいほどに憎いから自分で練習することにしたの。
いつか火炎系極大呪文 クリムゾンバーストで学院を吹き飛ばしてやろうって!
そうよ心の中は真っ黒よ、ドロドロ、魔王が助けてくれると言ったら私は迷わず手をとったと思うわ。
だから許さない許さない! 絶対に消し炭にしてやるって なんで私がこんな目にあうのって怒りと憎しみで真っ黒な念が私を染め上げていたとき、あの人に出会ったの。光平先生よ」
普段見ていたフィーネとは真逆の姿に、キースはさすがにたじろぎ後ずさりし始める。
「私と話す人のほとんどは発音の間違いに気づいて馬鹿にして鼻で笑って、嘲笑し侮蔑し誇りをずたずたに引き裂いたわ。
でも光平先生は違った。
私の話をね、もっと聞きたい、あれはどうなの? とか驚いてくれたり、眼を輝かせて本当に楽しそうに話を聞いてくれたの。その時ねふと思ったんだ。
ああ、みんなに分かってもらう必要なんてないんだって、私、光平先生と話せて幸せだって。
私の話す他愛ない話を子供みたいに驚いたり笑ったり、はにかんで見せてくれる光平先生に出会たことって今ままでの苦しみがそのための代償だったのだとしたら、私、許せちゃうかな。
いえ違うわね、神様ありがとうって思えるの。あいつらを殺そうとかもうどうでもいいって思えたのよ」
キースは刺激しないように気を付けながらも、一人語りをしたくなったフィーネの心情にも配慮し黙って聞くことに注力した。
◇◇
やはりというか、手のひら返しは世界が変わろうがどこでも起こりうるのだ。
今日も雑務に励みながら仲良くなったおばちゃんから伝え聞いた話では、魔導学院は退学処分を取り消し復学を命じてきたという。
さらに驚いたのは、一族の恥さらしとアリスティア伯爵家から絶縁されていたにも関わらず、すぐに戻れという指示が飛んだらしい。
どちらにしてもフィーネにとっては良い話だろう。
この世界で貴族の身分に復帰できるというのは、ありがたい話であろう推測はついたしおばちゃんも良かったねぇと涙ぐんでいた。
となるともうここには戻ってこないだろうな。
それでいいと光平は思っていたし、そうでなければいけない。
キースからは処刑は取りやめになったので、しばらく連絡を待ってそこで働いていろという素っ気ない連絡が届いてる。
かろうじて生を繋ぎ止めたが、彼女からどれだけの生きる活力をもらっただろう。この異世界では児童ポルノを持っていたなどという濡れ衣で苦しむことはないのだ、もっと心穏やかに過ごしていいのかもしれない。
休憩時間になるとつい図書館に入り、フィーネに起こった構音障害についての調べものをしてしまう。
結論から言えば機能的構音障害ではなかった。
言うなれば、言の音の呪いによる構音障害……呪詛性(じゅそせい)構音障害とでもいうのだろうか。
この呪いの巧妙なところは、獲得した構音運動において魔法詠唱での使用頻度の高いk音に狙いを絞ったところだ。
そのため日常会話だけではなく、呪文詠唱という特殊な技能を行使する際の障害である。
魔法力を発現させるためのキーワードとなるのが、音韻の並びとリズムであるという世界においてそれがどれだけ重要であろう。
ちなみにではあるが、フィーネは文字状のk音の理解判別についてはまったく問題はなかった。そうなれば角回、縁上回という脳の後頭葉部位への損傷は考えにくく謎が深まるばかりだった。
言の音の呪いは呪文詠唱に関わる脳部位もしくは魔法関連の器官に作用し、詠唱障害を引き起こすと見ていいだろう。
光平が図書館で呪詛性構音障害における1症状を整理していた時だった。
フィーネが息を切らせて本を抱えた光平の元へやってきた。
「先生! わたしを先生の助手にさせてください!」
「へ?」
◇
話はこういうことだったらしい。
自分をゴミのように捨てた実家と学院に戻る気は、とうの昔に失せていたらしい。
だが秀才であり、聖賢の乙女という魔法の天才フィーネはこう動いた。
言の音の呪いを解くには光平の力が必要。
この国には言の音の呪いで苦しむ人々がもっといるはずであり、自分が生き証人になって光平と一緒に助けたいと。
「えっと、そもそも僕は治療院のしがない臨時職員なわけで」
「いいえ、院長とお話しして隣に先生の訓練施設を建ててもらっています。もちろんお金は実家に出させたので問題ありません。私が戻る条件として建築を依頼しちゃいました」
悪戯っこのように舌をぺろっと出している様は、反則的にかわいい。
もしかしたら清楚な聖賢の乙女という一面はフィーネの表の顔であり、本来はこのように悪戯っこで勝気、負けず嫌いな内面なのかもしれない、と。
だがいいのだろうか、自分が訓練施設を持つ?
それにフィーネは学院に戻るべきじゃないのか?
「私はあんなところに戻るつもりはありません。今この国に必要なのは言の音の呪いは治る病だってことをみんなに知ってもらうことだと思うんです」
フィーネの話では、原因不明の言の音の呪いでかなり多くの人が苦しんでいらしい。
しかも個人によって症状は様々で、大人で罹患すると半数以上が絶望し自殺してしまうという。
子供になると親が悲観し一家心中などというケースさえ……この世界で魔法を失うということがどれほどのハンデなのか。
現代に置き換えてみれば、日常生活で使用する家電や機械類一切が使えない、以上の障害に相当するかもしれない。
フィーネのように自らの努力で乗り越えようとしたケースは極めて稀なのだろう。
「僕なんかに出来るのかな」
「先生じゃなかったら出来る人はいません。何より魔法力もないのに、技術だけで治してしまうような凄い人なのですから!」
この子の前向きな言葉の力が、心に染み込んでいく。
僕も君に救われたんだよ。
でもそれを言うと変な意味にとられそうだから、胸に秘めておこう。
なんだろう。
人が人を救うとき、その人もまた救われているのだろう。
気付くと、ほろりひとしずくの涙が頬を流れていた。
――僕はまだ、生きていていいのかな。
思わぬ流れで言の音の呪いが解呪された。10日間という期間が過ぎたことで、言いがかりをつけられる可能性は残っていたため僅かな私物を整理してみることにする。
洗浄魔法によって寝具は清潔であり過ごしやすい宿舎ではあるのだが、自分の虚栄心のためにフィーネを利用してしまった事実に、自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだった。
まあこんな人間だ、処刑されても仕方がないのかなと。
だから早朝一番にフィーネが部屋を直接訪ねてくれたことには、かなり動揺していた。
「先生おはようございます。どうですか、ちゃんとおはようございますって言えるようになったんです」
輝くような笑顔とはこのことを言うのだろう、曇りのない希望に満ちたその笑みに思わず引き込まれている。
「あ、ああおはよう。あの、僕は君に謝らなくてはならない。本当にすいませんでした、うまくいかないことが続いて、罪を着せられ世を恨み人を恨み、そのはけ口として君を虚栄心を満たす手段として訓練に引きずり込んだんだ」
「えっと、先生、あのそういうことでしたら少し付き合ってほしい場所があるんです」
「あ、はい」
断ることなどできなかった。
本来公私混同などせず、一線を引いて対応しなければいけなかったフィーネとの関係。
必要以上に入り込みのめりこみ、彼女の笑顔に癒されたいと思い込んでいたのではないか。
なんという浅ましいクズ野郎なのだと、光平は落ち込んだ。
フィーネに連れられてきたのは、彼女が毎日練習していた森の一角。
近くには澄んだ美しい池と、朝の木漏れ日が清浄な気を運び綺麗な小鳥たちの囀りが広がっている。
「あの先生……私もし治ったら一番声に出してみたい言葉があったんです。聞いてもらえますか?」
「あ、うん。僕なんかでよければ……」
「ありがとうございました、光平先生」
「え?」
フィーネは零れ落ちる涙を拭こうともせず、光平の手を握る。
「先生の名前を、ずっとずっと呼びたいって思ってました! 私の恩人です、がんばることの本当の意味を教えてくれた人! たどたどしい私の会話を笑顔で、もっと知りたいって聞いてくれた人、先生がいなかったら私……私……」
「違うよ、がんばったのはフィーネさんだ。僕はね、ただうまくいかなかったことを理不尽な仕打ちへの怒りで空いた心の穴を埋めようとして、君を利用した外道な人間だ。軽蔑してくれていいんだ」
「やめて! 私が尊敬する人を悪く言わないでください!」
「え、尊敬って」
「あんな状態の私に利用できる部分が残っていたとしたら、それは先生とめぐり合うために女神様が残してくれたものだと思います」
「でも、僕は」
「お辛いことがあって悩んでいるのは分かりますが、私は先生に出会うために生まれてきたのかもしれません」
さすがにそれは思い込みすぎだよ、年頃の女の子が勘違いしやすい心の迷いだと言いたかったが、フィーネの目は真剣そのもの。
「でも、経緯はともかくフィーネさんが魔法の力を取り戻せてよかった」
「はい! 全て先生のおかげです」
その笑顔は、見る者全てを虜にするような輝きに満ちている。
「私本当はすっごくおしゃべりなんです、独り言も多いけどやっぱりお話しを楽しそうに聞いてくれる光平先生との時間が、本当に私にとって救いでした。あの時間があったから、私がんばれたんです」
希望と慈愛と溌溂とした明るさが迸る笑顔。
光平は思うのだ。
もしかしたら、この子に僕は心を救われたのかもしれないと。このような達成感は、久方ぶりだ。
この笑顔を見るために今までの苦労があったのだというのなら、まあ仕方がないなと思えてしまった。
◇
光平が王立治療院でいつものように雑用仕事をしている頃。
密かに呼びだされたキースの喉元には、フィーネの短杖がぐいぐいと突きつけられていた。
「光平先生を処刑するってどういこと!? 状況次第じゃあんたをぶち殺すわよ!」
「フィーネ様誤解です。そういう話があったのは事実ですが、私と私の上司が掛け合ってなくなっています。本来は一月以内に結果ということでしたが、あのおっさん……いえオトナシには10日と伝えておいたんです」
「先生をだますなんて!」
「気持ちは分かりますが、これで魔導学院や王立魔導研究院はオトナシに危害を加えることはしないでしょう」
「まあいいわ、お前を殺して先生のお立場が不利になることは避けたいわね」
「さすが聖賢の乙女です」
キースはからかうつもりなど皆無であったが、フィーネの怒りは抑えることができなかったようだ。
「聖賢の乙女ですって? 笑わせないで! 私はね、私を馬鹿にしていじめぬいた奴らと一緒になりたくないから、八つ裂きにしてやりたいほどに憎いから自分で練習することにしたの。
いつか火炎系極大呪文 クリムゾンバーストで学院を吹き飛ばしてやろうって!
そうよ心の中は真っ黒よ、ドロドロ、魔王が助けてくれると言ったら私は迷わず手をとったと思うわ。
だから許さない許さない! 絶対に消し炭にしてやるって なんで私がこんな目にあうのって怒りと憎しみで真っ黒な念が私を染め上げていたとき、あの人に出会ったの。光平先生よ」
普段見ていたフィーネとは真逆の姿に、キースはさすがにたじろぎ後ずさりし始める。
「私と話す人のほとんどは発音の間違いに気づいて馬鹿にして鼻で笑って、嘲笑し侮蔑し誇りをずたずたに引き裂いたわ。
でも光平先生は違った。
私の話をね、もっと聞きたい、あれはどうなの? とか驚いてくれたり、眼を輝かせて本当に楽しそうに話を聞いてくれたの。その時ねふと思ったんだ。
ああ、みんなに分かってもらう必要なんてないんだって、私、光平先生と話せて幸せだって。
私の話す他愛ない話を子供みたいに驚いたり笑ったり、はにかんで見せてくれる光平先生に出会たことって今ままでの苦しみがそのための代償だったのだとしたら、私、許せちゃうかな。
いえ違うわね、神様ありがとうって思えるの。あいつらを殺そうとかもうどうでもいいって思えたのよ」
キースは刺激しないように気を付けながらも、一人語りをしたくなったフィーネの心情にも配慮し黙って聞くことに注力した。
◇◇
やはりというか、手のひら返しは世界が変わろうがどこでも起こりうるのだ。
今日も雑務に励みながら仲良くなったおばちゃんから伝え聞いた話では、魔導学院は退学処分を取り消し復学を命じてきたという。
さらに驚いたのは、一族の恥さらしとアリスティア伯爵家から絶縁されていたにも関わらず、すぐに戻れという指示が飛んだらしい。
どちらにしてもフィーネにとっては良い話だろう。
この世界で貴族の身分に復帰できるというのは、ありがたい話であろう推測はついたしおばちゃんも良かったねぇと涙ぐんでいた。
となるともうここには戻ってこないだろうな。
それでいいと光平は思っていたし、そうでなければいけない。
キースからは処刑は取りやめになったので、しばらく連絡を待ってそこで働いていろという素っ気ない連絡が届いてる。
かろうじて生を繋ぎ止めたが、彼女からどれだけの生きる活力をもらっただろう。この異世界では児童ポルノを持っていたなどという濡れ衣で苦しむことはないのだ、もっと心穏やかに過ごしていいのかもしれない。
休憩時間になるとつい図書館に入り、フィーネに起こった構音障害についての調べものをしてしまう。
結論から言えば機能的構音障害ではなかった。
言うなれば、言の音の呪いによる構音障害……呪詛性(じゅそせい)構音障害とでもいうのだろうか。
この呪いの巧妙なところは、獲得した構音運動において魔法詠唱での使用頻度の高いk音に狙いを絞ったところだ。
そのため日常会話だけではなく、呪文詠唱という特殊な技能を行使する際の障害である。
魔法力を発現させるためのキーワードとなるのが、音韻の並びとリズムであるという世界においてそれがどれだけ重要であろう。
ちなみにではあるが、フィーネは文字状のk音の理解判別についてはまったく問題はなかった。そうなれば角回、縁上回という脳の後頭葉部位への損傷は考えにくく謎が深まるばかりだった。
言の音の呪いは呪文詠唱に関わる脳部位もしくは魔法関連の器官に作用し、詠唱障害を引き起こすと見ていいだろう。
光平が図書館で呪詛性構音障害における1症状を整理していた時だった。
フィーネが息を切らせて本を抱えた光平の元へやってきた。
「先生! わたしを先生の助手にさせてください!」
「へ?」
◇
話はこういうことだったらしい。
自分をゴミのように捨てた実家と学院に戻る気は、とうの昔に失せていたらしい。
だが秀才であり、聖賢の乙女という魔法の天才フィーネはこう動いた。
言の音の呪いを解くには光平の力が必要。
この国には言の音の呪いで苦しむ人々がもっといるはずであり、自分が生き証人になって光平と一緒に助けたいと。
「えっと、そもそも僕は治療院のしがない臨時職員なわけで」
「いいえ、院長とお話しして隣に先生の訓練施設を建ててもらっています。もちろんお金は実家に出させたので問題ありません。私が戻る条件として建築を依頼しちゃいました」
悪戯っこのように舌をぺろっと出している様は、反則的にかわいい。
もしかしたら清楚な聖賢の乙女という一面はフィーネの表の顔であり、本来はこのように悪戯っこで勝気、負けず嫌いな内面なのかもしれない、と。
だがいいのだろうか、自分が訓練施設を持つ?
それにフィーネは学院に戻るべきじゃないのか?
「私はあんなところに戻るつもりはありません。今この国に必要なのは言の音の呪いは治る病だってことをみんなに知ってもらうことだと思うんです」
フィーネの話では、原因不明の言の音の呪いでかなり多くの人が苦しんでいらしい。
しかも個人によって症状は様々で、大人で罹患すると半数以上が絶望し自殺してしまうという。
子供になると親が悲観し一家心中などというケースさえ……この世界で魔法を失うということがどれほどのハンデなのか。
現代に置き換えてみれば、日常生活で使用する家電や機械類一切が使えない、以上の障害に相当するかもしれない。
フィーネのように自らの努力で乗り越えようとしたケースは極めて稀なのだろう。
「僕なんかに出来るのかな」
「先生じゃなかったら出来る人はいません。何より魔法力もないのに、技術だけで治してしまうような凄い人なのですから!」
この子の前向きな言葉の力が、心に染み込んでいく。
僕も君に救われたんだよ。
でもそれを言うと変な意味にとられそうだから、胸に秘めておこう。
なんだろう。
人が人を救うとき、その人もまた救われているのだろう。
気付くと、ほろりひとしずくの涙が頬を流れていた。
――僕はまだ、生きていていいのかな。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる