幻想世界のセラピスト ~言の音の呪いと聖賢の乙女~

鈴片ひかり

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サマリー9 ヴァルヌヤース

ヴァルヌヤース

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 王都をぐるりと囲むように広がっている第一城壁を超える。

ここからは一気に魔物の臭いが濃くなり、街道沿いでオークと騎士団が戦闘をしている真横を通り過ぎたときは、戦場の緊張感が一気に馬車にも流れ込んでくる。既に第二陣にまで入り込まれているということだろうか。

 レインドはあの年でもしっかりしており、周囲を見渡しながら御者役のヴァキュラに声をかけている。

 「光平殿、予定ポイントまであと少しです。そこで小麦畑に侵入しますので馬車を乗り捨てます」

「分かった。キョウちゃんはしっかり摑まっててね」

「うん」

 街道から逸れた農道に入ると既に付近の小麦は、ダドゥンガースとなった黒小麦の伝染を防ぐために大規模な範囲で刈り取られてしまったいる。

その中を走っていると、赤と黒の色合いが目立つローブ姿の集団が円形状に防御線を敷いている。

彼らが例のエルグリンデだなと、光平でさえ分かるほどに冷たい視線が皆に降り注がれていた。すっと防御線が解かれ、先へ進めとばかりに無言の重圧が背中をぞくりとさせる。

恐らくクライグやヴァキュラは戦闘で気が立っていると判断したのかもしれないが、殊更フィーネへの視線が突き刺さるほどに鋭い。

光平はさほど気にしてはいなかったが、フィーネには彼らがプロであるため王国存亡の危機にバカな真似はしないだろうという確信にも似た推測があった。

そのため一行は既に直径5mほどまで広がった黒小麦穂を守る騎士団たちと合流する。

掛け声や号令をかける騎士たち。クライグの友人がいたらしく、肩を叩きあっている姿が見えた。

「クライグ! 俺たちは北に備えろという命令が出たのでこれから移動することにする。エルグリンデが魔物を近づけさせないだろうが用心しておいてくれ」

「そうか、北か。お前らも気を付けてくれよ」

「ヴァルヌヤースの巫女に大地母神の加護があらんことを!」

「我等は北に移動し漏れ出てきた魔物を討つぞ! 王国を守り切ってみせろ!」

『『おおー!』』

気合を入れた騎士たちが意気揚々と走り去っていく

きっと悪気はなくキョウに敬意を示してくれたのだろう。

 ありがたいこと。ありがたくて涙が出てしまうことなのだが、ことここに至ってはキョウが緊張で固まってしまっている。

当然ながら、黒い穂の近くに到着したもののキョウの頭は真っ白になってしまっていた。

「あ、あの、わ、わたし、ヴァル、ヴァ、ヴァルヌヤース を」

「キョウちゃん、いいんだよ。今はゆっくり準備しよう。大きい声がするけどあまり気にしないで」

光平が道具袋に手を伸ばした時、レインドがゆっくりキョウの手を握った。

「ぼくはずっとキョウちゃんの側にいるからね、約束したもん」

「レインドくん。うん、ありがとう。ねえ光平、失敗したらどうなっちゃうの?」

「失敗? 失敗なんてしないよ。だってここに来た時点で大成功だから」

徐々にだがキョウの緊張が緩んできた。

「じゃあいつもやってた練習をしてみようね、ため息を吐くように体の力を抜いて~」


お皿の形の舌だよー

光平 :へーふーひー 
キョウ:へーふーひー

光平 : ひーおーひーひー
キョウ: ひーおーひーひー

光平 :ひーひーおーひーひー
キョウ:ひーひーおーひーひー

調子出てきたね、これはどうだ

光平 :きーきーおーきーきー
キョウ:きー きーおー きー きー

キョウちゃんのペースでいいからね

光平 :しーしーおーしーしー
キョウ:しーしーおーしーしー

 大分ほぐれてきて、ルーティーンな練習が普段の感覚を思い起こさせてくれている。

その時だった、フィーネが転がるように飛び退いて光平の耳で囁いた。

「先生、急がないといけません。大型種の群れが1kmの距離まで迫っているようです」

フィーネはアンデッド種の群に集団魔法で対抗しているエルグリンデに対し、神聖呪文の援護魔法をかけていた。

クライグはいつでも動けるよう、キョウたちの近くで神経を研ぎ澄ましている。

やや硬さが残るキョウの手を握ったレインドはそのままぎゅっと抱きしめていた。

「終わったらね、一緒にプリン食べようね」

「プリン!」

「うん、プリン!……ふぅはぁはぁ……どうしよう、怖くなってきちゃった」

レインドのおかげで恐怖が紛れていたが、周囲の戦闘音の迫力には正直光平でさえ何度びくっとなったことか。

その様子を察したフィーネが駆けつけてくれた。

「キョウ! 私ね、言の音の呪にかかって馬鹿にされてすっごく悔しかった! だからね諦めないでそいつらやっつけようって思ったの!」

フィーネが叫び、迫って来たゴブリンにアイスバレットの呪文で応戦する。

「悔しいよね、悔しいよね! 負けないでキョウ!」

「うう……」キョウが震えている。

だがフィーネの言葉に光平はなるほどと納得している。

キョウはかなり負けず嫌いな性格で、そこがフィーネと仲良くなった理由であった気がする。

「なんかすっごくむかむかしてきた」

「僕もね、呪いにかかって聞こえなくなって悔しかった。変な連中がきて呪文をかけて帰っていくのがすっごいむかついた!」

「うん、むかつくー!」

「そうだよキョウちゃん、僕もね大嫌いな奴らにはついウンチを顔にぶつけてやるっ!って考えちゃうんだ」

「ウンチ? ウンチー!? きゃははははは!」

「あはははは!」

そうだった。この歳の子供は結構うんち、おしっこ話が大好きであったりする。

それがこうして緊張を解く手段になるとはなんとも。

 キョウはレインドと光平の手を取りダドゥンガースの前までやってくると、身構えることなくヴァルヌヤースの呪文をいきなり唱え始めた。



そのものは優しく大地を潤し

そのものは猛き膂力にて大地を耕し

そのものは荒ぶる業火で大地を焦がし

そのものは慈愛の息吹で大地から芽吹き


尊き愛しきあの人の声を、思いを届けておくれ

全てはひとつに思いを束ねよ、邪悪な力には愛を持って立ち向かうべし



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