幻想世界のセラピスト ~言の音の呪いと聖賢の乙女~

鈴片ひかり

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サマリー9 ヴァルヌヤース

エルグリンデの動き

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 既にトランス状態になりつつあるキョウの詠唱がヴァルヌヤースの呪文を構築中だった。

エルグリンデの精鋭魔導師たちが集団魔法で魔狼の群を焼き払い、腐った死体ゾンビの群が曇り空のくすんだ陽光に焼かれながらも黒小麦を目指し、フィーネのサンダースマッシュによって粉々に砕かれいてた。

 このような轟音が飛び交う中での詠唱となることが予想されたので、キョウには周囲の騒音を緩和するための呪道具が周囲に設置されていた。

聴力検査装置の開発過程で音を吸収する性質を持つ魔石を発見し、それを見事に呪道具としてベリダが仕上げてくれたのだ。レインドの耳には隣の部屋で侍女たちが片付けをしている程度の雑音にしか聞こえない。

 だが、振動だけはどうにもならない。

その時レインドの頬を強い突風が掠めていく。思わず空を見上げるとそこには全長10m弱にもなる小型の竜が舞い降りようとしているところであった。

「フォーエルバス サラシュティア! ソニックブレェード!」

後10m半といったところにまで近づいていた赤い小型ドラゴンの翼が、クライグの放った真空刃の剣技によって切り裂かれ地面に落下してしまう。

苦悶の咆哮を上げクライグを睨みつけるドラゴンの口からは焔の帯が幾重にも伸びている。

「やらせるか!」

風の身体強化呪文によりクライグの剣技が冴えわたる。一切の躊躇や遠慮のいらない状況に置いてまさに疾風の如く剣技によりドラゴンの体が切り刻まれるが、負けじと噛みつき爪で斬りかかり尾を振り回しながらクライグと激戦を繰り広げていた。

 光平は自分が最後に盾になる覚悟を決め、キョウとレインドを守るべく周囲を警戒する。

護身用の短剣を持たされてはいたが、どうしたものか。

フィーネやヴァキュラたちも、エルグリンデの防御陣を突破してくる妖人種らの迎撃で手が離せない。

目の前でゴブリンが魔法の矢に刺し貫かれ地面が緑黒の血で染まっていく様は、とても現実とは思えない。あの刃が自分に向けられたら抗う力が無いに等しい自分はすぐに殺されてしまうだろう。そう、ここは幻想の地、剣と魔法と浪漫が吹き荒れる異界の大地なのだ。

 この状況を支えているのはまさしくフィーネだと言える。

目の前の戦闘をこなしつつ、ヴァキュラやクライグ、騎士団たちへ補助魔法で的確にフォロー。負傷した騎士の治療をこなしつつ、聖賢の乙女ここにありと後に語り継がれる戦いだろう。

 そしてクライグが風の魔剣を展開しながら、ドラゴンへと真正面からぶつかっていく。

人間離れした動きと、跳躍力、そして風の刃がドラゴンを追い詰めついにその首を切り落とす。

「どうだおりゃああああ!」


 光平の胴も震えるほどの戦いであり、キョウの詠唱も終わりを告げようとしていた。

今 万感の思いを込めて詠唱が、人々の思いが紡がれ未来へと帰結する時。

「キルシュラーグ オーリルリース フォウベ ヴァルヌヤース」


淀みなく歪なく側方化もない見事な発音によりヴァルヌヤースが発動する。

音もなく広がった白い閃光が周囲を照らし飲み込んでいく。

黒い小麦の穂、ダドゥンガースは白の絵具に塗りつぶされるように消滅していった。

 その閃光を受けた魔物たちも、何かに怯えるように逃げ去って行く。

荒い息をして戦っていた騎士やエルグリンデの魔導師たちもほっと安堵のため息を漏らし、湧きあがる最大の難関を突破できたことを実感したのか歓声が感情の大波となって広がっていく。

各所に魔物たちの反応から雄たけびや気合の入った歓声が響き渡り、勝利を喜び合っている。

騎士団がキョウたちを労い、恥ずかしそうに光平の後ろに隠れる姿に皆が笑い出す。


 だが勝利の余韻に浸る間もなく、すぐさま伝令が訪れ護衛の騎士たちが苦戦している東の森へ向かへとのことだ。

見事解呪に成功はしたが、王国軍の戦いは第二段階へシフトする。そう、魔物をある程度駆逐しなければ、ヒトの居住地に魔物が住み着き新たな犠牲者を生みかねないからだ。

 キョウはさすがに疲れ切っていたが、レインドと光平に支えられ澄んだ笑顔を見せていた。

「キョウちゃんがんばったね」

「疲れたよ~、帰ってプリン食べたいなぁ」

軍事用の魔導バトを受け取ったエルグリンデの魔導師が、ドラゴンの血を拭っていたクライグにメモを手渡した。

「これはお前宛てだろう? 南に素早い魔獣がいるので支援要請らしい」

クライグは水筒の水を飲み干しながら受け取ったメモを見て訝しむ。

「騎士団長の命令は王都に帰還するまで兄貴やキョウちゃんたちを護衛せよ、とのことだ。仲間は心配だがこれは騎士団長の押印もなく指示を間違ったのだろう。俺は兄貴たちの側から移動する気はないぜ」

「……」

エルグリンデ隊の魔導師はメモを乱暴に奪い取ると、にべもなく上官にその旨を伝えるのだった。

クライグはそのまま急いで光平に近寄ると、キョウを労っている。

だがその表情は険しく、会話内容との乖離が激しい。

「兄貴、急ぎ王都へ帰還しよう。動きがおかしい」

「私もそう思うわ、エルグリンデ隊がこの一帯を包囲しているみたい」

ヴァキュラは奮戦していたものの、手足に怪我を負いフィーネの治癒魔法を受けている。

見ればクライグもドラゴンの尾に吹き飛ばされたり、防具で防ぎきれなかった爪による怪我によりかなり出血しているようだ。

フィーネの応急処置により安定はしたが、早く治療院に運び込むべき状態だろう。

馬車のある場所までは距離があるため、徒歩にて街道まで急がねばならない。


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