幻想世界のセラピスト ~言の音の呪いと聖賢の乙女~

鈴片ひかり

文字の大きさ
36 / 40
サマリー10 言の音の呪いと聖賢の乙女

窒息呪文

しおりを挟む
 光平はフィーネから小声で報告を受けた時、まさか!? という思いとこの一連の動きに奇妙な違和感を感じていたことへの解答が導かれた気がしていた。

ヴァキュラは利き手と左足に負傷していたが、レインドの手前気丈に振舞っている。クライグに至っては何度かフィーネの治癒魔法で状態を維持しているものの、呼吸が荒く痛みを顔に出さないように必死に耐えておりキースに肩を貸してもらっている。

そのキースといえばまさに軽妙な動きで光平たちを支えて守ってくれていた。


 街道まで後1km半ほどの距離。目印となる第二城門の堅牢な姿が丘の向こうに見えてきた。

「みんな止まって」

フィーネの空気を切り裂くような鋭い声に、光平も背筋がびりっと痺れた気がした。

「囲まれてるな」

クライグが剣を抜き、ヴァキュラも痛む体に鞭を打って愛用のショートスピアを構える。

周囲の小高い畝から姿を現したのはエルグリンデの精鋭たち。

完全に前後を挟まれ包囲されてしまっている。

その前方からブロンドの長髪を靡かせた冷たいオーラを纏う青年が数歩進み出る。

「アルシャーク、やっぱりあなただったのね」

「フィーネ・アリスティア! 古代魔法氏族の血統でもない女が聖賢の乙女だと!? 笑わせるな!」

エルグリンデが一斉に中杖を向けてくる。

「てめえらどういうつもりだ! 俺たちは一緒にヴァルヌヤースの巫女を守ったじゃねえか!? なのにどうして!」

クライグの声に顔をそむける隊員たちも数名いた。だがほとんどはアルシャークと一緒で敵意を剥きだしにした視線をぶつけてくる。

「ふっまさかここで第三王子 レインド殿下の御尊顔を拝することができようとはな! なんという僥倖か! これでロドラ・メラ魔帝国の血統である第二王子 ヴァラム殿下が王位を継ぐことができようぞ!」

「なんという不敬な物言いか! なにより王位継承権はヴァラム王子が上、そのまま何もせずとも王位継承を待てばよいだろう!」

ヴァキュラの叫びは最もだった。

アルシャークはその端正な表情を醜く歪ませると叫ぶのだった。

「現王は病弱な第一王子はさておき、王位をこの第三王子に継がせる腹積もりだ。

ヴァラム殿下の母上はロドラ・メラ魔帝国の大魔導師ベルスタの子孫! 

魔帝国忠臣の血縁者のみで構成されたエルグリンデが祖国再興の先駆けになるのだ!
そもそも聖賢とはなっ! ロドラ・メラ魔帝国の尊き血の者にしか許されぬ奇跡ぞ!
それを貴様のような下賤な血の輩が……!」

蛇蝎の如き邪念をぶつけられたフィーネだったが、凛とただ静かに見据えるのみ。

「参謀本部にもお前たちのシンパが潜り込んでいたってわけか、この配置に疑問を呈していた騎士団長の懸念は正しかったな」
キースの声色が悔しさに満ちている。

「参謀本部の若造め、随分と貴様には手を焼かされたぞ」

徐々に包囲され追い詰められていく。

光平はレインドとキョウを抱き寄せて守ろうとしたが、後背で魔導師が魔術ロープを使ってキョウとレインドを拘束して引き寄せてしまう。

「殿下!」「キョウちゃん!」

「よし、巫女を失っては国が残らぬ事態になりうる。決して傷つけるな! レインド王子はいくらでも使いようがあるからな、拘束しておけ」

傷つけるつもりはないようだが、キョウは近くの魔導師を睨みつけ、いーっだ! とベロを出しているから負けん気が先行してくれており、少しだけほっとする。

レインドも泰然として動かず光平に微笑む余裕さえ見せてくれるのだった。

杖や剣を取り上げられ、光平もサポート用の呪道具が入ったバッグを投げ捨てられている。

「ねえアルシャーク。私に負けたのがそんなに悔しかったの?」

「私は負けておらぬ! 貴様が卑怯な手を使ったせいで引き分けにさせられたのだ!」

折り畳み式の長い杖を展開させると、その先端をフィーネの首元に突きつける。

「そう、だから私やクライグ、そしてレインド殿下に言の音の呪いをかけたのね」

「え!?」

クライグやヴァキュラ、そして光平までもが予想もしない事態に驚きの声を隠せなかった。

「じゃあやっぱり言の音の呪いが二種類あったのは、君たちエルグリンデが能動的に行った積極的呪詛と、原因不明でかなり昔から症例が確認されている突発性呪詛に分かれるって仮説は正しかったのかな? えっとアルシャークさん」

「くっくははははは! 妙な黒髪の男だと思ったが、なるほどこういう奴だから解呪へ辿り着けたのだろう。まあ無関係であれば素直にお前を尊敬するところではあるがな」

見下したような邪な笑みで返すアルシャークは、部下に顎で命じると一斉に杖を向けるのだった。

レインド王子とキョウに短杖を押し付けられ、動くなと命じられる。

「待ちなさい! この人たちに手を出すことは許さない! それほどまでに私が憎いなら殺せばいいじゃない!」

「だめだフィーネさん!」

「おやおや、随分と殊勝なことを言うじゃないか聖賢の乙女フィーネ。安心しろ殺してやるさ、俺が直接手を下すまでもない、そのこだわりがないことを証明してやる。放て」

包囲していたエルグリンデの魔導師たちの集団魔法、しかもその呪文はとてつもなく邪悪で慈悲の欠片もないものであった。

「ぐあっ! くっい、いきが、があ!」

クライグ、フィーネ、ヴァキュラ、キースが喉元を押さえ、苦しみ始めていた。

光平だけはやや息苦しさを覚えているが、呪文の効果が発動していないようだ。

「ちっやはりこいつだけ呪文が効かないようです!」

光平が4人にかけより呼吸の状態を確認するが苦しそうに光平の腕を掴み、フィーネは涙ながらに絞り出すように「逃げて」と懇願する。

「ディオルの仮説が正しかったかもしれんな、お前に言の音の呪いをぶつけたバックラッシュが今回のダドゥンガースの顛末というのは! だがその失敗すら我らは糧とする!

 次こそこのラングワースの民全てに言の音の呪いを受けてもらおう、そしてエルグリンデが国を支配しロドラ・メラ魔帝国復活の狼煙となるのだああああああ!

まあ貴様らは解呪を失敗し国民すべてに言の音の呪いをばらまいた戦犯として処断することにしようじゃないか!」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

処理中です...