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第2話 捕われのツインタワー
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(これって、私が予知夢で見た、パソコンを眺めて不敵に笑う男っ?)
大ボリュームで流れる放送に、結菜は身を硬くしたまま耳を傾ける。
『――なお、展示ホールはドローンによる電波妨害装置を飛ばしており、携帯電話による中から外への連絡は遮断されています』
犯人の声に荒っぽさはなく、また悪びれる印象もなかった。
『さて、これは映画ではありません。ですが、やはり見せ場は大切――そうは思いませんか? ということで、爆弾を設置させていただきました――さあ、どうしますか? 美術館は封鎖され、まもなくここは爆破されてしまうのです、くくっ、フハハハハハっ!』
そう話す犯人の声は、どこか楽しそうで、人を小馬鹿にするような口ぶりだった。
だからこそ、犯人の異常さが際立って、展示ホールにいる人たちの恐怖を、一気に煽ってしまう結果となった。
「なんだよ、それ!」
「封鎖ってどういう意味だ!」
「キャアア、爆発ってホントなの?」
そんなまわりの人の声をきっかけに、大勢の人が、いっせいに席を立って走り出す。
「に、逃げろ! 美術館が爆破されるぞ!」
さっきまで穏やかな空気が流れていたツキのトークショーは、
『さあ、どうしますか? 命の保証はありませんよ、くくっ!』
犯人の挑戦的な一声によって、地獄の時間に変わってしまう。
「……ぬあ~っ、やっぱり予知夢で見たとおりになっちゃったわ~っ」
結菜は大勢の人の悲鳴を聞いて、父の夢診断は間違っていなかったと痛感する。
「結菜ちゃんっ、予知夢で犯人を見なかった?」
昴は逃げ惑う人を一瞥し、焦った顔で結菜に聞いた。
「さっき夢で見た、パソコンを眺めて不敵に笑う男が犯人なのかも」
「確か、コンピューターで埋めつくされた部屋にいたとかって……」
昴が言うと、
「その場所はきっと、このビル全体のセキュリティ室のことよ。反対のウエストタワーの最上階にサーバールームがあるの……そこで、美術館の扉もコントロールできるはず」
昴の母がセキュリティ室の場所を教えてくれたが、その顔は不安に苛まれていた。
「でも、さっきの放送が本当なら、ここを脱出できても……ぬあ~っ、ふたつの棟をつなぐ通路は隔絶されちゃってるのよね~っ」
「結菜ちゃん、何とかできないかな?」
昴は力強い眼差しで結菜を見た。
「何とかって言われても……」
(うぅ……、ホントは、爆弾って聞いて超怖くてたまらないのよ~っ!)
結菜はそう思いながら、どうにか勝手に事態が収まってほしいと願う。
すると。
「あそこに通風口があるで!」
急にリュックから顔を出したバクさんにつられ、結菜はホールの天井を見た。
バクさんの声は結菜にしか聞こえていないが、
「あっ! そうか、天井に通風口……結菜ちゃんのおかげで何とかなりそうだ」
昴は、結菜のふとした動作から、何かいい案を勝手に思いついたようだった。
(……まっ、まさか! 通風口から脱出し、反対の棟に渡り、セキュリティ室に行き、犯人をとっちめようなんて言わないよねっ?)
「結菜ちゃん、通風口から脱出しよう!」
「ぬあ~っ、嫌よ嫌よっ、犯人をとっちめるなんて、超怖くて仕方がないのよ~っ」
結菜が駄々をこねるように首を振って抵抗するが、そこで、はたと動きを止める。
(ちょっと待って! さっき昴は確か……結菜ちゃんのおかげって)
「ねえ、昴! さっき、私のおかげで何とかなりそうって言った??」
結菜が昴の腕をつかんで聞く。
「う、うん!」
昴は驚いた顔で答えた。
(お・か・げ……私の、おかげっ!)
結菜は人からありがたがられるのがこの上なく好き。しかも、自分のおかげで事態が収まり、他人から敬われるほどの活躍ができるのなら、これはもう動かないわけにはいかない。
「ぷぷっ、ぷぷぷぷっ! もう、昴ってば! 私のおかげだなんて、いつもいつも超大袈裟なんだから~っ!」
結菜はデレデレした顔で昴の腕をバシバシと叩いて喜ぶ。
「結菜の頭はなんちゅう単純な作りやねん!」
そんなバクさんの突っ込みが聞こえたが、
「反対の棟のセキュリティ室を目指そう!」
結菜は無視して、床から高さ5メートルほどある天井を見つめた。
(これぐらいの高さなら、昴と協力すれば天井に到達できそうね――)
「いいよ、結菜ちゃん!」
結菜は父を助ける時に駅のフェンスを乗り越えたように、昴の掌を蹴って、まずは頭上の巨大なシャンデリアに着地した。
そこから腕を伸ばし、通風口のふたの網目をつかんで、
「う~ん……、よし、やったわ!」
ふたを外し、天井裏に潜入する。
昴は、近くにいた一番背の高い男の人に協力してもらって、結菜と同じ要領で通風口の中に潜入した。
「ご協力、ありがとうございました!」
昴が通風口から、その男の人を見下ろしてお礼を言うと、
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、あんたらの運動神経に期待してるからな!」
「気をつけていけよ! 犯人に見つかったら、まずは逃げることを考えろ!」
「救助隊に、美術館に人が閉じ込められてることを伝えたら、ふたりは逃げて!」
まわりにいた人たちと、昴の母から、そんな声援や注意を受けて送り出された。
結菜と昴のふたり、リュックの中のバクさんは、天井裏を進む。天井裏はとても狭く、ふたりはほふく前進で進むのがやっとだった。
そして、いくつか網のふたを通過すると、
「あっ! 美術館の外に出たよ!」
結菜が網のふたの下に、エレベーターホールを発見。
ふたりは通風口から床に下りて、美術館の外に出たことを確認すると、反対のウエストタワーに行くためにエレベーターに乗り込んだ。
「美術館の外は、誰もいなかったね。辺りはしんと静まり返っていた」
結菜がエレベーターの中で疑問をつぶやく。
「きっともう、他の人たちは避難したのかもしれない。でも、どうして犯人は美術館の中にいる人だけを閉じ込めたりしたんだろう……」
昴は犯人の意図を探ろうと首をかしげたが、理解に苦しむように黙り込む。
「あれ? 下の階を押しても反応しないっ……」
結菜は、20階より下のボタンを押してもエレベーターが反応しないことに気づいた。
「きっと犯人の男が反対の棟に行けないように、サーバールームで制御しているんだ……くそっ」
やはり犯人は、美術館にいる誰かをターゲットにしているようだった。
「ぬあ~っ、いったん外に出て反対の棟に向かうのは無理ってことね~っ! どどど、どうしよう……あっ! 確か27階に、2つのタワーをつなぐ空中トンネルがあったよね――」
結菜はそう思い出し、階数表示板の27階のボタンを押しかける。すると。
「待って……犯人は2つのタワーをつなぐ通路を隔絶したって言ってたよね」
昴は、あごに手を当ててしばらく考え込むと、30階のボタンを押したのだ。
「そっか――空中トンネルは使えない……でも、最上階ならいけそうなの?」
「うん、僕に考えがあるんだ! イーストタワーとウエストタワーは5メートル離れている。だけど今朝、駅からビルを見上げた時に気がついたんだ。ふたつの棟は屋上で反り返る形状だった。きっと最上階は、ふたつの棟の間が近く、5メートルもないと思うんだ!」
自分たちの運動神経なら、屋上に出てジャンプで飛び越えれば、反対の棟に行けるだろうというのが昴の思惑だった。
そして。
(ぬあ~っ、やっぱりタワーの屋上は、超高いじゃないのよ~っ)
最上階から非常階段で屋上に出た結菜は、あまりの高所に足の震えが止まらない。
だが、昴の予想通り、反対の棟との距離はわずか3メートルほどであった。
さらに。
「結菜ちゃん、バッチリ撮ってるから頑張って! みんなも応援してるよ!」
怯えて躊躇する結菜の後方に昴が回ってスマートフォンのカメラを向ける。
「まさかっ、昴は生配信で結菜を釣るつもりなんか……でもな、さすがに単純な結菜の頭でも、こんなあからさまな作戦に乗っかってくるとは思えんけどな……」
「な、生配信なんだっ、それ!」
バクさんのつぶやきが聞こえた結菜は、屋上のフェンスの前でたたずみながら、少しだけ迷った――。
やがて、結菜は首だけ背後のカメラを振り返るのだった。
「まっ、まさか……」
バクさんのあきれた声がする。
「みんな~っ、今から華麗なジャンプを披露するから、超楽しみに待っててね~っ」
結菜は45度首をかしげ、右目でウインクをし、今日イチバンの笑顔で手を振った。
「乗っかってるや~ん!」
「うっさいわね、バクさん……良い子は絶対にマネしちゃダメだけど、危険を顧みずにフォロワーを喜ばせるSNS魂はあっぱれなもんでしょ!」
「結菜ちゃん、どうかした?」
昴にまた不思議な顔をされ、
「あ、ううん! 何でもないよ」
結菜は笑顔で答え、カメラに向かって二回大きく肩をすくめると、指ハートを作った。
これは、計算である。某SNSでフォロワー100万人を抱える、若手人気女優の「AIRA」ちゃんの得意ポーズを真似たのだ。
(超キマったわ! これでまた、動画がバズること間違いなしねっ!)
もちろん、だからといって自分より美人な彼女を認めたりはしない。
基本、自分より、上、は嫌いなのが結菜だ。
だから、美人は貴重な教科書と考え、自分磨きの材料にしただけである。
(ぬあ~っ、日頃からモテるための努力を惜しまなくって、良かったわ!)
結菜は、生配信という悪魔的な誘惑に抗えないだけだった。だが、一見、無茶苦茶な理論ではあるのだが、モテたい一心で恐怖をチャンスに変えたことにもなる。
「また活躍してバズって、いつか絶対、インフルエンサーになってモテまくるのよ~っ」
フェンスから助走をとった結菜は、バレエで大きなジャンプにつなげる助走に入った。
「トンベ、パドブレ、グリッサード……」
つま先立ちになった結菜がスピンしながら屋上のアスファルトを進む。そして、イーストタワーのフェンスを蹴った。
「いっけええ!」
結菜は気合でウエストタワーのフェンスを飛び越え、アスファルトに綺麗に着地する。
後ろからついてきた昴も、ダンスで鍛えた身のこなしで軽々とフェンスを飛び越えた。
「結菜ちゃん、ナイスジャンプ!」
反対の棟へ飛び移ったふたりは、屋上の非常階段に通じる扉をくぐった。そして、30階に下りて、おそらくセキュリティ室に通じるであろう「関係者以外立入禁止」の看板がついたアルミの扉の前に立った。
「お願い、開きますように」
イチかバチか結菜がアルミの扉を押してみると――、
「ど、どうして……」
扉は、あっけなく開いてしまった。結菜はポカンとする。
「きっと犯人がここから潜入したんだ……、入ってみよう」
昴は辺りを警戒するように、前後左右に視線を配りながら暗い部屋に入る。
(ぬあ~っ、超怖いっ……さっきは、生配信につられて調子に乗っちゃったけど……犯人に襲われちゃったらどうしようっ)
結菜も恐る恐る昴について部屋を進む。
「相手は複数犯かもしれへん……結菜、気ぃつけや……わわっ、思ってより広い部屋やで」
バクさんがリュックから顔を出すと、急に視界が明るくなった。
「ここが施設全体のセキュリティを司るサーバールームみたいだね」
昴も広い部屋を見て驚くように口を開ける。
サーバールームは、ちょうどウエストタワーの29階と30階の部分に位置していた。
体育館のような二階建て構造で、吹き抜けになったこの部屋は、熱風で少し室温が高かった。
「なんだか静かだね……ああ、怖いよ~」
結菜はビクビクしながら、機械の稼働音が聞こえる部屋を見回す。
屋上から潜入したふたりは、体育館で言うところの二階のキャットウォーク――体育館の2階の細い通路――のような場所に出た。
「夢で見たとおり、コンピューターで埋め尽くされた謎の部屋のようね……」
結菜は、ヒトより背が高くて黒光りするコンピューターの群れを見下ろし、息を吞む。
「これは施設内の情報システムの運用のために使う、大量のサーバーコンピュータだよ」
昴はセキュリティや安全性の観点から、こうやって別個に部屋を作って管理する必要があると教えてくれた。
「あ、誰かいるよ!」
1階部分を見下ろした結菜が、コンピューターを背にして座る、制服の男を発見。
「た、大変だっ……警備員さんが、ロープで縛られてる。結菜ちゃん、行こう!」
ふたりが助けに行こうと、キャットウォークに併設された階段に走ったその時。
「動くな!」
頭からフードを被る、黒のパーカー姿の謎の男が、警備員の隣に現れた。
「動くな! 動くと爆破してやるからなああっ!」
男は荒い口調で叫ぶと、手に握る爆弾の起爆装置らしきものを結菜たちに向けるのだった。
大ボリュームで流れる放送に、結菜は身を硬くしたまま耳を傾ける。
『――なお、展示ホールはドローンによる電波妨害装置を飛ばしており、携帯電話による中から外への連絡は遮断されています』
犯人の声に荒っぽさはなく、また悪びれる印象もなかった。
『さて、これは映画ではありません。ですが、やはり見せ場は大切――そうは思いませんか? ということで、爆弾を設置させていただきました――さあ、どうしますか? 美術館は封鎖され、まもなくここは爆破されてしまうのです、くくっ、フハハハハハっ!』
そう話す犯人の声は、どこか楽しそうで、人を小馬鹿にするような口ぶりだった。
だからこそ、犯人の異常さが際立って、展示ホールにいる人たちの恐怖を、一気に煽ってしまう結果となった。
「なんだよ、それ!」
「封鎖ってどういう意味だ!」
「キャアア、爆発ってホントなの?」
そんなまわりの人の声をきっかけに、大勢の人が、いっせいに席を立って走り出す。
「に、逃げろ! 美術館が爆破されるぞ!」
さっきまで穏やかな空気が流れていたツキのトークショーは、
『さあ、どうしますか? 命の保証はありませんよ、くくっ!』
犯人の挑戦的な一声によって、地獄の時間に変わってしまう。
「……ぬあ~っ、やっぱり予知夢で見たとおりになっちゃったわ~っ」
結菜は大勢の人の悲鳴を聞いて、父の夢診断は間違っていなかったと痛感する。
「結菜ちゃんっ、予知夢で犯人を見なかった?」
昴は逃げ惑う人を一瞥し、焦った顔で結菜に聞いた。
「さっき夢で見た、パソコンを眺めて不敵に笑う男が犯人なのかも」
「確か、コンピューターで埋めつくされた部屋にいたとかって……」
昴が言うと、
「その場所はきっと、このビル全体のセキュリティ室のことよ。反対のウエストタワーの最上階にサーバールームがあるの……そこで、美術館の扉もコントロールできるはず」
昴の母がセキュリティ室の場所を教えてくれたが、その顔は不安に苛まれていた。
「でも、さっきの放送が本当なら、ここを脱出できても……ぬあ~っ、ふたつの棟をつなぐ通路は隔絶されちゃってるのよね~っ」
「結菜ちゃん、何とかできないかな?」
昴は力強い眼差しで結菜を見た。
「何とかって言われても……」
(うぅ……、ホントは、爆弾って聞いて超怖くてたまらないのよ~っ!)
結菜はそう思いながら、どうにか勝手に事態が収まってほしいと願う。
すると。
「あそこに通風口があるで!」
急にリュックから顔を出したバクさんにつられ、結菜はホールの天井を見た。
バクさんの声は結菜にしか聞こえていないが、
「あっ! そうか、天井に通風口……結菜ちゃんのおかげで何とかなりそうだ」
昴は、結菜のふとした動作から、何かいい案を勝手に思いついたようだった。
(……まっ、まさか! 通風口から脱出し、反対の棟に渡り、セキュリティ室に行き、犯人をとっちめようなんて言わないよねっ?)
「結菜ちゃん、通風口から脱出しよう!」
「ぬあ~っ、嫌よ嫌よっ、犯人をとっちめるなんて、超怖くて仕方がないのよ~っ」
結菜が駄々をこねるように首を振って抵抗するが、そこで、はたと動きを止める。
(ちょっと待って! さっき昴は確か……結菜ちゃんのおかげって)
「ねえ、昴! さっき、私のおかげで何とかなりそうって言った??」
結菜が昴の腕をつかんで聞く。
「う、うん!」
昴は驚いた顔で答えた。
(お・か・げ……私の、おかげっ!)
結菜は人からありがたがられるのがこの上なく好き。しかも、自分のおかげで事態が収まり、他人から敬われるほどの活躍ができるのなら、これはもう動かないわけにはいかない。
「ぷぷっ、ぷぷぷぷっ! もう、昴ってば! 私のおかげだなんて、いつもいつも超大袈裟なんだから~っ!」
結菜はデレデレした顔で昴の腕をバシバシと叩いて喜ぶ。
「結菜の頭はなんちゅう単純な作りやねん!」
そんなバクさんの突っ込みが聞こえたが、
「反対の棟のセキュリティ室を目指そう!」
結菜は無視して、床から高さ5メートルほどある天井を見つめた。
(これぐらいの高さなら、昴と協力すれば天井に到達できそうね――)
「いいよ、結菜ちゃん!」
結菜は父を助ける時に駅のフェンスを乗り越えたように、昴の掌を蹴って、まずは頭上の巨大なシャンデリアに着地した。
そこから腕を伸ばし、通風口のふたの網目をつかんで、
「う~ん……、よし、やったわ!」
ふたを外し、天井裏に潜入する。
昴は、近くにいた一番背の高い男の人に協力してもらって、結菜と同じ要領で通風口の中に潜入した。
「ご協力、ありがとうございました!」
昴が通風口から、その男の人を見下ろしてお礼を言うと、
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、あんたらの運動神経に期待してるからな!」
「気をつけていけよ! 犯人に見つかったら、まずは逃げることを考えろ!」
「救助隊に、美術館に人が閉じ込められてることを伝えたら、ふたりは逃げて!」
まわりにいた人たちと、昴の母から、そんな声援や注意を受けて送り出された。
結菜と昴のふたり、リュックの中のバクさんは、天井裏を進む。天井裏はとても狭く、ふたりはほふく前進で進むのがやっとだった。
そして、いくつか網のふたを通過すると、
「あっ! 美術館の外に出たよ!」
結菜が網のふたの下に、エレベーターホールを発見。
ふたりは通風口から床に下りて、美術館の外に出たことを確認すると、反対のウエストタワーに行くためにエレベーターに乗り込んだ。
「美術館の外は、誰もいなかったね。辺りはしんと静まり返っていた」
結菜がエレベーターの中で疑問をつぶやく。
「きっともう、他の人たちは避難したのかもしれない。でも、どうして犯人は美術館の中にいる人だけを閉じ込めたりしたんだろう……」
昴は犯人の意図を探ろうと首をかしげたが、理解に苦しむように黙り込む。
「あれ? 下の階を押しても反応しないっ……」
結菜は、20階より下のボタンを押してもエレベーターが反応しないことに気づいた。
「きっと犯人の男が反対の棟に行けないように、サーバールームで制御しているんだ……くそっ」
やはり犯人は、美術館にいる誰かをターゲットにしているようだった。
「ぬあ~っ、いったん外に出て反対の棟に向かうのは無理ってことね~っ! どどど、どうしよう……あっ! 確か27階に、2つのタワーをつなぐ空中トンネルがあったよね――」
結菜はそう思い出し、階数表示板の27階のボタンを押しかける。すると。
「待って……犯人は2つのタワーをつなぐ通路を隔絶したって言ってたよね」
昴は、あごに手を当ててしばらく考え込むと、30階のボタンを押したのだ。
「そっか――空中トンネルは使えない……でも、最上階ならいけそうなの?」
「うん、僕に考えがあるんだ! イーストタワーとウエストタワーは5メートル離れている。だけど今朝、駅からビルを見上げた時に気がついたんだ。ふたつの棟は屋上で反り返る形状だった。きっと最上階は、ふたつの棟の間が近く、5メートルもないと思うんだ!」
自分たちの運動神経なら、屋上に出てジャンプで飛び越えれば、反対の棟に行けるだろうというのが昴の思惑だった。
そして。
(ぬあ~っ、やっぱりタワーの屋上は、超高いじゃないのよ~っ)
最上階から非常階段で屋上に出た結菜は、あまりの高所に足の震えが止まらない。
だが、昴の予想通り、反対の棟との距離はわずか3メートルほどであった。
さらに。
「結菜ちゃん、バッチリ撮ってるから頑張って! みんなも応援してるよ!」
怯えて躊躇する結菜の後方に昴が回ってスマートフォンのカメラを向ける。
「まさかっ、昴は生配信で結菜を釣るつもりなんか……でもな、さすがに単純な結菜の頭でも、こんなあからさまな作戦に乗っかってくるとは思えんけどな……」
「な、生配信なんだっ、それ!」
バクさんのつぶやきが聞こえた結菜は、屋上のフェンスの前でたたずみながら、少しだけ迷った――。
やがて、結菜は首だけ背後のカメラを振り返るのだった。
「まっ、まさか……」
バクさんのあきれた声がする。
「みんな~っ、今から華麗なジャンプを披露するから、超楽しみに待っててね~っ」
結菜は45度首をかしげ、右目でウインクをし、今日イチバンの笑顔で手を振った。
「乗っかってるや~ん!」
「うっさいわね、バクさん……良い子は絶対にマネしちゃダメだけど、危険を顧みずにフォロワーを喜ばせるSNS魂はあっぱれなもんでしょ!」
「結菜ちゃん、どうかした?」
昴にまた不思議な顔をされ、
「あ、ううん! 何でもないよ」
結菜は笑顔で答え、カメラに向かって二回大きく肩をすくめると、指ハートを作った。
これは、計算である。某SNSでフォロワー100万人を抱える、若手人気女優の「AIRA」ちゃんの得意ポーズを真似たのだ。
(超キマったわ! これでまた、動画がバズること間違いなしねっ!)
もちろん、だからといって自分より美人な彼女を認めたりはしない。
基本、自分より、上、は嫌いなのが結菜だ。
だから、美人は貴重な教科書と考え、自分磨きの材料にしただけである。
(ぬあ~っ、日頃からモテるための努力を惜しまなくって、良かったわ!)
結菜は、生配信という悪魔的な誘惑に抗えないだけだった。だが、一見、無茶苦茶な理論ではあるのだが、モテたい一心で恐怖をチャンスに変えたことにもなる。
「また活躍してバズって、いつか絶対、インフルエンサーになってモテまくるのよ~っ」
フェンスから助走をとった結菜は、バレエで大きなジャンプにつなげる助走に入った。
「トンベ、パドブレ、グリッサード……」
つま先立ちになった結菜がスピンしながら屋上のアスファルトを進む。そして、イーストタワーのフェンスを蹴った。
「いっけええ!」
結菜は気合でウエストタワーのフェンスを飛び越え、アスファルトに綺麗に着地する。
後ろからついてきた昴も、ダンスで鍛えた身のこなしで軽々とフェンスを飛び越えた。
「結菜ちゃん、ナイスジャンプ!」
反対の棟へ飛び移ったふたりは、屋上の非常階段に通じる扉をくぐった。そして、30階に下りて、おそらくセキュリティ室に通じるであろう「関係者以外立入禁止」の看板がついたアルミの扉の前に立った。
「お願い、開きますように」
イチかバチか結菜がアルミの扉を押してみると――、
「ど、どうして……」
扉は、あっけなく開いてしまった。結菜はポカンとする。
「きっと犯人がここから潜入したんだ……、入ってみよう」
昴は辺りを警戒するように、前後左右に視線を配りながら暗い部屋に入る。
(ぬあ~っ、超怖いっ……さっきは、生配信につられて調子に乗っちゃったけど……犯人に襲われちゃったらどうしようっ)
結菜も恐る恐る昴について部屋を進む。
「相手は複数犯かもしれへん……結菜、気ぃつけや……わわっ、思ってより広い部屋やで」
バクさんがリュックから顔を出すと、急に視界が明るくなった。
「ここが施設全体のセキュリティを司るサーバールームみたいだね」
昴も広い部屋を見て驚くように口を開ける。
サーバールームは、ちょうどウエストタワーの29階と30階の部分に位置していた。
体育館のような二階建て構造で、吹き抜けになったこの部屋は、熱風で少し室温が高かった。
「なんだか静かだね……ああ、怖いよ~」
結菜はビクビクしながら、機械の稼働音が聞こえる部屋を見回す。
屋上から潜入したふたりは、体育館で言うところの二階のキャットウォーク――体育館の2階の細い通路――のような場所に出た。
「夢で見たとおり、コンピューターで埋め尽くされた謎の部屋のようね……」
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「これは施設内の情報システムの運用のために使う、大量のサーバーコンピュータだよ」
昴はセキュリティや安全性の観点から、こうやって別個に部屋を作って管理する必要があると教えてくれた。
「あ、誰かいるよ!」
1階部分を見下ろした結菜が、コンピューターを背にして座る、制服の男を発見。
「た、大変だっ……警備員さんが、ロープで縛られてる。結菜ちゃん、行こう!」
ふたりが助けに行こうと、キャットウォークに併設された階段に走ったその時。
「動くな!」
頭からフードを被る、黒のパーカー姿の謎の男が、警備員の隣に現れた。
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「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。
takemot
児童書・童話
薬草を採りに入った森で、魔獣に襲われた僕。そんな僕を助けてくれたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは、真っ黒なローブ。彼女は、僕にいきなりこう尋ねました。
「シチュー作れる?」
…………へ?
彼女の正体は、『森の魔女』。
誰もが崇拝したくなるような魔女。とんでもない力を持っている魔女。魔獣がわんさか生息する森を牛耳っている魔女。
そんな噂を聞いて、目を輝かせていた時代が僕にもありました。
どういうわけか、僕は彼女の弟子になったのですが……。
「うう。早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」
「あ、さっきよりミルク多めで!」
「今日はダラダラするって決めてたから!」
はあ……。師匠、もっとしっかりしてくださいよ。
子供っぽい師匠。そんな師匠に、今日も僕は振り回されっぱなし。
でも時折、大人っぽい師匠がそこにいて……。
師匠と弟子がおりなす不思議な物語。師匠が子供っぽい理由とは。そして、大人っぽい師匠の壮絶な過去とは。
表紙のイラストは大崎あむさん(https://twitter.com/oosakiamu)からいただきました。
だからウサギは恋をした
東 里胡
児童書・童話
第2回きずな児童書大賞奨励賞受賞
鈴城学園中等部生徒会書記となった一年生の卯依(うい)は、元気印のツインテールが特徴の通称「うさぎちゃん」
入学式の日、生徒会長・相原 愁(あいはら しゅう)に恋をしてから毎日のように「好きです」とアタックしている彼女は「会長大好きうさぎちゃん」として全校生徒に認識されていた。
困惑し塩対応をする会長だったが、うさぎの悲しい過去を知る。
自分の過去と向き合うことになったうさぎを会長が後押ししてくれるが、こんがらがった恋模様が二人を遠ざけて――。
※これは純度100パーセントなラブコメであり、決してふざけてはおりません!(多分)
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
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