それはもう愛だろ

ゆん

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友郎

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 すぐに立ち上がって植物の壁を回り込み、ずかずか二人のテーブルに近づいて、L字の椅子の辺と辺に座ってる二人の間にどかっと座って益子をニヤーッと睨みつけた。

「友郎さん!」

 マリがびっくりしたみたいに目をまんまるにしてる。さしずめ突然絡んできたチンピラヤクザってとこ?益子は顔を引きつらせて、なんだお前は、とモゴモゴ言って体を大きく反らせた。

「お前か。俺のオンナに手ぇ出しやがったのは」
「えっ……」

 益子が怯んだ隙にジャケットの襟を掴み、内ポケットに手ぇ突っ込んで名刺入れを取り出す。

「何、何を……」
「益子博則サン。へーえーいいとこにお勤めっすねー。コイツが世話になったし挨拶させてもらうわ」
「いや、ちょっと待ってくれ……知らない、俺は、知らなかったんだ」
「うっせぇ。それこそ知ったことか」

 取り出した名刺一枚を残してケースを益子に放って返すと、益子は慌てたようにカバンから財布を取り出し、結構な枚数を掴みだして俺の方へ差し出して来た。

「頼む。これで勘弁してくれないか」

 なっさけねぇの。マリ~~~お前、見る目なさすぎ。

「そんなはした金、いらねーよ。もう目障りだから帰れよ」
「いや……しかし……」
「うるせぇ!帰れったら帰れ!二度と面見せんな!」

 益子は金を拾い、びくびくしながら大急ぎで会計を済ませて帰ってった。はっはー!気持ちいー!はした金って一回言ってみたかったんだよなーー!中々の演技力じゃねえ?ヤクザな見た目で良かった~~!!

 こっちに近づいてきた岡ちゃんが、苦笑いしながら益子のグラスを下げてテーブルを拭く。

「どこぞの組からスカウトされそうだなぁ、お前」
「あ、ハマってた?」
「ハマり過ぎ。若干営業妨害だったのは、まぁ今回は大目に見てやるよ」

ニヤニヤ笑いながらカウンターの向こうに岡ちゃんが戻ってくと、「言った通りだったろー?」とマリの方へ向き直った。そしたらマリは「益子さん、駅分かるかな?」とかすっとぼけたこと言ってやがって、ほんと脱力する。

「お前、ショック!とかねぇの?すげー好きだったくせに」
「えっと……ちょっとよく分かんなくて……でも、益子さんが僕を好きじゃなかったんだってことは分かりました。僕はお付き合いしてるんだと思っていたんですが」

 淡々と言うマリの目がじわっと潤んで、瞬きに合わせてほろっと零れた。ほれみろ。やっぱショックだったんじゃねーか。俺はすぐ隣に座り直して肩を抱き、頭をガシガシ撫でた。

「まー生きてりゃこんなこともあるって。ヤなことはさっさと忘れて、次行こうぜ、次」
「はい……」
「今日はとことん飲もう!と言いたいとこだけど、お前飲めねぇからなぁ……岡ちゃーん!ノンアルでうまいのあるー?」

 俺がカウンターに向けて叫んだら、「おう!任せとけ!」って岡ちゃんからウインクとサムズアップが返って来て、俺は自分が元居た席から飲みかけのビールを取ってきて、それからマリの飲みかけグラスと乾杯した。

 失恋も病気とか怪我とかと一緒でさ、来る時は来るんだよ。しゃーねーよ、それは。だから過ぎた景色は振り返らないのが一番。今を一番楽しくすりゃあさ、それが積み重なってったら結構いい人生だろ。結果。

「そーいやさ、あいつ、なんでKなの?ましこ、ひろのり、どっちもKじゃねぇじゃん」
「えっと、ましこ、のこ、で」
「はぁ~?そんなとこピックアップするか?普通」
「ましこって言ったら、こ、が残りませんか?」
「なんだそれ」

 やっぱおもしれぇ。俺とマリとじゃはっきりいって生息域が違うっつーか……まるで違う人種なんだよな。それなのにさ。なんつーか、話の内容っていうより一緒にいる空気感っつーの?それが楽しいんだよなぁ。外から見たら雰囲気チグハグもいいとこだったろーけど。

 マリは岡ちゃんおすすめのノンアルカクテルで、俺はビールやらハイボールやらあれこれ飲んで、それからカラオケに行こーぜ!ってなった。一回も行ったことないっつーからさ。そんな日本人がいんのかって、そんなら行こう行こうって。

 バナナボートを出る時、岡ちゃんに「傷心につけこむなよ?」って上目遣いされたけど、なんかな。珍しく……そういう気分じゃなかった。ただおもしれぇから一緒にいるっつーだけでさ。

 でもストライクゾーンが広くてあっちこっち手ぇ出してる俺がそう言ったって説得力ねぇよなーと思って「さぁね」と返事をうやむやにしたら、岡ちゃんはなんか機嫌良さそうな顔をして「マリオくん。コイツ手ぇ早いから気ぃつけて」とマリに忠告すると、手を振って仕事に戻ってった。




 カラオケでもめちゃくちゃ楽しくてさ。マリ、オンチだし。お約束かよってくらい。

「マリ~~次これ歌って」
「もーやですよぉ~~~友郎さん、爆笑するじゃないですか~~~」
「だって、ちょーおもしれぇもん。ほら、始まった。マイク持って」
「ええ~~!えと、えと、ドーはぁド、ナ、ツーのド~~」
「はははははは」

 マリは流行りの曲とか全然知らねぇから、ガキん頃ガッコーで歌ってたような歌ばっか入れて……音程もひでぇけど、リズムもひでぇ……最高に笑える……必死で画面見て、頷くように歌うその仕草も相まって……

 俺が歌うとマリが目をキラキラさせて「上手ですね~~~」って本気で褒めてくれて、単純な俺はちょー気分上がってさ。俺今まで動物に癒されるとか全然分かんねぇ派だったけど、今は分かる。マリに癒されるこの感じ……ぜってぇ、それだわ。




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