いつか、ふたりで

ゆん

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海堂からのメールを読むのが日課に加わった。

それを狙っていたのか、海堂は朝7時と晩9時に必ずメールしてきた。あまりにもぴったりの時間だから、おそらく送信予約をしているんだろう。

わざわざ。

内容は天気、政治経済からスポーツ、芸能、芸術、食にゴシップ関係まで多岐に渡る。

文末は定型で、朝は今日会える時間を訊き、晩は今日一日を振り返り、私もそれに答えるように返信する。

昼間は互いの時間が合えば食堂で食事をしたり、あのギャラリーカフェでお茶を飲んだりする。

「それ、もう付き合ってるよね!?」

光流は食い気味に身を乗り出す。

「付き合ってないよ」
「いやいや、ないない。それはもう事実婚」
「ちょ、やめて」

口の前に指を立てて大きな声で言う光流を制しつつ、周りをきょろきょろする。海堂の人気ぶりは伊達ではなかったようで、なんとなく周りの派手め女子からの圧を感じるのだ。

「つまんないな~ 真澄が付き合いだしたら楽しいのに。恋バナに花を咲かせようよぉ」

光流はあの日、泉さんから正式に交際を申し込まれて付き合い始めた。

恋をすると女の子は美しくなるというのは本当だ。光流は最近キラキラというか、ピカピカしている。

「あんたはともかく、海堂先輩は絶対好きだよね。真澄のこと」
「まあ……そう言ってますね」
「言ってんの!?じゃあ決まりじゃん!」
「誰にでも言うから。光流だって知ってるでしょ」
「う……」

海堂の「好き」は大安売りで、誰でも彼でも老若男女、懐に抱いて好意を囁く。

それが形容しがたいのだが、嫌味ではない。

博愛ともまた違い、その言葉と思いの間に、一般的なプレイボーイのような浅薄さはないのだ。

だから付き合っては別れを繰り返している割に、別れた相手から恨まれているという話を聞いたことがない。次々に告白されることよりも、その方が奇跡だと思う。

「でもさぁ、真澄と過ごすようになってから、誰とも付き合ってないじゃん」

それは、そうなのだ。でも、だから?

会って早々「付き合って」と言われ、本気だマジだと詰め寄られたが、「友達で」と告げたあの日以来ぱったり口にしなくなった。

諦めたのか、それとも気持ちが友情に戻った?──それを確認することは出来ない。

だって話を蒸し返す形になって「じゃあ、付き合ってくれんの?」と言われたら困るし、逆に「もう友達のままでいいや」と言われたら──

その仮定に、胸の奥がざわつく。

何故?私の望み通りのはずだ。あの男と過ごす時間は充実していて楽しい。それ以上に何を望む?

もしかしたら、人気のある男から好意をもたれることに気を良くして、その好意が自分から離れるのが嫌なだけなんじゃ──

「光流……私、嫌な顔してない?」
「えっ何、急に」
「性格悪い気がしてきた」
「真澄、ときどきヘンな方向に走り出すよね。大丈夫。ちょっと変わってるけど、あんたみたいないい子、ウチは知らんよ」

よしよし、と私の頭を撫でる光流にされるままになって、モヤモヤを頭の隅に追いやる。

「あ、海堂先輩」

光流の声に顔を上げると、海堂が数人の男女に囲まれてこちらに歩いてくる。
一緒にいるのは、私が田舎にいる頃に想像していた「都会の人たち」。垢ぬけていて、自然と注目を集める。

その中で、海堂はひときわ目を惹く。

ふたりでいる時には感じない、溝を感じる。

世界が違う、と率直にそう思った。それも懐かしい感覚だ。あの頃からそうだ。あの男はどこにいてもその場に馴染んで支配して、私はそこに加わることが出来ない。

「光流、私、ちょっとトイレ」

集団から目を逸らして、小走りにその場を離れた。

自分の人間としての未熟さが、自身を息苦しくさせていた。




その日の夜、いつものメールが来たのに、開けられないでいた。

フラットな気持ちで読めない気がして、何度もメールボックスを開いては、差出人の「海堂」という名前を目に映す。ただのデジタルな文字に意味があるかのように。

考えてみれば、毎日のメールは海堂の博学ぶりが惜しみなく発揮されていて読みごたえがあったが、恋愛を匂わせるものは一文もなかったのではなかったか。

いや、だからどうだというんだ。それが希望だ。そうあってほしいと望んだとおりに、海堂はしてくれているんだ。何が不満だ。

考え出すとしんどくなって、スマホの電源を切った。

電源が入ったままのスマホは、黙ったままこちらを見ているような気の重くなる主張をしてくるから。



「私」を持つことは、こんなにも不自由だ。

使命に没頭出来たあの頃の方が、雑味もなく清く、強かった。

私はあの頃、どんな顔をしてあいつと話していたろう。

間違いないことは、今の私とは違うということだ。あいつはあの頃とほとんど変わっていないというのに。それが妙に悔しい。

風呂に入り、いつもより念入りに頭や体を洗って、ユニットバスの狭い浴槽にお湯を張って浸かっていた。

細い手足。女の身体だ。そうだ。そもそもあいつは男で私は女で、そこが決定的に違うのだ。

あいつも私も山岳修行者だったが、当時は私の方が背が高かったし、体力だって決して負けていなかった。

肉の持つ本能性というのは大きい。

私は、女なのだ──

込み上げてきた苛立ちを消すために、うずくまるように湯に潜ってぶくぶくと泡を吐き出す。

限界まで我慢してザバッと起き上がると、はぁはぁと息を切らせながら湯を抜いた。

何をやってるんだ。意味が分からない。



風呂から上がって、タオルを巻いた重い頭のままぼんやり椅子に座っていた。

すると突然、コンコンコンコンコン!と激しいノック音がした。

「三津野ー!いるー!?」

聞き覚えのない声をいぶかしみながらドアを開けると、そこにはスラリと背の高いボーイッシュな女性が立っていた。顔は見たことがある、同じフロアの先輩だ。

「あたし、4年の権平ごんだいら。電話。出て」

権平さんは持っていたスマホをぶっきらぼうに出した。

「えっ……」
「海堂から電話。あんた電源切ってんじゃない?」
「あっ」
「早く」

慌てて電話に出ると、海堂が安堵をにじませて電話口でため息をついた。

『お前いつもキッチリ5分以内に返信してくんのにそれがないし、電話かけても通じないし、なんかあったんかと思ったわ』
「ごめんなさい。充電が切れて」
『いや……ま、いいわ。なんもなかったんなら。三美みつみに代わって』

三美とは権平さんの名前なんだろう。私がスマホを権平さんに返すと、権平さんは「終わった?」とそれを受け取って、じゃあね、と私に手を振った。

「空ぁ、お前、あたしをパシらせるなんて、今度ラーメン奢れよ」

権平さんが廊下を戻って行きながら、海堂と話している後ろ姿を見送る。

耳に残る、あいつの声。

過去と今の響きが、重なって響いている。

部屋に戻ってスマホの電源を入れると、さっきは読めなかったメールを読んで、すぐに返信をした。

心配して連絡をくれたことへのくすぐったい喜びと、あの男の交友関係の広さに対する驚きとモヤモヤを感じていた。



翌朝、起きるなり私は、海堂と少し距離を置こう、と決めていた。

自分を立て直さなくては。

このまま不安定だとしんどいし、何よりそんな自分が嫌いだから。

海堂はあんなにも変わらないじゃないか。女の身に生まれたことは変えられないとしても、少なくとも精神性においては対等でいたい。

朝のメールに、しばらく忙しくなるから会えない、と送ると少しスッキリして、これで良かったのだというしばらくぶりの確信を得て家を出た。

ところが──

空きコマに友達と図書館へ向かっていると、後ろからさぁっと風が近づき、影が前へ来たと思った時には海堂が立っていた。

「ごめんね~ ちょっと真澄ちゃん貸してね」

海堂は私の隣にいた友達にニッコリ笑ってそう言って、私の手を掴んで歩き出した。

「え、ちょっと」

少しの抵抗なんかものともせずに、海堂は建物の陰へ私を連れて行き、逃がさないとでも言うように手を掴んだまま、私に向き直った。

明らかにドキンと胸が強く打つ。

この男、こんな顔だったか──くっきりした目鼻立ち、狙いを定めたら決して逃さない熱を帯びた瞳、強固な意志を表す引き結んだ口元……強すぎるくらい迫って来て、息がしにくくなる。

「なんかあったんだろ。何?」
「何って──何も」
「急におかしいじゃん。誰かに何か言われた?」
「何も言われてないです。課題があって、だから」

いつもなら嘘も、もっとさらっと言えるのに。掴まれた手首が、じわりと熱い。

「なんで嘘つく?何もないなら嘘つく必要はないだろ」

当然のように見抜かれて、俯く。
大学の校舎と校舎の間、風の吹き抜ける開放的な場所なのに、私は追い詰められている。

「ちょっと私……おかしいんです。自分を立て直したいから、放っておいてくれませんか」

手を引き抜こうとして、また強く握られて。軽い痛みに顔をしかめると、ごめん、と力が緩んだ。

「……俺も、どうかしてるな。分かった。もし俺のことで何か言われたら教えて。じゃあ、またね」

海堂は手を放して、振り返らずに行ってしまった。手首は赤くなり、あの男の熱と気配がそこに残っている。

その上を、反対の手で握る。

なんでこんなにかき乱される──


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