いつか、ふたりで

ゆん

文字の大きさ
7 / 21

しおりを挟む
結局、着替えた。いつものブラウスにスカート。今まで何も感じなかったのに、これでいいのか、と少し考えてしまっている。権平さんにメイクだのなんだの言われたせいだ。

間もなく着いた、と連絡が入り、私はチキンの皿を紙袋に入れて階下へ降りた。

すれ違った寮生がちらりと私を見る。

海堂に会いに行く私を、見咎められている気がする。

友達にチキンを渡すだけだ。ただそれだけなのに。



玄関に常駐の管理人さんに会釈をして外に出ると、坂を少し下った先、寮の入口を示す門柱の横に、夜の住宅街の静けさに紛れるように海堂が立っていた。

横にはエンジンの切られた大きな黒いバイク。ヘルメットを持って立つ姿が、街灯を背に受けてシルエットになっている。

「こんばんは」

私は少し近づくのを躊躇しながら声をかけた。海堂であることは分かっているが、いつも陽の気を放つ男が、やけに静かだったからだ。

「ごめんな。真澄ちゃんに出てきてもらわないといけないの、考えてなかったわ」

周囲を気にかけて抑えた低い声が、そっと耳から入り込む。

「いえ……あの、これ。すみません、ちょうどいい入れ物がなくて、お皿のまんまです」

紙袋を差し出すと、海堂は嬉しそうに破顔して中を覗いた。

「うまそ」
「じゃ、これで──」
「待て待て待て!早いなぁ……料理は作った人の前で食べなきゃだろ」
「え、お箸入れてませんよ」

海堂はいけるいける、と言い、中から皿を取りだしてラップを剥ぐと、顔に近づけて器用にひとつを歯でつまみ上げた。 

「うま!真澄ちゃん、料理上手」
「いえ。それは権平さんの功績です」
「ぶふっ 功績って」

どきどきしている。おかしい。海堂が目の前にいるというだけで、自分の五感の全てが彼に向けられている。

いや、向けさせられていると言った方がいい。私の自由にならないから。

海堂は4切れあったチキンをあっという間に平らげると、ラップを皿にかけなおし、紙袋ごとしょってたリュックに押し込んだ。

「え、お皿いいですよ。持って帰ります」

手を出すと、分かってないなぁ、と海堂がニヤつく。

「今度はこれを返すという口実ができるだろ。誰かさんは忙しくて会えないそうだから」
「それなら余計返してください」
「残念!もうしまっちゃった」

こんなどうでもいいやりとりなのに、胸の中があったかい。構内で遠巻きに見ていた時は、きしむような音を立てていたのに。

昼間の熱気を残した生ぬるい風が素肌を撫でていく。星は見えない。代わりに薄い雲が、夜空を一面に覆っている。

「高雄も比叡も夏は蒸したが、今とは比べ物にならんな」

海堂が故意に声音を変えた。空海のそれが記憶を連れてくる。愛した日枝ひえの山々、私のすべて──

「山の夏は深い。獣、水の気、物の怪、死霊──みな、山に潜る」

懐かしさについ、つられて私が答えると、空海は頷いて空を見上げ、薄曇りに何も見つけられなかったのか、また視線を私に戻した。

「俺は、お前を困らせてるか?」

それが意外にも少年のような、戸惑いを含んだ声ではっと息を呑む。

「いや……揺らぎを抑えられぬ私が悪い」
「じゃあ、このまま付き合ってくれる?」

ああ、と流れで返事をしかけて、きらりと目を光らせている海堂に気づき、ぐっと押し留まった。

「惜しい!あと一歩!」

いつもの海堂が、白い歯を見せて笑う。

「油断も隙もない……」
「難攻不落だし、手段選んでらんねーだろ」
「変わらないな」
「お前もな」

私たちだけの時が流れ、風が吹いた。

去っていくバイクの後ろ姿が見えなくなるまで見送って、部屋に戻った。

付き合ってくれる?

定番のようにノーの反応をしたくせに、海堂にまだその気があると分かってどこか安心している。

ああ、頭の中がうるさい。どうだっていいじゃないか。

私はベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめて、気持ちが落ち着くまで足をバタバタさせていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

地味男はイケメン元総長

緋村燐
青春
高校一年になったばかりの灯里は、メイクオタクである事を秘密にしながら地味子として過ごしていた。 GW前に、校外学習の班の親交を深めようという事で遊園地に行くことになった灯里達。 お化け屋敷に地味男の陸斗と入るとハプニングが! 「なぁ、オレの秘密知っちゃった?」 「誰にも言わないからっ! だから代わりに……」 ヒミツの関係はじめよう? *野いちごに掲載しているものを改稿した作品です。 野いちご様 ベリーズカフェ様 エブリスタ様 カクヨム様 にも掲載しています。

悪魔な義理弟《ボディーガード》~ヤンキー校最凶犬男子の独占欲が強過ぎる~

Kore
恋愛
「余計なこと考えさせないくらい愛せば、男として見てくれる?」そう囁く義弟の愛は重くて、危険で、究極に甘い。 ———勉強が大の苦手であり、巷で有名なヤンキー高校しか入れなかった宇佐美莉子。そんな義理姉のボディーガードになるため、後追いで入学してきた偏差値70以上の義理弟、宇佐美櫂理。しかし、ボディーガードどころか、櫂理があまりにも最強過ぎて、誰も莉子に近寄ることが出来ず。まるで極妻的存在で扱われる中、今日も義理弟の重い愛が炸裂する。———

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

処理中です...