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磁力
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下ごしらえが済んだ食材をクーラーボックスに入れてサイトに戻ると、テントが二張り少し前後するように張られていた。
「わー!すごーい!」
光流がテントの中を覗くと、海堂と泉さんは既に水着に着替えていて、海堂に至ってはもう川に入っている。
「ずるい!智くん、もう着替えてる」
「はは、なんでずるいんだよ。光流たちはどうする?更衣室に行く?」
「ここでもいいけどなぁ。真澄どうする?」
「うん、ここでいいよ」
私は返事をしながら、私と光流の荷物が入れられた方のテントに入った。
街に比べれば涼しいけれど、それでもやっぱり夏は夏。汗ばんだ体に水着を着るのは、なかなか至難の業だ。
特に私は長袖にロングパンツ(しかもスパッツタイプ)だから、引き上げるのに相当の労力を要する。
「あはははは 真澄、笑かさないで!」
「笑かしてない!上がらないから必死なの!」
モゾモゾグイグイ、一生懸命着ている私を見て光流が爆笑している。
光流はあの日に買ったオニューの水着を着て、いそいそと可愛らしいビーチサンダルを出している。
トータルで見た時の差がすごい。私は川用のアクアシューズだし、日除け付きのスイムキャップにUVゴーグルである。唯一、シューズが青いことで全身黒を避けられたのは、幸いと言えば幸いか。
だから二人で沢へ下りていった時の、海堂の爆笑ぶりがすごかった。
「真澄ちゃん、本気過ぎ!」
「川、好きなんで」
「いや。らしい。すごく、らしい。ぶ、ぶふふふふ」
何度も私を上から下まで見ては笑っている。この男のどこを見て、私に本気で惚れている言うのか。やっぱり光流の思い込みに違いない。
海堂はピッタリとした黒のラッシュガードにブルーのサーフパンツを履いていて、服の時よりその筋肉質な胴も、手足が長いのもはっきり分かる。奇しくも色がペアルックみたいになっていて、こっちが勝手に恥ずかしい。
少し離れたところには泉さんと光流が照れくさそうに向かい合っていて、
「可愛いね」
「へへ、真澄と一緒に買いに行ったの」
などと微笑ましい会話を交わしている。
予想通りの展開だ。いや、いい事だけど。嬉しいけど、目のやり場に困るというか。
でも幸いここは川。しかも、結構深めの淵もある。子供の頃、近所の子達と遊んだ故郷の川を思い出して、私はさっさと大岩の上に登ると、一気に淵に飛び込んだ。
ゾン、と鋭く深く潜り、まるでラムネの瓶の中に入ったような水中の世界に浸りきる。
そのまま底にじっとしていると、海堂が潜ってきた。
水中で少し変な顔になってるのが可笑しくて笑うと、互いの口からあぶくがキラキラした水面に上がっていった。
ふと、海堂の指が、私の手首をそっと掴んだ。
一瞬、彼の目が真っ直ぐ私を見ていて、笑っていない。
──沈黙。水の中の、無音の空間。心臓の音だけが響いているような。
不思議な磁力で視線を捉えられ、動けない。
強く、惹き付けられる。
でも次の瞬間には手を離され、海堂は何事もなかったように水面へ飛び出していった。
「うぇーい!気持ちィーー!!」
私はさっきの真顔と今のテンションの落差に目をパチパチさせながら、夏の木漏れ日に煌めく川面をすくって海堂と掛け合った。
ひとしきり川で遊んで、海堂は河原で昼寝、泉さんはカメラ、光流は泉さんが写真を撮るのを傍で見守り、私は、浅い流れの中に座っていた。
水流の圧に揺られながら、寄ってくる魚を上から眺めている。
心地いい、清らかな流れ。
子供の頃、永遠に続くせせらぎと水の煌めきを見ていたら自分が川の一部になったような気持ちになって、そのまま倒れ込んで盛大に水を飲んだことがあった。
さすがに今はそんなことはしないけれど、流れに溶けてしまいたい気持ちは変わらない。
目を淵にやれば、綺麗な青緑色のイトトンボが、水面にちょん、ちょんと腹の先をつけ幾つもの輪を作っている。
目を閉じれば、私を取り囲む木々が、蝉の競うように鳴く声が、絶え間ない水音が、私を埋め尽くしていく。
永遠がここにある。
私はこれを、ずっとずっと前から知っていた気がする。
「真澄~!そろそろ上がってバーベキューの用意しよー!」
弾んだ光流の声に、引き戻された。チャンネルがすぐに切り替わらずにくらくらする。
子供の頃からこういう変な癖があって、「溺れたらどうするの!」と親によく怒られた。
立ち上がって振り返ると、光流が手を振っていた。手を振り返すと、海堂がこっちを見ている視線に気が付いた。
またあの磁力──
海堂はすぐに視線を逸らし、河原から少し高くなっているサイトへ先に上がって行った。
私の中に残される、あの男の跡。
それを、私は確かに知っていた。どうして知っているのかは分からない。ただ私の奥深くに眠った記憶の断片が、あの目に応えるようにちらつくのだった。
温水シャワーを浴びて着替えた後、石で作ったかまどの上に網と鉄板の両方を置き、野菜や肉を焼きながら全員がビールで乾杯をした。
「あんなにお腹いっぱいだったのに、ちゃんとお腹空いてる。体に感謝!」
そう言いながら、光流は嬉しそうにお肉を頬張った。
「デザートにはプリンもあるよ」
「やったー!智君天才!」
泉さんの隣に座った光流は、またひとつ彼との距離が縮まったみたいで、ちょっと色っぽかった。そんなこと、光流に感じたのは初めてだ。
その直後に飛んできた蛾に驚いて数メートル走って逃げたら、またいつもの光流に戻ったけど。
「真澄ちゃん、お肉いる?」
海堂が、トングで摘まんだ肉をヒラヒラさせる。
「もらいます」
「はい、食べてー食べてー大きくおなりー」
「入れすぎ入れすぎ!」
海堂もいつもの様子で、よく笑い、よくしゃべって、よく食べた。川で見た意味深な目つきのことは、いつの間にか忘れてしまっていた。
「わー!すごーい!」
光流がテントの中を覗くと、海堂と泉さんは既に水着に着替えていて、海堂に至ってはもう川に入っている。
「ずるい!智くん、もう着替えてる」
「はは、なんでずるいんだよ。光流たちはどうする?更衣室に行く?」
「ここでもいいけどなぁ。真澄どうする?」
「うん、ここでいいよ」
私は返事をしながら、私と光流の荷物が入れられた方のテントに入った。
街に比べれば涼しいけれど、それでもやっぱり夏は夏。汗ばんだ体に水着を着るのは、なかなか至難の業だ。
特に私は長袖にロングパンツ(しかもスパッツタイプ)だから、引き上げるのに相当の労力を要する。
「あはははは 真澄、笑かさないで!」
「笑かしてない!上がらないから必死なの!」
モゾモゾグイグイ、一生懸命着ている私を見て光流が爆笑している。
光流はあの日に買ったオニューの水着を着て、いそいそと可愛らしいビーチサンダルを出している。
トータルで見た時の差がすごい。私は川用のアクアシューズだし、日除け付きのスイムキャップにUVゴーグルである。唯一、シューズが青いことで全身黒を避けられたのは、幸いと言えば幸いか。
だから二人で沢へ下りていった時の、海堂の爆笑ぶりがすごかった。
「真澄ちゃん、本気過ぎ!」
「川、好きなんで」
「いや。らしい。すごく、らしい。ぶ、ぶふふふふ」
何度も私を上から下まで見ては笑っている。この男のどこを見て、私に本気で惚れている言うのか。やっぱり光流の思い込みに違いない。
海堂はピッタリとした黒のラッシュガードにブルーのサーフパンツを履いていて、服の時よりその筋肉質な胴も、手足が長いのもはっきり分かる。奇しくも色がペアルックみたいになっていて、こっちが勝手に恥ずかしい。
少し離れたところには泉さんと光流が照れくさそうに向かい合っていて、
「可愛いね」
「へへ、真澄と一緒に買いに行ったの」
などと微笑ましい会話を交わしている。
予想通りの展開だ。いや、いい事だけど。嬉しいけど、目のやり場に困るというか。
でも幸いここは川。しかも、結構深めの淵もある。子供の頃、近所の子達と遊んだ故郷の川を思い出して、私はさっさと大岩の上に登ると、一気に淵に飛び込んだ。
ゾン、と鋭く深く潜り、まるでラムネの瓶の中に入ったような水中の世界に浸りきる。
そのまま底にじっとしていると、海堂が潜ってきた。
水中で少し変な顔になってるのが可笑しくて笑うと、互いの口からあぶくがキラキラした水面に上がっていった。
ふと、海堂の指が、私の手首をそっと掴んだ。
一瞬、彼の目が真っ直ぐ私を見ていて、笑っていない。
──沈黙。水の中の、無音の空間。心臓の音だけが響いているような。
不思議な磁力で視線を捉えられ、動けない。
強く、惹き付けられる。
でも次の瞬間には手を離され、海堂は何事もなかったように水面へ飛び出していった。
「うぇーい!気持ちィーー!!」
私はさっきの真顔と今のテンションの落差に目をパチパチさせながら、夏の木漏れ日に煌めく川面をすくって海堂と掛け合った。
ひとしきり川で遊んで、海堂は河原で昼寝、泉さんはカメラ、光流は泉さんが写真を撮るのを傍で見守り、私は、浅い流れの中に座っていた。
水流の圧に揺られながら、寄ってくる魚を上から眺めている。
心地いい、清らかな流れ。
子供の頃、永遠に続くせせらぎと水の煌めきを見ていたら自分が川の一部になったような気持ちになって、そのまま倒れ込んで盛大に水を飲んだことがあった。
さすがに今はそんなことはしないけれど、流れに溶けてしまいたい気持ちは変わらない。
目を淵にやれば、綺麗な青緑色のイトトンボが、水面にちょん、ちょんと腹の先をつけ幾つもの輪を作っている。
目を閉じれば、私を取り囲む木々が、蝉の競うように鳴く声が、絶え間ない水音が、私を埋め尽くしていく。
永遠がここにある。
私はこれを、ずっとずっと前から知っていた気がする。
「真澄~!そろそろ上がってバーベキューの用意しよー!」
弾んだ光流の声に、引き戻された。チャンネルがすぐに切り替わらずにくらくらする。
子供の頃からこういう変な癖があって、「溺れたらどうするの!」と親によく怒られた。
立ち上がって振り返ると、光流が手を振っていた。手を振り返すと、海堂がこっちを見ている視線に気が付いた。
またあの磁力──
海堂はすぐに視線を逸らし、河原から少し高くなっているサイトへ先に上がって行った。
私の中に残される、あの男の跡。
それを、私は確かに知っていた。どうして知っているのかは分からない。ただ私の奥深くに眠った記憶の断片が、あの目に応えるようにちらつくのだった。
温水シャワーを浴びて着替えた後、石で作ったかまどの上に網と鉄板の両方を置き、野菜や肉を焼きながら全員がビールで乾杯をした。
「あんなにお腹いっぱいだったのに、ちゃんとお腹空いてる。体に感謝!」
そう言いながら、光流は嬉しそうにお肉を頬張った。
「デザートにはプリンもあるよ」
「やったー!智君天才!」
泉さんの隣に座った光流は、またひとつ彼との距離が縮まったみたいで、ちょっと色っぽかった。そんなこと、光流に感じたのは初めてだ。
その直後に飛んできた蛾に驚いて数メートル走って逃げたら、またいつもの光流に戻ったけど。
「真澄ちゃん、お肉いる?」
海堂が、トングで摘まんだ肉をヒラヒラさせる。
「もらいます」
「はい、食べてー食べてー大きくおなりー」
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