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沢から涼しい風が上がってくると、細い木切れや枝はあかあかと燃え、他のサイトにいる人たちの笑い声が木々の間を抜けてくる。
ずっと見ていたはずの炎の輪郭が現実感を増し、夢幻の狭間から緩やかに目覚めつつある私の胸に、切なさとじんわりした温かさが残った。
空海は足元に置いていた缶の中身を飲み干し、ああ、すっきりした、と晴れ晴れとした声で言った。
「そういうわけで、だ。俺にとってお前はあの頃から特別だったわけだが、今、真澄ちゃんを前にしたら、ちょー複雑なわけよ。俺はいったいどっちを好きなんだーってさ」
海堂が、空海の余韻をさらりと超えて、私の中の真澄を呼び覚ます。
「あなたはあなた、私は私であることに変わりはないでしょう」
「お、悟ってる」
炎は徐々に小さくなって、細く芯材を光らせるだけになっている。もう焚火は終わりのようだ。
海堂は立ち上がり、近くの木にぶら下げたランタンに明かりを灯すと、戻って来てキャンプチェアを私の方へ向けなおし、どっかりと座った。
「なぁ、マジで付き合ってよ。なんでダメ?」
唐突に──でも多分、海堂にとっては唐突ではない。
本気なのかどうか分からないという迷いで私がちゃんと返事をしていなかっただけなのだ。
お約束になるほど、海堂は私に言ってきていたのだから。
流石に今、海堂が本気なのだということは肌で感じている。
そして私は、この陽気な男に好感を持っている。
それでも躊躇する、この気持ちは──
「あなたが、私に惹かれる理由が分かりません……」
それは率直な本音を、耳障り良く言い換えた言葉だった。
分かっている。私は自信がないのだ。彼が付き合ってきた彼女たちのような輝きを、自分は持っていない。
すると海堂は「好きになるのに、明快な理由なんてある?」とまばたきひとつせずに言った。
「ぱっと見で惹かれたし、話してみたら面白いし。だいたい、お前は最澄だし。十分すぎるだろ」
その口調があまりにも軽く感じられて、ますます踏ん切りがつかなくなる。
私が俯くと、海堂は両手をぱん、と打ち合わせた。
「分かった。じゃあ、お試しで!いつでも返品OK!それならいいだろ?」
「返品……?そんな、人を物みたいに──」
「ものの例えだって。真澄ちゃんが嫌だと思ったらすぐ別れるってこと」
私の中にある植え付けられた倫理観が、”お試し” で付き合うなんて、とストップをかけようとする。だがこれを断れば、さすがに海堂も鼻白んで離れて行くだろう──身勝手にも、それは嫌だとしがみつく自分がいた。
「──分かりました」
「えっマジ?」
「はい……よろしくお願いします」
「ぶっ 固すぎ!でもよかった!やったー!」
海堂の反応があまりにもさらっとしていて、やっぱり軽率だったかも、と思わないではなかった。でも今更撤回は出来ない。
そこへ図ったかのように光流と泉さんが帰って来て、海堂はおちゃらけて私の隣に椅子を移動させると、私の肩を抱き寄せて、
「俺たち、付き合うことになりましたー!」
とふたりに言い放った。
「えっ真澄、ほんと!?」
「うん、あの、お試しで」
「お試し!?なにそれ」
「真澄ちゃんがあんまりしぶるからさぁ。そんな難しく考えないで、付き合ってみようよって。ヤだったら別れるからって言ったわけ」
口ごもった私を代弁するように海堂が言った。
光流の喜びようったらなかった。
浮かれて「恋バナしよーねー!」と飛びついてきて、私はと言えば、自分には遠い世界だと思っていた恋愛界隈に突如飛び込んだ自分が信じられず、海堂に抱かれたその腕の中で身を固くしていた。
その夜、テントの中で、寝袋に入ったまま光流とお喋りをした。
「実は……智君と、キス……しちゃいました……!」
「えっ……ど、どうだった?……どうだったっておかしいか……」
「やばーい!もう、やばーい!!智君好きすぎる……」
「そっか……うわー……」
「うわーじゃないよ!真澄もすぐじゃん」
「えっダメ。無理」
「何言ってんの!海堂先輩だよ?」
「やだってば!無理!」
頭と頭がくっつくくらいに近づいて、ヒソヒソヒソヒソ……中高の修学旅行、夜の恒例恋バナタイムでは完全に外野だった私が、当事者になっているという恐ろしい事実。
恐ろしい。ほんとに。急に自分事になってきた。
翌朝、海堂とまともに目が合わせられず、だがもう遠慮も杓子もない海堂は「なんだこの可愛い生き物」とか言って抱きしめてきて、もう私は暑さ原因ではない汗をだらだらかいて、へとへとのくたくたで──
帰りのバイクでは、何の思考も働かなくなっていた。
今、腕を回しているこの男が恋人になったのだという実感は、まだまだ真新しい服みたいに着心地が悪かった。
ずっと見ていたはずの炎の輪郭が現実感を増し、夢幻の狭間から緩やかに目覚めつつある私の胸に、切なさとじんわりした温かさが残った。
空海は足元に置いていた缶の中身を飲み干し、ああ、すっきりした、と晴れ晴れとした声で言った。
「そういうわけで、だ。俺にとってお前はあの頃から特別だったわけだが、今、真澄ちゃんを前にしたら、ちょー複雑なわけよ。俺はいったいどっちを好きなんだーってさ」
海堂が、空海の余韻をさらりと超えて、私の中の真澄を呼び覚ます。
「あなたはあなた、私は私であることに変わりはないでしょう」
「お、悟ってる」
炎は徐々に小さくなって、細く芯材を光らせるだけになっている。もう焚火は終わりのようだ。
海堂は立ち上がり、近くの木にぶら下げたランタンに明かりを灯すと、戻って来てキャンプチェアを私の方へ向けなおし、どっかりと座った。
「なぁ、マジで付き合ってよ。なんでダメ?」
唐突に──でも多分、海堂にとっては唐突ではない。
本気なのかどうか分からないという迷いで私がちゃんと返事をしていなかっただけなのだ。
お約束になるほど、海堂は私に言ってきていたのだから。
流石に今、海堂が本気なのだということは肌で感じている。
そして私は、この陽気な男に好感を持っている。
それでも躊躇する、この気持ちは──
「あなたが、私に惹かれる理由が分かりません……」
それは率直な本音を、耳障り良く言い換えた言葉だった。
分かっている。私は自信がないのだ。彼が付き合ってきた彼女たちのような輝きを、自分は持っていない。
すると海堂は「好きになるのに、明快な理由なんてある?」とまばたきひとつせずに言った。
「ぱっと見で惹かれたし、話してみたら面白いし。だいたい、お前は最澄だし。十分すぎるだろ」
その口調があまりにも軽く感じられて、ますます踏ん切りがつかなくなる。
私が俯くと、海堂は両手をぱん、と打ち合わせた。
「分かった。じゃあ、お試しで!いつでも返品OK!それならいいだろ?」
「返品……?そんな、人を物みたいに──」
「ものの例えだって。真澄ちゃんが嫌だと思ったらすぐ別れるってこと」
私の中にある植え付けられた倫理観が、”お試し” で付き合うなんて、とストップをかけようとする。だがこれを断れば、さすがに海堂も鼻白んで離れて行くだろう──身勝手にも、それは嫌だとしがみつく自分がいた。
「──分かりました」
「えっマジ?」
「はい……よろしくお願いします」
「ぶっ 固すぎ!でもよかった!やったー!」
海堂の反応があまりにもさらっとしていて、やっぱり軽率だったかも、と思わないではなかった。でも今更撤回は出来ない。
そこへ図ったかのように光流と泉さんが帰って来て、海堂はおちゃらけて私の隣に椅子を移動させると、私の肩を抱き寄せて、
「俺たち、付き合うことになりましたー!」
とふたりに言い放った。
「えっ真澄、ほんと!?」
「うん、あの、お試しで」
「お試し!?なにそれ」
「真澄ちゃんがあんまりしぶるからさぁ。そんな難しく考えないで、付き合ってみようよって。ヤだったら別れるからって言ったわけ」
口ごもった私を代弁するように海堂が言った。
光流の喜びようったらなかった。
浮かれて「恋バナしよーねー!」と飛びついてきて、私はと言えば、自分には遠い世界だと思っていた恋愛界隈に突如飛び込んだ自分が信じられず、海堂に抱かれたその腕の中で身を固くしていた。
その夜、テントの中で、寝袋に入ったまま光流とお喋りをした。
「実は……智君と、キス……しちゃいました……!」
「えっ……ど、どうだった?……どうだったっておかしいか……」
「やばーい!もう、やばーい!!智君好きすぎる……」
「そっか……うわー……」
「うわーじゃないよ!真澄もすぐじゃん」
「えっダメ。無理」
「何言ってんの!海堂先輩だよ?」
「やだってば!無理!」
頭と頭がくっつくくらいに近づいて、ヒソヒソヒソヒソ……中高の修学旅行、夜の恒例恋バナタイムでは完全に外野だった私が、当事者になっているという恐ろしい事実。
恐ろしい。ほんとに。急に自分事になってきた。
翌朝、海堂とまともに目が合わせられず、だがもう遠慮も杓子もない海堂は「なんだこの可愛い生き物」とか言って抱きしめてきて、もう私は暑さ原因ではない汗をだらだらかいて、へとへとのくたくたで──
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