いつか、ふたりで

ゆん

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彼女になったら

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ピコン、とスマホが耳慣れない着信音を響かせる。

ついに、LINEというやつを始めたのだ。

そもそもは親から禁止されていたのと、必要性を感じなかったのと、SNS界隈は揉め事が多いことから敬遠していたのとでやっていなかったのだが、海堂がどうしても、どうしても!と頼むから。

「タイムリーに返事が欲しい時とか、どうでもいい一言とか、送りたいときあるだろ~?」
「どうでもいいことは送らなくてもいいのでは」
「おい!どうでもいいけどどうでもよくないんだよ!な?内緒にしとくからさぁ」

お願いお願いと迫られて、おまけにその場にいた光流にまでお願いされて、仕方なく、ダウンロードしてキャンプに行ったメンバーを登録することにした。

これ以上は増やさない。絶対に。



「おはよー!」

スマホを見ると、その一言だけが送られてきている。送信元はもちろん海堂。今起きたのか。遅いな。それにしてもこれは何の意味があるんだ。おはようと返せばいいのか。

電話でもメールでもそれなりの用事がある時以外に使ったことがない。

挨拶に意味がないとは言わないが、わざわざ伝える必要があるものなのか。

おはよう、と打って送ると、にぎやかなスタンプと一緒に「今日の昼、空いてる?」と訊いてきた。

そうか。朝のメールで空き時間を訊いてきていたあれの代わりにこれがあるのか。それなら確かに意味がある。

返事をして昼に会う約束を取り付けると、なんとなく胸の奥が華やいでいた。



午前中の講義を終えて約束の場所に向かうと、遠目からでもすぐに海堂の居場所が分かった。

もともと、派手な服装をしているわけでもないのにやたら目立つ男ではあるのだが、今日は女性三人に囲まれていたのだ。

少し様子を伺うように近づくと、すぐに海堂が気づいて手を上げ、女性たちに声をかけて私の方へ歩いてきた。

ちらりと目に入った彼女らの、訝しむような、羨むような目。

生々しく圧の強いそれから視線を逸らし、近づいた海堂を見上げた。

「いつものとこ、行こっか」

海堂がごく自然に私の腰に手を回し、歩き出す。とてつもなく恥ずかしい。みんなに見られている気がする。



「ガチガチだなあ。だーいじょうぶだって。みんな他人のことなんて、そんな気にしてないよ」
「いや……絶対あなたは気にされてると思いますけど……」
「んー そうだとしても、どうでもいいじゃん。人は人」

基本的に厚かましい海堂は割と気軽にボディタッチをしてくるタイプだが、こちらが海堂を友達だと認識している場合と、恋人だと認識している場合とでは、受ける感覚が全く違う。

友達なら馴れ馴れしい、で済むのだ。

だが恋人となると、それを自分は望んでいますよと、周りにアピールしているような気がしてしまう。

それをいつものギャラリーカフェでぼそぼそと話すと、海堂は本当に可笑しそうに口の端を上げて、まじまじと私を見つめた。

「付き合うって言ったけど、真澄ちゃんは今まで通りでいいんだよ。単に俺が唾つけときたいだけだから」
「なんか汚いですね」
「それ、それ。俺、そのズケッと言うとこがクセになってるわ」

快活に笑って、カップを上から掴み、コーヒーをグイと飲む。
別にズケズケ言おうと思っているわけではないが、親に何度注意されても直らない話し方が、やっぱり出ているらしい。

『率直なのに素直じゃない』

幼なじみに繰り返し言われたひとこと。彼女の声音には愛があったが、誰しもが彼女のように感じてくれるわけではない。

ようは可愛げがないということなのだ。

お互いにサンドイッチを注文して、店内に流れる静かなピアノ曲に耳を澄ませる。お洒落で少しノスタルジックで、シンプルに写真が飾られている店内の雰囲気と良く合っている。

「この曲好き?」

海堂がタイミングよく訊いてくる。こういうことが良くある。じっと様子を伺われている感じはしないのに、こちらが考えていることにすぐ気が付く。

「このお店によく合ってるなと思って」
「夏夜のマジックって曲のカバーだな」
「へえ……」

海堂がスマホをいじって、カバー元の曲を聴かせてくれる。

「おしゃれだ……都会の曲ですね」
「そうかぁ?そういや田舎って言ってたけど、真澄ちゃんってどこ出身なの?」
「福島です。福島の西の方。海堂さんは?」
「俺は東京生まれ東京育ち」

そんな感じがする。そう、海堂は見た目は野性的だが、ベースのムードが都会的なのだ。派手な取り巻きたちもみんな都会的に見えるのは、田舎者の偏見なのだろうか。



その日の夜、珍しく来客があった。少し早め、強めのノックで権平さんじゃないかと思ったら、案の定で。

「おーっす。おい、聞いたよ~?海堂と付き合い始めたって?」

権平さんはニヤニヤしている。私はまだ誰にも話していないし、いったいどこで聞きつけたのかと思ったら、

「え?海堂本人が自慢してた」
「自慢……」
「会う人間みんなに言ってんじゃねーの?そう言っとかねえと、あいつの場合、周りがほっとかねえだろ?」

なるほど。確かにそうだ。フリーだと思うからアプローチするわけであって。あらためて、すごい人と付き合い始めてしまったと実感する。

「あんたもちょっと大変と思うけど、困ったら海堂とかあたしとか、周りに言いな?」
「大変って──」
「いわゆる偏執的なファンがいるんだよね。この寮にも何人か。あたしが付き合ってた時も嫌がらせとかあったし──まぁあたしの場合は返り討ちにしてやったけど」

権平さんが片手でピースを作って豪快に笑った。

「一番ヤバいのは上の階の範田はんだってヤツ。あんたも見たことあるんじゃない?海堂の取り巻きで、ピンクの頭のヤツ」

そう言われて、すぐにピンときた。ピンクの頭はその人しかいなかったからだ。素顔が分からないくらいの濃いめのメイクをした美人で、少しアーティストっぽい雰囲気の個性的なファッションに身を包んだ人だ。

権平さんの話では、別れろ、と直談判に来た彼女と取っ組み合いの大喧嘩になり、力の差で彼女を黙らせたらしい。

それを聞いてどきどきした。正直、喧嘩にも体力にも自信がないし、出来ることなら争いたくない。

もしかしたら歴代彼女はそれを経験しているんだろうか?

そう言えば以前海堂と距離を取ろうとしたとき、「何か言われた?」とか「何かあった?」とか海堂にやたら訊かれたっけ。

いわゆる恒例というか、彼女になった者の通過儀礼だったりするんだろうか。

「ちょっと、話が通じないんだよな、あいつ。力にものを言わせるのが一番!マジで困ったら言いな。あたしがガツンと一発くらわせてやるからさ」

権平さんは心底頼もしい笑顔で、部屋に戻って行った。

本当に言いに行くかどうかはともかくとして、寮内に味方がいるというのは、至極心強い。

しんと静かになった部屋。洗面所の鏡の前で、乾いた髪を梳かす。長い髪は夏場は乾かすのに汗だくになる。

それでも強めの癖毛は短いとうねるから、とずっと今の長さをキープして、はや7年である。

美容院嫌いが災いして、髪型は7年間、一度も変わっていない。

それはきっと、ピンクの範田さんからは考えられないことに違いない。

いや……これに関しては、「美容院に行け!」と、光流も声を揃えると思うけれど。



※次、本編お休み。番外編1話(光流のひとりごと)が入ります。


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