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1章 魔女、決意する
2話 魔女vs聖騎士
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ワタシの視線が抜き取られた茎を追う。
白く細長い指が、くるくると茎をもてあそんでいた。高く白く形の良い鼻の下にあてがわれ、すんすんと嗅がれる。
こいつは。この男は。
「いい香りだ。これはオリゲナ・メジョイラですね」
男はあっさり、ワタシが言いかけた薬草の名を口にした。
「聖騎士としての修行中、宿舎の庭にこれが生い茂っていたのを思い出します。懐かしいものです……」
伏せがちな黄金の睫毛の奥、いかにもかつての青春の日々に思いを馳せているような深く優しい青緑の瞳がとてもムカつく。
演技過剰だ。聖騎士の修行とやらには芝居の項目はなかったと見える。
「従聖騎士の宿舎の庭に?」
「王子様、オリゲナ――」
言葉を挟んで王子の興味を戻そうとしたが、聖騎士はワタシを無視して滑らかに話を続けた。
「オリゲナ・メジョイラは風の聖妃の祝福を受けた植物といわれております。ゆえに我ら風の聖妃の虹騎士団には付き物なのです」
背が高くしなやかな物腰は、彼がきちんと聖騎士として鍛えてきたことをうかがわせた。首からぶら下げている若葉色の宝石が、あるかなきかの淡い光を白い騎士服に放っているのが妙に目に付く。
「おお、そのような尊いものだとは」
「香りの効能が」
「香りもよく、よくつまんではワインやビールに浮かべて聖妃様の恩恵にあずかろうと飲んだものです……」
この乱入男、名をエンリオ・イルリテという。
癖の付いた蜂蜜色の髪、白皙のなめらかな肌、彫りが深く見たものを虜にして離さない甘い相貌。
苛つくほどの美形にして中身もそれに準ずる男。それが奴だ。
「もっとこのオリゲナ・メジョイラについて聞かせてくれないか、エンリオ」
「仰せのままに。シフォルゼノの聖妃たるスフェーネの加護を得られるようにと、シフォルゼノ教団ではよくこの香草の煙で浄化を……」
なんて続けながらエンリオは歩き出した。
つられて王子も歩き出す。
ワタシを置いて。
「あ、あの……」
声をかけようとするワタシに、エンリオが横顔だけ振り返らせた。
白い歯をチラ見せさせたいい笑顔で、二本の指を揃えて軽くぴっと振り下ろす。
そのキザな仕草は奴によく似合っていた。
そして王子を伴い、二人はワタシの前から姿を消した。
ポツンと一人で立ち尽くしたワタシは、虚しく虚空を睨みつけた。
視線の先にあったのは空だった。
夕方に近い濃い色の空が、今が碧の盛りと目一杯腕を広げている。
いい風吹いてるわ。
ああ、キザって嫌だな。
奴は顔がいいから。余計に格好がついていたさ。
それが、すごく……。
あと少しで王子をウチに連れ込めたのにー!
いつもいいところであの聖騎士に王子を掻っ攫われる。
だいたいエンリオのいっていたオリゲナ・メジョイラの使い方は香草としての使い方じゃないか。
違うんだ。薬草としては、食欲増進、消化促進、鎮静効果で頭痛や歯痛にも効くんだよ。
そして、あの甘く清々しい香りには制淫作用があるから、若く血気が有り余っている従聖騎士の宿舎にはピッタリの薬草といえるんだ。だから昔の人が宿舎の庭になんか植えたのだろう。
王子にはそれを聞かせたかったのに!
叫びたかった。
走っていって、恥も外聞もなくエンリオを蹴倒して、あの美しいご尊顔に踵をめり込ませたかった。
だが実際にしたのは、握りしめた拳を付近にあった回廊の石柱にぶち当てることだった。
しかし鈍い音がしただけで、
「……くぅ、いったぁ……」
余計に涙目になっただけだった。
あいつだ。エンリオだ。奴が諸悪の根源だ。
ワタシは視界が狭くなったような気がした。
一人では、もう限界だった。
師匠は亡くなって二年になるし、王子のスケジュールを教えてくれる情報提供者にはそれ以上の援助は見込めない。だから誰も後押しなどしてくれない。
もし、本に夢中になっているときに、誰かが「ジャンザ、時間だよ」と言ってくれていたら。
もし、エンリオを足止めして、ワタシと王子が二人きりで話す時間を作ってくれるような仲間がいてくれたら。
今回の作戦はかなり成功率が高い感触があった。だからこそ、もったいなくて。
他人任せだという認識はある。
だが、いままで一人でやって来たのだ。それで駄目だったのだから、違う風を入れてみるのも一興ではないか。
仲間だ。ワタシには仲間が必要なんだ。
そして、ワタシは魔女だ。
仲間の作り方は知ってる。
『この魔法、教えるけどジャンザは使っちゃダメよ』
……ふと、師匠の声が耳によみがえる。
師匠は最後までワタシを心配してくれていた。それでも魔女としての早死の宿命を受け入れ、死んでいった師匠。
アリアネディア、というのが師匠の名だ。通称、アリィ。優しい師匠だった。
『ジャンザは魔力が低いからね。友達ができてもすぐに死んじゃったら悲しいでしょ?』
師匠の試算では、その『友達』を維持するために魔力を使い続けたワタシは、一年以内に死ぬことになる。
師匠にはかなり昔からそういう『友達』がいたが――それは師匠が稀に見るほど高い魔力を持っていたからできたことだ。
ワタシ程度の魔力ではそもそも応えてくれる奇特なものがいるかどうかからして怪しいし、もし仮に手伝ってもらって王子と結婚して権力を持ったとしても、一年という短期間で死んでしまっては意味がない。それは分かっている。
でも……。
エンリオの横顔を思い出す。瞬間、痛いくらいの熱さが額を支配する。
あれを許さでおくべきか。
師匠、禁を犯す愚かな弟子をお許し下さい。ワタシの野望を叶えるために。
あなたの死を、無駄にしないために。
ワタシは魔界より魔物を召喚し、使い魔とします。
白く細長い指が、くるくると茎をもてあそんでいた。高く白く形の良い鼻の下にあてがわれ、すんすんと嗅がれる。
こいつは。この男は。
「いい香りだ。これはオリゲナ・メジョイラですね」
男はあっさり、ワタシが言いかけた薬草の名を口にした。
「聖騎士としての修行中、宿舎の庭にこれが生い茂っていたのを思い出します。懐かしいものです……」
伏せがちな黄金の睫毛の奥、いかにもかつての青春の日々に思いを馳せているような深く優しい青緑の瞳がとてもムカつく。
演技過剰だ。聖騎士の修行とやらには芝居の項目はなかったと見える。
「従聖騎士の宿舎の庭に?」
「王子様、オリゲナ――」
言葉を挟んで王子の興味を戻そうとしたが、聖騎士はワタシを無視して滑らかに話を続けた。
「オリゲナ・メジョイラは風の聖妃の祝福を受けた植物といわれております。ゆえに我ら風の聖妃の虹騎士団には付き物なのです」
背が高くしなやかな物腰は、彼がきちんと聖騎士として鍛えてきたことをうかがわせた。首からぶら下げている若葉色の宝石が、あるかなきかの淡い光を白い騎士服に放っているのが妙に目に付く。
「おお、そのような尊いものだとは」
「香りの効能が」
「香りもよく、よくつまんではワインやビールに浮かべて聖妃様の恩恵にあずかろうと飲んだものです……」
この乱入男、名をエンリオ・イルリテという。
癖の付いた蜂蜜色の髪、白皙のなめらかな肌、彫りが深く見たものを虜にして離さない甘い相貌。
苛つくほどの美形にして中身もそれに準ずる男。それが奴だ。
「もっとこのオリゲナ・メジョイラについて聞かせてくれないか、エンリオ」
「仰せのままに。シフォルゼノの聖妃たるスフェーネの加護を得られるようにと、シフォルゼノ教団ではよくこの香草の煙で浄化を……」
なんて続けながらエンリオは歩き出した。
つられて王子も歩き出す。
ワタシを置いて。
「あ、あの……」
声をかけようとするワタシに、エンリオが横顔だけ振り返らせた。
白い歯をチラ見せさせたいい笑顔で、二本の指を揃えて軽くぴっと振り下ろす。
そのキザな仕草は奴によく似合っていた。
そして王子を伴い、二人はワタシの前から姿を消した。
ポツンと一人で立ち尽くしたワタシは、虚しく虚空を睨みつけた。
視線の先にあったのは空だった。
夕方に近い濃い色の空が、今が碧の盛りと目一杯腕を広げている。
いい風吹いてるわ。
ああ、キザって嫌だな。
奴は顔がいいから。余計に格好がついていたさ。
それが、すごく……。
あと少しで王子をウチに連れ込めたのにー!
いつもいいところであの聖騎士に王子を掻っ攫われる。
だいたいエンリオのいっていたオリゲナ・メジョイラの使い方は香草としての使い方じゃないか。
違うんだ。薬草としては、食欲増進、消化促進、鎮静効果で頭痛や歯痛にも効くんだよ。
そして、あの甘く清々しい香りには制淫作用があるから、若く血気が有り余っている従聖騎士の宿舎にはピッタリの薬草といえるんだ。だから昔の人が宿舎の庭になんか植えたのだろう。
王子にはそれを聞かせたかったのに!
叫びたかった。
走っていって、恥も外聞もなくエンリオを蹴倒して、あの美しいご尊顔に踵をめり込ませたかった。
だが実際にしたのは、握りしめた拳を付近にあった回廊の石柱にぶち当てることだった。
しかし鈍い音がしただけで、
「……くぅ、いったぁ……」
余計に涙目になっただけだった。
あいつだ。エンリオだ。奴が諸悪の根源だ。
ワタシは視界が狭くなったような気がした。
一人では、もう限界だった。
師匠は亡くなって二年になるし、王子のスケジュールを教えてくれる情報提供者にはそれ以上の援助は見込めない。だから誰も後押しなどしてくれない。
もし、本に夢中になっているときに、誰かが「ジャンザ、時間だよ」と言ってくれていたら。
もし、エンリオを足止めして、ワタシと王子が二人きりで話す時間を作ってくれるような仲間がいてくれたら。
今回の作戦はかなり成功率が高い感触があった。だからこそ、もったいなくて。
他人任せだという認識はある。
だが、いままで一人でやって来たのだ。それで駄目だったのだから、違う風を入れてみるのも一興ではないか。
仲間だ。ワタシには仲間が必要なんだ。
そして、ワタシは魔女だ。
仲間の作り方は知ってる。
『この魔法、教えるけどジャンザは使っちゃダメよ』
……ふと、師匠の声が耳によみがえる。
師匠は最後までワタシを心配してくれていた。それでも魔女としての早死の宿命を受け入れ、死んでいった師匠。
アリアネディア、というのが師匠の名だ。通称、アリィ。優しい師匠だった。
『ジャンザは魔力が低いからね。友達ができてもすぐに死んじゃったら悲しいでしょ?』
師匠の試算では、その『友達』を維持するために魔力を使い続けたワタシは、一年以内に死ぬことになる。
師匠にはかなり昔からそういう『友達』がいたが――それは師匠が稀に見るほど高い魔力を持っていたからできたことだ。
ワタシ程度の魔力ではそもそも応えてくれる奇特なものがいるかどうかからして怪しいし、もし仮に手伝ってもらって王子と結婚して権力を持ったとしても、一年という短期間で死んでしまっては意味がない。それは分かっている。
でも……。
エンリオの横顔を思い出す。瞬間、痛いくらいの熱さが額を支配する。
あれを許さでおくべきか。
師匠、禁を犯す愚かな弟子をお許し下さい。ワタシの野望を叶えるために。
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