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7章 怪我をした犬を全力で助ける魔女

35話 儀式前の魔女と魔王

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★ 儀式前の魔女と魔王

 儀式の間――アスタフェルを呼び出した地下室に、以前と同じように、特別な処理をした小石を魔法陣の形に並べた。
 そして魔女に伝わる古の言葉を唱えて小石の魔法陣を光の魔法陣に変換する。

 詳しく説明すると、小石を小石として存在たらしめている物質自体を言葉によって取り払い、ただそこに概念情報のみがある状態にしたのだ。これにより魔法陣はこの世界そのものに干渉することができるようになるのだが、まあ理屈はいい。
 そこに光の魔法陣があり、その中央に犬を寝かせていることが重要である。
 犬は、鼻先しか見えていないくらい薬草で覆われている。

 この地下室にいるのはワタシとアスタフェルとエベリン夫人、それから犬のピューラだけである。お付きの人たちには家の外で待ってもらっている。

「ジャンザ、これは……」

 後ろでアスタフェルが戸惑いの声を上げる。
 ワタシは振り返って頷いた。

「魔力で薬草を魔法薬に変える。そのときにこの子が持つ治ろうとする力にも魔力を与え、相乗効果で治す。いわば魔力の並列作戦だ」

 それが、ワタシが考えだした方法だった。

「だがそんなことをすれば、お前は」
「分かってる。タダではすまない」

 そもそもが魔力の低いワタシがこんな一度にたくさんの魔力を籠めるようなことをすれば、魔力の減りはとんでもないことになる。
 だが、それしかない。ワタシのような魔力の低いものが、完璧にこの犬を治すには。魔王の力に頼らずに、夫人に――王子にワタシが力を得たと悟られないようにするためには……。

「大丈夫、何十日か寝込むだけだ。ワタシはまだ死なない」

 魔力を使いすぎれば死ぬ。だが、それは常に使い続けている場合に限る。魔力を消費すればまずは回復に体が舵を切るからだ。一回に魔力を使いすぎて死ぬということは滅多にない。
 もっともその回復力自体が有限で、そのうち回復しなくなるのだが。
 ワタシはまだ大丈夫だ。人生でそんなに魔力を使ってきたわけではないから。
 それでも心配そうなアスタフェルに、ワタシは意識して頬を上げた。

「アフェル。ワタシは自分の力だけでやるって決めたんだ。でも、オマエの力は使わないけど、オマエの気持ちは欲しい。我儘かな」

 アスタフェルに応援してもらったら、寿命が短くなることなどなんともないと、勇気が持てるから……。
 魔法陣の光に照らされた彼の明るい空色の瞳が、ふっと和らいだ。
 手を胸に置き、ワタシを真っ直ぐに見つめてくる。

「俺の……俺の気持ちはすでにお前のものだ。ジャンザ……」
「そう言ってもらえると心強いよ」
「分かった。お前は力の限り、思う存分自らの力で犬を助けるがよい。いくらでも倒れていいぞ。好物のスープを作って介抱してやる」
「ほんとか? ありがたい。あれを食べればすぐに回復するからな」
「ジャンザさん、そのスープの食材、わたくしに届けさせてもらえませんか?」

 儀式の邪魔にならないようにと自ら地下室の隅に身を寄せたエベリン夫人が柔らかく微笑んだ。

「いいんですか?」

 夫人には親子の罪を帳消しにしてもらったのに、そこまでしてもらうのは……。

「そうね、助かったピューラからのお礼ということでどうかしら。犬は鼻がいいですからね、おいしい食べ物を自慢の鼻で嗅ぎ分けて、それをわたくしが代理でジャンザさんにお届けするのよ」
「ありがとうございます」

 犬の恩返し、か。
 実際ピューラが食べ物を選んでくれるわけではないだろうけど、夫人の心遣いが嬉しかった。

 ワタシはすっと息を吸って、光の魔法陣に向き直った。
 魔法陣の中央、白地に黒い水玉模様の大型の犬が薬草の山に埋もれ、鼻先だけを出している。まるで葬られているかのように……。ただし、目覚めることが前提の埋葬だし、目覚めのときはすぐそこだ。
 ……ピューラ。夫人の亡き夫に助けられたその命で、小さな男の子の命を助けた優しく強い犬よ。そのおまえを助けられることを、ワタシは誇りに思うよ。
 再びその四本の足で、大地を蹴って思う存分走り回らせてあげるからね。

 ワタシは杖を構え、深く深呼吸した。
 地下室には薬草の香りが満ちていて、それだけで息が詰まりそうだった。
 ワタシは慣れているのでまだいいが、アスタフェルや夫人にはきついだろう。それでも二人ともワタシに付き合ってくれている。
 夫人に関しては正直いないほうがいいのだが――アスタフェルに関しては、本当に心強かった。

 後頭部にアスタフェルの視線を感じる。空色の瞳と美しい白銀の髪の、晴れた空のような色合いの麗しき風の魔王。
 不思議なものだ。ここで呼び出したとき彼は敵だったのに。さんざんだったはずだ。いきなり襲われるわ性的にも襲われかけるわ真の名を教えてまで執着されるわ。
 それがなんでこんなに頼もしく思えるんだろう。
 彼がいるかぎり、ワタシはきっと無敵だなんて思えるのは、なんでだろう。

 ――さて。
 そろそろ、儀式を始めよう。

  * * *
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