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7章 怪我をした犬を全力で助ける魔女
36話 魔王に甘える
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★ 魔王に甘える
知る限りの回復の言葉を唱え続けた。それにともない、魔力を消費していく。
いくつもいくつも言葉を唱え、空になりそうな魔力を、それでもすべて、思い切って言葉に乗せる。
すべての薬草、犬の血管、筋肉――その一つ一つを意識する。癒そうとする力、治ろうとする力を全力で後押しする。
さすがに虚脱感が極まって、杖を握る手の力が弱まる。
それでもかまわず魔力を使い――。
こんなに魔力を使ったのは初めてだった。アスタフェルを呼んだときですらここまでの消費はしていない。
そして、魔力を消費しながらワタシは見た。
自分の魔力の底になにかがあるのを。
淡く優しく若葉色に光る、純粋な、それは――魔力ではない、『何か』。
だがそれを【掴んだ】と思った時、ワタシはふらっと倒れていた。
そのワタシを後ろから抱きとめたものがあった。もちろん、風の魔王だった。
魔王は優しく笑う。
「お疲れさま」
「アスタ……」
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
包み込むような言葉が燃え尽きた身体に染み込んでくる。
ワタシの中から、見たはずの『何か』の記憶がすーっと薄れていく。
いいか、別に。『それ』がなんだろうが。ワタシには、彼が――風の魔王アスタフェルがいるのだから。
鋭い犬の鳴き声がそう広くもない密閉された地下室に一声響いた。吠え声のあまりの衝撃に、耳が使いものにならないくらいキィンと鳴ってしまう。
さすが犬。たった一匹、それもたったの一声なのに人間とは桁違いの声量だ。
「ピューラ!」
夫人の悲鳴が上がったのがかろうじて聞こえた。
犬は薬草のなかから起きがった。夫人を見つめながら、前足、後ろ足と、順序を守ってゆっくりと存分に伸びをし始める。家に着いてからきちんとやり直した添え木で動きにくそうにしていたが、準備運動が終えた犬は夫人のもとに一直線に駈け出した。
乾いた血が痛々しいが、後ろ足もちゃんと動いている。
走れるんだ、治ったんだ。いや、ワタシが治したんだ。自分の魔力だけで……。魔力って、すごい……。
ピューラはワタシが手放し床に転がった杖を軽々と飛び越え、夫人の顔を舐めようとしているのか、後ろ足で立ち上がって夫人を押し倒す勢いではしゃいでかかっていた。もうまったく痛くないようで、鞭のようにしなやかな白く細長い尻尾が嬉しそうにぶんぶんと振られている。
慣れているらしい夫人は腰を落としてどっしりとそれを受け入れていた。
ワタシのまぶたにピューラが助けた男の子の顔が浮かんだ。犬の怪我が完治したと、彼にどうにかして伝えられたらいいんだけど。
これで夫人への恩は返せたし、ワタシが力を得たと知られることもなかった。夫人を通して王子に知られることもない、ワタシはまだ王子様のそばに行って彼を籠絡できる。
ワタシは、自分の野望を自分で守ったんだ。
「あとは俺に任せて、お前はもう休め」
後ろから抱きしめたまま、アスタフェルはまだ犬の声の衝撃の残るワタシの耳元に囁いた。
「……頼んだ」
お言葉に甘えることにした。実際、意識を保っていることすら難しかったから。
だが、一言いっておかなければ。
「アスタ……」
「ん? なんだ」
「スープ、楽しみにしてるから……」
「……腕によりをかけて作ろうぞ」
ぎゅっと、アスタフェルの筋肉質な腕がよりきつくワタシを抱きしめた。
妙に心休まる束縛だった。
甘えている、という自覚はある。むしろ積極的に甘えている。疲れもあって、すごく甘えたい気分なんだ。
魔力を使いすぎて気を失って、目が覚めたとき、誰かがそばにいてくれる。ワタシのことを思っておいしい料理を作っておいてくれる。……その誰かがアスタフェルなのが、なにより嬉しくて。
彼の暖かな胸によりかかりって意識を失いつつ――。
なんだろう。なにか忘れている。
すごく大事なことのはずなんだけど。ここで寝たらいけないと、頭の何処かが警鐘を鳴らしているのに。だがせっかくの警鐘なのに疲労には勝てない……。
* * *
知る限りの回復の言葉を唱え続けた。それにともない、魔力を消費していく。
いくつもいくつも言葉を唱え、空になりそうな魔力を、それでもすべて、思い切って言葉に乗せる。
すべての薬草、犬の血管、筋肉――その一つ一つを意識する。癒そうとする力、治ろうとする力を全力で後押しする。
さすがに虚脱感が極まって、杖を握る手の力が弱まる。
それでもかまわず魔力を使い――。
こんなに魔力を使ったのは初めてだった。アスタフェルを呼んだときですらここまでの消費はしていない。
そして、魔力を消費しながらワタシは見た。
自分の魔力の底になにかがあるのを。
淡く優しく若葉色に光る、純粋な、それは――魔力ではない、『何か』。
だがそれを【掴んだ】と思った時、ワタシはふらっと倒れていた。
そのワタシを後ろから抱きとめたものがあった。もちろん、風の魔王だった。
魔王は優しく笑う。
「お疲れさま」
「アスタ……」
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
包み込むような言葉が燃え尽きた身体に染み込んでくる。
ワタシの中から、見たはずの『何か』の記憶がすーっと薄れていく。
いいか、別に。『それ』がなんだろうが。ワタシには、彼が――風の魔王アスタフェルがいるのだから。
鋭い犬の鳴き声がそう広くもない密閉された地下室に一声響いた。吠え声のあまりの衝撃に、耳が使いものにならないくらいキィンと鳴ってしまう。
さすが犬。たった一匹、それもたったの一声なのに人間とは桁違いの声量だ。
「ピューラ!」
夫人の悲鳴が上がったのがかろうじて聞こえた。
犬は薬草のなかから起きがった。夫人を見つめながら、前足、後ろ足と、順序を守ってゆっくりと存分に伸びをし始める。家に着いてからきちんとやり直した添え木で動きにくそうにしていたが、準備運動が終えた犬は夫人のもとに一直線に駈け出した。
乾いた血が痛々しいが、後ろ足もちゃんと動いている。
走れるんだ、治ったんだ。いや、ワタシが治したんだ。自分の魔力だけで……。魔力って、すごい……。
ピューラはワタシが手放し床に転がった杖を軽々と飛び越え、夫人の顔を舐めようとしているのか、後ろ足で立ち上がって夫人を押し倒す勢いではしゃいでかかっていた。もうまったく痛くないようで、鞭のようにしなやかな白く細長い尻尾が嬉しそうにぶんぶんと振られている。
慣れているらしい夫人は腰を落としてどっしりとそれを受け入れていた。
ワタシのまぶたにピューラが助けた男の子の顔が浮かんだ。犬の怪我が完治したと、彼にどうにかして伝えられたらいいんだけど。
これで夫人への恩は返せたし、ワタシが力を得たと知られることもなかった。夫人を通して王子に知られることもない、ワタシはまだ王子様のそばに行って彼を籠絡できる。
ワタシは、自分の野望を自分で守ったんだ。
「あとは俺に任せて、お前はもう休め」
後ろから抱きしめたまま、アスタフェルはまだ犬の声の衝撃の残るワタシの耳元に囁いた。
「……頼んだ」
お言葉に甘えることにした。実際、意識を保っていることすら難しかったから。
だが、一言いっておかなければ。
「アスタ……」
「ん? なんだ」
「スープ、楽しみにしてるから……」
「……腕によりをかけて作ろうぞ」
ぎゅっと、アスタフェルの筋肉質な腕がよりきつくワタシを抱きしめた。
妙に心休まる束縛だった。
甘えている、という自覚はある。むしろ積極的に甘えている。疲れもあって、すごく甘えたい気分なんだ。
魔力を使いすぎて気を失って、目が覚めたとき、誰かがそばにいてくれる。ワタシのことを思っておいしい料理を作っておいてくれる。……その誰かがアスタフェルなのが、なにより嬉しくて。
彼の暖かな胸によりかかりって意識を失いつつ――。
なんだろう。なにか忘れている。
すごく大事なことのはずなんだけど。ここで寝たらいけないと、頭の何処かが警鐘を鳴らしているのに。だがせっかくの警鐘なのに疲労には勝てない……。
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