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8章 舞踏会への招待
71話 魔女vs聖騎士、再び
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「悪質さはでいえばアンタの方が上だろ。動けないふりしてたのは証言抑えるためだろうし、わざわざ媚薬効いてるふりしたのだって――」
「エンリオ様、こちらはどうしますか?」
上司が魔女と話しているというのに割入ってくる、不作法な部下がいた。
「そうだな、ちゃんと洗って城のキッチンに返してやれ。ボトルの中身は全部捨てろ。くれぐれも飲むなよ、毒が入っているかもしれんからな」
「かしこまりました」
部下の不作法を咎めることもなく、エンリオは続ける。
「それから、捕らえた三人の目をすぐに洗うように。この魔女が彼らの目に毒を仕込んでくれた。もちろん私を助けるためにだ。しかし、彼らの目を守るのも我ら聖騎士の役目だからな」
「かしこまりました、エンリオ様」
いかにも従聖騎士から上がりたてといた年若い聖騎士はエンリオに目礼し、ついでにワタシにちょこっと頭を下げて、部屋を出て行った。
その手にワイングラスとワインボトルの乗ったトレイを乗せて。
「……アンタ、正気か?」
思わず問いただしていた。
ちゃっかり目を守る役目を取られたことではない。
「あれは――」
ワタシが作った媚薬の基となっているのは、なんといってもワインである。酒精が人を惑わすのは確定事項だからだ。そこにいろいろと薬草を入れていく。
それを魔王の魔力で強化させたのが、ワタシの作った媚薬である。
それでも基がワインなので、ワインに混ぜて飲むのが一番効きがいい。
だからユスティアにもワインに混ぜて飲むように言った。
つまり、今若い聖騎士が持って行ったあれに媚薬が混ぜられているはずなのだ。
「証拠隠滅。私が惚れ薬を飲んだという物証はもうないぞ」
「ユスティアを庇うのか? お前は被害者だというのに」
さすがに不思議だったのだろう、アスタも首をかしげる。
「庇う? 君は何を見ていたんだい。彼女も被害者さ」
なんてエンリオは涼しい顔で言ってのけた。
「王党派の連中がけしかけて、私とユスティア嬢を同衾させて醜聞をねつ造しようとした。しかし私の助けに応じて魔女とその付き人が助けに来てくれ、しかもこの魔女がすこぶる頭の切れる魔女で、王党派の悪事を見事に暴き立ててくれた。そこに、姿を消した私を探していた聖騎士たちが偶然押し入ってきて、王党派の連中を取り押さえ、ユスティア嬢を保護した。――ここで起こったのはこれだけさ」
媚薬を使われたことを、なかったことにしたいのか。
「女性はみは聖妃様に通ずると思え、というやつか。お前は女に甘いのだな……」
「アス――アフェル、こいつはそんなアホ……いや生やさしい奴じゃないよ。聞いてなかったのか? こいつは証拠が欲しいからって拘束されたふりをしたり、媚薬を飲んだふりをするような奴だよ」
「ずいぶんな言われようだな。私はそういう種類の狂人なだけさ。君がそう言ったんだろう?」
「確かにアンタは狂人だ。だがアンタが狂ってる分野はここじゃない。……アンタが拘束されていたふりをしていたのは証拠が欲しかったからなのは分かってる。思うに、アンタはあいつらの悪事を取り締まりたかったが、確たる証拠がなくて動けなかったんだ」
「面白い推察だ。続けて」
「……今夜王党派が動くことを察し、アンタはあいつらを逆に利用することを思いついた。自分の身を餌にして、あいつらの口から悪事を自白させる。自分自身が証拠になるつもりで――」
それをワタシがエンリオの代わりに遂行してやった、ということだ。
だがおかしいところはある。
こいつは先ほどから、ある前提を当たり前のこととして話しているのだ。
それは、王党派の連中にしてみれば極秘事項だったはずの……。
「どうしてアンタはあのワインに媚薬が入っていることを知っていたんだ? だから飲まず、飲んだふりをしたんだよな。その情報はどこから仕入れた?」
ワタシの作った媚薬はただ身体反応を催させるだけのものだ。男女で違う効果をもたらすため、それぞれ専用の配合が必要となる。
だが、それでも飲んだのならば多少なりとも効くはずだ。だって基本は同じ人間なのだから。
なのにエンリオはあまりにも平然とし過ぎている。
それは、女性用の媚薬すら飲んでいないということを意味する。
彼はふっと軽く息を吐いた。
「何を言うかと思えば。少しだけでも目端が利けば、それくらいの類推は可能さ。ユスティア嬢は君と仲がよく、しかも君のところに大金を持っていったのだからな」
「その大金を支払ったという情報は、どこから?」
「さて、どこだったか……」
すっとぼけるエンリオは気にせず、ワタシは考えながら続ける。
「魔女は依頼の秘密を口外しない。だからワタシから漏れたわけではない。それは付き人であるアフェルにしても同じだ。……それに何故、王党派が今夜動くことをアンタは知っていた?」
「あらかじめ知っているかどうかは関係ないさ。私を敵視している女が舞踏会の夜にいきなり色事をしかけてくるんだぞ。警戒するに決まってるだろう」
「王家の名を笠に着て、このリザ宮に来る庶民たちから……シフォルゼノ教団からすらも暴利をむさぼる一団がいて。そいつらには身分があり、しかも背後にかなり大物の貴族がいて、捕まえても手を回されてすぐに保釈されるであろうことが予想されていたとして。そんな王党派を一番目障りに思うのは……誰だろうな?」
その条件にぴったり合う男の顔が、脳裏にちらついていた。
一見人畜無害な、歳の割に痩せているのが気になる黒髪の青年――。
いつの間にかワタシとアスタフェル、それにエンリオの三人だけになった現場。廊下から差し込んだ蝋燭の光で、それぞれの陰が揺れていた。
ワタシはエンリオの静かな蒼い瞳を見据える。
「その人物が王党派なんてご大層な名を名乗る一派を取り締まりたいとしたら、どこを利用するか。貴族は使えないよな。裏に控える大貴族に潰される。ならば、貴族とは別系統の、それでも貴族と同等の――もしくはそれ以上の権威を後ろ盾に持つものを利用する。そんなの限られてる」
「身に覚えがないとは言わないよ」
「……そういえばユスティアは、自分は王子と幼馴染みだといっていた。てことは当然アーク王子からしてもユスティアは幼なじみだ。そういえばアンタもアーク王子と仲がよさそうだったな、ワタシが王子に取り入ろうとするのを邪魔するくらいには」
「あからさますぎて見ていられなくてね。君はもう少し猪突猛進を押さえるべきだ」
「アンタに王党派を潰すように依頼したの、アーク王子だよな? 思えば王党派の横暴もこのリザ宮で起こっていることだ。どこかで誰かが王子の耳に入れていてもおかしくない、王子はこの宮の管理者なんだから。巻き込まれている友達のユスティアを助けようとも思うだろうしね」
まとめると――。
聖騎士エンリオは、アーク王子の依頼もあって彼らを捕まえた。王子からの情報提供という援助もあった。
しかし王子は条件を付けていた。それがユスティアの無罪放免だ。――ということだ。
「見事だ。ここに来て王子と私の利害が一致したな」
他人事のようにエンリオが嘯く。
「明言は避けるが、まあだいたいそんなところだとは言っておこう」
「おお……凄い、凄いぞジャンザ。さすが俺の嫁。まさに口だけ魔女」
「……褒めてるんだよな、それ?」
「そういえば君、いつの間に結婚したんだい?」
アスタフェルの言葉にそれを思い出したらしく、エンリオは急に話を変えてきた。
「……そういえば紹介がまだだったな。ワタシの婚約者の、アフェルだ。付き人をしてもらっている。まだ結婚はしてないよ」
「ジャンザ……。あ、エンリオ、アフェルだ。よろしくな」
「よろしく。そうか、めでたいことだ。王子もさぞやお喜びになるだろうよ」
この、含みを持たせた言い方。
こいつの情報収集能力を見くびらない方がいいとして……。王子が人妻好きのクズということも知っているようだ。
もちろん、ワタシが未だ王子に取り入ろうとしていることも承知の上だろう。
ここから彼が想像するであろうことは、もちろん。
ワタシが王子の愛人になる、ということ、だ。
「アフェル君か……、彼が君を心底愛しているというのは見ていれば分かるよ。言ってはなんだが、ジャンザ、君を本気で好きになる異性はかなり珍しい。出会わせてくれた聖妃様に感謝し、心から彼を大切にしなさい」
言外のお説教か。
ほんと、聖職者ってのは綺麗事ばっかり人に押し付けてくる。やはりいけ好かないな。
「……分かってる」
「お前って実はいい奴だったんだな、エンリオ!」
ムッとなって低い声で応えるワタシの横で、アスタフェルが大声でエンリオを褒めていた。おおかた、ワタシとの仲を認めてもらって嬉しいのだろう。単純な奴だから。
そこが可愛くもあるんだけどさ……。
「もちろんさ。私ほどのいい奴もそうそういないと思うよ」
「ふん、言ってろよ。自分でそういうこと言う奴が真にいい奴だった試しがないんだ」
「まあ君に踏まれるのは嫌だから、確かに君にとってはいい奴ではないのかもしれないな」
混ぜっ返す奴だな。本当に踏んでやろうか。
しかしアスタフェルが我が意を得たりという感じで大きく頷いた。
「気に入ったぞエンリオ。身の程をわきまえているものは長生きするぞ! そう、踏み踏みの栄光に浴するは我が身のみ!」
「そうだな……。まあ、オマエだけにしておくほうが無難なのは確かだ……」
いくらムカつくからって他人に迷惑をかけるのはよくない。迷惑かけるなら、アスタ限定にしたほうがいいに決まってる。ていうかアスタも踏んだことないんだけど……。
「……これだ。聞いたかエンリオ、この甘い言葉を。これがジャンザの、俺への愛だ!」
「――え、今の甘いの?」
「ははは、変わり者の魔女には変わり者の男がくっつくのか。君たちはとてもお似合いだよ」
目が笑ってないぞエンリオ。
アンタに気を使ったんだよ、こっちは。なんで引かれてんだよ。
あとアスタオマエなんでそんな嬉しさを噛み締めてるんだ、ワケわかんないよ。
「さて、私には私の仕事が待っている。そろそろ行くとしよう。君たちはどうするんだい?」
「疲れたから帰って寝る――」
「ジャンザ! せっかくなんだから踊っていこう!」
「何言ってんだよ。これだけの大立ち回りしたんだぞ。疲れたから帰りたいんだが」
「帰るにしても夫人に挨拶しないとな!」
と、ワタシの手を引っ張るアスタ。
エンリオはそんなワタシたちを見て微笑んだ。
「……いずれにせよ、これからの夜が君たちにとってつつがなく幸せであることを祈っている。ではな、お疲れ様。若い二人に風の聖妃の祝福を」
「エンリオ様、こちらはどうしますか?」
上司が魔女と話しているというのに割入ってくる、不作法な部下がいた。
「そうだな、ちゃんと洗って城のキッチンに返してやれ。ボトルの中身は全部捨てろ。くれぐれも飲むなよ、毒が入っているかもしれんからな」
「かしこまりました」
部下の不作法を咎めることもなく、エンリオは続ける。
「それから、捕らえた三人の目をすぐに洗うように。この魔女が彼らの目に毒を仕込んでくれた。もちろん私を助けるためにだ。しかし、彼らの目を守るのも我ら聖騎士の役目だからな」
「かしこまりました、エンリオ様」
いかにも従聖騎士から上がりたてといた年若い聖騎士はエンリオに目礼し、ついでにワタシにちょこっと頭を下げて、部屋を出て行った。
その手にワイングラスとワインボトルの乗ったトレイを乗せて。
「……アンタ、正気か?」
思わず問いただしていた。
ちゃっかり目を守る役目を取られたことではない。
「あれは――」
ワタシが作った媚薬の基となっているのは、なんといってもワインである。酒精が人を惑わすのは確定事項だからだ。そこにいろいろと薬草を入れていく。
それを魔王の魔力で強化させたのが、ワタシの作った媚薬である。
それでも基がワインなので、ワインに混ぜて飲むのが一番効きがいい。
だからユスティアにもワインに混ぜて飲むように言った。
つまり、今若い聖騎士が持って行ったあれに媚薬が混ぜられているはずなのだ。
「証拠隠滅。私が惚れ薬を飲んだという物証はもうないぞ」
「ユスティアを庇うのか? お前は被害者だというのに」
さすがに不思議だったのだろう、アスタも首をかしげる。
「庇う? 君は何を見ていたんだい。彼女も被害者さ」
なんてエンリオは涼しい顔で言ってのけた。
「王党派の連中がけしかけて、私とユスティア嬢を同衾させて醜聞をねつ造しようとした。しかし私の助けに応じて魔女とその付き人が助けに来てくれ、しかもこの魔女がすこぶる頭の切れる魔女で、王党派の悪事を見事に暴き立ててくれた。そこに、姿を消した私を探していた聖騎士たちが偶然押し入ってきて、王党派の連中を取り押さえ、ユスティア嬢を保護した。――ここで起こったのはこれだけさ」
媚薬を使われたことを、なかったことにしたいのか。
「女性はみは聖妃様に通ずると思え、というやつか。お前は女に甘いのだな……」
「アス――アフェル、こいつはそんなアホ……いや生やさしい奴じゃないよ。聞いてなかったのか? こいつは証拠が欲しいからって拘束されたふりをしたり、媚薬を飲んだふりをするような奴だよ」
「ずいぶんな言われようだな。私はそういう種類の狂人なだけさ。君がそう言ったんだろう?」
「確かにアンタは狂人だ。だがアンタが狂ってる分野はここじゃない。……アンタが拘束されていたふりをしていたのは証拠が欲しかったからなのは分かってる。思うに、アンタはあいつらの悪事を取り締まりたかったが、確たる証拠がなくて動けなかったんだ」
「面白い推察だ。続けて」
「……今夜王党派が動くことを察し、アンタはあいつらを逆に利用することを思いついた。自分の身を餌にして、あいつらの口から悪事を自白させる。自分自身が証拠になるつもりで――」
それをワタシがエンリオの代わりに遂行してやった、ということだ。
だがおかしいところはある。
こいつは先ほどから、ある前提を当たり前のこととして話しているのだ。
それは、王党派の連中にしてみれば極秘事項だったはずの……。
「どうしてアンタはあのワインに媚薬が入っていることを知っていたんだ? だから飲まず、飲んだふりをしたんだよな。その情報はどこから仕入れた?」
ワタシの作った媚薬はただ身体反応を催させるだけのものだ。男女で違う効果をもたらすため、それぞれ専用の配合が必要となる。
だが、それでも飲んだのならば多少なりとも効くはずだ。だって基本は同じ人間なのだから。
なのにエンリオはあまりにも平然とし過ぎている。
それは、女性用の媚薬すら飲んでいないということを意味する。
彼はふっと軽く息を吐いた。
「何を言うかと思えば。少しだけでも目端が利けば、それくらいの類推は可能さ。ユスティア嬢は君と仲がよく、しかも君のところに大金を持っていったのだからな」
「その大金を支払ったという情報は、どこから?」
「さて、どこだったか……」
すっとぼけるエンリオは気にせず、ワタシは考えながら続ける。
「魔女は依頼の秘密を口外しない。だからワタシから漏れたわけではない。それは付き人であるアフェルにしても同じだ。……それに何故、王党派が今夜動くことをアンタは知っていた?」
「あらかじめ知っているかどうかは関係ないさ。私を敵視している女が舞踏会の夜にいきなり色事をしかけてくるんだぞ。警戒するに決まってるだろう」
「王家の名を笠に着て、このリザ宮に来る庶民たちから……シフォルゼノ教団からすらも暴利をむさぼる一団がいて。そいつらには身分があり、しかも背後にかなり大物の貴族がいて、捕まえても手を回されてすぐに保釈されるであろうことが予想されていたとして。そんな王党派を一番目障りに思うのは……誰だろうな?」
その条件にぴったり合う男の顔が、脳裏にちらついていた。
一見人畜無害な、歳の割に痩せているのが気になる黒髪の青年――。
いつの間にかワタシとアスタフェル、それにエンリオの三人だけになった現場。廊下から差し込んだ蝋燭の光で、それぞれの陰が揺れていた。
ワタシはエンリオの静かな蒼い瞳を見据える。
「その人物が王党派なんてご大層な名を名乗る一派を取り締まりたいとしたら、どこを利用するか。貴族は使えないよな。裏に控える大貴族に潰される。ならば、貴族とは別系統の、それでも貴族と同等の――もしくはそれ以上の権威を後ろ盾に持つものを利用する。そんなの限られてる」
「身に覚えがないとは言わないよ」
「……そういえばユスティアは、自分は王子と幼馴染みだといっていた。てことは当然アーク王子からしてもユスティアは幼なじみだ。そういえばアンタもアーク王子と仲がよさそうだったな、ワタシが王子に取り入ろうとするのを邪魔するくらいには」
「あからさますぎて見ていられなくてね。君はもう少し猪突猛進を押さえるべきだ」
「アンタに王党派を潰すように依頼したの、アーク王子だよな? 思えば王党派の横暴もこのリザ宮で起こっていることだ。どこかで誰かが王子の耳に入れていてもおかしくない、王子はこの宮の管理者なんだから。巻き込まれている友達のユスティアを助けようとも思うだろうしね」
まとめると――。
聖騎士エンリオは、アーク王子の依頼もあって彼らを捕まえた。王子からの情報提供という援助もあった。
しかし王子は条件を付けていた。それがユスティアの無罪放免だ。――ということだ。
「見事だ。ここに来て王子と私の利害が一致したな」
他人事のようにエンリオが嘯く。
「明言は避けるが、まあだいたいそんなところだとは言っておこう」
「おお……凄い、凄いぞジャンザ。さすが俺の嫁。まさに口だけ魔女」
「……褒めてるんだよな、それ?」
「そういえば君、いつの間に結婚したんだい?」
アスタフェルの言葉にそれを思い出したらしく、エンリオは急に話を変えてきた。
「……そういえば紹介がまだだったな。ワタシの婚約者の、アフェルだ。付き人をしてもらっている。まだ結婚はしてないよ」
「ジャンザ……。あ、エンリオ、アフェルだ。よろしくな」
「よろしく。そうか、めでたいことだ。王子もさぞやお喜びになるだろうよ」
この、含みを持たせた言い方。
こいつの情報収集能力を見くびらない方がいいとして……。王子が人妻好きのクズということも知っているようだ。
もちろん、ワタシが未だ王子に取り入ろうとしていることも承知の上だろう。
ここから彼が想像するであろうことは、もちろん。
ワタシが王子の愛人になる、ということ、だ。
「アフェル君か……、彼が君を心底愛しているというのは見ていれば分かるよ。言ってはなんだが、ジャンザ、君を本気で好きになる異性はかなり珍しい。出会わせてくれた聖妃様に感謝し、心から彼を大切にしなさい」
言外のお説教か。
ほんと、聖職者ってのは綺麗事ばっかり人に押し付けてくる。やはりいけ好かないな。
「……分かってる」
「お前って実はいい奴だったんだな、エンリオ!」
ムッとなって低い声で応えるワタシの横で、アスタフェルが大声でエンリオを褒めていた。おおかた、ワタシとの仲を認めてもらって嬉しいのだろう。単純な奴だから。
そこが可愛くもあるんだけどさ……。
「もちろんさ。私ほどのいい奴もそうそういないと思うよ」
「ふん、言ってろよ。自分でそういうこと言う奴が真にいい奴だった試しがないんだ」
「まあ君に踏まれるのは嫌だから、確かに君にとってはいい奴ではないのかもしれないな」
混ぜっ返す奴だな。本当に踏んでやろうか。
しかしアスタフェルが我が意を得たりという感じで大きく頷いた。
「気に入ったぞエンリオ。身の程をわきまえているものは長生きするぞ! そう、踏み踏みの栄光に浴するは我が身のみ!」
「そうだな……。まあ、オマエだけにしておくほうが無難なのは確かだ……」
いくらムカつくからって他人に迷惑をかけるのはよくない。迷惑かけるなら、アスタ限定にしたほうがいいに決まってる。ていうかアスタも踏んだことないんだけど……。
「……これだ。聞いたかエンリオ、この甘い言葉を。これがジャンザの、俺への愛だ!」
「――え、今の甘いの?」
「ははは、変わり者の魔女には変わり者の男がくっつくのか。君たちはとてもお似合いだよ」
目が笑ってないぞエンリオ。
アンタに気を使ったんだよ、こっちは。なんで引かれてんだよ。
あとアスタオマエなんでそんな嬉しさを噛み締めてるんだ、ワケわかんないよ。
「さて、私には私の仕事が待っている。そろそろ行くとしよう。君たちはどうするんだい?」
「疲れたから帰って寝る――」
「ジャンザ! せっかくなんだから踊っていこう!」
「何言ってんだよ。これだけの大立ち回りしたんだぞ。疲れたから帰りたいんだが」
「帰るにしても夫人に挨拶しないとな!」
と、ワタシの手を引っ張るアスタ。
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