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第17話 探偵令嬢としてこれだけは言いたい

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「……殿下。私としても再会はとても嬉しいのですが、ここではっきりさせておきたいことがあります」

 再会の感動もそこそこに、私はそう言った。

 ……これだけは、ちゃんと言っておかなければならないのだ。

「人のものを盗むのはいけないことです。この宝石が、例えあのルース王子殿下のものであったとしてもです」

 私はスカートの隠しに入れたピンクダイヤものどの首飾りを意識した。

 私はルース殿下に嫌われているし、私ももうあの人とは関わりたくない。それでも、これはきちんと返したいと思う。この宝石はルース殿下のものだから。
 ルース殿下にはもう会いたくないからハルツハイム国王に、ということになるけれど……。

「あなたはビュシェルツィオ皇国の第一皇子です、殿下。どうか、良識ある判断をなさいますよう、ここにお願いいたします」

 ……アステル殿下をこのまま犯罪者にしておくなんて、そんなの耐えられないわよ。

 私が頭を下げると、アステル殿下は少し驚いたように目を見開いた後で苦笑したのだった。

「まさかこんな形で君に諭されるとは思わなかったな。でも、これが約束だろ? 僕たちは怪盗と探偵となる。そして再会するんだ、と。僕はその約束を果たしただけだよ?」

「私と殿下の約束は、『互いに探偵と怪盗となり、再会しよう』です。殿下が犯罪者になることではありません」

「なにいってるんだい、怪盗っていうのは盗みを働く悪党だよ。君のいい方だと犯罪者、になるのかな」

「私たちの約束は、突き詰めていえば『再会しよう』です。あなたが怪盗として盗みを働いたとして、それは約束には含まれません。ですから、盗品は返しても問題はないはずです」

 せっかくの再会なのにアステル殿下が宝石盗難犯の犯人のままだなんて嫌ですからね、私は。……彼の犯罪を止められなかった自分にも自己嫌悪だけど。

 私の言葉を聞いて、アステル殿下は再び苦笑いを浮かべた。

「やっぱり君は面白い人だな。……そうだね、宝石はちゃんと持ち主に返すべきだね」

 私は心底ホッとした。
 よかった。ギリギリでアステル殿下に犯罪を思いとどまらせることができたのだわ。

「ではこの首飾りは私がハルツハイム国王陛下にお返しいたしますわね。……そう、こんなのはどうでしょうか。私は怪盗にさらわれたけれど、そこをアステル殿下が助けてくれた。私は宝石を取り戻し、国王陛下に返すことにした……」

 ……うん。我ながら矛盾はないわね。

 いまの状況って、つまりは衛兵に化けた怪盗に私がさらわれたってことなんだから。
 それをアステル殿下が助けてくれたってことにすれば、万事丸く収まるわ……。

「……そういえば、私はどうなるのでしょうか? このままビュシェルツィオに行くのですか? それともおうちに帰していただけるのかしら?」

「なに言ってるんだい? その首飾りを返してもらうのは僕の父だよ。ハルツハイム王からね」

「え?」

 思わず固まってしまう私。

「どういう意味ですか、それは?」

「そのままの意味だよ。一言でいうとハルツハイム王に持ち逃げしたものだからね、それは」

「それはいったい、どういう……?」

「言葉のままさ。本来その首飾りはビュシェルツィオ皇家のものだったんだ。それをハルツハイム王に貸したら返してくれなかった。……それだけさ。もちろん何度も返すように催促はしたよ。幼い頃、僕が君の領に滞在したことがあっただろ?」

「え、ええ」

 それで私はアステル殿下と知り合ったのだから、忘れようはずがない。

「あれって実は、ハルツハイム王に首飾りを返せって書状を送り届けにいく途中だったんだ。なんだかんだと足止めされて、結局ハルツハイムの王都にすら行けなかったけどね」

 そういえば、我がディミトゥール領に何故ビュシェルツィオの皇子様が来ていたのか、その滞在の意味を考えたことはなかったわね……。

 考えてみれば不思議な話ではあった。ディミトゥール領には特に風光明媚な観光地などないのに。

「でも僕が一番怒ったのは」

 アステル殿下は少し顔をしかめた。

「……君を強引に取り上げられたことだけどね」

「え? それは……」

「あのとき君とルース殿下の婚約が急に決まっただろ、それだよ。ハルツハイム王のやつ、僕が君と仲良くするのが気に入らなかったんだ」

 確かに、あの婚約の申し込みは驚くほど突然だったけど……。

「首飾りのために、国王陛下はルース殿下との婚約を申し込まれたというのですか?」

「僕はビュシェルツィオの皇子だしね。それが自国の高位貴族と仲良くしているんだ、警戒はするだろう」

「そうだったのですか……」

 私とルース殿下の婚約は、国王陛下から申し込まれたものだった。いわばこれは王命であった。……それが、そんな理由での王命だなんて……。

 でも、これはあくまでもアステル殿下がいっているだけのことである。
 アステル殿下は怪盗ブラックスピネルとしてルース殿下から首飾りを盗み出したのだから、その主張をまるまる信じてしまうのもどうかと思うし。

「……殿下、あなたの言葉を疑うわけではありません。ですが、それは確かなことなのだと証明できますか? 私があなたの証言が正しいのだと判断できるような、客観的な事実はなにかあるのでしょうか?」

「うーん、そうだな……」

 アステル殿下はしばらく考えたが、やがて言った。

「ビュシェルツィオには皇家家宝の目録があって、そこにその首飾りも入っているよ。10年前にハルツハイム王に首飾りを返すように使節団を送った、という記録も残っている。ビュシェルツィオに着いたら君自身の目で資料を確かめてみるといい」

「すみません、殿下。そうさせていただきます」

 やっぱり探偵たるもの、事実をはっきりさせたいもの。そのために資料にあたるのは探偵の基本だわ。

「まあそこまでしなくても、時が証明してくれると思うけどね……」

「時が証明する?」

「そう。その首飾りって表には出せないものなんだよ。もとが盗品だからね。だから今夜僕が――怪盗皇子ブラックスピネルが宝石を奪った、ということ自体が伏せられると思うんだ。それの流れが証拠となるだろう」

 情報が伏せられることが証拠となる、か。最初から存在するはずのない首飾りだから、盗られようがなにしようが、存在しないものは存在しないんだ――ってことかしらね。

 でも、それは状況証拠に過ぎない。
 やっぱりちゃんと、ビュシェルツィオの資料にあたってみないとね。



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