珈琲いかがですか?

木葉風子

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「古時計」それぞれの事情

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ほろ酔いかげんて
自宅に戻って来た奏と
いつもと変わりない時
「古時計」のカウンターに
座り込み水を飲みながら
「社長の本心は
なんだろうか…?」
ボソッと呟いた
「どういう意味だ?奏」
「だってさ、みんなの話を
聞くかぎり『龍谷計弥』と
いう人は血が繋がらないと
いって冷たい態度をとる人
とは思えないんだよな」
奏の話をじっと聞く時

「今井刑事に頼んて
調べてもらったんだけど
二十年前に龍谷家の近所で
捨て子の届出はないんだ」
「なるほどね」
「満弥くんは間違いなく
龍谷仁弥杏子夫妻の実子だ」

ガタン
勢いよく椅子から
立ち上がる奏
「おまえ
怒ってるのか?」
静かな声で訊ねる
「そうじゃないけど
たださ人にとって
大切なのは何なのか…
って思っただけ」
ぼんやり遠くを見つける奏

「それを探すために
『捜しや』を
始めたのかも……」
彼を真っ直ぐ見つめ話す時

「へぇー
それで見つけたのか?
大切なもの…」
皮肉を込めた目で言う奏

「じゃあ、俺、寝るから」
手のひらをヒラヒラさせて
部屋に行く奏


翌日
開店時間にはまだ早いが
カウンターには二人の男
「で…、何の話?」
カウンターの中にいる奏
目の前にいる男達に聞く
時が挽きたての珈琲を
彼らの前に置いた

「この間の捨て子の件で
関係ないかもしれないけど
同じ頃に十代の女の子が
交通事故で亡くなってる」
神妙な顔で話す今井刑事
「それが、何か?」
憮然とした顔で彼に聞く奏
一枚のコピーを広げる今井
「ほら、
ここに書いてあるだろ」
彼が指差した箇所を見る

“一週間以内に
出産経過あり”

「えっ?
その女の子って出産して
すぐだったってことか」
「じゃあ、赤ん坊は?」
「わからない」
「その女の子の身元は?」
時が今井に訊ねる
「身元不明なんだよ」

「それじゃあ」
時と奏が顔を見合わせた

「その女の子が産んだ
赤ん坊がどうなったのか
わからない…」
ポツンと呟く今井

❨時期が重なる❩

心の中で思う
時の顔を見ると
彼も同じ事を考えてる
直感的に感じた

「その子供は
きっと、今はどこかで
幸せに暮らしてるよ…」
力強く言った彼
「おやじさん…」

「その女の子が
どんな人生を歩んだのか
幸せだったのか
不幸だったのか
それは他人には
わからない…でも、
きっと強く願ってた
“幸せになりたい”って…」
三人が彼を見つめる

「自分が幸せじゃ
なかったから、子供には
幸せになって欲しいって」

「じゃあ、おやじさん
彼女はその赤ん坊を
どうしたんだろう?」
みんなが疑問に思う事を
聞く今井刑事
「わからない
でも、おまえら
知ってるんじゃないか?」
意味有りげに二人を伺う
おやじさん

「さぁ~何の事かなぁ」
とぼけた口調の奏
顔色一つ変えずに
二人を見る時

「なるほど~
守秘義務って訳か…」
みんなの反応を見る今井

ボ~ン
柱時計が八回鳴った
「おっと、開店時間だ!
この話はここまで!」

奏の一声でカウンターから
立ち上がり窓際の席に移る
「ここがおやじさんの
いつもの席なんだ」
二人の元に珈琲を運ぶ時
「大丈夫だよ
一切口外しないから」
「是非
そう願いたいですね」
ニヤリと笑みを浮かべる時

「事実を伝えるのか?」
「それが仕事ですから」
「さぁ…
それはどうかな」
「どうって……」
言葉の真意がわからず
おやじさんを見る

「真実を伝えるのが
正解とは限らない…」
そう言った年老いた彼の
顔を見る時と今井

❨嘘も方便…か❩
心の中で考える時

「時、珈琲!」
奏が彼を呼ぶ
「すぐ行くよ」
奏に返事をする
「じゃあ、失礼します」
二人に礼をして
カウンターに戻る

「あの二人とは長い
付き合いなんですか?」
今井が訊ねる
「そうだなぁ
かれこれ二十五年
ぐらいになるかな…」
「その頃って本庁に
いた頃ですよね」
「奏くんと初めて会った
のは彼がまだ四、五歳
だったかな…」
「最初に会ったのは
奏くんだったんだ」

今井の言葉に昔を思いだし
哀しい目で奏を見つめた

「彼が幸せになるのを
見届ける義務があるから」
「それって
どういう意味ですか?」

今井の質問に目を伏せた彼
それ以上は何も答えない

❨おやじさん…
何も聞くなってことか…❩
忙しく動き回る奏を見る

「奏くんを預けた施設に
時くんがいたんだよ…」
「えっ、時さんはこの喫茶店の
息子じゃないのか?」
「新 時…
それが今の彼の名前」

「じゃあ、時さんの
本当の親は…?
奏くんの親は?
あいつ、普段は新を
名乗ってるだろ」
「ここではね」
「俺は二人は親戚だと
思ってたよ」
仕事中の時と奏を
見ながら言う

「奏くんが新を名乗るのは
その方が仕事がしやすい
からだろ、それに…」
「それに…?」
今井が続きを訊ねるが
それ以上は答えない

❨奏くんは本名を
名乗りたくないのかも
しれないのかなぁ…❩
おやじさんの表情から
そんな事を考える今井

「お待たせ~!」
陽気にやって来る奏
「はい、いつもの
トーストとオムレツ」
二人の前に置いた
「熱いうちにどうぞ」
「ありがとう、奏くん」
優しい眼差しで見る二人
「まるで親子みたいだな」
そう呟く今井
「フン!
そんなこと言ったら
おやじさんの家族に
申し訳ないよ…」
それだけ言うと
カウンターへと戻る奏

「本当の家族…か」
「おやじさん?」
切ない表情のおやじさんに
声をかけた今井
「君は奥さんと子供を
寂しがらせてないか?」
「アハハ、どうだろうな
大丈夫だと思ってるけど」
頼りなげな返事をする今井
「忙しくて大変だろうが
家族の心の声をしっかり
聞き逃すなよ」
まるで自分自身に
言い聞かせてるように
彼に言った

「ごちそうさま」
席を離れカウンターにいる
時に声をかける今井
「もう帰るんですか?」
「署に行く時間だからな」
「いつでも来てください
待ってますから」
二人が話しをしていると
客の応対が終わった奏が
こちらへやって来る
「もう、帰るの?」
「仕事だからな」
小さくため息をつく今井
「今度はさ、家族で来てよ」
軽くウインクして彼を見た
「自慢のパンケーキ
作ってあげるからさ!」
右手をヒラヒラさせて
彼を送りだす奏

朝の忙しい時間も過ぎ
ほとんど客もいなくなる
「今日もごちそうさま」
二人に声をかけ店を出る
おやじさん

「真実を伝えるのが
正解とは限らないって…」
ボソッと言う時
「えっ…どういうこと?」
「おやじさんがそう言った
嘘も方便…って言うだろ
おまえはどう思う?」
厳しい顔になる時

「依頼されたことを調べる
それが俺らの仕事だろ」
上目遣いに時を見て言った
その言葉に目を伏せる時
「調べた結果
何もわからなかった
ってこともあるか……」
口もとにニヤリと笑みを
浮かべる奏

「満弥くんには
近いうちに報告する
そのときはおまえも
一緒だからな」
伏せた目を開け奏を見る


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