珈琲いかがですか?

木葉風子

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サンタのおじさんの仕事②

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「ただいまー」
裏口の扉を開け中へ入る奏
店の中から話し声が聞こえた

❨もう閉店しているのに
客がいるんだろうか?❩

「おまえも中に入れよ」
奏に言われ入って来る満弥
「おかえりなさい」
店からこちらへやって来た
「双葉ちゃん、まだいたの?」
目の間に現れた彼女に聞く
「あら、いたら悪い?
でも、どうして満弥が
一緒にいるのよ?」
少し皮肉を込めて言った
「今日は彼に世話になった
からご馳走しようと思ってね」
明るく答える奏
「ところで、時は?」
「今、お客様だから」
「客?」
おもわず双葉の顔を見た
「うん、年配の男性
元カメラマンなをだって」
「萌ちゃん達は?」
「時さんと一緒にいるわよ」

❨陽くんがいってた人かな❩

「とにかく二人も入って
珈琲煎れるから」
立っている彼らに言った
「時は来客中だろ!
誰が煎れるの?」
皮肉っぽく言う奏
ムッとした様子の双葉
「どうぞご心配なく
時さんの珈琲だからね」

みんなが話している
テーブルの隣に座る三人

「三田とは同じ時期に
戦場に行ってたよ」

❨間違いなくサンタのおじさん
の知り合いか…❩

男性の顔を見た奏

❨おやじさんと同じ位かなぁ❩

中肉中背に銀縁の眼鏡
少し薄くはなっているが
七三分けのシルバーグレー
ラフだが品のいい服装
好印象を受ける

「奏、おかえり」
彼に気づき声をかける時
その声で目の間の奏を見た
「初めまして、新奏です」
年配の男性に向けて言った
「是非、君を被写体にして
シャッターを押したいね!」
奏を見るなり言う
「被写体?」
怪訝な顔で彼を見る奏
「あぁ、悪い意味じゃないよ
カメラマンの性(さが)かな
無性に撮りたくなるんだよ」
「よくわかんないなぁ」
小さく呟く奏

「彼女達のような若い女性も
是非撮ってみたいけどね」
口もとに笑みを浮かべ話す
「とにかく座れよ」
時に言われ、みんながいる
テーブルに椅子を持って座る

「奏さん
ありがとうございます」
席についた奏に礼を言う萌
「えっ、何が…?」
どうして萌に頭を下げられる
かがわからなくて聞き返す
「奏さんが探して
くれたんでしょ?」
萌が彼を見て言う
「俺は何もしてないよ
まぁ、この人の連絡先は
陽くんに教えてもらったけど
ここに呼んだのは時だろ」
「確かにそうだけど、でも
奏さんが教えてくれたから
会えたんだもの」

「感謝してるのは
こちらかもしれません」
不意に会話に入ってきた彼
そこにいるみんなが彼を見た
「それはどういう意味?」
彼の前に座る時が訊ねた
「三田さんは人生の先生
だったから…会いたいと
ずっと思ってました」

「人生の先生…?」
その言葉の意味を
探ろうとする奏

「三田さんと初めて会った頃
まだ十代の若造だったんだ
その頃は喧嘩ばかりしてた
それを心配した父親の友人の
カメラマンが自分の仕事場に
連れて行ったんだ」
「まさか、その仕事場が…」
「そう…戦場だ」
「でも、ずいぶんと
大胆な発想だよな」
半ば呆れた様子で言う奏

「戦争って、でかい喧嘩
みたいなものって思ってた
怖いもの知らずで戦場に
行ったんだよ」
厳しい表情で話しを続けた
「でも、現実は
そんなもんじゃなかった
一分一秒が死と向き合わせ
それが…戦場だ!
でも、そんな場所にも
そこで生きてる人がいる…」

「おじさんの写真の中の
子供達、笑顔で写ってたわ」
ポツリと萌が言った
「そこで三田さんと出会った
あの人はそこで生きてる人を
撮り続けていた
毎日必死で生きてる人達の
日常をね…」
その話しを聞きながら
村にいた頃のおじさんを
思いだす萌

「どうしたの?」
萌の様子が気になる由季
「うん。おじさんね
写真館の中だけじゃなく
村の景色と一緒にみんなも
撮っていたなって」
なんだか悲しそうな表情の萌

「普通に生きてる人を
撮るのが三田さんの
信念なんだよ」

「信念…」

「普通に生きることが
どれだけ素晴らしいことか
それを残すために
撮り続けていたのかもな…」

「じゃあ、あなたも
サンタのおじさんのこと
知らないんですね」
「戦場でしか会ったことない
から、日本での彼のことは
何も知らないんだ」

すまなさそうに萌を見る
ガッカリした様子の萌
心配そうに彼女を見た
双葉と由季
「でも、仕方ないよ
まぁ、若い頃のことが
わかっただけでも
目っけもんだよ」
女性三人を元気づける奏

「今日はわざわざ
足を運んでいただいて
ありがとうございました」
時が彼に頭を下げた
「いやいや、そんなことは
寧ろ美味い珈琲が飲めて
満足してるよ」
笑顔を時に向けた彼
「じゃあ、失礼するよ」
席を立ち扉へ向かう彼
扉に手をかけた瞬間
何かを思いだしかのように
みんなの方を振り向いた

「いま思いだしたんだけど
一人だけ親しい人の名前を
聞いたことがある…」
「親しい人…」
時が彼に聞く
そして、名前を告げた
「えっ…?」
その名前を聞いて驚く奏

「また珈琲
飲みに来るよ」
そう言って出ていった

呆然と立っている奏
「どうしたんだ」
時が声をかける
「ケン兄ちゃんのこと
わかったかも…」
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