珈琲いかがですか?

木葉風子

文字の大きさ
上 下
33 / 80

来栖商会 社長の名前

しおりを挟む
都会の賑わいから外れた下町
幾つかの小さな工場が並ぶ
その一角に立っている奏
目の前にある工場の看板を
見つめている
[来栖商会]
二階建ての小さなビル
その隣には倉庫と
何棟かの工場がある
❨ここで間違いないよな…❩
他の会社の工場も
小規模な建物ばかりだ
❨おもってたより
小さな会社だな…❩

来栖商会の倉庫のシャッター
が開き作業服の青年が荷物を
抱えて出てきた、彼の後ろに
五十代ぐらいの男性、二人で
真剣に話しをしている
その青年をじっと見る奏
そのとき来栖商会のビルから
一人の男性が来る
白髪で恰幅のいい紳士
奏の姿を見て近寄って来る

「青野奏さん、ですか?」
彼に呼ばれそちらを見る
「初めまして、青野です
よろしくおねがいします」
ポケットから名刺を出した
[スカイ出版 青野奏]
名刺を見て奏の顔を見た
「今日はどんな取材ですか?」
疑い深く奏に訊ねる
「新進気鋭の社長に聞く
それがテーマです」

「社長…ですか」
小さくため息をついた
そして倉庫の前で仕事をする
青年を心配そうな目で見た
「ひょっとして、彼が社長」
「えっ…はい、そうですが
まだまだ若くて社長には
見えないでしょ…」
少し困ったような顔で話す

「いえ
そんなことは思いません
ただ以前会ったときは
いかにもやり手の社長らしく
ブランドのスーツで身体を
固めていましたからね
でも、俺から見れば今の彼の
方が素敵に見えますよ」

「以前…?」
「ええ、新しく創刊される
雑誌の取材のときに」
「あの企画はタケルの
あっ、いえ社長の提案でね
もっとも古株の社員達は
猛反対だったんですよ」
「猛反対…」
「話しは中でしますから
どうぞお入りください」
彼に促され中へ入る
仕事中の社長には
きづかれずに入れた

❨まぁ、もし会ったとしても
あのときのモデルと同一人物
だとはおもわないだろうな❩

「副社長、お客様ですか?」
事務員の女性訊ねた
「副社長…?」
奏が言った声に振り向く彼
「副社長といっても、肩書
だけで何もしてないですよ」
恰幅のいい身体を揺らし
少し照れた様子で話した

❨龍谷専務は営業部長だと
言ってたはずだが…❩
疑問を感じながらついて行く
事務所の奥の応接間に座った
先ほどとは違う女性が奏の
前にお茶を運んできた

「すいません
紹介が遅れました」
そう言って名刺を手渡した

[来栖商会 副社長
  河野健士(こうのたけし)]

「あの、確か以前は営業部長
だったんですよね?」
「それは前の社長のときです
以前の副社長は社長の息子
でしたからね
もっともこの肩書きは最近
なったばかりだから社外の
人間で知ってる人は余り
いませんからね」

❨でも副社長って
すごい出世だよな❩

「副社長、この方は?」
奏の前にお茶を置いてから
彼の方に向きを替え訊ねた
「ああ、社長の取材に
来られた出版社の方だよ」
副社長の言葉で奏の方に
向き直して深く頭を下げる
「わざわざ息子の為に
ありがとうございます」
「息子って、じゃあ
あなたは…」
彼女は来栖佳子(くるすよしこ)
夫と息子を亡くしてからは
来栖商会の事務全般を
受け持っている

「息子のタケルさんはここの
社長になるまではどこにいた
のか知っていますか?」
少し考え込む佳子
「息子は高校卒業すると
家を出て行ってしまいました
家には一切連絡なかったわ
どこで何をしていたのか
私は全く知りません」
「そうなんですか
じゃあ、彼がここに戻って
来たのは父親と兄の死を
知ってからなんですね」
母親の佳子に確認をとる奏
 
「二人が事故で亡くなった
ことを知って帰ってきたの」
そう返した佳子
「タケルさんが自分の意志で
帰って来たのか…
サンタのおじさんも彼が誰か
なのかは知らなかったしな…」
ボソッと呟いた奏

「あなたは社長の何を取材
したいんですか?
なんだか昔のタケルのことを
しりたがってるみたいだな」
怪訝そうにみる健士

「もちろん今からの来栖商会
が何を始めるのかの取材です
それには彼がどんな風に
生きてきたのか知ることも
必要なことですからね
彼は家を飛び出してから
また戻って来るまで何を
してたんでしょうね…」
真っ直ぐに健士を見て言う
「どこで何をね…」
奏を真っ直ぐ見返しす健士
「あなたはタケルさんの
居場所を知ってたんですね」
「どうやらお見通しみたいだ
そうですよ、タケルにある人
を紹介したよ…彼は素直に
聞いてくれた、但し親には
言わないでくれって言われた」
それを聞いた佳子が驚く

「その人と言うのは
三田健九郎さんですね」
「君は三田さんを
知ってるのかい?」
「直接は知りません」
話しを続ける奏
「俺は知りませんが
三田さんのことを
“サンタのおじさん”と言って
慕っている女性達がいます」

「サンタのおじさん…」
ニヤリと笑う健士
「彼と知り合った頃
からかいましたね
サンタクロースだなって…」
懐かしそうに話す健士
「ねぇ、サンタクロースって
三田さんのことよね!
佳子も話しに加わってきた
「名前がサンタクロース
みたいだって言ってたの
憶えてるわ…でも、まさか
タケルがお世話になってる
なんておもいもしなかったわ」
親しそうに話す二人を見て
不思議な感じを受ける奏
「あの、お二人は
親しいんですか?」
「あら、副社長から
聞いてませんか?
仕事中はそうよんでますが
普段はお兄さんだからね」

「えっ?
じゃあ、二人は兄妹!」
「年は離れてますけどね」
いたずらっぽく笑う佳子
「それでわかりましたよ
あなたが副社長の理由が…
社長を支える為に副社長に
なられたんですね」
「かわいい甥っ子や妹の
ためだからな」
優しい顔で話す健士
「その甥っ子の為に
三田さんを紹介したんだ
彼とはね名前に健という漢字
があるから親しくなったんだ」

「健…!」

「私の息子は健と書いて
タケルと読むんですけどね」

「健で、タケルか…」

「長男はね、父親から漢字を
もらって名付けたから
それで次男はね、私の兄から
一字もらって健(タケル)って
名付けたのよ」
息子の名前の由来を話すな

「でも、健を探して
どうするんですか?
それと私と健のことを
誰にきいたんですか?」
さっきまでにこやかに
話していた健士が厳しい
表情で奏に訊ねた

「…………」
考え込んで無言になった奏
そんな彼をじっと見る健士

「始めに言ったように
雑誌の撮影現場で健さんに
会いました。そこにいた
モデル会社の社長が健さんを
知っていました。
あなたのことはある会社の方
から聞きました」
慎重に話しだす奏
「健さんを探していることは
まだ彼には黙っていて
くれませんか?」
「どうしてですか?
健にとって不利になるなら
黙っているわけには
いきませんよ!」
厳しい顔で問い詰める

「いえ、けして不利には
なりませんよ、むしろいい話
かもしれませんよ」
「いい話しって
どういうことなんですか?」
心配気に聞く佳子
「彼、子供達から
ケンにいちゃんって呼ばれて
慕われてたみたいですよ」

「ケンにいちゃん…?」

「まぁ、俺も人から聞いた
話しだからね」
「その子供達が
さっき言ってた女性達?」
健士が聞いてくる
「ええ、そうです
サンタのおじさんがいた
村に住んでた女の子ですよ」
「そうか、それで
健のことを…」
疑問が解けてホッとした様子

「でも、どうして
ケンにいちゃんなの…」
おもわず聞く佳子
「さぁ、その辺のことは
俺はよく知らないけどさ
でも、子供達にとっては
頼りになるおにいちゃん
だったんだろうね」

「頼りになるって…
あの子が?
なんだか信じられないわ」
そう言って兄の健士を見る
「まぁ、親に見せる顔と
他の人に見せる顔は違うから」
奏がボソッと言った
「そうなの?
でも、上の子はいつも
一緒だった気がするわ」
「まぁ、それぞれの性格の
違いもあるけどね
健は子供の頃から出来のいい
兄と比べられて親や大人の前
では素直になれなかたのかも」
健士が顔をじっと見ていた
佳子に言う

「じゃあ、どうすれば
よかったのかしら?
私はあの子達にとって
いい母親じゃなかったの…」
「そんなことないよ
ある時期、親と口も聞かない
誰にだってそんなときもある
だから自分を責めることは
ないと思うよ」
「おにいさんも
そんな頃あったの?」
「さぁ、どうだったかなぁ
昔のことだから忘れたよ」
苦笑いを浮かべて言った健士

「ところで、その女の子達は
どうして健を探してるんだ?」
奏に訊ねる健士

「それは…
健さん本人に直接話しますよ」
二人を見て言った奏




しおりを挟む

処理中です...