珈琲いかがですか?

木葉風子

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ひと休み 写真展 準備中①

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「期間は26日から29日までの
四日間です。いいですか?」
萌が自分の前に座っている
男性に深く頭を下げる
「頭を上げてください
どうせ空き店舗ですから
自由に使っていいですよ」
そう言ってカウンターにいる
時の方を見た
「それに時の珈琲がタダで
飲めたから、それで充分」

喫茶「古時計」
カウンターの前のテーブルに
座る萌、彼女の前にいるのは
商店街会長といっても最近に
父親から引き継いたばかりだ
「でも、あまり人がこない
商店街だけど、いいのかな?」
心配そうに訊ねる
「いえ、安く場所を貸して
いただけるだけで充分です」
笑顔で答える萌
そのとき双葉が
珈琲を運んで来た
「はい、どうぞ「古時計」
オリジナル珈琲です」
笑顔でテーブルに置いた

「なるほどね」
意味有りげな顔で時を見る彼
「なにがですか?」
表情も変えずに彼に聞く時
「最近「古時計」に若い男性
が増えてるって聞いてたけど
その理由がわかったよ」
商店街会長といっても
まだ四十半ばの彼が時を見て
ニヤニヤと笑っている
「で、奏はいないのか?」
時に訊ねる彼
「まぁ、いろいろと
忙しいんだよ」
「なるほど~
もう一つの仕事も
順調ってことかな…」

“チリ~ン
扉の鈴が鳴り
奏が入って来た
「なんだよ、閉店なのに
表の扉開いてるぜ!」
「おかえりなさい、奏さん」
双葉が笑顔で出迎える
「やっとお帰りかい
女ったらし!」
「あれぇ、誰かとおもえば
会長殿じゃないか」
互いに嫌味を言い合う
「入口が開いてるのは
僕が入って来たからだよ」
「で、タダで時の珈琲を
飲んでるわけだな」
またまた嫌味を言う奏
「いいだろが!
時の奢りなんだから」
「今日は彼に頼み事が
あったからね」
二人の会話に割って入る時

「頼み事…」

「あっ、あのね…
写真展開催できるの
その話しをしてたのよ」
椅子から立ち上がり
奏に向かって話しだす萌
「写真展…
それって、いつするの?」
真面目な顔で聞いてくる奏
そんな彼をじっと見る双葉

❨奏さん
ひょっとして…❩

「26日から29日までよ」
「クリスマスの後か…」
何かを考えている奏
「何か悪い事
おもいついたの?」
嫌味っぽく言う双葉
「あっ、いや
その前にクリスマスの準備
手伝ってもらえるかなって
その代わり写真展の準備を
手伝うからさ!」
「クリスマスの準備って
何するの?」
萌が訊ねる

「クリスマスといえば
もちろんケーキ
後は七面鳥…は無理だけど
ローストチキンに
ホワイトシチュー…かな」
「店でクリスマス料理
だすの?」
今度は双葉が聞いてくる
「そりゃ、そうさ!
なんせ儲けどきだからね」
そう言って自分の前に座る
会長を見て言う奏
「まぁ、こんな寂れた所でも
クリスマスの頃は
少しは賑わうからね」

「なんだか、すごく楽しそう
でも、残念だな…
クリスマスの当日は仕事
だからここには来れないわ」
ホッとため息をする由季
「あっ、でも大丈夫
準備は手伝えないけど
28日からは東京に来るから
後片付けは手伝えるわ
それに正月も東京にいるから」
萌を見て笑顔で言う由季

「こんな可愛い手伝いがいて
嬉しいだろ、奏」
「会長こそ彼女達目当てで
毎日通って来そうだね」
「そりゃ、そうさ!目の保養
いや、心の保養になるよ!」
目尻を下げながら話す

「それってさ、
中年のおっさんの発想だよ」
軽蔑の眼差しで見る奏
「何だよ、その顔は…」
「いえいえ、あなたも早く
パートナーみつけなきゃね」
「フン!余計なお世話だ
こんな四十過ぎの男に嫁さん
来るわけないだろが…!」

「えっ…会長さん
独身なんですか?」
二人の会話を聞いていた由季
彼らをじっと見た
「そうだよ。
今にも潰れそうな小さな酒屋
なんか誰も相手しないよ」
大きなため息をつく彼
「大変なんですね」
心配そうに言う由季
「東京といっても
賑わっているのは
ほんの一部だけよね」
双葉がみんなを見て言った
「ここの商店街だって
いつなくなるか…」
不安気な様子になる

「へえ~、じゃあ
今年のクリスマスはど~んと
派手にやろうか!
人手はあるみたいだしね!」
「人手って私と萌ちゃん?」
「もちろん!
手伝ってくれるだろ?」
ニヤッと笑いながら言う
「奏さんに
こき使われそうだわ」
おもわずムスッとした顔に
なる双葉
「そんな言い方、失礼よ」
萌がすかさず注意する
「いいんだよ
それぐらい言っても
応えやしないよ!
時だって、そう思うだろ」
二人の会話を聞いていた
会長が嫌味ったらしく言った
「まぁ、その通りかもね」
時までもが言う
「なんだよ、おまえまで」
知らぬ顔をしている時に
向かって叫ぶ奏

「あーあ、いいなぁ」
みんなの話しを聞いていた
由季が羨ましそうに言う
「残念だなぁ
クリスマスにはこれないから
奏さんのご馳走食べられない」
由季の言葉に彼女を見る会長
その横顔に惹きつけられる
「今日の夜には帰るのよね」
双葉が由季に確かめる
「うん、仕事休めないから」
何故か残念そうな様子の会長
そんな彼をじっと観察する奏

「ごめんね、私のために
わざわざ来てくれて」
申しわけなさそうに言う萌
「でも、年末には東京に
くるんだろう?」
さり気なく聞いた奏
「年末と正月は萌ん家に
お世話になるのよ」
嬉しそうに言う由季
その言葉に顔を綻ばせる
会長の態度を見逃さない奏

「じゃあさ、正月に来なよ
派手に出迎えてあげるよ」
「わぁー、ほんと?
楽しみだなー!
そのときはよろしくね」
笑顔でVサインを奏に向け
はしゃぐ由季
その様子をなぜだか嬉しそう
に見ている会長
「そっか、こんど来たときは
サプライズなことあるから
楽しみにしててよね」

「ねぇ、奏さんのサプライズ
ってなんだろうね」
二人に訊ねる由季
「すごく素敵なことが
ありそうな気がするわ」
萌も楽しそうに話す
「ねぇ、双葉ちゃんも
そう思うでしょ?」
店を出て歩く三人
駅まではもうすぐ
萌の問いかけに答えない双葉

「双葉ちゃん!」
萌が大きな声で彼女を呼んだ
「えっ…?」
「どうかしたの?」
「あっ、ううん
何でもない」
そう言いながら萌を見る

❨奏さんの言うサプライズ
って、たぶんそうだよね…❩

「由季ちゃん
何時の電車なの?」
話題を変える双葉 
「えっと、ね、遅くても
六時半の電車じゃないと
乗り換えの最終終わるから」
そう話す由季
「なんか、大変だね…でも
羨ましい気もするなぁ」
「羨ましい?」
「そうよ、私は東京生まれで
両親も東京だから“故郷”って
ないからよ」

「都会に住んでる人って
そんなこと言うけど
実際に住んでみれば
大変なことばかりよ!」
なんだか怒ってるようだ
そんな由季に聞く双葉
「上京しようとは
思わなかったの?」
足を止め、双葉を見て言う
「そりゃ、少しは考えたわ
こっちには萌もいるしね」
「由季…」
驚いた様子で彼女を見る
「でも、東京は嫌だって
言ってたじゃない」
「そうね 
ほんとは興味あったわよ
でもね、父親に寂しい顔
されたからね…」

「おとうさんに…?」
「うん。それで思ったの
どうせいつかは家を出るから
まだいいかなって…」
「由季ちゃんって
ファザコンなんだね」
「ちょっと、双葉ちゃん
そんなこと言わなくても…」

「その通りかもね!」
そう言うと駅に向かって
また歩きだす由季
二人も慌ててついて行く
そして改札口の前に着いた

「由季
ほんとにありがとうね」
彼女の手を握って言う萌
「ううん
何も役に立てなくて…
早く“ケン兄ちゃん”
見つかるといいわね」
「うん。奏さんと時さんが
絶対見つけてくれるって
信じてるわ」
「フフ、そうね
あの二人なら信頼できるよね」

❨大丈夫だよ
萌ちゃんの願いは
もう叶ってるはずだよ…❩
二人を見ながらそう思う双葉

「じゃあ、ここでね」
改札を抜けてホームへ
上がる階段の前
「写真展
楽しみにしてるからね」
そう言って階段を上がった

「素敵な友達だね」
「うん、ほんとにそうだわ」
話しながら、それぞれの家に
向かう電車のホームに
向かって歩きだした二人

「サプライズって
何する気なんだ?」
「何って…別に」
時の問いかけにとぼける
「それよか、クリスマスだよ」
「クリスマスが
どうかしたのか?」
「今年のメニュー
どうしようかな…
まだ何も考えてない…」
思案顔で時を見る
「料理はともかく
ケーキは彼女達に頼めば?
彼女達目当ての男性客達は
嬉しいんじゃないのかな」
涼しげな顔で平然と言う時
「あのさ、簡単に言うなよ
ケーキ一つ作るのでも
大変なんだから」
おもわず睨みつける

「おまえには感謝してるよ」

おもわぬ一言に驚く奏
「時、なにか隠しごとでも
あるのか?」
「さあ、どうかな」
平然とした顔で奏の言葉を
スローする

「25日は貸し切りにすれば
いいだろ。それなら大丈夫」


    
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