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第一章 雑魚テイマーの嘆き

第7話 雨宿り

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「モコ……やっと会えた。怒鳴ったりしてごめん。何処にも行かないで。お願いだよ」

 僕は腕の中のもこもこふわふわな相棒にそう懇願した。
 もう二度と離れないで欲しいという想いを込めて。
 モコはどんな反応をするのだろうか?
 一度は僕から逃げ出したモコ。
 今僕の身体に抱き付いているのは、ただ単に岩石ウサギに襲われていた所を助けたからだけかもしれない。
 死んでしまうと言う恐怖から知己の者に縋っているだけの気の迷い。
 冷静になったらまた僕の元から去ってしまうかも……。

「コボッコボッーーー!」

 モコが首を振りながら何かを訴えている様に、僕の首に回した手に力を入れた。
 何を言っているのかは分からないけど、契約紋を通じてモコの感情が僕の心に流れ込んで来る。

「モコ……? なんで謝ってるの?」

 流れ込んできた感情からすると、モコは必死に謝罪しているようだ。
 念話は相変わらず通じないけど、これだけ純粋な想いなら『ごめんなさい、ごめんなさい』って言っているのだろうと言うのが分かる。
 どうして謝るんだろうか?
 嫌いになった相手とは言え、僕に迷惑を掛けたから?
 いや、それはモコが悪いんじゃない。

「モコが謝る必要なんて無い。僕が全部悪いんだ。折角慰めようとしてくれていたモコに冷たく当たって……。そりゃ僕の事が嫌いになって故郷に戻りたくなっても仕方無いさ」

「コボコボコボ!!」

「え? ちょっ! ど、どうしたんだよ。急に首を振って」

 僕の言葉に突然モコは首をブンブンと振り出した。
 どうもその仕草と感情からすると僕の言葉を否定しようとしているみたいだ。
 そしてまた僕の首に抱き付いてギュッと力を込めてきた。
 その感情は最初と同じ謝罪の思いが込められている。

「もしかして、僕が嫌いになったから家を飛び出したんじゃないって言うの?」

「コボ」

 モコは抱き付いたままコクリと頷く。
 そして、モゾモゾと手や足をバタバタと動かし始めた。

「モコ。ちょっと、どうしたの? 急に暴れて」

「コボッコボ!」

「なに? 何か伝えたい事があるの?」

「コボーー!!」

 何かを訴えたいと言う想いを感じたので、そう尋ねたら今度は肯定の感情と共に嬉しそうな声を出した。
 僕はどう言う事か分からず、取りあえずモコがジェスチャーで何か伝えたい事が有るみたいなので地面に降ろしてみた。

「コボ! コボ!」

 地面に降りたモコは、僕に手を振って今からジェスチャーを始めると言う仕草をした。
 モコは僕に何を伝えたいのだろうか?
 僕もしゃがみ込んでモコのジェスチャーを見学する事にした。

「コボコボ! コボーーー! コボキュ~ン……」

 まずモコは横を向いて地面を見下ろしながら手を大きく上げて唸った後、サッと見ていた地面の方に身体を動かしてしゃがみ込み、今度は自分自身の身体を両手で抱き締めてぷるぷると震えて縮こまった。
 そして両手で顔を覆い泣いているような仕草をする。
 まるで怖いものに脅えていると言う感じだ。

「えぇと、もしかして自分は弱いって言いたいの?」

「コボ!」

 まるで『ソレ!』と言いたげに僕の方を指差してウンウンと頷いている。
 どうやら当たったようだ。

「コボコボ……。コボコボコボ!!」

 また演技を再開したかと思うと、今度は辺りをうろうろと歩き出した。
 そして、何かを『見つけた!』とでも言いたいのか、急に何も無いところに向けて勇ましい声を上げて武器を構える仕草をした後、その何かに向けて走り出しブンブンと手を振り回す。
 おっ、反撃された? 怯んだ仕草の後、またその何かに向けて手を振り回している。
 どうやら戦っていると言いたいのだろうか?

 モコはしきりに手を振り回した後、勝利の雄叫びを上げながらドヤ顔チックな表情でガッツポーズをした。
 片方の腕をキュッと曲げて力瘤を出す仕草をして、もう片方の手でパンパンとその力瘤付近を叩いている。
 まぁもモコには力瘤なんて無くてもこもこのふわふわなんだけどね。

 ジェスチャーはこれでおしまいのようだ。
 モコは「コボ? コボ?」と僕の様子を伺っている。
 どうやら『今の分かった?』とでも言っているのだろう。

 今の一連のジェスチャーは一体どう言う事?
 ウロウロしていたのは……旅をしていたと言いたいのかな。
 そして何かに向かって武器を振っていたのは敵と戦っていたと……。
 最後のは強くなったと言いたいのだろうか?

「う~ん。あっ! もしかして武者修行の旅に出て、強くなろうとしてたって事?」

「コボーーーー!!」

 僕の言葉にモコは両手を上げてピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいる。
 どうやら僕の推理が当たったようだ。
 と言う事は、モコが家を出て行った理由とは、グロウ達に僕達が弱いからと言う理由でパーティーを追放された事を悔やんで、強くなる為に一人で故郷に戻って特訓しようとしたって事?

「モ、モコ……。ほ、本当に僕を嫌いになったから家を飛び出した訳じゃないって言うの?」

「コボッ! コボーーー!!」

 僕がモコにそう尋ねると、涙目になりながら僕に飛び付いて来た。
 『嫌いになる訳がない』と、言うように僕に抱き付いて顔をぐりぐりと擦り付けて来る。
 自分が弱いから僕に迷惑を掛けないようにと強くなろうとしていたのか。
 そうじゃない、僕が弱いからだよ。
 僕はそんなモコの気持ちが愛おしくなってギュっと抱き締めた。

「モコ。本当に心配したんだから。もう一人でどこかに行っちゃダメだよ」

 僕は優しくモコに話しかけた。
 するとモコはフンフンと何度も頷いている。

「一人で無茶はしないで。僕達は家族なんだ。一緒に頑張ろうよ。叔母さんも手伝ってくれるって」

「コボ、コボ」

 コボはそれにも頷いている。
 『ごめんね、ごめんね』と、一生懸命謝罪をしている感情が僕の中に流れて来た。

「よし! 僕とモコと叔母さんの三人で強くなってグロウ達を見返してやろう!!」

「コボーーーー!!」

 僕の掛け声にモコを賛同して手を突き上げた。
 そうだよ、ゆっくり強くなればいい。
 実家は僕なんかより実力が有る妹が継げばいいんだ。

 
「じゃあ、モコ。帰ろうか」

「コボッ! コボッ!」

 僕は森の出口に向けて歩き出し……?
 あれ? ここ何処?
 今いる場所は少し開けているとはいえ、辺りを見回すと周囲は鬱蒼とした木々しか見えなかった。
 岩石ウサギの誘導に引っかかって走らされていたもんだから今自分が居る場所が分からなくなているみたい。
 この森は何度か来た事が有るって言っても、こんな感じの開けた場所は幾つか有るんでいまいち何処か分からなかった。

「う~ん。この場所は見た事有る気はするけど。何処だったっけ?」

 ええと、確かこっちの藪から出て来たからんだから、ここを行けば森から出られるかな?
 いや、途中何度か曲がったし、まっすぐ行っても迷うだけかも。
 それに、また岩石ウサギの縄張りを横断する事になっちゃう。
 もう魔力がほとんど残ってないから、さっきの戦法はもう使えないよ。
 今度は本当にヤバいから、何とか迂回しないと。
 まずは現在地の確認だ。
 そう思って空を見上げると、いつの間にか雲に覆われて太陽の位置が分からなくなっていた。

「ちぇっ、太陽の位置さえ分かれば方向も分かったのに。じゃあ山はどっちだ?」

 太陽が当てに出来ないなら次は山の位置から現在地が分かるだろう。
 そこまで高くない山とは言っても大分森の奥に来たんだから、木の上から山頂が覗いていてもおかしくないはずだ。
 僕は開けている場所の縁に沿って歩き出した。
 そして対角線上の木の上を観察する。
 これなら角度的に真ん中に立って見渡すより遠くまで見える様になるだろう。
 山頂さえ分かれば形からおおよその位置が分かるはず。

「あっ! 山だ。って、すぐそこじゃないか。あーー思い出した。この場所知ってる……」

 半分ほど歩いたところで山が見えた。
 どうやら最初に縁に立った側が山だったようだ。
 山頂どころか中腹まで見える。
 森の奥に目を凝らすと、さっきまで気付かなかったが確かに山肌らしきものが見えていた。
 山頂の形からすると、街道の分かれ道からバルト方面に向かう途中に見えている景色に似ている感じだ。
 それにこの場所は何度か休憩に使った場所だった事を思い出した。

「と言う事は、分かれ道から結構西に行った所か……。取りあえず今いるところをまっすぐ進んだら街道に出れそうだな」

 場所さえ分かれば街道までの距離は大体把握出来る。
 少し歩くけどそこまで遠い位置じゃない。
 僕は目の前の木々を伺った。
 幸いな事に岩石ウサギ達が逃げて行った方向とは大分逸れているので、あいつらと鉢合わせする事はなさそうだけど、別の魔物が居ないとも限らない。
 暫く耳を澄ませながら眺めていたけど、特に変な音や気配は感じなかった。
 どうやらこの先には魔物は居ないようだ。

「しかし、山の西側って確かモコの巣が有った場所の近くだね。ここって結構薬草も生えているし、今度はちゃんと準備して来ようね」

「コボ!」

 僕の提案にモコが元気よく答えた。
 10匹を超える岩石ウサギの群れなんだ。
 ギルドに報告したらすぐに討伐依頼が出されるはず。
 魔物と言っても岩石ウサギの肉は街ではポピュラーな食材だし、毛皮も含めて買い取ってくれるんで誰かが倒してくれると思う。
 そしたら安全にやって来れるようになるだろう。

 ポツ――。

「あれ? 今なんか……?」

 魔物が居ないようなので街道に向けて森の中へと足を踏み入れようとしたその時、何かが降って来たような音が聞こえた。

 ポツリ。

 頬に何かが当たる。
 手で触ると濡れていた。
 え? もしかして?
 そう言えば空が曇っていたけど、まさか?
 僕は空を見上げた。

 ポツ、ポツ。
 ポツポツポツ、ザーーー!!

「うわっ! 雨だ! 降って来た!」

 急にザァザァと音を立てて土砂降りの雨が降って来た。
 最近暖かくなって来たけど、夏にはまだ遠い。
 雨に濡れちゃうとモコも僕も風邪ひいちゃうよ。

 僕は近くの大きな木のそばまで走りって雨宿りをする。
 と言ってもほとんど気休めだ。
 土砂振りの雨を守ってくれる程の枝葉は無いようで、ポツリポツリと身体を濡らしていく。
 この大きな木でこれなら森の中を走ったとしても途中でずぶ濡れになっちゃう。
 どこかちゃんとした雨宿りの場所を見付けないと。

「このままじゃマズイよ。どうしよう……? あっそうだ!」

 閃いた僕は開けた場所を迂回するように森の中を走る。
 勿論モコが濡れないように、ぎゅっと抱き締めて身体を屈ませながら。
 目指すはモコの巣が有った洞窟だ。


        ◇◆◇


「ふぅ……良かった。別の魔物の巣になってないみたい」

 なんとか山の麓の小さな洞窟に着いた僕らは中の様子を伺うけど魔物の気配は感じられなかった。
 この洞窟の中はそんなに深くないのでどこかに息を潜めているって事もないだろう。
 僕らは安心して洞窟に入り腰を下ろした。
 確か前回来た時に焚き火をしたはず。

「まだ残ってると良いんだけど……あっ有った有った。"着火”」

 僕は少し奥に入ったところに運良く荒されないまま残っていた焚き火跡に着火の魔法を唱えた。
 こんな僕でも一応初歩の魔法は何とか使える。
 消費魔力も大きくないので、魔力切れが近い今の僕でも問題無い。
 前回来た時に残していた薪もいくつか残っていたので、魔法で点いた火種に薪をくべて火勢を上げた。

「ふ~、あったかい。ほら、モコ。こっちにおいで」

 少し離れたところで焚き火の準備を見ていたモコに声を掛けた。
 すると嬉しそうにモコがやって来て隣に座った。
 雨に濡れて少し冷えた身体がだんだん温もってくる。

「結局モコの巣まで来る事になっちゃったね」

「コボ~」

 モコはここでの生活の事は覚えていないようだ。
 土壁の奥で匿われていたので仕方ないかもしれない。
 以前来た時もそうだけど、やはり辺りを見回して不思議そうな顔をしている。
 両親の匂いとか残っていないんだろうか?

「ほら、あの奥の崩れている先でモコと出会ったんだ」

 半年前ここに来た時に、僕が開けてしまった穴を指差した。
 前回来た時に他にも隠された巣穴が無いか壁を叩いたけど見付からなかったっけ。
 本当に凄い偶然だよ。
 あの時たまたま僕がその壁に寄り掛からなかったらモコと出会わなかったんだ。
 そして、両親に見捨てられたモコはそのまま死んでしまっていたかもしれない。

「モコ。僕達出会えて良かったね」

「コボコボーー!」

 “…………ョ”

 二人してこの幸運な出会いに喜んでいると、何処かから声が聞こえた気がした。
 場所はモコが居た穴の奥だ。

「モコ? 今何か聞こえた?」

「コボ?」

 モコに尋ねると不思議そうに首を傾げている。
 どうやらモコは気付かなかったようだ。
 焚き火の明かりが届かない穴の奥。
 僕はゴクリとツバを飲み、その暗闇を見詰めた。
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