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第三章 世界を巡る

第62話 ぽかぽか

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「も、もしかして、これって……始祖からのメッセージ……なの?」

 僕は僕とライアの目だけに映る真新しい禁書に書かれた表題を何度も読み返す。

 『我が力を継ぎし者へ』

 僕の血で眩しい光を放った封印、そしてこの表題。
 そんな僕だけに起こった異常事態。
 母さん達……いや代々ご先祖達が目にして来た表題とは異なるは、考えるまでも無くそこに書かれている言葉通り僕が始祖の力を継ぎし者だからなのだろう。

「……もう一度確認させて貰えるかしら? マーシャルの目には禁書が新品の様に映っていて、その表題は私達が見えている『我が子孫に残す』とは異なっている。……で良いのよね」

「うん」

 僕は神妙な顔付きでそう尋ねてしてきた母さんの目を見ながら頷いた。
 どう言う魔法なのかは知らないが僕の前には張ったばかりの牛革で装丁された始祖が残したと思われる本が置かれている。
 ライアにも同じ様に見えているらしい。
 それが僕の従魔だからなのか、それともカイザーファングとしての能力なのかは分からない。

 そう言えば、ライアはもう一つおかしい事を言っていたな。
 この禁書から良い匂いがする……か。

 これに関しては僕には特別な匂いなど感じられなかった。
 ライアの言葉に最初は新しい牛革の匂いでもするのかとも思ったんだけど、実際顔を近付けて嗅いでみても全くそんな匂いは感じない。
 それどころか母さん達と同じ様に革張りの古書特有のすこしばかりカビた匂いしか嗅ぎ取る事が出来なかった。
 どうやら禁書が新しくなっているのではなく、その様に僕の目に見えているだけで実際に時が巻き戻った訳でも、異空の彼方から転移して来た訳でもないようだ。
 それなのにカイザーファングの嗅覚は何を感じ取ったと言うのだろうか?
 多分ライアに聞いてもちゃんとした答えは返って来ないと思う。
 これ以上表紙ばかりを見ていてもしょうがないので僕は禁書を手に取ってみた。

「これは……」

 実際に禁本を持ってみて分かったんだけど、僕の想像通り禁書はその見た目が変わっているだけの様だ。
 表面の感触は明らかに張りたてツヤツヤの牛革ではなく、湿度による膨張と乾燥による収縮を繰り返したのが容易に想像出来るようなゴワゴワしたものだった。
 柔らかさの欠片もなく三百年と言う年月を感じさせる禁書は、見た目とのギャップから少しばかり脳が混乱して思わず手から落としそうになって焦る。

「あ、あぶな……。母さん、触った感覚は普通に古い本みたい感じだよ。どうも僕とライアの目にそう見えるだけみたい」

「なるほどねぇ。それが目に投影されているのか、それとも身体に宿った力が脳内に映像を結んでいるのか……興味は尽きないわね。まぁ取りあえずそんな訳みたいだから禁書は慎重に扱ってね。見た目に囚われて雑に扱っちゃうと破損しちゃうわよ」

「そ、そうだね。気を付けるよ。しかしギャップが凄いなぁ。頭がおかしくなっちゃう」

 僕はドキドキしながら慎重に机の上に禁書を置く事にした。
 手に持って読もうと思っていたけど、一ページずつ丁寧に捲っていった方がいいみたいだしね。

「マーシャル、早速表紙を開いてくれないか? 本来の禁書だと本扉となる一ページ目には口絵と著者名が書かれているんだよ」

「口絵と著者? うん分かったよ。そう言えば始祖の名前は知らないや。著者欄にはなんて書いてるんだろう」

「それに関してはお母さんも知らないのよね。何処にも載っていない……いえ、どちらかと言うと伏せられていると言った方が適切だわ」

「伏せられてる……? なんでだろう。人魔大戦を終わらせた英雄なのに……。あっ! 表向きは終わらせた勇者パーティの内の一人って事になってるんだっけ」

 歴史の授業ではそんな風に習った。
 何百年も続いた人魔大戦がたった一人の魔術師の手によって終結したと言う事実は、時の権力者や他の系統の魔術師達にとって自らの立場を脅かすに十分な出来事だったのだろう。
 少なくとも表向きには始祖は魔王を倒した英雄ではなく、あくまで勇者パーティの一人として魔王討伐に従軍したと歴史書には記述されている。
 僕が知っている始祖の活躍の多くは政治的謀略によって殆どが抹消されているんだ。
 母さんも『これは始祖の弟子の家系にしか伝わらない歴史の真実よ。従魔戦争が歴史から抹消されたのと同じ。始祖が平和主義者な事に付け込んだのね。本当に権力者達って自分の事しか考えてなくて呆れるわ』と言っていた。
 そして『今の話は他の人の前では絶対しない事』と約束させられたんだ。
 最初その話を聞いた時は『テイマーって凄い』と興奮したものなんだけど、僕が魔物と契約出来ない雑魚テイマーだったのが分かってからは、あの話はただ単に僕にテイマーと言う職を継がせたい為にカッコつけてるんだと思うようになっていた。
 だって、五系統ある魔術師の中でも一番地位の低いテイマーだもん。
 家がテイマーの家系じゃなきゃ普通の人は攻撃魔法が派手な黒魔術や手に職を付けられる付与魔術、それに何かと重宝される治癒魔術に精霊を使役出来る精霊魔術を選ぶと思う。
 話を盛ってその気にさせたんじゃないかってね。

 ライアと契約出来るまでの僕は本当に捻くれていたよ。
 まぁやっと契約出来たのはコボルトの子供でしかもブーストも念話も出来ない事が分かってからは、やっぱり僕は雑魚テイマーだと落ち込んだりした。
 実際にパーティーから追放もされたし……。
 それが今では始祖の力を継いだとかコボルトだと思っていたライア……いやモコは、始祖の従魔でカイザーファングのライアスフィアだったなんて本当に訳が分からないや。

 兎も角一度は僕に後を継がせる為の嘘だと思っていた始祖に纏わる話は全て真実だった事は、森にモコを探しに行ったあの日からの一連の騒動で嫌と言う程実感した。
 ……僕自体はいまだに雑魚テイマーなのは変わらないんだけどね。
 どんな力でも使えないんじゃ意味が無いよ。

 さて、伏せられていた始祖の名はなんて言うんだろう。
 なんだか興奮して来た。

「じゃあ、表紙を捲るよ」

 そう言って僕は禁書の表紙を千切れない様に慎重に捲った。
 捲った先に真っ先に目に入るのは父さんが言っていた口絵だ。

「おぉホントだ絵が書かれているよ。それで、著者名はっと……?」

 その絵にはとても目を惹かれたんだけど、まずは著者名を探さなきゃ。
 これでご先祖の名前が書かれてたらガッカリだ。
 どうか違う名前が書かれていますように。
 え~と何処かなぁ~?

「ん? ……あれ?」

「どうしたの? なんて書いてあるの?」

「いや……それが……どこにも名前らしいものは見当たらないんだよ」

「まぁ、それは残念ね」

 母さんと父さんは僕の説明にがっくりと肩を落とした。
 僕もがっかりだよ。
 説明した通り本扉には真ん中に大きく口絵がででーーーんと大きく書かれているんだけど、どこを探しても著者名は見当たらない。
 ただなんか本来著者名が書かれていそうな場所には小さく縦横の線がごちゃっと交わってる文様が四つ並んでるだけ。
 一瞬それが著者名かなって思ったけど、四つの模様の中で一つだけ馴染み深い形の物が有ったのでやっぱり模様なんだろう。
 四つの中で一番右側に書かれているその模様は、この世界の主神である女神ファーラムを表す『アンク』の意匠にとてもよく似ている。
 恐らくこの四つの模様は女神ファーラムを讃える為の文様なんだろう。
 実際に書かれているのは〇の部分の形が角張って一部が欠けている……え~となんか『子』って形だけど、三百年前はこれが普通だったのかもしれないな。
 時代によって流行り廃りは有るし、はっきり言ってそこら辺は考古学者じゃないんでよく分からないや。

 始祖の名は権力者達によって隠されたのかと思ったけど、もしかすると始祖本人自身が目立つのが嫌いだったのかもしれない。
 魔物と共に暮らす世界を目指すなんて当時の世論ではとても認められるものじゃないだろうしね。
 まぁ始祖の名前は置いといて口絵の説明に移ろう。
 実はそっちの方が気になっていたんだよ。

「ねぇ、ここに書かれている口絵なんだけど、この絵を見るとやっぱりこの本は始祖が残した物だって分かるよ。左側に人間が居て右側には人型の魔物が居る。そして両者は手を取り合って笑ってるんだ」

「ほぉ~それは凄いわ。と言う事は確かに始祖の残した物に間違いないわね。私達の目には従魔術の教本にも描かれている絵が見えているのよ。マーシャルも知ってるでしょ? あの従魔術師が手をかざし魔物が跪いているって有名な奴」

「そうなんだ。それはそれで凄いな。三百年前からその絵は存在していたって事だよね?」

「まぁこの世界の文明ってどんどん衰退しているし、古い物に権威を感じていつまでもそれに縋っていたいんでしょうね」

「……母さんは辛辣だなぁ」

「あら? 事実じゃない。先史魔導文明は置いておいたとしても人魔大戦の頃と比べても発展しているとは言い難いわ。それもこれも平和ボケの所為ね」

 母さんの言う通り、三百年前はまだ先史魔導文明の遺産が数多く残っていて、当時各国の王都は煌々と焚かれる魔道灯の明かりで満たされており、それは真夜中でさえまるで太陽の昇る真昼の様だったと伝わってる。
 長引く戦争によって国が……人が……そして魔力が疲弊し、多くの遺産がその役目を終えガラクタに成り果てたんだって。
 歴史学の先生もその事を嘆いていたよ。

「だから母さんは魔道具開発に力を入れてるんだよね。そして父さんは母さんの夢を叶える為に継承紋を手に入れた。そうでしょ?」

「えぇ、そうなの。クリスのプロポーズの言葉は『キミの側でキミの夢を叶えるよ』だったのよ。まさかその言葉の意味が二つの紋章を開く事なんて思いも寄らなかったわ。そしてその言葉通り人の身でありながら成し遂げるなんてびっくりよ」

「はははは、マリアの為ならそれくらい簡単な事さ」

「もう! あなたったら」

 あぁ、しまった……。
 油断してこの話を振っちゃったよ。
 こうなると二人が惚気だして止まらないんだよな。
 早く正気に戻さなきゃ。

「はいはい、もう何十回と聞いたよ。それより次のページに行くよ」

 僕はイチャイチャしだす二人を正気に戻す為、強引に話を切ってページを捲った。
 いつもは周りの静止を無視してイチャつく二人だけど、さすがに始祖の残した手記は無視出来なかったみたい。
 僕の言葉に反応してピタッと止まってくれた。
 これで一安心だ。
 さて、何が書いてあるんだろう?

「このページは本編に入る前の前文って感じみたいだ。十行程度しかないよ。じゃあ読んでみるね。え~と何々? 『今この書を手に取り隠された我が言葉を受け取りし者よ。そなたは我が志を継し者なのであろう。よくぞ我が未来へと託した友と手を取り合い試練に打ち勝ち絆魔法を完成させた。我が果たせなかった夢を叶える者が現れた事大変嬉しく思う』だって」

 冒頭にはこう綴られていた。
 その文中には『絆魔法を完成させた』と確かに書いてある。
 試練とも書いてるけど、どうやら叔母さんや母さんの想定は正しかったみたいだ。
 コボルトの子供にしか見えないライアと絆を結ぶ事。
 
 これはもう完全に始祖の残した言葉なのは間違いない。
 僕は興奮しながら続きを読み上げる。
 と言っても、続く文は相変わらずやけに仰々し言い回しで、その殆どが簡単に言うと称賛の言葉のようだ。
 この文章から始祖の人物像を想像すると、なんだか死んだお爺さんを思い出すな。
 名誉爵とは言え男爵位を賜っているクロウリー家の当主として如何なる時も貴族たらんとした態度を崩さなかったお爺さん。
 そして叔母さんに酷い事を言って追い出した張本人でもあるんだけど、孫は可愛いかった様で僕やメアリに対してはとても甘々だった。
 前文だから仕方無いんだけど、特に目立った内容も無くここまで褒められるとなんだかムズ痒いや。
 ……おっと、次の行は少し違うみたいだぞ。

「『さて、この書を読みし今も汝の側にスフィアは居るであろうか?』……え~とこのスフィアってもしかしてライアの事かな?」

「恐らくね。そうか~始祖はライアちゃんの事を契約名をスフィアとしたのね。カイザーファング=ライアスフィア。なるほど……始祖もマーシャルとどっこいどっこいなネーミングセンスだったみたい」

「ちょっと! 母さんに言われたくないよ! それに僕は真名を知る前に夢で見た従魔の名前を付けただけなんだから!!」

「はははは、良いじゃないか。ライアもスフィアも格好いいしね。夢の話はマリアから聞いているよ。興味深い話だけど、今はそれよりも……ライアちゃん? スフィアと言う言葉で何かを思い出さないかい?」

 母さんの酷い言い草に対して文句を言う僕を余所に、父さんはライアにそう尋ねる。
 僕はその言葉に「なるほど!」と相槌を打った。
 あれ? 母さんは何故か「あちゃ~」と言っているけどなんでなんだろう?
 母さんも気にならないのかな? だって始祖が名付けた固体名だよ。
 三百年経った今でも何らかの影響が残っている可能性だってあるかもしれないじゃないか。

 実はテイマーが従魔に名前を付けるのには重要な意味がある。
 キャッチによって契約した魔物に対して術者が個体名を付ける事によって従魔契約が成就するんだ。
 最初コボルトだと思っていたライアに僕がモコと名付けたみたいにね。
 そして、術者がその名を呼ぶ事によって従魔は命令に従う。
 それが従魔術の仕組み。

 『モコ』……今はライアと呼んでいるけど、やっぱりこの名前は僕にとって特別な物だ。
 テイマーなのにずっと契約出来なかった落ちこぼれの僕が、初めての従魔に初めて名付けた名前なんだもん。
 それなのに原初の従魔術によって呼び出した個体名はモコじゃなく、誤魔化す為に付けたライアになっていた。
 恐らく始祖の封印が解けた後、絆魔法によって今の姿になった際に再契約扱いで上書きされたのかもしれないな。
 ライアはこの名前を気に入ってくれてるんだけど、いつか僕の力共々ライアはモコだったと皆の前で言える日が来て欲しいと思う。
 だってこのままじゃギルドの先輩達も真相を知らないままじゃコボルト相手に戦い難いだろうしね。

 それは兎も角、個体名を上書きされてもライアはモコと呼ばれていた事は覚えているし、それを自分だとも認識している。
 ならライアが始祖の従魔と言うのなら始祖が付けた名前を憶えているかもしれない。
 僕が契約出来た以上、始祖との契約は切れているからだろうから名付けによる呪縛の効果は既に消えていると思うけど、もし心の片隅にでも始祖との思い出が残っているのなら反応が有ってもおかしくないよ。
 遥か未来に絆魔法を完成させる者が現れる事を夢見た始祖は、記憶を消し赤ん坊の姿に戻す封印をライアに施した。
 記憶を消されたライアに『スフィア』と呼ばれていた頃の事を覚えているとは思えないけど、自分の所為で始祖が命を削っている事を知ったライアは、自らの命を絶ってまで始祖を救おうとしたんだ。
 その絆は消えないと信じたい。
 僕は膝の上に座っているライアの顔を覗き込んだ。
 するとライアは難しそうな顔をして唸っている。

「うにゅ~……。しゅふぃあ……。わかんにゃい……わかんにゃいけどなんだかぽかぽかすゆよ」

 ライアは自分の胸の辺りに手を当ててそう言った。
 分からないけどポカポカする……か。
 この言葉から分かるのは、始祖との思い出は残っていないようだけど、その想いだけは消えていないって事だと思う。
 良かった……ライアの中には始祖との絆がちゃんと残っているみたいだ。
 母さんが言っていたみたいに始祖は最後は悲劇に終わった自分達の記憶を消して幸せになって欲しいと願ったんだろう。
 なんだか僕も胸がポカポカして来たよ。

「え~と、ここら辺にしておきましょうか。これ以上ライアちゃんに過去の事を思い出そうとさせるとまた泣いちゃうわよ。ほ~らライアちゃん。美味しい飴ですよ~」

「わぁ~い。おばあちゃんだいすき~」

 そう言って母さんは異次元ポケットから取り出した飴をライアの口に放り込む。
 するとライアは今の今まで必死に思い出そうとしていたのを忘れて、口の中の飴を嬉しそうに舌でころころと転がしている。

 ……そうだ、母さんに言われて気付いた。
 言われてみればそうだよ。
 今朝もそれで泣かしちゃったんだし、思い出せない想いだけの思い出なんて悲しみしか産まない。
 その事を思うと膝の上の小さな娘がとても愛おしくなり、幸せ一杯の顔で飴を舐めているその頭を優しく撫でてあげた。
 
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