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第三章 世界を巡る

第70話 その答え

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「五月蝿すぎて頭が痛いよ。取りあえず解除しなきゃ、えーと確か『ブーティニアス・デュン・ガイウース』、『ダイナス・エトラス・マルキ』、そしてエルも唱えないと……。『マリス・エル・リトフェイト・リンデガルド』!」

 聞き取れた真名と知っている真名を唱える。
 それによってぶーちんとみやこから光が消え、書庫と違ってこの地下室は明るいので分からないけど多分母さんのポケットの中のエルの光も消えたと思う。
 これで少しは静かに……。

『メェーーメェーーメェェェーーーー!!』
『ヒヒィーンヒヒヒィィーーン!!』
『ワウワウゥゥゥーンヲウゥゥゥーーーン!』

「だぁぁーーー!! ケモノ連中が残ってるからうるさいままだ!! 母さん! 他の従魔の真名を教えて」

 人語を喋る従魔のぶーちんとみやこの真名は僕でも聞く事が出来たんだけど、他の従魔達は何を言っているのか全く分からない。
 昔の僕なら分かったらしいけどケモノの喚き声にしか聞こえないや。
 エルの時みたいに『疎通』を使える様になれば分かる様になるのかな?
 早く使える様になりたいよ。

 あれ? そう言えば僕が真名を教えてと言ったのに母さんから何も反応が無いな。
 念の為に意識を集中してケモノ達の声を聞こうとしたけど、やっぱり今の僕では言葉を聞く事が出来ないので、ずっと黙ったままの母さんに助けを求めようと顔を向けた。

「んっと……? 母さん? どうしたの?」

 顔を向けた先、母さんはまるで時が止まったかのように僕の事を凝視していた。
 いや、ちょっと違うな。
 僕と言うより僕の背後、それもすぐ後ろを。
 その視線の先を追って振り返ってみたけど何もない。

 ……怖っ! なんで僕の後ろを見てるの?

「母さん! ねぇ、一体どうしたって言うのさ」

「……え? あ、あぁごめんなさい。で、何? って言うか皆うるさいわね。マーシャル早く解除してよ」

「いや、さっき僕が言ったじゃないか。うるさいからケモノ連中の真名を教えてって」

「そ、そう? ごめんなさい。聞いてなかったわ」

「母さんさっきから変だよ? 何があったの?」

 ケモノ達の喚き声がうるさくて僕の声が聞こえなかったと言うより、僕の後ろの何かに気を取られていたから聞いていなかったって感じだった。
 一体何を見てそうなったんだろう?
 母さんのあんな顔始めて見たかも。

「……それは後にしましょうか。ゆっくり話すにはうるさ過ぎるわ。取りあえず今からあの子達の真名を言うわね。まず一番うるさいタロジロの真名は『ゴマス・ギア・タラスーン』よ。そして安眠羊は『プララ・メラ・メイノース』……」

「え? ちょっと待って?」

 僕は母さんの言葉に耳を疑い、思わず聞き返してしまった。
 今聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。

「あら気付いたかしら? そうなのよ、魔物達の中にはその真名の中に都市名を冠する者が数多くいるのよ。中には古い文献にしか出て来ない滅んだ都市名も有るの。とっても不思議よね」

 なるほど、そう言えばぶーちんもその真名にこの都市の名前である『ガイウース』が入っていた。
 それはとても興味深い事なんだけど、今僕が気になっているその事じゃない。

「違うよ母さん。さっき気付いたんだけど、僕ってば安眠羊とバイコーンの名前を知らなかったんだよ。なんで母さんはその二匹を名前で呼ばないの?」

「え? 何言ってるのよ。名前で呼んでるじゃない。安眠羊にバイコーンって」

「いや、それ種族名でしょ?」

「そうね」

 なに当たり前の事を言ってるの? みたいな顔してるけど、そのセリフは僕の言葉だよ。
 母さんなに言ってるの? ……いや、もしかして?

「あのさ、もしかしてだけどさ……それが二匹の名前なの?」

「あら、今更? 今まで何度もそう呼んでたじゃない」

「な……。いやいやいや、確かに呼んでたけどもさ、母さんのネーミングセンスならもっとこう……いや、ある意味母さんっぽいのかな……?」

 母さんなら安眠羊を『毛玉』とかバイコーンを二つの角を槍に見立てて『ニヤリ』とか言ってもおかしくないと思ったけど、種族名そのままってのも道具の直球ネーミングからすると有りなのか。

「えぇ、可愛いでしょ? 『安眠羊』なんて『あんみんよう』なのよ? 古くから『スリーピングシープ』って言う通称も有るのに、なんで『あんみんよう』なんて漢字発音の固体名が付けられてるんだか。それを考えると魔物を創造した存在に対して色々と考察し甲斐があるってものなのよ。それに関しておおよその予想は始祖の手記で裏付けが取れたしね」

 何を言っているんだ? 母さんの言葉が頭に入ってこない。
 『カンジハツオン』?
 『カンジ』って『感じ』と言う事かな?
 その発音って、それこそどんななんだろうか?
 何より僕にはそれらの何処に考察し甲斐が有るのか分からないや。
 始祖の手記には先史魔法文明が魔物を創ったって事だったけど、それと母さんの考察になんの関係が有るんだろうか?

「あの……さ? 母さんの言っている事が良く分からないんだけど? 『あんみんよう』だからなんだって言うの? それに始祖の手記が母さんの考察を裏付けされたって何のこと?」

「ん~それはまだ秘密。多分いずれ始祖の手記にも出てくると思うわ」

 出た! 母さん十八番のはぐらかし。
 今言えないにしてもここまで話して秘密って言われると余計モヤモヤするじゃないか。

「え~教えてよ~。母さんってばそればっかりじゃん」

「もう、今朝思い知ったでしょ? 既に知っている話をノリノリでされる気まずさってやつ。またアレを味わいたいの? もし残された手記に魔物の種族名に関する話が出て来なかったとしたら、その時は改めて私が話してあげるから我慢しなさい」

「ちぇ~、分かったよ。確かにアレを書き残した時の始祖の気持ちを考えると罪悪感が湧いて来たし。……じゃあ『バイコーン』も、そんな感じの話なの?」

「いえ、違うわ。……いや、そうとも言えないのかしら? だって角が一つでユニコーン。その倍でコーンなんですもの。ぷぷぷ。いや~なんか面白いじゃない? あたしユニコーンは知っていたけど、バイコーンなんてのが居るなんて知らなかったわ。最初聞いた時笑い過ぎて腹が捩れそうになったもの。しっかし、あたしの世界にも居たのかしらねぇ?」

「ん? あたしの世界?」

「ブフォッ!! あ、そ、それはアレよ。言葉の綾って奴。おほほほほ」

 あからさまに何かを隠してる母さんだけど、多分追及するだけ無駄なんだろうな。
 『あたしの世界』って言葉は気になるけど、まぁ母さんは一般人とは違う独特の世界観を持ってるし、なんかそんな感じの話なんだろう。
 こう言う所も何処となく手記から伺える始祖の人物像と被るんだよなぁ~。
 ただ角がユニコーンの倍だからコーンなのは違うと思う。
 それに問題はまだ有るよ。

「それと名前と種族名が一緒なのは関係無いよね? かわいそうだよ」

「そ、そんな事無いわよ。『あんみんよう』も『バイコーン』も良い名前じゃない? それになんかほら、種族名を冠する従魔って他のと違って特別って感じもするって思わない?」

「う~ん、そうかなぁ? そうかもしれないけど、もっとこうちゃんとした名前を……例えば『あんみんよう』は可愛い感じから『ラムリン』、『バイコーン』は……そうだなぁ? タテガミが黒に近い緑色だし、走ると風に靡いて逆立つ感じがまるで風に舞うマツの葉の様だから『マツカゼ』とかさぁ」

「ぶふぉ! ……あんた微妙なとこダイレクトに被せてくるわねぇ。ちょっと聞くけどわざとじゃないのよね?」

「わざと……? って、何それ?」

「……まぁ、そんな訳ないんだろうけど。けど、その名前はちょっとねぇ……」

 ネーミングセンスが壊滅的な母さんに僕が思い付いた名前を言ったんだけど、またまた分からない事を言いながら渋る様にダメ出しして来た。
 安直な種族名そのままな名前よりよっぽど凝ってて良いと思うんだけど。
 だって種族名が名前なんて自分の赤ちゃんに『人間』って名付ける様な物だしね。
 何に被ってるか知らないけど、もしかして知り合いの従魔の名前と同じだったのかな?
 けれど、僕はその人を知らないし、わざとじゃないからパクリなんかじゃないってば。

『メェ……メェメェメェ! クルクルメェーーー』
『ヒヒィン……ヒヒヒィン! ヒヒィィーーン』

 ん? なんだか安眠羊とバイコーンの鳴き声の雰囲気が変わったような……?
 もうリピートしたって事かな?

「え? えぇぇ!! ちょ、ちょっとそんな……」

 鳴き方が変わった二匹の方に目を向けたんだけど、突然母さんが驚きの声を上げた。
 慌てて母さんの方を向いたら母さんもこちらを見ており目が合う。
 なんかさっきから驚きっぱなしじゃない?
 どうしたって言うんだろう?

「何をそんなに驚いてるの?」

「い、今ね、二匹の固体名が『ラムリン』と『マツカゼ』に変っちゃった……」

「は? 変っちゃったって……どう言う事?」

「どうもこうも無いわよ。急に『マスターの命により固体名の上書きを行います』とか言い出して変わっちゃったのよ」

「えぇ~何だって!! もしかして今僕がその名前を言った所為?」

 もしかしなくてもそうだろうけど、いやでもなんで?
 『起動』の魔法には情報書き換えの効果も有るって事?

「そんな……『起動』の魔法にそんな効果が有るなんて……」

「それは無いと思う。少なくともあたしの唱えた『起動』では情報の書き換え何て事は出来なかったわ。魔石の情報にアクセス出来ると言う時点でその可能性は想定出来たんで試してみたのよ」

「じゃあなんで僕は出来たの? もしかして始祖の力を受け継いだから?」

「う~ん……どうかしらね。手記にはそんな事書かれていなかったのでしょう? 始祖の性格を考えると、もし『起動』に情報書き換え機能なんて物が有るとしたら嬉々として書いていたでしょうしね」

「確かに……。少なくとも目立つ所には書いていなかった。こんな重要な事を隠す必要も無いし……。じゃあなんで今そんな事が出来たんだろう? もしかして始祖も知らなかったとか?」

 と、口にはしたものの、その可能性は低い事は僕にも分かる。
 母さんだって既に試しているのに、この魔法を創った始祖が思い付かない訳が無いんだ。
 母さんは僕の表情から考えている事が分かったようで、それを肯定する様に頷いている。

「うん、違うと思う。そもそもあなたが唱えた時にあたしの従魔が『マスターの命』と言った時から引っ掛かっていたのよ。あたしがクリスの従魔に掛けた時は『キャスターの命』だったの。聞き間違いかと思ったけど『マスター』で合っていたのね。恐らくこれはマシマシのキャッチと同じでマーシャルが生まれ持った力……と言う事じゃないかしら。あなたの『起動』は他人の従魔に対してもマスター権限を有しているんだと思うわ」

「マスター権限……僕が生まれ持った力……? ねぇ、僕ってなんなの? 母さんは知ってるの?」

「それは……あたしにも分からない。だけど、あなたが特別なのは知っていたわ。だって、そうじゃなかったらいくら可愛い息子だとしても世界一強くなれだなんて言わないわよ」

 僕は言葉を失った。
 昨日僕にそう言ったのは、ただ単に悩む僕に発破をかけた訳じゃなかったのか。
 そうなる未来が見えていたから母さんも父さんも、そしてお爺さんも僕には優しかったって言う事なのかな?

「ねぇ? それは僕の失った記憶に関係する事なの?」

「それは秘密よ……まだね」

「あっまた。それも自分で思い出せって事なの?」

「うふふ、あなたが過去の記憶を思い出せた時に全てを話してあげるわ。あたしの秘密含めてね……さて、この話はこの辺にしておきましょうか。それよりも早く呪文を解かないとね。うるさくて仕方が無いし」

 そう言って母さんが安眠羊の方を見て溜息を吐いた。
 母さんの秘密とかとんでもなく気になる事を言っておきながらはぐらかされた僕だけど、確かに母さんの言う通りかも。
 こうして会話してしてる時も大声を張り上げて喋ってるし。
 『起動』から解放されたぶーちんとみやこは早々に耳を塞いで実験場の外へ退避しているもん。
 早く解除してしまおう。
 しかし、タロジロもだけどバイコーンもいまだに声はすれど姿が見えない。
 声自体はすぐ近くから聞こえるのにどうやって隠れているんだろう?
 ん? 安眠羊? バイコーン? ……あっそうだ。

「ごめん母さん。二匹の名前を変えちゃってたんだった。すぐに名前を戻すよ」

「あぁ、良いって良いって。じつはその名前ってあの子達の名前の最終候補だったりしたのよ。被ってるのが恥かしかったから諦めたけど、折角だしそれで行こうと思う。しかし親子って似るのねぇ。母さんびっくりしたわ」

「そ、そうなんだ。母さんが良いならそれで構わないんだけど……」

 だから何と被ってるって言うんだよ。僕知らないからね。
 だけど母さんのネーミングセンスに似るってのはなんか嫌だな。
 でもまぁ、種族名のままじゃかわいそうだったしこれでいいか。

「じゃあ残りの真名を言うわね。バイコ……マツカゼは『マルタ・ルナ・メルルカカッツェ』。そして残りはプラウ。真名は『パラ・ピリル・トートニアス』よ」

「プラウって、父さんの従魔じゃないか。マ|《・》姿

 プラウは今言った通り父さんの従魔で、種族はピクシー。
 そしてピクシーは種族特性として任意の者の姿を隠す能力を持っている。
 と言う事は間違いなくタロジロとマツカゼの姿は父さんの従魔であるプラウが隠してたって事か。
 普段からプラウ自身滅多に僕達の前に姿を見せないんで、今日も朝からいつも通りずっと父さんの側に居るものと思っていたよ。
 冷静になって考えればあの地下室でプラウが『起動』に反応しなかったんだから居ない事に気付くべきだった。
 もしかしたら僕の力の実験の為に屋敷に残っていたのかもね。
 七つの光が飛んで行ったからエルを入れて残りは全員母さんの従魔達だと思っていたよ。
  ぼそぼそと他の声にかき消えていたのがプラウだったんだね。
 僕が使う『起動』を見たがっていたのは確かだし、こんな現象を引き起こすなんて知らなかったから多少実験の趣旨は変わってるかもしれないけど、最初からプラウの能力を使って何かするつもりだったんだろう。

「じゃあ、真名を唱えるよ。えーと……『ゴマス・ギア・タラスーン』!『プララ・メラ・メイノース』!『マルタ・ルナ・メルルカカッツェ』!『パラ・ピリル・トートニアス』!」

 僕が真名を唱えた途端、実験場からけたたましく響く獣達の嘶きが消えた。
 ふぅ、この声に負けない様に大声を出していたから喉が痛いよ。


「あっそうだ! ごめん安眠羊! え~と……バイコーンは何処……? あっ見えた。そこに居たのか。プラウが能力解いてくれたんだね。ごめんねバイコーン。魔法で名前を変えちゃったんだよ。嫌だったら言ってね」

 僕が姿の見えないバイコーンを探してキョロキョロしていたらバイコーンと共に他の従魔もパッと姿を現した。
 思ったより近くにいてびっくりしたよ。
 だからこんなにうるさかったんだね。
 それより母さんは良いと言っていたけど、二匹が元に戻して欲しいと言うのならもどして上げようと思う。
 ……と思ったものの、僕の言葉を母さんが念話で通訳した途端、安眠羊とバイコーンは僕を見て激しく首を振った。

「あら、二匹ともラムリンとマツカゼを気に入ったみたいね。『元に戻さないで』って言ってるわ」

「今の首振りってそう言う意味だったの? まぁ二匹が気に入ったのならそれでいいか」

 母さんは良いと言いながらも今の二匹の態度にちょっと嫉妬しちゃったみたいだ。
 少しばかり口を尖らせている。
 そんな母さんを眺めていたら急にこちらを真剣な眼差しで見詰めて来た。

「ど、どうしたの母さん? やっぱり勝手に名前変えたの怒ってるの?」

「……どうするのマーシャル」

 母さんは僕の質問には答えず、そう言ってきた。
 いやこれは答えてるのか?
 どう落とし前付けるんだって事?

「ど、どうって? やっぱり元に戻した方が良いの?」

「違うわよ。あなたは今魔物に対して必殺の魔法を二つも持つ存在となった。余程強い魔物でない限り倒せる『マシマシキャッチ』。そして強制的にホールド状態にして魔力枯渇状態に出来る『起動』。しかも情報上書きが出来るオマケ付き。その凶悪なまでの大きな力をどう使うかって話よ」

 その言葉にドクンと心臓が跳ねた。
 考えない様にしていたけど、確かに『マシマシキャッチ』と『起動』は使いようによっては魔物達に対して必殺の威力を持つ事になる。
 恐らく魔物に対してだったら既に世界一強いと言えるかもしれない。
 この力をどう使う? 
 

「……どう使う……か」

 その答えは決まっているよ。
 僕は母さんの目を見て口を開いた。
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