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第三章 世界を巡る

第86話 常識外れ

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「おかしな事ってなんだよ。魔法学の常識。構築された魔道回路を書き換えるにはそれを超える技術と魔力が要るってやつ。母さんだって知ってるだろ? そんな化け物が存在するなんて……しかもその部下といきなり遭遇して敵対関係になるとか……。 今の僕なんかが勝てるとは思えないよ」

 こんな教科書レベルの常識を今更天才である母さんに言っても仕方の無い事だけど、あまりにも呆れた声で言うもんだから思わず愚痴の一つも言いたくなるってもんだ。
 それとも天才であるが故にそんな常識なんて関係無いとでも言いたいのだろうか?
 凡人には分からない領域だよ。

「それよそれ。マーシャルはそんなに嘆くけど、私はその魔法学の常識ってのを超える人物に心当たりが有るのよ」

「な、なんだって!? もしかして、そいつがダークエルフ達のマスター……? 誰なのっ!? 早く騎士団に報告して捕まえて貰わなきゃ」

 僕は母さんの顔の広さに驚いた。
 魔法学の常識を超える人物に心当たりが有るなんて、もしかすると表で知られていないだけで天才界隈では普通の事なんだろうか?

 いや、ちょっと待てよ?

 その常識破りの人物って母さん本人ってオチだったりしないか?
 母さんは契約紋しか開いていないから従魔術以外の高等魔術は使えない……にも拘らず、魔術師界で天才と呼ばれている所以は、母さんの使う初歩魔術の性能が並の魔術師が扱う高等魔術を凌駕しているからに他ならない。
 そりゃそれぞれの魔術の奥義と呼ばれる魔法の威力には及ばないけど、そもそもそんな魔法を操れる魔術師なんてこの国でも一握りしかいない。
 常識破りを名乗る資格は十分にあると思う。

 それに父さんだって伝説の再来と呼ばれる多重紋の使い手だし、よく考えたら僕の身内に常識破りが二人も居たよ。
 知らずに親を通報するとか言っちゃったじゃないか。
 からかうなんて酷いよ母さん。
 絶対僕の早とちりを笑うんだろうな。
 と思って母さんの顔を見たら額に手を当てて溜息を吐いていた。
 笑われるかと思ったら呆れられた!

「ちょっと母さん、そんな顔しないでよ。常識破りの人間って母さんと父さんなんだろ? そりゃそうだけどさ。敵の親玉はヤバさのカテゴリが違うって言うかなんと言うか……」

「違う違う。その心当たりに比べたら私達なんか常識人レベルよ」

「え? 違うの? じゃあ誰だ? あっ! ……あぁ始祖の事か。そうだね、創魔術から従魔術を開発した始祖は確かに常識破りだ。なるほど……けど、始祖レベルの敵って方が絶望感増すな。なんたって魔王を倒した人だもん」

 母さん達が常識人とか、常識って言葉が根底より覆されるよ。
 実際に始祖はライアをカイザーファングの姿からモフモフの赤ん坊に換えている。
 魔王を倒す始祖レベルの力を持った敵なんて、考えるだけでも恐ろしいよ。

「ふぅ……残念だけどそんな昔の話じゃないわ。最近そんな常識外れをやってのけた魔術師を一人知っているって話よ」

「あっまた呆れた顔をした! それに最近の事だって? 僕の知ってる人? それ絶対敵の親玉だよ。うわぁ敵がこんな近くに居たなんて……すぐに帰って通報しよう」

「はぁ~。ここまで無自覚でいられるのはある意味才能ね。……あのね、その心当たりの常識外れをやってのけた魔術師……それはマーシャル、あなたよ」

 はぁ? え? 何言ってるの? 僕が常識外れ? 母さん達を差し置いて?
 母さんの言葉に僕は呆気に取られて二の句が継げない。

「胸に手を当ててよく考えてみなさい。魔物をダークエルフの姿に換えた彼女等達の創造主のように、ライアちゃんを可愛い女の子の姿に換えたのは誰? そして始祖がライアちゃんを赤ん坊に換えたように、ブリュンヒルドを元の狼に戻したのは誰?」

「う……あ……そ、それは……」

「そう、全部あなたでしょう。それだけじゃない、生まれついて『疎通』が使え、超高難度の『起動』を無意識で使える。それに『ブースト』だって……。力を理解していない状態にも拘わらず、完璧に使い熟しているあなたの方が、私にしたらよっぽど常識外れで恐ろしい存在よ?」

 母さんに指摘された数々の僕の能力。
 そんな力が有るなんてつい最近まで知らなかったし、なんで使えるのか自分自身が一番分かっていない所為で、何処か他人事で全く実感がなかった。
 しかし、こうやって改めて指摘されると、母さんの言う通りその一つ一つが常識外れで、僕が敵に抱いていた恐怖と同じ物を感じる。

「ちょっと怖い怖い怖いっ! 何なの? 僕って一体何者なの?」

 『キャッチ』からして普通じゃない。
 普通だと思っていた無詠唱の『風の壁』も、知らない間に使っていた『疎通』に寄るものらしい。
 母さんは『ブースト』についても言ったけど、母さんの目には何か特別な力でも映ったのだろうか?
 今日初めて『ブースト』を使う事が出来た僕には、何が異常なのか分からない。

 もう! なんだよこの力。
 たった一週間前までは、僕なんてパーティーから追放されるようなただの雑魚テイマーだって思っていたのに、始祖の力を継いだり死神に襲われたりダークエルフに誘拐されそうになったり。
 まるで見えない運命の糸に操られているかのようだ。
 その事を意識したら自分自身の存在がとても怖くなった。

「こら、自分の力を恐れて自分を否定してちゃダメ。あなたは世界中で誰よりも強くなるって母さんと約束したでしょ? そんな力くらい笑って使い熟せる様になってみなさいな」

 母さんが、まるでわがままを言って駄々をこねる子供を諭すくらいの軽さでそう言った。
 『他人事だと思って』と文句が出そうになったけど、その世界レベルの内容に全くそぐわない口調に少しだけ心の重みが軽くなり、口から出そうになった文句を飲み込んだ。

「それに考えてもみなさい。あなたは私だけじゃなく死神ちゃんでもどうしようもなかったブリュンヒルドに曲りなりにも勝ったのよ? 大丈夫、マーシャルは自分が思っているよりずっと強いんだから」

「む……別に我……あたしは負けた訳じゃない」

「あははは、ごめん。そうね、なら一瞬で終わってたわ。ヒルドを殺さなかったマーシャルを見て、ロタ達も殺さずに気絶させたのよね?」

「あぁ……敵を殺さないなんてあたしには理解出来ないが、マーシャルがそうしたから殺さなかった。ブリュンヒルドも同じだ。殺そうと思えばいつでも殺せた。殺したら爆発するとか言っていたけど、そんなもの闇に飲ませるだけの事」

 母さんの言葉を受けてサイスがそう答える。
 あのブリュンヒルド相手に手加減していたなんて事を、さも当たり前のように話す母さんとサイスの姿から、それは嘘じゃなく本当の事なのだろうと思えた。

 僕はロタ達が死んでいなかった事にホッと安堵の吐息が口から零れた。
 サイスが殺してしまったんじゃないかって戦闘中ずっと気がかりだったんだ。
 敵なんだから喜んでちゃおかしいのだろうけど、クソったれなテイマーに道具として扱われている従魔が無事だったのだと思ったら、なんだか嬉しくなってきた。

 それにしてもあんなに強いブリュンヒルド相手にも、わざわざ殺さないように手加減をしてくれていたなんて、さすが死神と恐れられていただけあるよ。

 ん? いやいやちょっと待って? 手加減……を? あんな強いブリュンヒルドに対して?
 …………。
 …………。

 ……そ、そうだよね! そりゃサイスの方が強いよね。

 いくら管理者の力が効かないにしても、かつて魔王の副官であり魔王軍の総司令として君臨していたサイスよりも強い魔物なんてのがそうそう居る訳ないじゃないか!
 ブリュンヒルド達はサイスより弱い!
 その事実は折れかけていた僕の心を奮い立たせる。

 僕は勘違いしていた。
 てっきり死神と恐れられていた存在より、強い魔物を創り出す事が出来るんだと勝手に思い込んで敵の親玉を過大評価をしていただけなんだ。

 恐ろしい敵と言うのは変わらないけど、手が届かないレベルじゃないかもしれない。
 今は無理だとしても、僕がもっと強くなれば勝てるかもしれない。
 そう思うと、さっきまで怖かくて仕方が無かった僕の力もなんだか頼もしく感じられた。

 それもこれもサイスのお陰だな。
 期間限定なのは分かっているけど、僕の事を助けてくれたんだ。
 それに僕が従魔を殺したくないと思ったのを汲んで、ブリュンヒルド達を殺さずにいてくれた。

「ありがとうサイス! キミのお陰で僕は何とか頑張れそうだ」

 僕は心を込めてサイスに感謝の言葉を伝えた。
 だけど、言ってから冷や汗たらたらで『しまった~!!』と心の中で絶叫する。
 魔物の総司令に対して気安過ぎたよ!
 多分さっきから何故か少し砕けた口調で話してくれている所為で、あの日楽しくバザーを巡った『偽の幼馴染サイス』と話している気持ちになっちゃんだと思う。
 どうか怒らないでね? 死神さん。

「ひゃうっ! ……メ、骸殻メイル」ガシャン!

「ヒィッ! ま、また!?」

 気安く喋り過ぎたのに怒ってしまわないかとサイスの様子を窺っていると、しゃっくりみたいな声を上げた途端、突然真っ黒な甲冑を身に纏う魔法を唱えた。
 さっきも驚いたけど、こんなの慣れる訳ないよ。
 また情けない悲鳴を上げてしまった。
 怒った? もしかして鎌でバッサリ斬られちゃう? そんな風に慌てふためいてる僕を余所にサイスは全く動かない。
 あっ! もしかして敵襲なの?
 前回はブリュンヒルドと戦ってる母さんを助ける為だったし。
 僕は慌てて辺りを警戒した。
 よく考えたら他のダークエルフ達が戻ってくる可能性も有るじゃないか。

「敵襲? どこから来るの?」

「あはははは、違う違う。敵なんて来ないわよ。しっかしマーシャルってば本当に末恐ろしいわ。母さんちょっと将来が心配になるくらいよ。いつか女の子に刺されたりしないかしら?」

「ちょっと、母さん。不安になるような事言わないでよ。それに敵が来ないとは限らないじゃないか。逃げて行ったダークエルフ達が仕返しに来る可能性だって……」

「無いわよ。と言うかそれは終わったわ。ほらそこの木の上を見てみなさい」

 訳の分からない事を言う母さんにダークエルフ達の逆襲の可能性を言おうとしたら即座に否定された。
 そして母さんが示した先を見上げるとそこには……。

「なっ! ダークエルフが吊るされてる!?」

 僕の目に木に吊るされている四人のダークエルフの姿が映った。
 ブリュンヒルドと同じ様に全身ドリーの蔦でぐるぐる巻きにされている。
 意識は無く動かないが、よく観察するとスース―と寝息が聞こえるので気絶しているだけのようだ。

「マーシャルが心配したように、爆発が収まった後に戻って来たのよ。まぁブリュンヒルドと違ってこの子達の実力はたかが知れてるわ。瞬殺で気絶させて御覧の通りよ」

「そ、そうなんだ。安心したよ」

 僕は吊られているダークエルフ達を見上げながら、安堵しつつも頭を抱える。
 どうするのこれ?
 生きていたのは嬉しいけど、正直こいつ等全員敵なんだよね。
 出来れば敵の親玉であるクソったれなマスターの支配から解放してあげたいけど、契約の解除は術者自身が解除するかどちらかが死ぬかしか方法は無い。
 僕が元の姿に戻したって言うブリュンヒルドも、その身に纏う魔力からするといまだ契約状態のままのようだ。
 とは言っても術者に解除して貰うのは無理だな。
 都合の良い道具として彼女達を利用している奴が、大人しく契約解除をする訳が無いだろうし、倒すと言う選択肢は敵の情報が掴めない今はまだ選べる段階じゃない。
 それに彼女達の忠誠心の高さを考えると、そもそも解放なんて望んでおらず、それどころか僕なんかが開放してあげたいなんて事を思う事自体が烏滸がましい話で、彼女達の怒りを買うだろう。
 本当に困った。
 う~ん、なんか有ったら頼れって母さんは言っていたし相談してみるか。
 母さんの事だから何か作戦が有るのかもしれないし。

「あのさ、母さん達はこの後ダークエルフをどうするつもりなの?」

「そうねぇ~、まず殺すのは駄目、監禁するにしても従魔ならマスターに位置を特定されるから無理なのよね~」

 あれ? 急に難しい顔をして考え込み出したぞ?
 てっきり『いい考えがあるわ』とか言うと思ったのに。

「もしかしてノープランだったの?」

「違うわよ。マーシャルったらせっかちねぇ。ちゃんと起死回生の策がちゃんと有るわ」

「なんだって! って、策が有るのなら早く言ってよ。勿体振るからビビッたじゃないか」

「ふふ、ごめんごめん。その策なんだけどね。本当はマーシャルが眠っている間にやりたかったんだけど、ちょっと無理だったのよ」

「無理だった? どう言う事?」

 何するか知らないけど僕が眠っている内に解決しちゃったら、後で僕が文句言うと思ったのだろうか?
 殺しちゃう以外なら何したって怒らないのに。

「マーシャル。今から『起動』を唱えなさい。あたしじゃ一体ずつしか無理だし、さっき魔法を使い過ぎた所為で五人分の魔力は残ってないの」

「なんだってっ!? 『起動』は母さんが使うなって言ったじゃないか」

「よく考えて見なさい。彼女達は従魔よ? 魔力はマスターから供給されるから魔力切れで死ぬ事も無いわ。何より敵の情報は聞き放題。更には『起動』は術者しか解けないからマーシャルの情報が漏れる心配も無いって寸法よ」

「て、天才だ! 母さんはやっぱり天才だよ!」

 そうか、相手が従魔だったら『起動』を掛けても死ぬ事は無いんだった。
 そして敵の親玉では『起動』を解く事は出来ない。
 と言うか、始祖が開発した『起動』の存在を知っているとは思えないから、もし敵の親玉が様子を見にここに来たとしても、目の前でペラペラ情報を喋ってる部下達を見て呆然とする事だろう。
 ……いや、ちょっと待って?

「ねぇ、ちょっと気になったんだけど。もしクソッたれなマスターがここに来ちゃったら、自分の情報をペラペラ喋るブリュンヒルド達を見たらその場で殺しちゃわないかな?」

「…………そこまで思い付かなかったわ。そっか、その可能性もあるのか。クソッたれなマスターなら殺しちゃうわよね~」

 うわっ! 母さん馬鹿だった!
 だよな~、そうだよな~。
 道具として使い潰すような奴だもん。
 情報を喋った裏切り者って殺しちゃうに決まってるよ。
 どうしよう~。

「……ふむ、儂はそんな事なぞせんぞ」

「え? しないの? それは良かった。じゃあ安心して『起動』を掛けれるよ。知りたい敵の情報が聞けたらすぐにこの場から立ち去らなきゃね」

「それは困るのぅ。情報などそう易々と渡せんよ」

「え~そんなぁ~、ちょっとくらい良いじゃないか」

 僕は声の主に文句を言いながら、顔を向けようとした……ところで我に返った。
 ……ちょっと待って? 今の声の主って……誰?

「だ、誰だ!?」

 あまりにも自然に、そして話しかけられるまで全く気配を感じなかったから自然に会話をしてしまっていた。
 会話の数々から読み取れる事は一つだ。
 僕は身構えながら声の主に向き直る。
 するとその目線の先にはいつの間にか一人の老人が立っていた。

「誰とな? 決まっておろう。お主達が言っておった『クソッたれなマスター』じゃよ」

 黒いローブに身を包み口元に白い見事な髭を湛えた老人はニヤリと笑いながらそう告げた。
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