下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ

文字の大きさ
1 / 34

第一話 下級兵士の愚痴


――ガタガタッゴトゴト。

 かつては貿易の要衝を繫ぐ街道として人の往来が盛んだったのは今は昔。
 十数年前に山を縦断せずに迂回する街道が開かれて以降、道の整備も杜撰な峠道を一頭引きの客馬車に揺られながら進んでいる。

 とは言っても、客じゃなく御者としてだけどな。
 朝早く王都を出発してから数刻は経っただろうか。
 薄暗かった空も今じゃお天とさんが高く上りジリジリと俺の皮膚を焼きやがる。
 まだまだ夏遠い春先だってのに今からこんなに暑くちゃ御者なんてやってられねぇな。
 いや、別に俺の生業が御者だって訳じゃねぇんだが、俺みたいな平民出の下級兵士にゃこんなつまらない仕事しか回ってこねぇってだけさ。

――ゴトンッ!

 俺が頭の中で愚痴を零していると突然馬車が大きく跳ねた。
 どうやら石に乗り上げちまったようだ。

「おっと! ってて」

 サスペンションも満足に付いてねぇこんな一頭引きの旧式馬車じゃダイレクトにケツが痛ぇ。

「……キャッ」

 馬車が大きく揺れた所為で客車から小さな悲鳴が聞こえて来た。
 今まで数時間ずっと無口だったが、さすがに今のはビックリしたようだな。

「おい、あんた。大丈夫だったか?」

「………」

 ふぅ、出発してからずっとこれだ。
 いくら俺が話しかけてもひとっ言も喋らねぇ。
 いやまぁ、御者である俺が乗客にベラベラと話しかけるのもどうかと思うがよ。

 ちらりと客車の格子を覗くと、そこには灰色のフードを被り死んだような目で虚空を見詰める若い女性の姿。

 はぁ……、これだもんな。
 年頃の娘が一体どんな目に遇ったらこんな目をするんだって話だ。
 赤の他人とは言え、若い娘のあんな顔見ちまうと慰めたくなるのが男ってもんだ。

 無表情の所為で多少大人びて見えるが恐らく年の頃は十七、八と言ったところか。
 俺より二、三は下なのは間違いないだろう。

 その恰好は上等とは言えない灰色のローブに身を纏い、フードを目深に被っている。
 ローブの隙間から見える服も質素な無地のドレスだ。
 王都に住む市民達の方がもっと良い身なりをしてるってもんだぜ。
 しかし、フードから垣間見れるその顔はそんな身形に対する感想を吹き飛ばすには十分な威力を秘めている。
 何かに絶望し虚空を見詰めるなんて酷い表情だが、綺麗な黒髪に美しく整ったその顔立ちからは、およそ平民には醸し出せない高貴な雰囲気を纏っていた。

 最初に見た時は思わず息を飲んじまったぜ。
 面倒臭い任務を押し付けられた事に愚痴を零していたが、ちっとばかし隊長に感謝の言葉を述べたくなったね。

 これだけの美人さんだ。
 どこの誰かは知らねぇが貴族のご令嬢で間違い無ぇだろ。
 まぁ安物とは言え一応王国管理のこの馬車を使うってんだから平民な訳はねぇんだがよ。
 けど貴族令嬢ってんなら、なんだって飾り気の無い身窄らしい格好のまま護衛も付けねぇで俺みてぇな下級兵士一人が御する安物の馬車で移動するのかね?

 出発の際も家族どころか知り合い一人として見送りがいなかった。
 例え見栄ばかりの貧乏男爵だったとしても、これだけ器量の良いお嬢ちゃんならもう少しまともな用意をすると思うんだが……。

 王侯貴族界隈の世情にはとんと興味も無いが、なんか悪さして勘当でもさせられたのかもしれねぇな。
 なんたってそもそもこれは楽しい旅なんかじゃねぇ。
 噂に名高い修道院までの護送任務なんだからよ。
 しかも、噂と言ってもそれは良い噂じゃねぇ。
 修道院と言えば多少聞こえは良いが、実際には素行の悪い貴族令嬢を更正させる為の矯正施設って話だ。

 だが、それにしてもよ。
 一応お貴族様なんだからそれなりの身支度で向かっても良い筈なんだがな。
 いくら山向こうに在る馬車で半日ちょっとの行程とは言え、手荷物一つ持ってねぇし下級兵士一人だけの型落ち馬車での護送なんて、こいつの両親はよく許したもんだ。

 そりゃ先日この付近の森を根城としていた山賊団が討伐されたから今は安全だって話だが、それにしても護送任務に慣れてねぇ俺を名指しで選ぶなんて隊長の奴は何考えてんだ?
 男女二人切り、間違え有ったらどうすんだって話だぜ。

 いや、まぁ手なんか出せねぇけどよ。
 いくら素行が悪いっても相手は貴族令嬢だ。
 何かあったら兵士隊をクビってだけじゃなく、物理的に俺の首が飛んじまう。

 こりゃあれだ、多分嫌がらせだな。
 少しでも問題が有ったらそれを理由に俺を解雇するつもりなんだろう。
 ちっ、本当に嫌われたもんだぜ。

 とは言え、この出会いは何かの縁。
 短い間だがこの死んだような顔をしているお嬢ちゃんが少しでも笑顔になってくれれば幸いだ。

 と、そんな身の程知らずなおせっかい心が湧いて来た俺は、さっきの様に何度無視されようが客車の貴族令嬢に話しかけ続けていた。

「知っているか? なんでもこの近くにゃ珍しい鹿が生息しててよ。なかなか姿を見せねぇらしいがとんでもなく美味いんだとよ。一度食ってみてぇなぁ」

「…………」

 う~ん、お貴族様にゃつまんねぇ話だったか?
 いや、そもそも身分関係無く若い娘が興味を持つ話じゃねぇか。
 さっきまで話していた貧乏長屋のご近所話よりかはマシだと思うんだがよ。
 はぁ、慣れない事なんてするもんじゃねぇな。
 今まで女なんてとんと接点無かったもんだから何喋っていいか分かんねぇや。

「この前、街の北にある川ででっかいマスを釣ったんだ。季節も良いし油が乗っててとても美味かったぜ」

「…………」

 ダメだ。
 楽しい事を喋ろうと思うと、頭の中に食べ物の話題しか降りて来ねぇ。
 自分の語彙の無さに呆れちまうぜ。

感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】私なりのヒロイン頑張ってみます。ヒロインが儚げって大きな勘違いですわね

との
恋愛
レトビア公爵家に養子に出されることになった貧乏伯爵家のセアラ。 「セアラを人身御供にするって事? おじ様、とうとう頭がおかしくなったの?」 「超現実主義者のお父様には関係ないのよ」 悲壮感いっぱいで辿り着いた公爵家の酷さに手も足も出なくて悩んでいたセアラに声をかけてきた人はもっと壮大な悩みを抱えていました。 (それって、一個人の問題どころか⋯⋯) 「これからは淑女らしく」ってお兄様と約束してたセアラは無事役割を全うできるの!? 「お兄様、わたくし計画変更しますわ。兎に角長生きできるよう経験を活かして闘いあるのみです!」 呪いなんて言いつつ全然怖くない貧乏セアラの健闘?成り上がり? 頑張ります。 「問題は⋯⋯お兄様は意外なところでポンコツになるからそこが一番の心配ですの」 ーーーーーー タイトルちょっぴり変更しました(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾ さらに⋯⋯長編に変更しました。ストックが溜まりすぎたので、少しスピードアップして公開する予定です。 ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 体調不良で公開ストップしておりましたが、完結まで予約致しました。ᕦ(ò_óˇ)ᕤ ご一読いただければ嬉しいです。 R15は念の為・・

未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~

キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。 その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。 絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。 今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。 それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!? ※カクヨムにも掲載中の作品です。

婚約破棄!ついでに王子をどん底に突き落とす。

鏡おもち
恋愛
公爵令嬢パルメは、王立学院のパーティーで第一王子リュントから公開婚約破棄を突きつけられる。しかし、周囲の同情をよそにパルメは歓喜した。

婚約破棄までの168時間 悪役令嬢は断罪を回避したいだけなのに、無関心王子が突然溺愛してきて困惑しています

みゅー
恋愛
アレクサンドラ・デュカス公爵令嬢は舞踏会で、ある男爵令嬢から突然『悪役令嬢』として断罪されてしまう。 そして身に覚えのない罪を着せられ、婚約者である王太子殿下には婚約の破棄を言い渡された。 それでもアレクサンドラは、いつか無実を証明できる日が来ると信じて屈辱に耐えていた。 だが、無情にもそれを証明するまもなく男爵令嬢の手にかかり最悪の最期を迎えることになった。 ところが目覚めると自室のベッドの上におり、断罪されたはずの舞踏会から1週間前に戻っていた。 アレクサンドラにとって断罪される日まではたったの一週間しか残されていない。   こうして、その一週間でアレクサンドラは自身の身の潔白を証明するため奮闘することになるのだが……。 甘めな話になるのは20話以降です。

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗
恋愛
異世界恋愛短編詰め合わせです。 気になったものだけでもおつまみください! 『君を買いたいと言われましたが、私は売り物ではありません』 『悪役令嬢は、友の多幸を望むのか』 『わたくしでは、お姉様の身代わりになりませんか?』 『婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。 』 『婚約破棄された悪役令嬢だけど、騎士団長に溺愛されるルートは可能ですか?』 他多数。 他サイトにも重複投稿しています。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!