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第十二話 下級兵士達の逃亡
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『うおーーー! いけーーー! 騎士の意地を見せろ!!』
ドガッ! バキッ!!
『死ねぇ!!』
ザクッ!
『ギャオォォォ!!』
『くそ! 倒れろ!!』
ガキンッ! ズダンッ!
『グオォォン』
俺が陣の中央にある天幕に向かって馬を走らせるや否や背後から激しい喧騒の音が聞こえて来た。
どうやら戦いが始まったようだ。
今のところ魔物共の断末魔ばかりで人間ぽい悲鳴は聞こえてこない事から、どうやら騎士達の優勢らしい。
だが、鎧無しであの数相手じゃジリ貧なのは目に見えている。
もう少し時間を稼いでくれよと、心の中で気持ちが全く籠っていない応援をしてみた。
無事にジェイスの天幕に到着した俺はすぐに馬から下りて中の様子を伺う。
もしジョセフィーヌの悲鳴が聞こえでもしたら、すぐにでも飛び込んでジェイスの野郎をバッサリと斬り捨ててやる。
『何をてこずっている。くそ、魔物ぐらいすぐに制圧出来ない無能共め』
『無能って……貴方の部下達なのですよ。なんて言い草です』
耳を澄ますとジェイスの愚痴が聞こえてきた。
それにジョセフィーヌの声も。
よし、声はしっかりしているし、どうやらまだ無事のようだな。
しかし、俺の死体を前で純潔を奪うってのは本気の話だったのか。
勿論無事なのは良かった事なんだが、その理由を素直に喜んで良いのか判断に困るぜ。
『五月蝿い! 黙れ!』
ドンッ! ビリリリ!
『キャア!』
無事だと安堵した次の瞬間、ジェイスの激高と共に布を裂くような音、そして彼女の悲鳴が聞こえた。
すぐに飛び込みたい衝動に駆られたが、気持ちを抑えなんとか押し留まる。
なにしろ今は不味い。
ジェイスの方が彼女に近い分、もし人質にでも取られたら詰んでしまう。
『良い声を出すじゃないかジョセフィーヌ。あぁ外から聞こえる喧騒といい興奮してきたぞ。あの兵士を待っていられなくなった。さぁジョセフィーヌ! 今から天国を味あわせてやるぞ』
『いや、やめて……来ないで……。助けて……騎士様……』
彼女のこのセリフは……。
吟遊詩人の詩の一説が脳裏に浮かぶ。
それと共に今自分が騎士の冒険譚の主人公になったかのような高揚感を覚えた。
おぉ、姫よ。必ずやこの手で助けてみせようぞ……。
心の中で今一度旅の騎士のセリフをなぞる。
そうだ、俺はジョセフィーヌを助けるんだ。
『何を言っているジョセフィーヌ。私が騎士だ。皆から『騎士の剣』と称される私こそがこの王国の騎士としてのあるべき姿なのだ』
ジョセフィーヌの言葉を聞いたジェイスが嘲笑うかのようにそう言った。
何を言っていやがる! お前なんかが騎士な訳があるか!
騎士とは高潔で弱き者の盾となって戦う者だ。
弱者をいたぶるお前が騎士を名乗るな!
俺の夢を汚すんじゃねぇ!!
そう叫びたい怒りを俺は押し潰した。
今俺がしなければいけない事は怒りに任せる事じゃなくジョセフィーヌを助ける事だ。
俺は夢を汚された怒りではなく、ジョセフィーヌを助ける為の言葉を叫んだ。
「隊長! ジェイス隊長! どうか出陣願いします!」
優先事項はジョセフィーヌからジェイスを引き離す事。
さすがに外道なこいつでも隊長の肩書きを持つ騎士な以上、部下からの嘆願を無視はしないだろう。
と思ったが、こいつは想像以上に外道らしい。
『ちっ! 無能共め。今私は忙しい。お前もこんな所でサボってないで戦え!』
怒りを通り越して呆れちまうぜ。
なんでこんな奴の下について行く部下がいるのかね?
まぁその答えは簡単だな。
恐らく他の騎士達よりこいつの家の身分が高いからなんだろう。
この国は貴族か否か、そして家名の上下が全て。
そう言やそうだったぜ。
んじゃ、次のセリフはっと。
「それと、あの兵士の事でご報告がありまして。奴を半殺しにして捕らえてまいりました」
『おお、でかしたな! 待ちわびたぞ!』
ハッタリに声を弾ませるジェイス。
おいおい、こっちは素直に答えるのかよ。
やっぱりこいつ外道だわ。
俺が呆れていると天幕の中から相反する声が聞こえて来た。
『あぁ、なんて事……うぅ……』
ジョセフィーヌ!!
俺の悲報を聞いて泣き出すジョセフィーヌの声。
なんて事だ! 俺の為に泣いてくれるのかよ。
あまりの嬉しさに歓喜の叫びを上げそうになったが、ひとまず落ち着け俺!
ジェイスの野郎に俺の正体がバレる訳にはいかない。
「そんじゃ、今から中へ運びますんで受け取ってもらえますか?」
『いや、俺が奴を引き摺って中まで運ぶ。あぁやっとだよジョセフィーヌ。少し待っていてくれ』
『……うぅ……う? え? う……ん?』
嬉しさを押し殺すのに必死で少しばかり言葉が素に戻っちまったが、どうやらジェイスの野郎は俺以上に歓喜がガンギマリしていたようで、気にせず鼻歌を歌いながら近付いてくる。
ジョセフィーヌの方はと言うと可哀想な事に一度不自然な嗚咽をした後、押し黙ってしまった。
どうやら恐怖のあまり泣き声も上げる事が出来なくなったようだ。
今助けてやるから待ってろよ。
タッタッタッ。
ジェイスの弾む足音が近付いてくる。
それに合わせて俺は右手を思いっ切り握りしめて振りかぶる。
そして勢いよく天幕が開いた瞬間――。
ゴギャッ!!
俺はジェイスの狂った歓喜の目掛けて思いっ切り拳を振り抜いた。
想定に無かったのだろう、反応する間も無く俺の拳はジェイスの顔にぶち当たり綺麗に宙を舞う。
へっ! ざまぁみろってんだ!
そのまま俺は素早く天幕の中に飛び込んだ。
激戦最中だから大丈夫だと思うが、万が一にも騎士達に見られるのはマズいし、吹っ飛んだジェイスが何をするか分からんからな、追加で何発か殴って大人しくさせとくか。
ジョセフィーヌを泣かした礼と今まで犠牲になった平民達の恨みを晴らしてやるぜ。
……勿論俺の八つ当たりも加えてな。
「喰らえ! ……て、あれ?」
意気揚々と転がっているジェイスに飛び乗って拳を振り上げたが、既にジェイスは白目を剥いて気絶していた。
よく考えたら腕には手甲を装着しているんだったっけ。
そりゃ無防備のまま鉄のこん棒で殴られたようなもんだし、気絶してもおかしくないな。
もう一発殴ってやってもいいが、前歯が全部抜け落ちて血みどろになってる姿を見たらなんか萎えた。
それよりジョセフィーヌは……?
俺は恐怖に震えているであろうジョセフィーヌに声を掛けようとした途端――。
ドウッ!
「お、おわっ!」
突然何者かが俺に体当たりして来た。
そして腕を使い俺の首をホールドする。
ヤバい! ジェイスの他にもう一人居やがったのか。
兜の所為で視界が狭いから今まで気付かなかったぜ。
俺は反撃する為に慌てて振り解うとしたが、違和感に気付いた。
攻撃されたにしてはやけに軽い。
それに俺にの首に回された手も俺を組み敷こうとしているには非力過ぎる。
何より両手が自由なのが有り得ない。
俺は正体不明の敵の姿を確かめる為、視界を遮るバイザーを上げた。
しして、そこにあったのは満面の笑みを浮かべる……。
「兵士様!!」
ジョセフィーヌだった。
フードで隠れていたから分からなかったが、天幕のかがり火に照らされたその顔はとても美しかった。
黒曜石の如くキラキラと輝く綺麗な黒髪に藍色の瞳。
スッと通った鼻筋に瑞々しく形のいいピンクの唇。
まるで女神様のみたいだと思った。
俺と目が合ったジョセフィーヌはそのまま俺の胸に顔を預けて来る。
鎧で硬いだろうに。
俺はジョセフィーヌの背に手を回し抱き締めた。
「ジョセフィーヌ。良かった。無事だったんだな」
「はい、はい……うぅ」
ジョセフィーヌは助かった安堵で気が抜けたのか、それだけ言うと俺の身体に縋りつき嗚咽を上げて震え出した。
俺は優しく背中を撫でてやる。
手甲のままじゃ痛いかもしれねぇが今はこれで勘弁な。
『ぐわぁ!!』
ガシャン!!
『クソ! 魔物め! 一体何匹居やがるんだ!』
ガンッ! ゴキャ!
『グォォォォ!!』
ドカッ!! ザシュ!!
おっと、このままずっとジョセフィーヌを抱き締めていたかったが、時間は待ってくれねぇようだ。
どうやら想定通り戦況は魔物側に傾いて来たらしい。
幾つかの人間の悲鳴が聞こえて来た。
「ジョセフィーヌ。ここから逃げだすぞ……って、わっ! すまん」
俺はここから逃げる為にジョセフィーヌの身体を優しく離したんだが、その目に飛び込んで来たのはジョセフィーヌのあられもない姿だった。
そう言えば、布の割く音が聞こえてたよな。
ジョセフィーヌの服は胸元から大きく裂け地肌が露出しており、彼女の双峰は俺の前に晒されている。
俺は慌てて目を背けた。
「あっ! キャッ! は、恥ずかしい」
自分の状況に気付いたジョセフィーヌは真っ赤になって後ろを向く。
いや真っ赤になったのを知っているのは見ていたからじゃないぞ。
多分そんな感じだと言う妄想だ。
って、何に言い訳してんだよ。
まだ少しばかり混乱しているようだ。
しかし、ヤベェ! 母ちゃん以外に初めて女性の胸を見ちまった!
すっげぇドキドキする。
彼女を無事に修道院に送り届けさよならした後も、俺はこの思い出だけで生きていけそうだ。
『もうもたない! 誰かこっちを手伝ってくれ!!』
『馬鹿野郎!! こっちだってもたねェんだよ! なんだってこんな事に! くそぉぉ』
外から更に悲痛な騎士達の叫び声が聞こえて来た。
こんな馬鹿な事をしている時間は無いようだ。
「ジョセフィーヌ。恐らくそこら辺にジェイスの衣装箱がある筈だ。男物ですまんが取りあえず動き易い服装に着替えて欲しい」
「わ、分かりました……」
彼女自体この状況が分かっているだろう、俺の言葉に素直に従い衣装箱の方へ駆け寄った。
俺は気を落ち着ける為にふぅ~と大きく息を吐く。
気持ちを切り替えた俺はジェイスの身体を縛り猿轡を噛ませた。
そして俺は装着している鎧を急いで脱ぐ。
その最中、少し気になった事があったので着替えているジョセフィーヌに声を掛けた。
「そう言えばジョセフィーヌ……って、すまん。呼び捨てしちまってた。え~と……」
「良いのです。名前で呼んで頂けた方が私も嬉しいです。それよりなにか言い掛けていましたが、どうされました?」
着替え終わったジョセフィーヌが俺の側までやって来る。
ジェイスの服なので少しぶかぶかだが、男物のチェニックに身を包んだ姿もとても綺麗だった。
「い、いや、じゃあ改めてジョセフィーヌ。なんで飛び込んで来たのが俺だと分かったんだ?」
「フフフフ。だって口が悪い貴方の声を忘れる訳ありませんもの」
あっ、なるほど。
さっき嬉しさのあまり素が出ちまった時にバレたのか。
そう言えばあの時のジョセフィーヌはなんか不自然だったしな。
俺に気付いてくれた事に、また嬉しさが込み上げて来た。
「そっか、あははは」
「それに……騎士様……貴方が助けに来て下さることを信じておりましたから」
ジョセフィーヌはそう言って頬を染め目を伏した。
その姿、それに『騎士様』と言う言葉に心臓がドキリと跳ねる。
今の言葉も俺が憧れた騎士の冒険譚に出て来たセリフだった。
放浪の騎士が悪党共に捉えられた姫を助け出した時、姫が騎士に向かってそう言ったんだ。
俺の胸はときめきが高まっていく。
と、いやいやいや、今彼女は言い直したじゃねぇか。
彼女はただ単に仲が良かった最強騎士が助けに来る事を信じてただけだっての。
それなのに助けに来たのが俺だったからポロっと『騎士様』って言葉が出ただけだろう。
うん、きっとそうだ。
「おいおい、俺が騎士だって? 俺はしがない下級兵士だぜ? そんな上等なもんじゃないっての」
「そんな事は無いです。身勝手な願いでしたが、貴方が来るのを待っていたんです」
そう言って、とても熱を籠った瞳で俺を見詰めて来るジョセフィーヌ。
俺はその瞳から目が離せない。
どちらからともなく二人は近付き……そして抱き締め合い……互いの唇が……触れ……。
『隊長ーーー!! 早く出陣をーーー!! もう戦線が持ちま…ギャァ!!』
あっ! ヤベェ! だからこんな事してる場合じゃないっての。
魔物が馬防柵に激突する音も聞こえるし、騎士隊は崩壊寸前の様だ。
「ジョセフィーヌ! ここから逃げるぞ!」
「はい!」
俺は天幕の奥を剣で斬り裂き道を作るとジョセフィーヌの手を握りしめ走り出す。
そして、闇夜に紛れ深い森の中へと俺達は姿を消した。
ドガッ! バキッ!!
『死ねぇ!!』
ザクッ!
『ギャオォォォ!!』
『くそ! 倒れろ!!』
ガキンッ! ズダンッ!
『グオォォン』
俺が陣の中央にある天幕に向かって馬を走らせるや否や背後から激しい喧騒の音が聞こえて来た。
どうやら戦いが始まったようだ。
今のところ魔物共の断末魔ばかりで人間ぽい悲鳴は聞こえてこない事から、どうやら騎士達の優勢らしい。
だが、鎧無しであの数相手じゃジリ貧なのは目に見えている。
もう少し時間を稼いでくれよと、心の中で気持ちが全く籠っていない応援をしてみた。
無事にジェイスの天幕に到着した俺はすぐに馬から下りて中の様子を伺う。
もしジョセフィーヌの悲鳴が聞こえでもしたら、すぐにでも飛び込んでジェイスの野郎をバッサリと斬り捨ててやる。
『何をてこずっている。くそ、魔物ぐらいすぐに制圧出来ない無能共め』
『無能って……貴方の部下達なのですよ。なんて言い草です』
耳を澄ますとジェイスの愚痴が聞こえてきた。
それにジョセフィーヌの声も。
よし、声はしっかりしているし、どうやらまだ無事のようだな。
しかし、俺の死体を前で純潔を奪うってのは本気の話だったのか。
勿論無事なのは良かった事なんだが、その理由を素直に喜んで良いのか判断に困るぜ。
『五月蝿い! 黙れ!』
ドンッ! ビリリリ!
『キャア!』
無事だと安堵した次の瞬間、ジェイスの激高と共に布を裂くような音、そして彼女の悲鳴が聞こえた。
すぐに飛び込みたい衝動に駆られたが、気持ちを抑えなんとか押し留まる。
なにしろ今は不味い。
ジェイスの方が彼女に近い分、もし人質にでも取られたら詰んでしまう。
『良い声を出すじゃないかジョセフィーヌ。あぁ外から聞こえる喧騒といい興奮してきたぞ。あの兵士を待っていられなくなった。さぁジョセフィーヌ! 今から天国を味あわせてやるぞ』
『いや、やめて……来ないで……。助けて……騎士様……』
彼女のこのセリフは……。
吟遊詩人の詩の一説が脳裏に浮かぶ。
それと共に今自分が騎士の冒険譚の主人公になったかのような高揚感を覚えた。
おぉ、姫よ。必ずやこの手で助けてみせようぞ……。
心の中で今一度旅の騎士のセリフをなぞる。
そうだ、俺はジョセフィーヌを助けるんだ。
『何を言っているジョセフィーヌ。私が騎士だ。皆から『騎士の剣』と称される私こそがこの王国の騎士としてのあるべき姿なのだ』
ジョセフィーヌの言葉を聞いたジェイスが嘲笑うかのようにそう言った。
何を言っていやがる! お前なんかが騎士な訳があるか!
騎士とは高潔で弱き者の盾となって戦う者だ。
弱者をいたぶるお前が騎士を名乗るな!
俺の夢を汚すんじゃねぇ!!
そう叫びたい怒りを俺は押し潰した。
今俺がしなければいけない事は怒りに任せる事じゃなくジョセフィーヌを助ける事だ。
俺は夢を汚された怒りではなく、ジョセフィーヌを助ける為の言葉を叫んだ。
「隊長! ジェイス隊長! どうか出陣願いします!」
優先事項はジョセフィーヌからジェイスを引き離す事。
さすがに外道なこいつでも隊長の肩書きを持つ騎士な以上、部下からの嘆願を無視はしないだろう。
と思ったが、こいつは想像以上に外道らしい。
『ちっ! 無能共め。今私は忙しい。お前もこんな所でサボってないで戦え!』
怒りを通り越して呆れちまうぜ。
なんでこんな奴の下について行く部下がいるのかね?
まぁその答えは簡単だな。
恐らく他の騎士達よりこいつの家の身分が高いからなんだろう。
この国は貴族か否か、そして家名の上下が全て。
そう言やそうだったぜ。
んじゃ、次のセリフはっと。
「それと、あの兵士の事でご報告がありまして。奴を半殺しにして捕らえてまいりました」
『おお、でかしたな! 待ちわびたぞ!』
ハッタリに声を弾ませるジェイス。
おいおい、こっちは素直に答えるのかよ。
やっぱりこいつ外道だわ。
俺が呆れていると天幕の中から相反する声が聞こえて来た。
『あぁ、なんて事……うぅ……』
ジョセフィーヌ!!
俺の悲報を聞いて泣き出すジョセフィーヌの声。
なんて事だ! 俺の為に泣いてくれるのかよ。
あまりの嬉しさに歓喜の叫びを上げそうになったが、ひとまず落ち着け俺!
ジェイスの野郎に俺の正体がバレる訳にはいかない。
「そんじゃ、今から中へ運びますんで受け取ってもらえますか?」
『いや、俺が奴を引き摺って中まで運ぶ。あぁやっとだよジョセフィーヌ。少し待っていてくれ』
『……うぅ……う? え? う……ん?』
嬉しさを押し殺すのに必死で少しばかり言葉が素に戻っちまったが、どうやらジェイスの野郎は俺以上に歓喜がガンギマリしていたようで、気にせず鼻歌を歌いながら近付いてくる。
ジョセフィーヌの方はと言うと可哀想な事に一度不自然な嗚咽をした後、押し黙ってしまった。
どうやら恐怖のあまり泣き声も上げる事が出来なくなったようだ。
今助けてやるから待ってろよ。
タッタッタッ。
ジェイスの弾む足音が近付いてくる。
それに合わせて俺は右手を思いっ切り握りしめて振りかぶる。
そして勢いよく天幕が開いた瞬間――。
ゴギャッ!!
俺はジェイスの狂った歓喜の目掛けて思いっ切り拳を振り抜いた。
想定に無かったのだろう、反応する間も無く俺の拳はジェイスの顔にぶち当たり綺麗に宙を舞う。
へっ! ざまぁみろってんだ!
そのまま俺は素早く天幕の中に飛び込んだ。
激戦最中だから大丈夫だと思うが、万が一にも騎士達に見られるのはマズいし、吹っ飛んだジェイスが何をするか分からんからな、追加で何発か殴って大人しくさせとくか。
ジョセフィーヌを泣かした礼と今まで犠牲になった平民達の恨みを晴らしてやるぜ。
……勿論俺の八つ当たりも加えてな。
「喰らえ! ……て、あれ?」
意気揚々と転がっているジェイスに飛び乗って拳を振り上げたが、既にジェイスは白目を剥いて気絶していた。
よく考えたら腕には手甲を装着しているんだったっけ。
そりゃ無防備のまま鉄のこん棒で殴られたようなもんだし、気絶してもおかしくないな。
もう一発殴ってやってもいいが、前歯が全部抜け落ちて血みどろになってる姿を見たらなんか萎えた。
それよりジョセフィーヌは……?
俺は恐怖に震えているであろうジョセフィーヌに声を掛けようとした途端――。
ドウッ!
「お、おわっ!」
突然何者かが俺に体当たりして来た。
そして腕を使い俺の首をホールドする。
ヤバい! ジェイスの他にもう一人居やがったのか。
兜の所為で視界が狭いから今まで気付かなかったぜ。
俺は反撃する為に慌てて振り解うとしたが、違和感に気付いた。
攻撃されたにしてはやけに軽い。
それに俺にの首に回された手も俺を組み敷こうとしているには非力過ぎる。
何より両手が自由なのが有り得ない。
俺は正体不明の敵の姿を確かめる為、視界を遮るバイザーを上げた。
しして、そこにあったのは満面の笑みを浮かべる……。
「兵士様!!」
ジョセフィーヌだった。
フードで隠れていたから分からなかったが、天幕のかがり火に照らされたその顔はとても美しかった。
黒曜石の如くキラキラと輝く綺麗な黒髪に藍色の瞳。
スッと通った鼻筋に瑞々しく形のいいピンクの唇。
まるで女神様のみたいだと思った。
俺と目が合ったジョセフィーヌはそのまま俺の胸に顔を預けて来る。
鎧で硬いだろうに。
俺はジョセフィーヌの背に手を回し抱き締めた。
「ジョセフィーヌ。良かった。無事だったんだな」
「はい、はい……うぅ」
ジョセフィーヌは助かった安堵で気が抜けたのか、それだけ言うと俺の身体に縋りつき嗚咽を上げて震え出した。
俺は優しく背中を撫でてやる。
手甲のままじゃ痛いかもしれねぇが今はこれで勘弁な。
『ぐわぁ!!』
ガシャン!!
『クソ! 魔物め! 一体何匹居やがるんだ!』
ガンッ! ゴキャ!
『グォォォォ!!』
ドカッ!! ザシュ!!
おっと、このままずっとジョセフィーヌを抱き締めていたかったが、時間は待ってくれねぇようだ。
どうやら想定通り戦況は魔物側に傾いて来たらしい。
幾つかの人間の悲鳴が聞こえて来た。
「ジョセフィーヌ。ここから逃げだすぞ……って、わっ! すまん」
俺はここから逃げる為にジョセフィーヌの身体を優しく離したんだが、その目に飛び込んで来たのはジョセフィーヌのあられもない姿だった。
そう言えば、布の割く音が聞こえてたよな。
ジョセフィーヌの服は胸元から大きく裂け地肌が露出しており、彼女の双峰は俺の前に晒されている。
俺は慌てて目を背けた。
「あっ! キャッ! は、恥ずかしい」
自分の状況に気付いたジョセフィーヌは真っ赤になって後ろを向く。
いや真っ赤になったのを知っているのは見ていたからじゃないぞ。
多分そんな感じだと言う妄想だ。
って、何に言い訳してんだよ。
まだ少しばかり混乱しているようだ。
しかし、ヤベェ! 母ちゃん以外に初めて女性の胸を見ちまった!
すっげぇドキドキする。
彼女を無事に修道院に送り届けさよならした後も、俺はこの思い出だけで生きていけそうだ。
『もうもたない! 誰かこっちを手伝ってくれ!!』
『馬鹿野郎!! こっちだってもたねェんだよ! なんだってこんな事に! くそぉぉ』
外から更に悲痛な騎士達の叫び声が聞こえて来た。
こんな馬鹿な事をしている時間は無いようだ。
「ジョセフィーヌ。恐らくそこら辺にジェイスの衣装箱がある筈だ。男物ですまんが取りあえず動き易い服装に着替えて欲しい」
「わ、分かりました……」
彼女自体この状況が分かっているだろう、俺の言葉に素直に従い衣装箱の方へ駆け寄った。
俺は気を落ち着ける為にふぅ~と大きく息を吐く。
気持ちを切り替えた俺はジェイスの身体を縛り猿轡を噛ませた。
そして俺は装着している鎧を急いで脱ぐ。
その最中、少し気になった事があったので着替えているジョセフィーヌに声を掛けた。
「そう言えばジョセフィーヌ……って、すまん。呼び捨てしちまってた。え~と……」
「良いのです。名前で呼んで頂けた方が私も嬉しいです。それよりなにか言い掛けていましたが、どうされました?」
着替え終わったジョセフィーヌが俺の側までやって来る。
ジェイスの服なので少しぶかぶかだが、男物のチェニックに身を包んだ姿もとても綺麗だった。
「い、いや、じゃあ改めてジョセフィーヌ。なんで飛び込んで来たのが俺だと分かったんだ?」
「フフフフ。だって口が悪い貴方の声を忘れる訳ありませんもの」
あっ、なるほど。
さっき嬉しさのあまり素が出ちまった時にバレたのか。
そう言えばあの時のジョセフィーヌはなんか不自然だったしな。
俺に気付いてくれた事に、また嬉しさが込み上げて来た。
「そっか、あははは」
「それに……騎士様……貴方が助けに来て下さることを信じておりましたから」
ジョセフィーヌはそう言って頬を染め目を伏した。
その姿、それに『騎士様』と言う言葉に心臓がドキリと跳ねる。
今の言葉も俺が憧れた騎士の冒険譚に出て来たセリフだった。
放浪の騎士が悪党共に捉えられた姫を助け出した時、姫が騎士に向かってそう言ったんだ。
俺の胸はときめきが高まっていく。
と、いやいやいや、今彼女は言い直したじゃねぇか。
彼女はただ単に仲が良かった最強騎士が助けに来る事を信じてただけだっての。
それなのに助けに来たのが俺だったからポロっと『騎士様』って言葉が出ただけだろう。
うん、きっとそうだ。
「おいおい、俺が騎士だって? 俺はしがない下級兵士だぜ? そんな上等なもんじゃないっての」
「そんな事は無いです。身勝手な願いでしたが、貴方が来るのを待っていたんです」
そう言って、とても熱を籠った瞳で俺を見詰めて来るジョセフィーヌ。
俺はその瞳から目が離せない。
どちらからともなく二人は近付き……そして抱き締め合い……互いの唇が……触れ……。
『隊長ーーー!! 早く出陣をーーー!! もう戦線が持ちま…ギャァ!!』
あっ! ヤベェ! だからこんな事してる場合じゃないっての。
魔物が馬防柵に激突する音も聞こえるし、騎士隊は崩壊寸前の様だ。
「ジョセフィーヌ! ここから逃げるぞ!」
「はい!」
俺は天幕の奥を剣で斬り裂き道を作るとジョセフィーヌの手を握りしめ走り出す。
そして、闇夜に紛れ深い森の中へと俺達は姿を消した。
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