下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ

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外伝 旅する母のラプソディ Ⅰ

「これで最後っと。えいっ!」

「グギャァァァ」

 私の身の丈よりも二回り……いえ、三回りくらいは大きいかしら?
 まぁ、それくらい大きなオーガが私が放った斬撃によって断末魔を上げながら落ち崩れる。
 私の気配察知から逃れられる訳がないのだから、これが最後の一頭だとは思うのけど、念の為にと周囲の気配を探った。

「ん~? 大丈夫そうね」

 相当先まで探ってみても感じるのは小動物や鳥くらいの弱々しい気配しか感じない。
 トロルはおろかゴブリン一匹でさえ魔物の気配は感じなかった。
 ホッと一息ついた私は、周囲に転がる十体ばかりのオーガの死体を眺めながら愛剣にこびり付いているオーガの血と油を手拭いで拭う。

「全くこの国の兵隊達は何してるのかしら? 武装したオーガが小隊規模で森を闊歩してるのを放置するなんてね」

 汚れを拭い終えた私は心の中で溜息を吐きながらその場を後にした。

 『はぁ~大人しく乗合馬車に乗っておけば良かったわ~』

 曲がりくねった街道を馬車で進むより、真っ直ぐ走った方が早いと乗合馬車に乗らなかった一昨日の自分に文句を言いたくなったが、今そんな後悔する時間はない。
 私は一刻も早く目的の場所に辿り着く為に足に力を込め森を駆け抜けた。



       ◇◆◇


「あら? どこからかしら?」

 暫く森の中を走っていると遠くから剣戟の音が耳に入ってきた。
 音自体は小さいが異なる多数の打撃音からそれなりの規模の戦闘が行われている様だ。
 一瞬山賊に誰かが襲われているのかとも思ったが、ぶつかり合う金属音からするとその戦闘はある程度互いに拮抗しているように取れる。
 戦争でもやっているのかしら? と首を傾げていると人間の怒号の他に、先程も聞いたオーガと思しき咆哮も聞こえた。
 人間同士の戦争ならこのまま無視しようと思ったけど、相手が魔物なら話は別だ。
 それにどうやら拮抗していた戦況は段々と片方の集団に傾いて来ているらしい。
 最悪な事にそれは人間側ではなくオーガ側に……だ。

「時間が無いけど仕方無いか。このまま見過ごすと寝覚めが悪いしね」

 私はそう呟くと向かう方向を目的地から音のする方に変えて愛剣を腰の鞘から抜き更に加速した。




「えっと……戦況は? う~ん、これはちょっとまずいわね」

 戦闘は少し開けた場所で行われていた。
 森から抜け出した私の目の前に広がっていたのは敗戦寸前の状況で、いまだ戦闘を続けている者は居るものの、多くの者は地に伏している。
 その者達も殆どが血まみれで中には手足がオーガの怪力によって潰されている者も居た。
 それでも幸いな事に全員息は有る様で呻き声を上げたりその場から逃げ出そうと懸命に藻掻いていた。
 だけどそれも時間の問題。
 オーガ達はその哀れな敗北者達にトドメを刺さんと武器を振り上げていた。

 私は手に持った愛剣を横一文字に薙ぎ近くの大木を両断する。
 今すべきなのはオーガ達の手を止め、その意識にこちらに向けさせること。
 私の一撃によって切り倒された大木は私の横をすり抜け、大地に激突し激しい轟音と地響きが周囲に響き渡った。

 その場に居た全ての人とオーガ達が突如轟音と共に現れた私の方に目を向ける。
 ある者は呆気に取られ、ある者は恐れ戦き、またある者は怒り表情を浮かべていた。
 まぁ最後のはオーガ達なのだけれどね。

「だ、誰……?」

 人間の一人が私に問い掛けて来た。
 その人は大地に倒れその場から逃げ出そうと這いつくばっていた人だ。
 そんな事聞いている暇なんて有るの? オーガ達が私に集中する間に逃げなさいな。

 と、思いはしたものの勿論口には出さない。
 だってオーガ達も私が何者なのか知りたがっているようで、足元の人間達に目もくれず私の事を睨んでるんですもの。
 皆を助けるにはもっと注意を惹かなきゃね。

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 敵を倒せと私を呼ぶ! そんな私は旅のお姉さんよ! さぁ悪いオーガ達! バシッとぶっ殺してあげるから纏めてかかって来なさい!」
 
 なかなか格好良い登場の仕方じゃない?
 危機一髪の状況で大木を斬り注意を惹いて、敵にバッチリ決めた名乗りを上げる。
 こんなシチュエーションにちょっと憧れていたのよね~。
 あの人もこれがしたくて人助けをしていたのかしら?
 さっきは突然襲ってきたし名乗る暇も無かったから不完全燃焼だったのよ。
 まぁ魔物しか居ないのに名乗っても空しいだけなんだけどさ。

「ガァァァ!!」
「グオォォォ!!」

 私の挑発が効いたのか、オーガ達全員怒りを顕わにし雄叫びを上げて周囲の人間を弾き飛ばしながら私に向かって走り出して来る。
 あらあら、ごめんなさい。今ので死んでないと良いのだけども。
 でも安心して、私の村秘伝の薬が有るんだから。
 それを塗れば例え死に掛けてても死にはしないわよ。

 私はそんな事を考えながら迫りくるオーガの群れを見据え愛剣を構えた。



   ◇◆◇


「さて、こんなものかしら?」

 人間達が呆気に取られた顔で私の事を見ている中、息のあるオーガが居ないか足元に転がるオーガ達を爪先で蹴りながら確かめる。
 知能の持った魔物達はたまに死んだ振りして不意を突こうとしてくるのよ。
 今回は殆ど首刎ねたり胴体真っ二つにしたんでそんな心配は必要無いとは思うんだけど、念の為にね。

「あ、あの……」

 オーガ達の死亡を確認し終えた私が愛剣の汚れを拭き取っていると、助けた人達が話し掛けて来た。
 その人達の方を見ると殆どの者はその場でへたり込んでいた。
 目が合うと皆ビクッと身体を震わせる。
 あれ? 何怖がっているの? オーガは全部倒したわよ?
 人々の態度に不思議に思っていると、恐れ戦いている人達はどうやら私にビビっているようだ。

 こんなうら若き……って、もう全然若くないわね~。
 なんせ息子も結婚して今じゃ二児の父親やってるんですもの。
 私もおばあちゃんになっちゃったわ。
 でも、村の皆には『いつまで経っても若いね~』って褒められたりするのよ?
 肌もピチピチで皺だって無いんだから!

 とっ、まぁ今はそんな事どうでも良い事ね。
 なんでオーガ達に襲われていたのか事情を聴かないと。
 急いではいるんだけど、乗りかかった船だもの。
 ちょっとくらいの寄り道は仕方無いわ。

 なんせここに居る皆はまだ二十歳そこそこの若い剣士ばかり。
 そんな未来有る若い子達が死に掛けの目に遭っているんですもの。
 息子を持つ身としては放っておけないわ。

 それに見たところこの子達って恐らくこの国の正規兵だと思う。
 だって、冒険者のように個人個人バラバラな装備じゃなく白を基調とした鎧で統一されている。
 さっきはなんでこの国ってオーガを野放しにしてるんだと思ってたけど、ごめんなさい。
 ちゃんとこうやって討伐隊を派遣していたのね。
 この体たらくじゃ実力はまだまだ足りないけど……。
 でも、生きていてこそ次に繋がるのだから私に感謝しなさいよ?

「怖がらなくて良いわ。私は敵じゃない。近くを通ったら戦ってる音が聞こえたんで駆け付けたのよ」

 と、にっこり笑って説明しても皆の恐怖は解けないみたい。
 逆の笑顔を浮かべたら悲鳴を上げられちゃってちょっと傷付くわ。
 あんた達、兵士の癖に意気地が無いわね。
 もう敵は居なくなったんだからしゃんとしなさい。

 そんな事を思いながらため息を吐いていると、一人の青年が私を指差し引き攣った声を出す。
 一人だけ赤い腕章を付けている事から、どうやらその青年はこの討伐隊の隊長みたいね。
 

「あ、あの……血が……」

 人を指差すなんて失礼ねと思っていると、青年は恐る恐る私の顔を見ながらそう言った。
 血……? 何言ってるのかしら? オーガの攻撃なんて掠りもしなかったわよ?
 そう思いながらも青年が指差している私の顔を試しに手で触ってみる。
 すると手拭いで拭き取って綺麗にした筈の手にべったりと血が……。

「あっ! ごめんなさい。大丈夫大丈夫! これはただの返り血だから!」

 どうやら私の顔はオーガ達の返り血を浴びて真っ赤に染まっていたみたい。
 気付いたら服も血でベトベトだわ。
 こりゃ洗っても落ちないかも。
 お気に入りの服だったってのにオーガの奴らめ許せない。

 でも、なぜ皆が怖がっていたのか分かった。
 そりゃ怖いわよね。
 突然現れた正体不明の女が、自分達では敵わなかったオーガ共をバッタバッタと切り捨てて血塗れのまま笑い掛けて来るんだもん。
 子供だったらチビッて泣き出しちゃうわね。

 慌てて私は綺麗な手拭いをバックパックから取り出して顔を拭う。
 そして改めて兵士達ににっこりとほほ笑みかけた。

「ほぁぁ……」

 幾人かの口からなんだか気の抜けた溜息が出る。
 やっと緊張が解けたのだろう。
 もう誰もその表情に恐怖の色は見えなかった。
 逆に頬を上気させてボーっとした顔で私を見詰めて来る。

 なんなのかしらね? 皆顔真っ赤じゃない。
 まぁ、この子ら全員若いんだからもしかするとオーガ級の魔物と戦ったのは初めてなのかもしれないし、生き残った実感を味わってるのかな?

「ねぇ? そこのあなた」

「え? し、小官であ、ありますか?」

 いつまでもにらめっこしているのもなんなので、隊長っぽい子に事情を聞こうとするとただでさえ赤い顔をもっと赤く染めてその青年は跳ねる様に立ち上がり、少しどもりながら答えた。
 まだ怖がっているのかしら?
 緊張でガチガチの青年の態度がおかしくて吹き出しそうになったけど、なんとか笑顔を浮かべるだけに留める事が出来た。
 だって、ここで大笑いしちゃうと恥かかせちゃうじゃない。
 この子は隊長みたいだから部下の前での威厳は保ってあげないとね。

「えぇ、色々と聞きたい事があるんだけど、その前にまずはこの薬を怪我人達に塗ることにしましょうか」

「く、薬でありますか?」

「そうよ。これはとっても効くんだから。重傷者から順番に塗ろうと思うんで手伝って貰える?」

「は、はいっ!」

 私のお願いに隊長は最上級の敬礼をしながら駆け寄って来た。
 フフッちょっと可愛いわね。
 なんだかあの子が子供だった頃を思い出すわ。
 小さい頃は『母ちゃん母ちゃん』って言っていっつも私に甘えて来るような素直で優しい子だったのに、急に騎士になると言って村を飛び出したかと思ったら都会でグレちゃってちょっと乱暴な言葉遣いになっちゃったのよね。
 まぁ、優しい所は今も変わらないか。
 そんなあの子も本当に騎士になって今じゃ団長様って言うんだもの。
 本当に世の中分からないわ。

 我が子の幼い頃の姿とダブる隊長に手伝って貰いながら私は怪我人達に薬を塗っていった。
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