下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ

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外伝 旅する母のラプソディ Ⅲ

『そろそろ行くよ。カナンには帰ったら遊んでやるって言っておいてくれ。じゃあなエムザラ』

 あの日から幾年月日が経とうとも……あの人の最後の言葉が私の心に棘を刺す。


 それは何気ないいつも通りの昼下がり。
 あの人は昨日村にやって来た行商から聞いた何処かの誰かが困っていると言う話に、いつも通り……本当にいつも通りに朝早く起きて旅立つ準備を始めていた。
 一週間前に一ヶ月の旅から帰って来たばかりだと言うのに。
 けれど、これもいつも通りのあの人の筈だった。

『もうっ! また出かけるの? この前帰ってきたばかりじゃない』

『ごめんごめん。けど、どうやら西の国でとても困ってる人達が居るみたいなんだよ。それを聞いちゃうとさ。居ても立っても居られなくて』

 私が旅の準備をしているあの人の背後から口を尖らせて文句を言うと、彼は申し訳無さそうに謝りながらもその手を止める事はなかった。
 本当に言い出したら聞かないんだから……私は呆れながら溜息を吐く。

『そんな遠い所の人の事なんてその国に任せちゃいなさいよ。あなたである必要は無いわ』

 そんな言葉で諦める訳が無いのは分かっているけど、家族をほったらかして何処の誰かも知らない赤の他人を助けているあの人に少し愚痴を言っても良いだろう。
 だから少し意地悪な言葉で彼を止めようとした。
 これだけはいつも通りじゃない。
 いつもの私なら旅の準備を一緒に手伝っていたのだから。

 理由は色々ある。
 来週は結婚記念日だし、来月は息子の誕生日だもの。
 それにそろそろ畑の作物も収穫時期も近いし、冬支度も始めなくちゃ。
 他にも片手の指だけじゃ足りないくらい止めたい理由は有ったけど、一番の理由は他にあった。

 それは朝から胸の奥で燻る何かザワザワとした嫌な予感。
 それがどんな物かと言われても具体的に形は成していない小さな不安だった。

『ん~。まっそうなんだけどさ。でも俺のこの手がその人達に届くのなら助けてやりたいんだ』

 私の愚痴にやっと旅支度の手を止めた彼は私の方に振り返りながらまるで少年のような笑顔を浮かべてそう言った。
 本当にずるい……そんな顔されたらこれ以上止める事は出来ないじゃない。
 ……だって、私はあなたその笑顔に惚れたんだから……。

『ふぅ……分かりました。じゃあ早く帰って来れるようにスタミナいっぱいのお弁当を作るわね。遅くとも来月には帰ってきなさいよ。カナンの誕生日があるんだからね』

『はははっ! 分かってる。……それと、いつもありがとうエムザラ。愛してるよ』

『もうっ! ノアったらいっつもそう言って茶化す。本当に調子が良いんだから』

 …………。
 …………。

 ……今でもあの日あの人の旅立ちを止めなかった後悔は私の心を締め付ける。
 あの朝に感じた小さな不安はまさに現実の物となった。
 なんでも邪龍とか呼ばれる壊国の化け物に単身挑んで返り討ちに遭ったらしく、遺体の損壊が激しかった所為で故郷に返す事もままならずその国の共同墓地に埋葬されたと言う話だ。
 だから村の外れのノアと刻まれた墓標の下にはあの人の遺体は眠っていない。
 ただ血塗れの服と形見の剣だけが埋められている。

 邪龍なんかに一人で立ち向かおうとするなんて本当に身の程知らずな馬鹿な人……残される私達の事を考えもしないなんて……。
 けれど、本当に馬鹿なのは私。
 なんで嫌な予感がしたのに止めなかったの? そんな予感がしていたのになんで行商人から聞いたと言う話をいつもの事だと詳しく聞こうともしなかったの?
 なんで私は付いて行かなかったの? 一人ではダメでも二人なら……。

 数千数万回繰り返されて来たそんな後悔の自問自答に答えが出る筈も無い。
 全て終わった事なのだから。
 目を瞑れば村から遠ざかるあの人の後姿が今も脳裏から離れないでいる。
 私はこの胸の痛みを生涯命尽きるまで負い続けるだろう。





「……んですか?」

「……した? 大丈夫ですか?」

 突然私は現実に引き戻された。
 どうやらあの人が抱いていた人助けと言う行為に対する信念とはなんだったのだろうかと想い馳せている内に、あの日の事を思い出して後悔の海に思考を沈めてしまっていたようだ。

 ……いけないわっ!
 今はそんな事をしている暇は無いじゃない。
 私が助けたこの若い兵士達を無事に親御さんの所に帰してあげなきゃね。

「大丈夫よ。ちょっと考え事をしていてごめんなさいね」

 私は横で一緒に茂みに隠れている隊長にそう答えた。
 今私が居るのは先程の森から更に奥に踏み入った場所にある古い城砦跡の近く。
 隊長の話だと過去の大戦では隣国に対する最前線の防衛の要となっていた石造りの城壁を持つ要塞で、やがて大戦も終わり平和な時が訪れた後、その役目を終えたこの要塞は討ち捨てられ崩壊した城壁も修繕される事無く放置されていれたとの事だ。
 その言葉通りかつては堅強を誇ったであろう城壁は大戦の傷跡を色濃く物語る様に所々崩壊し苔むしている。
 そして、その崩壊した瓦礫の隙間から砦本体を垣間見る事が出来るのだが、そこには周囲を警戒している武装したオーガの姿があった。

「なるほど。確かに隊長さんの言う通りオーガ共の巣になっているようね」

「は、はい」

 少し震えながら隊長は私の言葉に頷く。
 隊員達の治療を終えた私は、何故戦慣れした熟練兵士ではなく年若い腕も未熟な兵士隊がオーガなどと言う危険な魔物の集団と戦っていた顛末を尋ねた。
 それによると今から数年前に何処からか流れて来たオーガの集団がこの討ち捨てられた城塞後に住み着き出したのが事の始まり。
 オーガとはエルフやドワーフと言った亜人に近い姿をしているとは言え、人間の盟友にはならざる魔の世界の住人……所謂魔物である。

 私の村の長老が言うには単純に言葉が通じないだけじゃなく、生粋の戦闘民族とでも言おうか価値観が原始的で物事の判断基準が全て会話による相互理解と言う手段を取らず暴力によって成り立っていると言う話だ。
 昔村に流れて来た傷付いてるオーガを住人に迎えようとした事が有ったが、そのオーガは傷が癒えた途端突然襲って来たから返り討ちにしたらしい。
 根本から人類と友好を結べるような相手じゃないと愚痴を零していたのを覚えている。

 そんなオーガが森の奥とは言え、周辺には小さいながらも人の住む集落は点在している場所に住み着いた。
 当初国は勿論の事ながらこの事態を重大視し警戒はしたのだが、なにしろ相手は世間的に強大な戦闘力を誇り一騎当千と恐れられているオーガである。
 ……私的にはピンと来ないけど、だったら一振りでオーガなんか屠っちゃう私は一騎何千になちゃうって言うのよ。

 その様な相手を下手に刺激すれば大きな被害を被るであろうと、貴族達は我が身可愛さから王都にさえ被害が無くば周辺の集落など生贄にでもするかの如く様子見をする方針にした様だ。
 この生贄と言う部分は私の推測で、隊長は言葉を選びながら平和的共存が目的と言っていた。
 但し、その目は私の考えを肯定するように無念さを滲ませていたので当たらずとも遠からずと言った所だろう。

 国の策が功を奏したのか、しないのか、それでも暫くは何事も無く平和な日々が続いていたらしい。
 だが、それも長く続かなかったのが今の状況。
 既に幾つかの村では少数ながら犠牲者が出ていると言う話だ。

「隊長さんの話で大体の経緯は分かったけど、なんでまたあんた達みたいなヒヨッ子……ゲフンゲフン。熟練度の低い若い子達が先発で森に入ってたの」

「ぐふっ! そ、それは……」

 あらごめんなさい思わず本音が。
 ヒヨッ子と言う言葉にダメージを受けた隊長さんが胸を抑えて苦しんでる。
 でもこれは本当の事よ。
 正直な話、この子達の実力だと私が駆け付けた時壊滅寸前だったとは言え、誰も死んでいなかったのは非常に幸運だったと言える。
 仮に斥候役だったとしても生きて帰れなかったら情報収集も何も無い筈だ。

「それは私達が兵士だからです」

「兵士だからって? あらあら自己犠牲の精神かしら? えらく国に対する忠誠心が高いのね」

 とは言ったものの、苦渋を浮かべてそう言った隊長の目に宿る黒く鈍い輝きからすると、今度は私の言葉を肯定していないようだ。

「この国では私達平民は騎士になれません。騎士とは貴族がなる物で平民は兵士隊にしか入れないのです」

 それはそれは……なんだかね。
 でも今の言葉で大体分かったわ。

「あなた達を使い潰すつもりだったって訳か。でもそれって逆効果じゃない? それこそ下手に刺激するって事でしょうに。そんな事するとオーガとの全面戦争は避けられなくなるわよ?」

「……貴族にも色々有るんです。元より軍閥貴族の中には当初からオーガ討伐を望む者達が居ました……」

「はぁ~呆れた。大掛かりな討伐隊を立ち上げる為の口実作りにあなた達が選ばれたって事?」

「いえ……」

 またもや顔を曇らせて俯き言葉を濁す隊長。
 この子は全部分かっているのね。
 こんな仕打ちをされても兵士を辞めないって言う事はなんか事情が有るんでしょう。
 家庭が貧乏だとか、家族の誰かが病気……だとかね。
 息子から聞いた話だと国仕えの兵士は死亡退職金なんて者が遺族に出ると言う話だし、この国でも似たような制度が有るのかもしれないわ。

「分かった。その馬鹿な貴族達の鼻っ柱を折ってやりましょう。最初様子見が採用されたって事は軍閥貴族はそれ程王宮で発言力を持っていないんだと思う。多分今回のオーガ討伐で手柄を立てて王宮内での発言力を増したいとでも考えてるんでしょうね」

 十中八九私の考察で正しいのだろう。
 今も昔も貴族達の考える事は同じよ。
 だからその手柄自体を無かった事にしてしまえば、自分の地位の為に犠牲者を出すなんて愚かな考えの奴等に一泡吹かてやる事が出来るわ。

「恐らく……、あの? あなたは何故そこまで内情に詳しいのですか?」

「ふふ、昔ね。それより話はこれくらいにしておきましょうか」

 私は隊長さんの問いにそれだけ答えると剣を抜いて立ち上がった。
 私の村は世間で行き場の無くなった流れ者達が集いやがて村となった歴史を持つ。
 それは今でも続いていてたまに新しい住人が増えたりする。
 傷付いたオーガを迎え入れようとしたくらいだものね。
 それに……。
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