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外伝 旅する母のラプソディ VI

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「あなたの事は分かったわ。それじゃ……ん?」

 お婆ちゃんに私の計画を話そうとしたその時、部屋の外から大勢の足音が聞こえて来た。
 金属のすれる音からすると兵士隊の様だ。
 一瞬他にも周回していたオーガが存在しており、それに襲われたから慌てて私に合流してきたのかとも思ったが、その歩幅や息遣いから恐怖や慌てている気配を感じないので私が昏倒させたオーガ達の拘束が終わったと言うことなのだろう。

「あっ! 大丈夫ですか?」

 廊下の向こうから開けっ放しの扉の前に立つ私を見付けた隊長さんが声を上げ駆け寄ってくる。
 それに続くように他の兵士達も走り出した。
 ちょっと! 武装集団が走ってやって来たら皆ビックリしちゃうでしょ。

「私は大丈夫だって。そんな急がなくて良いから落ち着きなさい」

 と私が声を掛けたのだが、私の横から部屋の様子が分かる位置まで近付いた兵士達は立ち止まり殺気を放ちながら剣を構え出した。

「オ、オーガがこんなに……老婆を前に立たせて人質のつもりか!!」

 隊長が大声を出してオーガの子供達を威嚇する。
 お約束過ぎて溜息しか出ない。
 まぁ、私も部屋の入り口で立ちっぱなしの状態だし、人質に手が出せない状態だと思われても仕方無いか。

「落ち着きなさい、あんた達。よく見て御覧なさいな。あれが人質として私達の前に立っている姿に見える? 後ろの子供達が凶悪なオーガに見える?」

 突然やって来て恐怖に震えるオーガの子供達。
 そりゃそうだろう。
 砦の外には、それに砦の中だって自分達を護ってくれていた大人のオーガ達が居た筈なのだ。
 本来なら人間がここまでやって来るなんて事は、それこそ百戦錬磨の英雄か国の軍隊しか有り得ない。
 そして、それは大人達は全員目の前の人間達に倒されたと言う事を意味する。
 その事を悟った少し年長のオーガの子供は悲痛な顔で私達を見ていた。

「え? オーガの……子供? でも、その老婆は? いや、え?」

 私の言葉と部屋の中の雰囲気から想定とは違う雰囲気に有る事をおぼろげながらも感じ取った隊長だが、いまだ把握しきれぬ状況に混乱している様子だ。

「このおばあさんはこの子達の保護者よ。なんとこの部族の先代族長の奥さんなんですって」

 と、事実そのままの説明なのだが、更なる混乱の種をぶつけたような物だ。
 案の定隊長達は情報の処理が追い付かず目を丸くしている。
 分かるわ、その気持ち。
 今自分で言ってもまだ信じられないんだもの。
 常識が邪魔をするってこう言うことなのかしらね。

「理解は出来ないだろうけど、取りあえずこの場は私に任せてもらえないかしら?」

「は、はぁ……」

 半ば状況把握を諦めた様な顔をして兵士達は剣を下ろし呆然とその場に立ち尽くしている。
 私は改めてお婆さんに向き直り笑顔を浮かべた。

「安心して下さいお婆さん。私はあなた達を殺しに来たのではないの。それに砦に居た他のオーガ達は全員無事よ。ちょっと

 さすがに殴って気絶させたと言ってしまうと余計恐怖を駆り立て兼ねないし、何より人間がオーガを殴り飛ばすなんて事を信じてもらえるとも思わない。
 なんかこうフワッとした言い方だと魔法で何とかしたのかな~みたいな感じで理解してくれるでしょ。

「ほ、本当ですか……あぁ良かった。『ダッバハーマ、ヌイヌイ、デッソ、ペロン』」

 私の言葉に喜んだお婆さんは子供達の方に向き直ると、独特のアクセントを持つ意味の分からない事を言い出した。
 子供達の反応を見ると喜んでいるようなので、どうやら今のがオーガが使う言語のようだ。
 ちょっと呪文の詠唱かと思ってビックリしたじゃない。
 しっかしオーガの言葉を話せるなんて伊達に部族長をやっているわけじゃないようね。

「フフッ、オーガといっても子供の喜ぶ姿は人間と変わらないわ。本当に何が分かり合えないってのよ」

 微笑ましいその光景を眺めていると背後から戸惑いの色を含んだ動揺の気配を感じた。
 肩越しに背後を見ると、兵士達が複雑な面持ちでオーガの子供達が喜ぶ姿を見ている。
 どうやら私と同じ心境のようだ。
 もしかしたらオーガの子供達を通して自身の弟や妹を感じ取っているのかもしれない。
 
 ん~? 気持ちは分かるけどちょっと危険よね。
 こんな特殊ケースで全てのオーガに対して同情心を抱いちゃったらいざと言う時に戦えなくなっちゃうわ。
 後で注意しとかないとね。
 まっそれは後にするとして今は詳しい事情を……あれ?

「ねぇ? お婆さん。あの子達の表情がちょっと浮かない様に見えるんだけどどうしたのかしら?」

 改めて部屋に顔を戻した時に、ふと喜んでいる子供達の中で不自然に押し黙っている子供達の姿が目に入った。
 その目には人間に対する黒い感情を抱いている様に見える。
 一抹の不安を覚えお婆さんに理由を尋ねる事にした。
 実はその答えは大体の予想はついているんだけどね。
 それは私がこの場に居る事を後悔した原因。

「あっ……その子達は……」

 お婆さんは理由を言い澱んで目を伏せる。
 やっぱり……こうなった以上目を背ける訳にはいかないわ。
 私は少しだけ私の予想と違う答えが返ってくる事を願いながら訳を聞く事にした。 

「教えて貰えないかしら? なぜの?」

「そ、それは……」

 お婆さんは今の言葉でを理解したらしい。
 その顔に悲しみの色が浮かんでいる。

「ある日……あの子の弟が……砦の近くで殺され……て、その場から逃げ出す村人の姿が……」

 激しい怒り……そして悲しみに顔を歪ませてそう声を搾り出すお婆さん。
 あぁ~やっぱり予想通りか。

「それ以上は言わなくて良いわ。全部分かったから。この国の人間があなた達の大切な家族に手を出したのが始まりって訳ね」

 私は無理して話そうとするお婆さんを止めた。
 恐らくお婆さんは、その行為がただの不幸な事故ではなく挑発である事も分かっていたのだろう。
 けれど、仕返しでもしようものなら自分達の部族の現状ではこの国の軍隊に敵う筈もなく、またそう言って説得しようにも自分が人間である事が罪悪感となって殺された子供の親達の凶行を止められなかったんだと思う。
 そして軍閥貴族の思惑通り村人に犠牲者が出てしまった。
 いつだって弱い者が犠牲になってしまうのね……。

「私がいけなかったのです。こんな人里近いこの場所に腰を落ち着けようと なければ……ううぅ……」

 そう言うとお婆さんは泣き出してしまった。
 オーガの子供達は私がお婆さんを泣かしたのだと思い、皆お婆さんを私から護るように泣き崩れているおばあさんの周りに集まって私を睨みつけてくる。

 あまりにも予想通りの展開だ。
 村人の姿と言うが、明らかに周辺の村人への憎しみを煽る為の姦計だろう。
 普通の村人が幾らオーガの子供だろうとその住処の側で殺して放置する訳が無く、そして少なくとも怒り狂うオーガに姿を見られても逃げおおせる実力の持ち主と言う事だ。
 おそらくは優秀な冒険者を雇って演じさせたと言ったところかしら。

 本当に腹が立つ! いっその事この国の貴族達を滅ぼしちゃいましょうか?

 って、違うでしょ。
 それはただの八つ当たりに過ぎないし、貴族達が居なくなっても私が殺したこの子達の親が帰ってくる訳でもない。
 そのけじめはつけないといけないわ。
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