下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ

文字の大きさ
32 / 34

外伝 旅する母のラプソディ X

「あの邪龍は……私の愛する人と……大切な子供達の命を奪ったの……」

 お婆さんは当時の無念を思い出しているのか身体を震わせながら無念を搾り出す。
 しかし私の耳には遠くから聞こえてくる風のざわめきかの様に思考として認識できないでいた。

 リンドヴルム……その名は忘れもしない。

 憎き憎きあの人の仇……。
 何度その名を心の内で叫び呪った事か。
 何度その身を切り刻んでやると望んだ事か!
 これ程かの邪龍を憎む私が、あの人……ノアの死を知った時、すぐに仇を取るべく村から飛び出さなかったのは理由がある。

 最愛の人を殺した邪龍は私より強いだろう。
 何故なら私ですら試合で一度も勝てなかったノアを殺した存在だからだ。
 冷静さを失って邪龍に特攻しても討死は必至。
 間違い無く復讐も遂げず、ただ彼の後を無駄に追う事になるだろう。

 それでもいい……彼の元に行けるなら……そう思わない訳ではなかった。

 だけど、私が踏み止まった……踏み止まれたのは他でも無いノアの遺品に縋り付いて泣くカナンの姿を見たから。
 そして……夢幻だろうか? その傍らで儚く微笑むノアの姿を幻視たからだ。
 その笑みは私に『俺達の宝物を頼む』……そう言っているように感じた。

 そうだ……カナンは私達の、そして愛するノアの忘れ形見。
 私までも邪龍に殺されてしまったら誰がこの子を護ると言うのだろう。
 誰がこの子の悲しみを癒してあげられるのだろう。

 そう思った途端、彼の姿は消えていた。
 私は邪龍への怨讐を胸の奥深く閉じ込め、いまだノアの遺品に縋り泣くカナンを優しく抱き締めた……そして……。

 あぁ、やっとお婆さんの声が私の思考に届いて来たわ。
 そうなのね、あなたも私と同じ想いをして来たのか。
 噂ではノアを殺した邪龍はその一騎打ちの後姿を消したと言う話だった。
 それ以降邪龍の行方は杳として知れないとの事だったが、まさかまた姿を現していたとは知らなかった。
 私の村は人里離れ過ぎているから噂も届かなかったのだろうか?
 いや、月一で行商人は来るし稀に吟遊詩人も魔境の詩を求めて訪れる。
 オーガ達が住処を追われて数年が経つと言う。
 さすがに邪龍の噂が村に届かないのはおかしい……そう言う事か。
 村の皆は私に気を使って黙っていたのね。
 邪龍復活を知った私が村を飛び出してしまう事を心配して……。

 その気持ちは嬉しいけど、こうやって知ってしまった以上その思いも無駄になったわね。
 あれから毎日私は鍛錬を怠らなかった。
 だから、あの頃の私より強くなっている筈。
 まだノアに勝てる程かは分からないけどカナンが立派に独り立ちしたのだから思い残す事なんて無い。
 私の命を掛けて一矢報いてやるわ。

「ねぇ、お婆さん教えて! 奴の……リンドヴルムの居場所は何処なの?」

「ど、どうしたの? そんなに慌てて?」

「お婆さん、あの邪龍は私のっ!」

 『愛していた人の仇』!……そう叫ぼうとした瞬間、背後から笑い声が聞こえて来た。

 何を笑う! 何がおかしい!

 私は大切な物を踏み躙られた事に怒りに震え振り返ろうとしたのだが、その後に続く笑いの主の言葉に頭が真っ白になった。

「え? 今なんて?」

 もう一度その言葉を聞く為に振り向き笑いの主である隊長を見る。
 そう言えば耳に届いた笑いは嘲笑ではなく安堵の色を含んでいた様に思える。
 聞き間違い出なければ彼の発した言葉は……。

「えっと、今言った通りリンドヴルムなら今から六年程前に討伐されたんですよ。知らなかったんですか?」

 改めて耳に届いた言葉は最初に聞いた言葉と同じだった。
 知らない……私知らなかった。
 村の皆も知らなかったのだろうか?
 それとも私がそれ程までに無意識の内に『リンドヴルム』と言う忌み名から逃避していたとでも言うのだろうか?

 分からない……でも一つだけ分かった事がある。

 それは私の心に突き刺さった後悔の楔はもう二度と抜かれる事はないと言う事実を。
 私は愛するノアの仇を取る手段を永久に失ったのだ。
 想像を絶するまでの喪失感に心だけじゃなく身体までも消え入りそうになった。
 どうすれば良いのだろう? 私はこの先何を生きる力とすれば良いのだろうか?

 ……でも、そうね。
 私の愛する人の仇を取ってくれた人物。
 そして、私から大切な物を永久に奪った人物。
 一体誰なのだろうか?どんな人物なのか?
 ノアと同じく誰にも優しく高潔な人なのだろうか?
 それとも、ただ己の強さを誇り他者を顧みない無法者だろうか?

 あぁ、分かっている、それはただの醜い嫉妬に過ぎないと言う事を。
 そんな大層に人物鑑定をする資格など私には無い事を。
 だけど、確かめなくちゃいけない。
 それだけが私に残されたただ一つの想い欠片なのだから。

「誰が邪龍を倒したの? 教えてちょうだい」

 私は……絶望、怒り、悲しみ、嫉妬。
 様々な感情を心の奥に押し込め表面上は極めて冷静を装いその人物の名を聞いた。
 口に出してからふと思う……そうか、何も討伐者が個人ではない可能性も有るじゃない。
 何処かの国が人海戦術で邪龍を削り殺した事だって考えられるわ。
 尊い犠牲の上の苦い勝利……あの人は悲しむでしょうけど、私にとってはそれが救いなのかもしれない。
 だって私の愛するノアより強い人なんて認めたくないんだもの。

 フフッ……私ってダメね。
 これじゃ天国で彼に会えても怒られちゃうわ。
 ノアの怒る姿を勝手に想像して私は心の中で笑ってしまった。
 お陰で少しだけ心に余裕が出来た。
 これでしっかりと彼の遺志を継いで邪龍を倒した人の名を聞ける。
 私は隊長さんからの答えを待った。

「それはかの有名な英雄カナン様ですよ」

「へ? カナン……? え? 英雄?」

 私は隊長さんの口から齎された言葉に耳を疑った。
 その名は良く知っている名。

 ノアに似てとても優しい愛する我が子。
 ある日、吟遊詩人の詩に出て来た現実離れした御伽噺の騎士の偶像に憧れて村を飛び出した馬鹿息子。
 突然村に帰って来たと思ったら途方も無い夢を語って再び旅立った自慢の息子の名だ。

 確かに幾つかの活躍の噂は村に届いていて、それを聞くたび私も鼻が高かった。
 しかし息子の旅が村から遠く離れて行くにつれて聞く頻度も少なくなって来ていた。

 息子の消息が途絶えて暫く経ったある日、一通の手紙が村に届いた。
 驚いた事にそれは息子からの手紙で、それによると『ルシタニア』と言う国で騎士団長になったと言う眉唾な夢物語が記されていた。
 一体どう言う人生を歩んだらそんな御伽噺の世界から飛び出たような事になるのだろう?

 それから何度か息子からの手紙を受け取ったが、どうやら近々私の孫が学校に入学するらしい。
 今回私がわざわざ『ルシタニア』まで旅する理由は、初めて出会う私の孫の晴れ舞台を見に行く事と、カナンが本当に真実を語っていたのか確認する為だ。

 信じていない訳ではないが、あの子は昔から意地っ張りで負けず嫌いな性格だった。
 夢破れて、でも私には心配掛けたくなくて嘘を吐いている可能性も否定出来ない。
 もし嘘だったとしても私は責めたりしないだろう。
 だって生きていてさえくれれば私は嬉しいのだから。

 それなのにあの子が『リンドヴルム』を倒してですって?
 ノアの仇を討ったと言うの?
 私の無念を晴らしたと言うの?
 私達の愛する息子が?
 そんな奇跡が起こるなんて……。
 私は嬉しさのあまり涙が溢れそうになっ……。

 いや、落ち着きなさい私!
 まだ安心する場合じゃない。
 だってカナンって名前は別に珍しくは無いじゃない。
 有り触れているとまでは言えないけど、大きな街の人混みでその名を呼べば数人は返事をするくらいにはポピュラーな名前だわ。
 だから息子と同じ『カナン』だと言っても同一人物じゃない可能性は高いんだから。
 とは言ったものの、私の期待は高まりを抑える事は出来ない。
 確かめなくては、その『英雄カナン』が息子なのかどうかを。

「ね、ねぇ隊長さん。そのカナンってあのカナン?」

 私は隊長さんに駆け寄り肩を掴んで顔を寄せる。
 って、私は何を言っているのだろう?
 『あのカナン』で通じる訳は無いだろうに。
 どうやら私は激しく動揺しているみたい。
 頭の中がグチャグチャで上手く言葉に出来ない。

「ちょ、ちょっと近いです。く、唇が当っちゃう……」

 あら、隊長さんたら顔を赤くしちゃって。
 確かに興奮の余り少し顔を近付け過ぎたみたい。

「ごめんなさいね。ちょっと興奮してしまって。で、そのカナンって『ルシタニアの騎士団長』のカナンで良いの?」

 息子の手紙が正しければこの言葉で確認出来る筈だ。
 まぁ、同じ名前だからそれを騙ってでっち上げた可能性も有るのだけど。
 疑いたい訳じゃないんだけど、さすがに話が出来過ぎだものねぇ?
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】私なりのヒロイン頑張ってみます。ヒロインが儚げって大きな勘違いですわね

との
恋愛
レトビア公爵家に養子に出されることになった貧乏伯爵家のセアラ。 「セアラを人身御供にするって事? おじ様、とうとう頭がおかしくなったの?」 「超現実主義者のお父様には関係ないのよ」 悲壮感いっぱいで辿り着いた公爵家の酷さに手も足も出なくて悩んでいたセアラに声をかけてきた人はもっと壮大な悩みを抱えていました。 (それって、一個人の問題どころか⋯⋯) 「これからは淑女らしく」ってお兄様と約束してたセアラは無事役割を全うできるの!? 「お兄様、わたくし計画変更しますわ。兎に角長生きできるよう経験を活かして闘いあるのみです!」 呪いなんて言いつつ全然怖くない貧乏セアラの健闘?成り上がり? 頑張ります。 「問題は⋯⋯お兄様は意外なところでポンコツになるからそこが一番の心配ですの」 ーーーーーー タイトルちょっぴり変更しました(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾ さらに⋯⋯長編に変更しました。ストックが溜まりすぎたので、少しスピードアップして公開する予定です。 ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 体調不良で公開ストップしておりましたが、完結まで予約致しました。ᕦ(ò_óˇ)ᕤ ご一読いただければ嬉しいです。 R15は念の為・・

未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~

キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。 その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。 絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。 今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。 それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!? ※カクヨムにも掲載中の作品です。

婚約破棄!ついでに王子をどん底に突き落とす。

鏡おもち
恋愛
公爵令嬢パルメは、王立学院のパーティーで第一王子リュントから公開婚約破棄を突きつけられる。しかし、周囲の同情をよそにパルメは歓喜した。

婚約破棄までの168時間 悪役令嬢は断罪を回避したいだけなのに、無関心王子が突然溺愛してきて困惑しています

みゅー
恋愛
アレクサンドラ・デュカス公爵令嬢は舞踏会で、ある男爵令嬢から突然『悪役令嬢』として断罪されてしまう。 そして身に覚えのない罪を着せられ、婚約者である王太子殿下には婚約の破棄を言い渡された。 それでもアレクサンドラは、いつか無実を証明できる日が来ると信じて屈辱に耐えていた。 だが、無情にもそれを証明するまもなく男爵令嬢の手にかかり最悪の最期を迎えることになった。 ところが目覚めると自室のベッドの上におり、断罪されたはずの舞踏会から1週間前に戻っていた。 アレクサンドラにとって断罪される日まではたったの一週間しか残されていない。   こうして、その一週間でアレクサンドラは自身の身の潔白を証明するため奮闘することになるのだが……。 甘めな話になるのは20話以降です。

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗
恋愛
異世界恋愛短編詰め合わせです。 気になったものだけでもおつまみください! 『君を買いたいと言われましたが、私は売り物ではありません』 『悪役令嬢は、友の多幸を望むのか』 『わたくしでは、お姉様の身代わりになりませんか?』 『婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。 』 『婚約破棄された悪役令嬢だけど、騎士団長に溺愛されるルートは可能ですか?』 他多数。 他サイトにも重複投稿しています。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!