Black Sheep

亜蘭炭恣意

文字の大きさ
41 / 131
1. Black Sheep

6-2.

しおりを挟む
 教会の扉が開いて、遅れたジェネットがようやく現れた。ジェーンは立ち上がり、そちらに振り返った。
「ジェーン、先に来てたのね。どうして一緒にジョンを連れて行かないのよ」
 ジャネットは責めるようにジェーンに詰め寄る。しかし、ジェーンは小さく笑いながら、

「だって、ジョンに洗礼なんて必要ないから」
「そんな訳ないじゃない。どうしてそう思うの?」
「ジョンはもう――、知っているから」ジェーンはジョンをチラリと見て、「願いも祈りも、ジョンには必要ないのよ」

「はァ? どういう事? ――ねえ、ジョン。アンタ、アタシの妹に何を吹き込んだのよ!」
 剣呑な目付きで、ジャネットが幼年ジョンを睨んだ。ジェーンを自分に抱き寄せ、まるで彼から守るようにしながら。

「おい、待てよ」幼年ジョンのこめかみが震える。「なんでそうなるんだよ、えッ?」
「二人きりで何を話してたのよ、いやらしいったらありゃしないわ!」
「なんでジェーンと二人で話してるだけで、そんな事を言われなきゃならねえんだよ!」
「アタシを置いていったのは、そういう事をする為だったんでしょ!」
「はァ? お前、何言ってんだよ」
「ジェーン、落ち着いて。ね?」
「な――何よ、もう! アタシだけ除け者にしてッ」
 悔しそうに地団駄を踏むジャネットを、ジェーンが優しく抱き締める。
「もう、ジャネットは置いてきぼりにされて寂しかったのね」
「な、え、ちょ! ち、違うわよ!」
 先程までの怒気はどこへ行ったのか。ジェーンにそう言われた途端、慌てふためいてオロオロし出すジャネットを見て、「一体、なんなんだよ」と少年ジョンは呆れ顔になった。

「他人の言葉の意味を上手く汲み取れないような奴が、果たして探偵になんてなれるのか?」
 突如、ジョンの背後にある祭壇脇の扉が開き、その向こうから聞き馴染みのある声が響いた。草食動物が肉食動物の気配を察知したかのような素早さで、幼年ジョンがそちらへと振り返る。

 ジョンも同じだった。――そうだ、過去の自分がいるのなら、この男が夢に登場してもおかしくない。

 口に咥えたパイプから煙を燻らす壮年の男性。インパネス・コートを身に着け、紳士然としたその男こそ、世界で最も高名な探偵にして、「最強」、「無敵」、「英雄」、果ては「対悪性特攻兵器」とも称されるジョンの父、シャーロック・ホームズその人である。
 オールバックに固めた黒髪、息子と同じ碧の瞳。コートの裏に隠した強靭な肉体は、しかし聡明な頭脳があってこそ力を発揮する。数多の敵を退け、積み重ねて来た勝利はもはや数え切れない。口元に湛える余裕気な笑みは、見る者全てに「只者ではない」といった印象を与えていた。

 しかし、その微笑を、ジョンは強く睨み付けた。
「なんでお前がここにいるんだよ糞親父!」
 あまりにも流暢な早口と共に、幼年ジョンはシャーロックとの距離をあっという間に詰め、上段構えから素早いジャブを繰り出す。
「フ――」
 吐息とも笑い声とも取れる声を口から発し、シャーロックが幼年ジョンの拳を手で受け止めるや否や体を沈ませ、空いた手で少年ジョンの体を持ち上げ、軽く吹き飛ばしてしまう。
「うぎゃあァッ!」
 背中から落下し、体を強かに床に打ち付けた幼年ジョンは悲鳴を上げた。それを見たシャーロックは心底愉快そうに笑った。
「ハッハッハ! 俺に不意打ちをかまそうだなんて、十年――いや、百年は早いな!」
 我が事ながらあまりの無様さに、ジョンは目を逸らさずにいられなかった。

 腰に手を当てて高笑いを続けるシャーロックの後ろから現れたのは、ジェーンとジャネットの父、ジョン・H・ワトソンだった。目の前の状況を一目見るや、「またか」と呆れていた。
「子供を投げ飛ばす奴があるか。程々にしておけよ、君」
 黒柿色のソフトモヒカンに、娘達と同じ紺碧の瞳。絶えず眉間に寄る皺は、主にシャーロックが原因で強いられる苦労から刻まれたものだった。細身の黒いモッズスーツに身を固めた彼は、三つ編みに纏めた顎鬚を擦りつつ、仕方なさそうに溜め息をついた。

「何――、この程度でへこたれる奴が、俺の息子な訳がないだろう」
「したり顔で何を言っているんだ、君は」
 やれやれと頭を振るワトソン。シャーロックはそれすらも可笑しそうに笑った。

「シャーロック!」
 ジェーンが声を上げて駆け寄り、シャーロックに抱き付いた。幼年ジョンはその光景を、床に倒れたまま見上げていた。
「ずっと中にいたの? どうして顔を見せてくれなかったの?」
「神父と話をしていたのさ」
 シャーロックはジェーンの頭に手を置いて、わしゃわしゃと乱暴に撫でた。
 鷲掴み出来そうなくらい大きなシャーロックの手に頭を撫でられ、ジェーンは恥ずかしそうに頬を朱に染めながらも、恍惚とばかりに目を閉じた。

 幼年ジョンは忌々しそうに父を睨む。更にジェーンをも睨みながら、父にそんな顔を向けるものじゃないと、拳で床を叩いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...