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1. Black Sheep
6-2.
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教会の扉が開いて、遅れたジェネットがようやく現れた。ジェーンは立ち上がり、そちらに振り返った。
「ジェーン、先に来てたのね。どうして一緒にジョンを連れて行かないのよ」
ジャネットは責めるようにジェーンに詰め寄る。しかし、ジェーンは小さく笑いながら、
「だって、ジョンに洗礼なんて必要ないから」
「そんな訳ないじゃない。どうしてそう思うの?」
「ジョンはもう――、知っているから」ジェーンはジョンをチラリと見て、「願いも祈りも、ジョンには必要ないのよ」
「はァ? どういう事? ――ねえ、ジョン。アンタ、アタシの妹に何を吹き込んだのよ!」
剣呑な目付きで、ジャネットが幼年ジョンを睨んだ。ジェーンを自分に抱き寄せ、まるで彼から守るようにしながら。
「おい、待てよ」幼年ジョンのこめかみが震える。「なんでそうなるんだよ、えッ?」
「二人きりで何を話してたのよ、いやらしいったらありゃしないわ!」
「なんでジェーンと二人で話してるだけで、そんな事を言われなきゃならねえんだよ!」
「アタシを置いていったのは、そういう事をする為だったんでしょ!」
「はァ? お前、何言ってんだよ」
「ジェーン、落ち着いて。ね?」
「な――何よ、もう! アタシだけ除け者にしてッ」
悔しそうに地団駄を踏むジャネットを、ジェーンが優しく抱き締める。
「もう、ジャネットは置いてきぼりにされて寂しかったのね」
「な、え、ちょ! ち、違うわよ!」
先程までの怒気はどこへ行ったのか。ジェーンにそう言われた途端、慌てふためいてオロオロし出すジャネットを見て、「一体、なんなんだよ」と少年ジョンは呆れ顔になった。
「他人の言葉の意味を上手く汲み取れないような奴が、果たして探偵になんてなれるのか?」
突如、ジョンの背後にある祭壇脇の扉が開き、その向こうから聞き馴染みのある声が響いた。草食動物が肉食動物の気配を察知したかのような素早さで、幼年ジョンがそちらへと振り返る。
ジョンも同じだった。――そうだ、過去の自分がいるのなら、この男が夢に登場してもおかしくない。
口に咥えたパイプから煙を燻らす壮年の男性。インパネス・コートを身に着け、紳士然としたその男こそ、世界で最も高名な探偵にして、「最強」、「無敵」、「英雄」、果ては「対悪性特攻兵器」とも称されるジョンの父、シャーロック・ホームズその人である。
オールバックに固めた黒髪、息子と同じ碧の瞳。コートの裏に隠した強靭な肉体は、しかし聡明な頭脳があってこそ力を発揮する。数多の敵を退け、積み重ねて来た勝利はもはや数え切れない。口元に湛える余裕気な笑みは、見る者全てに「只者ではない」といった印象を与えていた。
しかし、その微笑を、ジョンは強く睨み付けた。
「なんでお前がここにいるんだよ糞親父!」
あまりにも流暢な早口と共に、幼年ジョンはシャーロックとの距離をあっという間に詰め、上段構えから素早いジャブを繰り出す。
「フ――」
吐息とも笑い声とも取れる声を口から発し、シャーロックが幼年ジョンの拳を手で受け止めるや否や体を沈ませ、空いた手で少年ジョンの体を持ち上げ、軽く吹き飛ばしてしまう。
「うぎゃあァッ!」
背中から落下し、体を強かに床に打ち付けた幼年ジョンは悲鳴を上げた。それを見たシャーロックは心底愉快そうに笑った。
「ハッハッハ! 俺に不意打ちをかまそうだなんて、十年――いや、百年は早いな!」
我が事ながらあまりの無様さに、ジョンは目を逸らさずにいられなかった。
腰に手を当てて高笑いを続けるシャーロックの後ろから現れたのは、ジェーンとジャネットの父、ジョン・H・ワトソンだった。目の前の状況を一目見るや、「またか」と呆れていた。
「子供を投げ飛ばす奴があるか。程々にしておけよ、君」
黒柿色のソフトモヒカンに、娘達と同じ紺碧の瞳。絶えず眉間に寄る皺は、主にシャーロックが原因で強いられる苦労から刻まれたものだった。細身の黒いモッズスーツに身を固めた彼は、三つ編みに纏めた顎鬚を擦りつつ、仕方なさそうに溜め息をついた。
「何――、この程度でへこたれる奴が、俺の息子な訳がないだろう」
「したり顔で何を言っているんだ、君は」
やれやれと頭を振るワトソン。シャーロックはそれすらも可笑しそうに笑った。
「シャーロック!」
ジェーンが声を上げて駆け寄り、シャーロックに抱き付いた。幼年ジョンはその光景を、床に倒れたまま見上げていた。
「ずっと中にいたの? どうして顔を見せてくれなかったの?」
「神父と話をしていたのさ」
シャーロックはジェーンの頭に手を置いて、わしゃわしゃと乱暴に撫でた。
鷲掴み出来そうなくらい大きなシャーロックの手に頭を撫でられ、ジェーンは恥ずかしそうに頬を朱に染めながらも、恍惚とばかりに目を閉じた。
幼年ジョンは忌々しそうに父を睨む。更にジェーンをも睨みながら、父にそんな顔を向けるものじゃないと、拳で床を叩いた。
「ジェーン、先に来てたのね。どうして一緒にジョンを連れて行かないのよ」
ジャネットは責めるようにジェーンに詰め寄る。しかし、ジェーンは小さく笑いながら、
「だって、ジョンに洗礼なんて必要ないから」
「そんな訳ないじゃない。どうしてそう思うの?」
「ジョンはもう――、知っているから」ジェーンはジョンをチラリと見て、「願いも祈りも、ジョンには必要ないのよ」
「はァ? どういう事? ――ねえ、ジョン。アンタ、アタシの妹に何を吹き込んだのよ!」
剣呑な目付きで、ジャネットが幼年ジョンを睨んだ。ジェーンを自分に抱き寄せ、まるで彼から守るようにしながら。
「おい、待てよ」幼年ジョンのこめかみが震える。「なんでそうなるんだよ、えッ?」
「二人きりで何を話してたのよ、いやらしいったらありゃしないわ!」
「なんでジェーンと二人で話してるだけで、そんな事を言われなきゃならねえんだよ!」
「アタシを置いていったのは、そういう事をする為だったんでしょ!」
「はァ? お前、何言ってんだよ」
「ジェーン、落ち着いて。ね?」
「な――何よ、もう! アタシだけ除け者にしてッ」
悔しそうに地団駄を踏むジャネットを、ジェーンが優しく抱き締める。
「もう、ジャネットは置いてきぼりにされて寂しかったのね」
「な、え、ちょ! ち、違うわよ!」
先程までの怒気はどこへ行ったのか。ジェーンにそう言われた途端、慌てふためいてオロオロし出すジャネットを見て、「一体、なんなんだよ」と少年ジョンは呆れ顔になった。
「他人の言葉の意味を上手く汲み取れないような奴が、果たして探偵になんてなれるのか?」
突如、ジョンの背後にある祭壇脇の扉が開き、その向こうから聞き馴染みのある声が響いた。草食動物が肉食動物の気配を察知したかのような素早さで、幼年ジョンがそちらへと振り返る。
ジョンも同じだった。――そうだ、過去の自分がいるのなら、この男が夢に登場してもおかしくない。
口に咥えたパイプから煙を燻らす壮年の男性。インパネス・コートを身に着け、紳士然としたその男こそ、世界で最も高名な探偵にして、「最強」、「無敵」、「英雄」、果ては「対悪性特攻兵器」とも称されるジョンの父、シャーロック・ホームズその人である。
オールバックに固めた黒髪、息子と同じ碧の瞳。コートの裏に隠した強靭な肉体は、しかし聡明な頭脳があってこそ力を発揮する。数多の敵を退け、積み重ねて来た勝利はもはや数え切れない。口元に湛える余裕気な笑みは、見る者全てに「只者ではない」といった印象を与えていた。
しかし、その微笑を、ジョンは強く睨み付けた。
「なんでお前がここにいるんだよ糞親父!」
あまりにも流暢な早口と共に、幼年ジョンはシャーロックとの距離をあっという間に詰め、上段構えから素早いジャブを繰り出す。
「フ――」
吐息とも笑い声とも取れる声を口から発し、シャーロックが幼年ジョンの拳を手で受け止めるや否や体を沈ませ、空いた手で少年ジョンの体を持ち上げ、軽く吹き飛ばしてしまう。
「うぎゃあァッ!」
背中から落下し、体を強かに床に打ち付けた幼年ジョンは悲鳴を上げた。それを見たシャーロックは心底愉快そうに笑った。
「ハッハッハ! 俺に不意打ちをかまそうだなんて、十年――いや、百年は早いな!」
我が事ながらあまりの無様さに、ジョンは目を逸らさずにいられなかった。
腰に手を当てて高笑いを続けるシャーロックの後ろから現れたのは、ジェーンとジャネットの父、ジョン・H・ワトソンだった。目の前の状況を一目見るや、「またか」と呆れていた。
「子供を投げ飛ばす奴があるか。程々にしておけよ、君」
黒柿色のソフトモヒカンに、娘達と同じ紺碧の瞳。絶えず眉間に寄る皺は、主にシャーロックが原因で強いられる苦労から刻まれたものだった。細身の黒いモッズスーツに身を固めた彼は、三つ編みに纏めた顎鬚を擦りつつ、仕方なさそうに溜め息をついた。
「何――、この程度でへこたれる奴が、俺の息子な訳がないだろう」
「したり顔で何を言っているんだ、君は」
やれやれと頭を振るワトソン。シャーロックはそれすらも可笑しそうに笑った。
「シャーロック!」
ジェーンが声を上げて駆け寄り、シャーロックに抱き付いた。幼年ジョンはその光景を、床に倒れたまま見上げていた。
「ずっと中にいたの? どうして顔を見せてくれなかったの?」
「神父と話をしていたのさ」
シャーロックはジェーンの頭に手を置いて、わしゃわしゃと乱暴に撫でた。
鷲掴み出来そうなくらい大きなシャーロックの手に頭を撫でられ、ジェーンは恥ずかしそうに頬を朱に染めながらも、恍惚とばかりに目を閉じた。
幼年ジョンは忌々しそうに父を睨む。更にジェーンをも睨みながら、父にそんな顔を向けるものじゃないと、拳で床を叩いた。
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