【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第一章 黒猫の恋

第4話 営業部全体MTG

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 予定していたクライアント訪問を終え、会社に帰社したのは15時少し前。

 本来ならもっと早く帰社できたのだが、会社で誠治とバッタリ出くわすのも嫌だったし、強制的に顔を合わせる営業部全体MTGにもとにかく出たくなかった。

 そのため、検討中や得意先の訪問出来そうなクライアントに片っ端から連絡をしたのに、結局アポイントは取れず……

 ならばと、外でも出来る仕事をカフェでピックアップしてこなしてなるべく帰社を遅らせたが、結局ネタ切れで会議前に帰社する羽目になった。


 気が重い…ひたすら気が重い…。

 生理痛酷いっていって早退しようかな…生理じゃないけど。


 自他共に認めるワーカホリックの私が、仕事をサボりたいと思うことなど今まで一度もなかったのに。

 しかもサボりたい理由が、たかが失恋である。
 私史上前代未聞の事だ。

 恋愛とはここまで人を振り回すのかと、呆れ気味に嘆息する。
 そして、心に決める。

 恋愛なんて百害あって一利なし!
 しばらくは恋愛は懲り懲りなので、遠慮させていただきましょう。
 仲原 名月は仕事に生きます!キリッ!


 そう勢い勇んで言っておきながら、はたと我に返る。
 何が仕事に生きるだ、今しがたサボろうとしてた口が何言ってんだか、と。
 こうも簡単に考えが二転三転する自分の優柔不断さに、自嘲気味に笑いを零しつつ再び嘆息する。

 デスクトップの画面に会議のリマインドがポップアップされると、途端に憂鬱な気持ちで心が重くなる。心の底から行きたくないが仕事なので仕方がない。
 やっとの思いで重い腰をあげ、のろのろと会議の支度を始めるが、出来ることなら今すぐにでも逃げ出したい……出来ないけど。



 ◇◇◇



 さて、悪夢の会議の時間がやってきた。

 重い気持ちを引きずりつつ、どうか誠治に会いませんように、と祈りながら大会議室に入る。

 縦長の会議室は、正面にスクリーンとプレゼン席があり、横に営業統括本部長、部長席が用意されている。
 司会者はプレゼン席、マネージャーとサブマネージャーは前の方に席を用意されているが、今日は行く気になれず、死角になりそうな、最後尾一番角の窓側の席に着席した。

 地上25階の壁一面の大きな窓から見る景色は、地上から見るよりも空が近く感じる。夕暮れ時は特に綺麗で、濃いグラデーションに吸い込まれそうになりながら、周りのざわめきをBGMに私は暮色蒼然とする空の変化をぼんやりと眺めていた。

 少し気持ちが落ち着いてきたので、先程会場入口にて配布されていたアジェンダをパラパラと確認したが、とりたてて重要そうなトピックスはない。
 今日はまともに会議に参加出来そうにないので、早々に壁の花を決め込む事にした。

 各々が周りの人とコミュニケーションを取っている中、そんな気分になれない私はポツンとひとり窓の外を眺めていた。


 ふと会議室を見渡すと、先程までは疎らだった人が会議が始まる頃には7割程度空席が埋まっていた。
 やがてザワザワしていた会議室が静かになり、いよいよ会議が始まるという時、営業統括本部長…以下、本部長と呼ぶ…が徐に立ち上がり司会席に向うと、司会者に何やら耳打ちをした。
 そして司会者が会議の開会を告げると、司会者はその場を離れて代わりに本部長が意気揚々と司会席に立った途端、とても嫌な予感がした。

 本部長が水を一口飲みマイクを取ると、動悸が激しくなり手に脂汗が滲んだ。
 そして、本部長が口を開く。


「えー、会議を始める前にお祝い事の報告があります。第二営業部 鈴木 誠治くん、管理本部宮田さんとの婚約おめでとう!!!」


 嫌な予感は的中した。誠治の婚約発表だった。
 すっと頭から血の気が引いていき、背中が冷たくなっていくのを感じた。

 営業部内の社内結婚の場合、この全体会議で祝辞をするのが慣例となっている。
 まさか誠治の相手が社内であろう事か営業部内だったとは…
 つい先日、二股だった事がわかったばかりなのだから、当たり前だが知る由もなかった。
 しかも相手の宮田さんは、見積もりや契約書作成時等で私もよくフォローをお願いしていた顔なじみの人だったので、相当ショックだった。

 それにしても、金曜日に別れ話して月曜日に婚約発表とは、いくらタイミングがよかったとはいえ、誠治らしからぬ根回しの良さだなと思った。
 それとももしかすると…誠治の婚約は以前から決まっていたのだろうか。

 そう言えば誠治は金曜日の別れ話の時に「結婚する」と断言してたような気がする。そしてお相手の宮田さんからも「プロポーズされて結婚する」と先月惚気られながら聞いた事を思い出した。
 その時、私もそろそろかも~とかなんとか言ったような、ないような……
 今考えると、何も知らずに浮かれてた私が馬鹿みたいだ。

 そして全ての状況から、私と別れたのは宮田さんと婚約したからだったのだと悟る。

 これでもし、宮田さんに振られたら私にプロポーズをしただろうか。
 否、所詮私はキープだったのだから、きっとしなかっただろう。

 宮田さんとの婚約が決まっていたにも関わらず、私とギリギリまで別れなかった理由だって、きっと誠治の中ではとっくに私とは終わっていて都合のいい女になっていたからなのだろう。

 全く馬鹿にしているにも程がある。
 そう思ったら、言い様のない怒りがふつふつと湧き上がってきた。

 怒りと悔しさと何だかよく分からない感情が綯い交ぜになって鼻の奥がツンとしてくる。
 でも、こんなやつの為に泣くのは癪で唇を噛み締めてどうにかやり過ごそうとしていると、本部長から祝辞を受けた誠治が立ち上がり、前に出てきてこちらに向き直ると深々とお辞儀をした。
 途端に会場から湧き上がる拍手の中、顔を上げた誠治はとても幸せそうだった。
 その幸せそうな姿にどうしようもなく胸が痛くなり、耐えていた涙が溢れて視界が滲んだ。
 泣くまいと思えば思うほど、ポロポロと涙が零れて止まらなかったが、幸いにも最後尾の一番角の席で、周りに人はいない。見られていないことをいい事に、俯いて声を殺して泣いた。


「よかったらこれ使って。」


 頭の上から男性の少し低めのバリトンボイスがしたと同時に、膝の上にポンとハンカチと水が置かれる。
 そして、その男性は隣の席に着席したので、お礼を言うため顔をあげようとすると、いいから、とやんわり制止され、代わりに頭からジャケットを被せられる。


「誰にも言わないから。泣くだけ泣いてスッキリしたらいい。」


 その言葉をきっかけに、張り詰めていた糸が切れた。
 とめどなく涙が溢れて止まらなかった。
 その間、隣の人は黙って背中をぽんぽんと撫でていてくれた。



 ◇◇◇



 ひとしきり泣いて気持ちも随分と落ち着いたので、差し入れられた水のボトルのキャップを開けて、口に運ぶ。
 沢山泣いたからか酷く喉が乾いていて、ごくごくと一気に半分程まで飲んだ。

ふぅと一息吐き周りをぐるりと見ると、既に会議は終わっており、皆、部署に戻るためバラバラと退室をしている最中だった。
 ふと隣をみると既に退室済みでもぬけの殻だったが、背もたれに付箋のようなものが貼ってあった。


 " ジャケットはそのまま置いておいて下さい。"


 その付箋には丁寧な文字でそう書いてあったが、そこには名前の記名はなかった。


 お礼…言いそびれちゃったな…


 泣くことに夢中になりすぎて自分の事でいっぱいいっぱいで、顔を見ることはおろか、名前を聞くことすら失念してしまった。心底申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 とはいえ、会議に出ていたいたのは役付なので、しらみ潰しに当たって行けばいずれわかるだろうと気持ちを切り替える。


 沢山泣いてスッキリしたおかげで、少しばかり気持ちも持ち直せた。
 には感謝しかない。


 参加者の退室も概ね済んできたところで、私も退室をしようと立ち上がり、借りていたジャケットを畳むと、ふわっとタバコの匂いと混じって、どこかで嗅いだことのあるいい香りがした。


 この香り、どこかで嗅いだことがある…
 どこで嗅いだか思い出せないけど。


 どことなく安心する香りが、疲弊した私の心を包み込んでくれるような気がして、思わず畳んだジャケットに顔を埋めた。


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