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第一章 黒猫の恋
第9話 黒猫は懐かない
しおりを挟む「弦ってさ、見た目だけだよね。何でもスマートにこなすけど、他人に興味無さすぎ。なんか、壁あるしぶっちゃけ何考えてるかわかんない。どうせ私の事にも興味無いんでしょ。」
営業帰りに公園近くの喫煙所でタバコを吸っていたら、いきなりやってきた目の前の派手な出で立ちでいかにも水商売してる感じの女にそう捲し立てられた。
えと、名前なんだったっけな?
ぶっちゃけ興味がないから覚えてないんだよな。
確か……ミキだかマキだかマミだか……
ヤバい、全く思い出せない。
こうなったらもう当てずっぽうでいいや、と投げやりになった俺は綺麗な笑顔を目の前の女に向けた。
「んーと、マキ…ちゃんだっけ?」
「っっ!あー!もう無理!さよなら!」
そう言って、名前のわからない女に公衆の面前でいきなり殴られた。正直なんで殴られたのかわからない。
合コンで知り合って、何回か一緒に食事してセックスして。
寂しいって言われれば慰めてあげて、好きって言ってって言われたから好きって言った。
欲しい時に欲しい言葉だってかけてあげたのに、何で俺が殴られなきゃいけないわけ?
他人に興味なさそう
壁がある
何を考えているかわからない
気まぐれ
学生の頃から言われ続けてきた言葉だ。
学生のうちはそれでよかったけど、流石に社会人になるとそれは通用しないので、社会人になって早4年、必死に対人スキルを磨いた。
親身で親切
人あたりがよくフレンドリー
話題に富んでいて気が利く
気遣いできて優しくて面倒見がいい
本音を綺麗に隠して建前だけを全面に出せば、何故か気さくで話しやすい、親切で気遣いができて面倒見がいい人物と周りから評価された。
その結果グングン営業成績も伸びて、スーパーエースとか言われるようになったけど、結局外面だけ取り繕っても本質なんてそうそう変わるもんじゃない。
どうやら俺には、人の気持ちを理解する機能が決定的に欠如しているらしい。
でも、そんな事は心底どうでもよかった。
別に他人を理解したり、他人に理解されたりする必要性を感じた事がなかったから。
誰かと馴れ合いたかったり、人肌恋しくなったら適当に相手を探してセックス出来ればいい。
相手が一晩限りの遊びを望めばその場限りだし、彼女という立場を望めばそれなりの付き合いはする。
だが、会うのは絶対に外だし、セックスするならホテル。どんな理由があっても、自分の部屋に入れるなんて以ての外だ。
必要以上に自分の事は語らないし、相手の事も興味が無い。
誰にもパーソナルスペースには立ち入らせない。
そんな俺を何かに例えるなら、懐かない野良猫みたいなやつ、らしい。名前も『猫実』だしね。
それにしても……
「…ってぇ。バッグで殴るのは反則だろ…」
バッグで殴られてメガネが吹っ飛んでどこかに行ってしまった。まぁ、メガネは伊達だからいいとして…問題は顔だ。女がバッグに付けていたキーホルダーか何かが引っかかったのか、頬に結構深めの引っ掻き傷が出来ていた。血が滲んでヒリヒリする。
営業マンは見た目が全てと言われているわけで…
この傷は明らかに人為的に付けられたものだから、結構なマイナスイメージになるなぁ、猫にでも引っかかれたとか言い訳するかな、と溜息をつく。
「あの…大丈夫ですか?」
不意に後ろから声をかけられ振り返ると、リクルートスーツに身を包んだ女の子が心配そうに立っていた。
一瞬ドキリとした。
まだ学生であどけなさが残っていて、可愛らしい顔立ちをしていたが、意志の強そうな綺麗な瞳が印象的で…その瞳に心臓を鷲掴みされた。が、しかし、瞬時に打ち消す。
いやいや、就活生って、まだ子供でしょ。
それに本音をいうと、いきなり話しかけられるとか、面倒くさいことこの上ない……適当にあしらって、さっさとどこかに行ってもらおうと思った。4年間培ってきた外面建前で武装する対人スキルが、こういう時に役に立つ。
俺はニッコリ人好きのする笑顔を浮かべて受け答えした。
「あ、もしかしてさっきの見てた?」
「え?さっきのって……何があったんですか?」
どうやらさっきの修羅場を見ていた訳ではなさそうな雰囲気だ。 さっきの事態を見ていた訳じゃないのに、一体何の用があって話しかけてきているのか、的を射ない返答に若干のイラつきを覚えるが、外面被ってあくまで優しく紳士的に尋ねる。
「え?あれ?じゃあ俺に何か用でもあるのかな?」
「えと。顔…怪我大丈夫ですか?血が出てたから。私も怪我良くするので、良かったら…」
何かを差し出してきたので、手元を見ると、ポケットティッシュと消毒液…それと可愛らしい絆創膏。
びっくりして女の子の顔を見ると、純粋に心配そうな表情で、他意は感じられない。
え?どういうこと?
訳が分からず絶句していると、その子は続けて言った。
「傷残ったら大変だから、すぐに手当しましょう?私やります。あ、でもこのままだと届かないので…あ、そこの公園のベンチに行きましょう。」
その女の子はこちらの返事も聞かないうちに、ベンチに向かってスタスタ歩きだした。
俺は毒気を抜かれぽかんと立ち尽くしていると、
「何してるんですか?早くこっち来てください。」
と手招きまでされる始末。
途端に可笑しくなって吹き出してしまった。いつもだったら、スマートにやんわり断る所だが、なんだかよく分からないけど、他の女達に感じるような媚びや悪意も下心も感じない。彼女から感じるのは純粋な善意のみだったし、これなら流されてもいいかな?という気持ちになる。
「あ、あぁ…はいはい。今行きます。」
ここは大人しく従うか、そう思い、俺は笑いを噛み殺してベンチまで歩を進めた。
◇◇◇
少し遅れて俺がベンチまで行くと、女の子はティッシュに消毒液を染み込ませていた所だった。
あー…それ知ってる…痛いやつだよね?
痛みが想像できるだけに身が竦み顔が強ばるが、そんな事はお構い無しに女の子は消毒液付きティッシュを顔に近づけてくる。
「ちょっと滲みますよ…」
「…いつっ!」
消毒液が傷に滲みて思わず仰け反った。
ほらみろ!やっぱり痛いじゃないか!と、無言で非難めいた視線を投げると、女の子は目に見えてしゅんとした。そのまま、女の子はしょんぼりしながら、ポーチから化膿止めの軟膏を取り出した。
子犬みたいなその姿に逆に、ごめん…と申し訳なさで胸が痛くなっていると、女の子は指に軟膏を少し取ると、とても申し訳なさそうな表情で言った。
「化膿しちゃうと、痕になっちゃうので…これも塗ってもいいですか?」
「いいけど…なんでそんな用意がいいの?」
単純な興味から投げかけた他愛のない質問だったが、明らかに女の子の顔が曇ったので、質問をしてから、しまった!踏み込み過ぎたかと後悔した。
気をつけていたはずなのに、無意識に完全に他人のパーソナルスペースに入り込み過ぎていたようだった。
だけど、不思議と嫌な感じはしていない。いつもは凄く嫌なのに…
「あ、別に言いたくなければ言わなくて大丈夫だよ。」
とりあえず、一応フォローはして置く。
俺の言葉に、嫌ではないです、と女の子はふるふると首を横にふると、俺の顔に軟膏を塗りながら、ポツポツと話し始めた。
なんだか長くなりそうな予感がしたのに、面倒臭いと思うよりも何故かその話を聞いてあげたいと思い、今まで感じた事のない感情に自分でも吃驚した。
「今、就活してるんですけど、実はあまり人と話すのが得意じゃないんです…」
「そうなの?全然そんな風には見えないけど?」
「…はい。実はサークル活動もあんまりしてなくて…だからあまり人と関わらなくてもいい事務系のお仕事にエントリーしてるんですけど、面接行くとやっぱり緊張しちゃって。20社程受けましたが、今のところ全滅です。」
そう言うと、女の子は困ったような笑顔を浮かべた。
「そっか…それは大変だね。」
「ははは…なんでダメなんでしょうね。面接も説明会も沢山回ってるんですが。あ、それで、歩きすぎて靴擦れとかマメがよく出来るので応急処置が出来るように、一通り持ってるんですよ!」
最後は明るく冗談めかして言っていたが、その表情は今にも消えてしまいそうな程で、意志の強そうな瞳に暗い影を落としていた。
20社か…うん、軽く、いやカナリ凹むな。
「それに、私、早くに両親亡くしてて…育ててくれたおばあちゃんを心配させたくないんですよね。」
「そっか…」
この手のお涙頂戴系の作り話は合コンではよく聞く話で、いつもだったら何とも思わないし、頑張ってるんだねとか可哀想だねとか適当に取り繕って終わりにする所なのだが、根拠も証拠もないがこの話は作り話ではないと確信できた。
そして、他人に興味はないし、関わるつもりなんてさらさらないのに、この子に関しては不思議と何とかしてあげたいという気持ちが湧いたのは何故なんだろう。
俺は不意に湧き出た不思議な気持ちに戸惑いを感じた。
そして、彼女に自分は何がしてあげられるだろうか考えているうちに、女の子は軟膏を塗り終え絆創膏を貼ってくれていた。
「はい、出来ました!よかったら、この軟膏差し上げますので、治るまで塗ってくださいね。」
そう言って、女の子は寂しそうな笑顔を浮かべるとポーチを鞄にしまってベンチを立った。
「待って!」
なんとなくこのまま帰してはいけない気がして、咄嗟に俺はその子の腕を掴んだ。
吃驚して振り返った女の子のその瞳は涙に濡れていた。俺は、呼び止めたはいいが、何も考えていなかった事に気が付き、パッと手を離した。
「とりあえず、座って待ってて。」
咄嗟に辺りを見回すと、目の前にコンビニが見えたのでそこに走った。
女のために、自らの意志で走ったのはこれが初めてだ。自分でもなんでここまでするのか全くもって理解出来ないが、なんとなく、そうしないといけない気がした。
コンビニに到着し、急いで目当ての物を探す。
こんな事してるうちに居なくなってしまうのではないか、そう思うと気が気ではなかった。
新しいハンカチと…えぇと、女の子って何飲むの?水?お茶?うーん、わかんないから水でいいか。
ハンカチと水と自分が飲むコーヒーを買って、急いでベンチに戻ると、律儀にも女の子は座って待っていてくれて、俺は安堵の溜息を吐く。
「よかったら使って。」
そう言って、俺は横に座ると、膝の上にハンカチとペットボトルの水をポンと置いた。女の子は吃驚して顔をあげ、可哀想なくらい恐縮した。
「え、こんな、悪いです…」
「えぇ?これは手当してもらったお礼だから、気にしなくていいよ。」
本心だった。いつもの外面でも、建前でもなく。
ニッコリ笑顔を向けると、女の子は小さく、ありがとうございます、と言ってハンカチを目にあてた。
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